私にとって、かけがえのない時間だった。かつての青春を取り戻したような、失っていたものが満ちていくような。そんな時を過ごすことができた。春のファン大感謝祭のオープニングセレモニーを前に、柄にもなく感傷に浸る。
初めは身勝手なエゴから始まった。もう一度走りたい、もはや叶わなくなって久しい願いを抱いて、私はトレセン学園へと足を運んだ。協力者を募るために。
不安は勿論あった。元々の動機が不純なもの、相手がウマ娘の願いならばどこまでも突き進むトレーナーが相手とはいえ、流石に無理なんじゃないか?とも思っていた……その心配はすぐになくなったが。
「いいですよ」
「熱意はすごく伝わりました。それに、僕自身も興味があります。あなたの研究に」
「ミーティアは協力します。担当の子達は……まぁ、何とかお願いしてみます」
協力を取り付けたトレーナー──高村聖は、私の願いを肯定してくれた。身勝手な願いにもかかわらず、彼は嫌な顔一つしないで受けてくれたんだ。
その後も、だ。ビワハヤヒデにエアシャカール、ナリタタイシンにシンボリクリスエス、タニノギムレット。学園の様々なウマ娘とトレーナーが、私のエゴに乗ってくれた。
「ンで、ここの式を当てはめれば……っし、これでどうだ?」
「おぉ、スムーズに動くようになったぞ!」
成功する日もあれば。
「なんか、いつもと比べて遅くない?調子悪いの、博士?」
〈そんなことはないんだが……うぅん、何が原因なんだ?〉
失敗する日もある。
何もかもが順風満帆だったわけではない。壁にぶつかる日もあった。
「おーい博士。調子はっ、て!」
「あ、あぁ……し、シャカール君か」
「……おはよう、エアシャカール。随分早いね」
「ンなこたァいいから早く寝てこいや!さてはまた寝てねぇなテメェら……って、トレーナー陣全員かよ畜生!」
その度にみんなで試行錯誤して、壁を乗り越えて。喜びを分かち合って。本当に、学生に戻ったような気分だった。
気づけば海外の研究者とも協力することができて。私の技術を、エゴを世界中の人々が知って。ST-2も随分と有名になった。
【フルダイブ可能な二足歩行ロボットST-2。ファン大感謝祭でついにお披露目!】
こうして新聞で一面を飾るくらいには、認知されている。
正直、プレッシャーは凄い。もしこれで失敗しようものならと考えたら、脚が竦んでしまう。
(世界中の笑いものになる。そんな可能性すらもあり得る)
一歩を踏み出すことを躊躇する。私の醜いエゴを知られて幻滅されてしまわないかと、引き下がろうとする気持ちがある。
けれど。
「フッ、
「Mission──手助けが、必要か?」
「っ、大丈夫だ、クリスエス。私一人でもやれるとも」
周りを見れば、私に協力してくれた仲間たちがいる。私の夢に、願いに応えてくれる友達がいる。
「大丈夫です、博士。サティにはなんの問題もありません」
「ハッ、当然だ。オレがしっかり調整したからなァ」
「……頑張って」
彼らが、彼女らがいる限り。私の不安は──ないも同然だ。
《それでは皆様、開会式が終わりましたということで。春のファン大感謝祭、オープニングセレモニーを飾るのはこの方です!》
「そろそろですよ、シュガーライツさん」
「あぁ。行ってくるよ」
ST-2の身体に意識を宿し、私は大観衆が待つステージへと向かう。
《機械の身体に宿るのはウマ娘の心。もう一度走りたいという願いから生まれた、メカウマ娘!ST-2の登場です!》
360°どこを見渡しても人、人、人。全員の視線が私に集まり、大観衆の目線を浴びせられる。
体の震えはきっと、恐れだろう。だが、大丈夫だ。
(私は、一人じゃないのだから)
さっきのやり取りを思い出す。送り出してくれた協力者たち、みんなの顔が思い浮かんで、私の震えを消してくれる。
〈ご紹介に預かった、ST-2だ。よろしく頼む〉
好奇の目。今から何をしてくれるのか?何を見せてくれるのかと注目されている。
この場にいるのは私一人。それも当然だ。
(私が見せたいことは、決まっている)
〈今この場にいる者の中には、私と同じようなハンデを背負うウマ娘もいるだろう〉
語る。どうして私がこの場に立っているのか、なぜこの場を借りて私の技術を知ってもらおうと思ったか。
〈ケガや病気で走れない者、身体が頑丈ではなく、夢を諦めざるを得ない者……悔しさで泣いた者もいるはずだ。私が、そうだった〉
同じような境遇のウマ娘は必ずいる。彼女達に、私は。
〈だが、私は夢を諦めたくなかった。どのようなハンデを背負うことになっても、私はもう一度走りたかった〉
教えてあげたい。夢を諦める必要はないのだと。ワガママになっていい、エゴを解放してもいいのだと。
〈答えが、今回のお披露目だ。どうか見ていてほしい。こんな技術があると、こんな再生方法があるのだと。みんなに知ってほしい〉
スターティングポーズをとる。私のタイミングでいい。私の好きなタイミングで──走るッ!
風を切る感触。ターフの上を、芝の上を走る感触。まるで自分の肉体かのように享受している。
イメージと寸分違わぬ走り。誤差はない、思い通りに走ることができる!
《こ、これは!?グングンと加速していく、これは凄いスピード!?機械の身体であることを感じさせない、まるで本物のウマ娘のように駆けています!ロボット工学はここまで来ました!》
走っていると、これまでの思い出がどんどん甦ってきた。
負荷に耐えられる肉体を作るために頑張ってきたこと。最高のパフォーマンスを発揮するために、コースの資料を穴が空くほど見つめたこと。ST-2とのリンクを、寸分の狂いもなく調整してきたこと。
何よりも重要なこと……それが機械の身体であっても、熱を持つことが大事だということを!
〈たぁぁぁあああ!〉
《これは速い!ST-2がグングン加速しています!みなさんに伝わるでしょうかこの熱が……ヤバい、なんか早く走りたくなってきたかも!》
熱は、レースに向けなくたっていい。なにに向けたっていいんだ。私がそうだから。
ただ、速く走りたい。かつて願っていたような姿でなくとも、泥臭くても構わない。
途中で躓いても立ち上がればいい。起き上がって、違う道を探したっていい。
遠い遠い回り道をすることになっても、諦めなければきっと。
《ST-2が今、ゴール板を駆け抜けました!これがメカウマ娘の可能性、見事に走り切りましたST-2!それにしても、熱量が凄い!これはお客さんの中にもメラメラと燃えてきたものがあるんじゃないでしょうか!》
夢は叶うのだから。
走り終えた私を迎えてくれたのは、観客席の喝采。
「凄い!メカなのに、あんなに走れるんだ!」
「本物のウマ娘と遜色ない……凄いなぁ……!」
「良かったぞー!サティー!」
っはは、良かった。みんな喜んでくれている、私の研究を認めてくれている。嬉しいことだ。
ただ、何よりも嬉しいのは──もう一度走ることが叶ったこと。
(ふふ、懐かしい。思えば、私の原点は
もっと速く走りたい、今よりも速くなりたい。とてもシンプルな願いだった。
一人で走りたかったのもこれが理由だ。後は、レースを目指すだけじゃない走り方もある、ということを伝えたかったのもある。
……あぁ、それにしても。
(こうしてまた、走ることができるなんてな)
意地汚く足搔いて、もがいて。いろんな人達に協力してもらって、ようやく形になった。私の夢が、実現した。
また走れる。それだけで私は……っ。
今の私はST-2にダイブしている身。けれど、分かる。今の私は、感極まって涙を流していると。
「シュガーライツさん」
気づけば、聖トレーナー達が私の下へと来ていた。ダイブを切って、シュガーライツの姿に戻る。
目元を拭ってみれば、はは。やっぱりだな。
「……ありがとう、聖トレーナー。君達のおかげで、私の夢は叶ったよ」
「博士っ」
「年甲斐もなく、泣いている。また走ることができて、あの感覚を味わうことができて……涙が止まらない」
流れる涙。見れば、ビワハヤヒデたちも泣いていた。聖トレーナーもまた、感慨深そうにしている。
「本当にありがとう。君達の協力がなければこの時はなかった」
頭を下げる。これまでお世話になってきたことに対して。そして、今後ともよろしくの意味を込めて。
「私のエゴを叶えてくれて。私の夢に協力してくれて……本当にありがとうッ!」
私は、笑った。
◇
オープニングセレモニーは上々、いや。それは今はいい。
目の前には泣いているシュガーライツさん。周りのみんなもまた、感極まって泣いている。僕も我慢しているけど、実は決壊寸前だ。
(彼女の夢を叶えてあげられて、本当に良かった)
手伝いができたこと、彼女が満足いく成果を得られたこと。そのことが何よりも嬉しい。やっぱり僕は、この瞬間がたまらなく好きだ。
お披露目が終わったということで、移動を始める。その道中で、ビワハヤヒデがシュガーライツさんに聞いていた。今後の進退について。
「今のST-2ならば、レースに出ることも夢ではないでしょう。どうお考えですか?博士」
「そのことか。確かに、今の技術力ならば可能だろう」
今のサティならば、レースに出ても問題ないほどには進化している。勝てるかどうかは別として、そこまで来ているんだ。
ただ、シュガーライツさんは首を横に振った。
「だが、私の夢はそこにはない。もし挑みたいという子がいるのであれば協力は惜しまないが、私はレースに出ようとは思わないさ」
いざ走って感じたこと。シュガーライツさんの思い。それは。
「もう少しだけ速く走りたい、もっと良い景色を見たい。私にとっては、本当にそれだけでよかったんだ。だから、レースにはさほど興味はないんだ」
「……そうですか」
ウマ娘らしい、純粋な願いだった。
これで彼女との関わりもなくなる、なんてことにはならないだろう。どうしてか?
「それでは、これでチームは解散、ということですか?」
「……いいや。もし君達さえよければ、これからも協力してくれないか?」
「ですが、博士のやりたいことは」
「
シュガーライツさんの目にはやる気が溢れている。まだまだ満足していない、ずっと先に行きたい。そんな情熱を感じているからだ。
「今回の研究よりもずっと先へ、もっと先に行きたいと思っている。そのためには、まだみんなの協力が必要だ。だから──協力してくれないか?みんな」
僕達の方へと頭を下げるシュガーライツさん。答えなんて、決まっている。
「長い年月を共にした
「当然、構わない。可能な範囲で、手伝おう」
「……暇な時だけだから。本当に暇なときだけだからね」
「こういう時くらい素直になれ、タイシン。無論、私もタイシンも協力を惜しみませんよ」
「ハッ、悪くねェ提案だ。オレの研究にも役立つ。断る選択肢はねェ」
ビワハヤヒデたちは勿論OK。そして、シュガーライツさんは僕の方を向いていた。
僕の答えは。
「勿論です。これからも、必要があればお手伝いしますよ」
その言葉を聞いて、シュガーライツさんは。
「──ありがとう!」
花が咲いたような笑顔を、見せてくれた。
◇
ちなみに。
「そういやさ、三女神様のボディってどうなってんの?確か、頼まれてたよね?」
ナリタタイシンのさりげない一言。三女神様のボディについてだが。
シュガーライツさんはあやしく笑っている。あぁ、これはきっとあれだね。
「鋭意制作中だ!もう少しで完成する……さぁて、忙しくなるぞ!」
「忙しくなるのに喜んでンじゃねェこのワーカーホリックが!」
「しかし!VR世界に現れた神秘の存在が、私のメカウマ娘に宿るんだぞ?こんなに楽しいことはない!いやぁ、楽しみだなぁ!」
ハイになっているね。勿論僕も手伝うつもりだ。そして、トレーナー陣も。
今後もメカウマ娘は進化を遂げるだろう。楽しみだ。
メカシナリオ、完!(本編は続きます)