ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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クロワ君惜しかったのう…。


天皇賞の激突

 京都レース場に選ばれたウマ娘が集う。春の天皇賞、芝の長距離G1レースを勝ち取るために。

 

「なぁ、誰がキタサンブラックを倒すと思う?」

「やっぱドゥラメンテだろ!海外じゃ一戦も走ってないけど、あのトレーナーなら長距離も走れるようにしてくる!」

「いや、ここはサトノダイヤモンドに注目したくないか?なんてったって無敗の三冠、ネームバリューは抜群だ!」

 

 観客たちも興奮冷めやらぬ様子で足を運んできた。歴史の証人となるために。

 

 

 今回最注目されているのは当然キタサンブラック。海外の超長距離G1、アスコットゴールドカップを制しており、世界最強の長距離ウマ娘として名を馳せている。

 ゴールドカップは19ハロン210ヤード──約4014mだ。さらには海外の芝は日本よりもスタミナを消耗する、と意識が根付いている。そんなレースを制したキタサンブラックの評価は、他のウマ娘より1段も2段も上だ。

 スタミナに不安はなし。実績も十分と、突き抜けた1番人気を誇っている。一強ムード、とはいかないが、2番人気を離していた。

 次点の2番人気はドゥラメンテ。菊花賞以来となる3000m以上のレースだが、その菊花賞も2着と隙が無い。キタサンブラックを負かすなら、やはりこのウマ娘しかいないだろう、というのが世間の認識だ。

 シュヴァルグランといった強豪らも出走するこのレース。ファンが気になったのは、サトノダイヤモンドの人気だ。無敗の三冠で世代の頂点に輝き、最優秀クラシック級ウマ娘に選出された彼女は……6番人気。無敗の三冠ウマ娘の彼女が、なんと6番人気である。

 実績は申し分ない。ステイヤーとも評されており、天皇賞でも勝ちの目があると話題にはなっている。それでも、上位人気の5人には及ばない評価を下された。

 無敗の三冠なのに、ではなく。無敗の三冠であっても、とでも言うべきか。キタサンブラックとドゥラメンテを筆頭とする今の世代は、あまりにも層が厚かった。

 この評価に対し、サトノダイヤモンドは毅然とした態度で応える。

 

「それが今の私の現在地点ですから。なので、もっと評価してもらえるように精進あるのみです!」

 

 そうコメントをし、キタサンブラックには負けないと意気込んでいた。

 クラシック級から上がってきたサトノの至宝・サトノダイヤモンド。果たして彼女の実力は、長いトゥインクル・シリーズの歴史でも最強世代と称される現在の芝路線で通用するのか?こちらにも、焦点があたっていた。

 

 

 レースのプログラムは順調に進み、いよいよ天皇賞出走の時が迫る。パドックにウマ娘達が続々と登場し、各々調子をアピールしていた。

 一人ずつ出てくる中で……()()()()()()()()()()()()、場の空気は一変する。

 

「おぉ……!やっぱ、凄いな」

「あぁ。こりゃ、今回の天皇賞は決まりだな」

 

 キタサンブラック。威風堂々とした佇まいで入場したかと思えば、人が変わったように繰り出される笑顔の花。ギャップにやられるファンは多く、思わず心変わりをしそうなほどの愛嬌を発揮する彼女。

 身体の仕上がりは万全だ。引き締まった肉体にきりっとした目つき、悪いところはどこにもない。天皇賞に、絶好調で出走してきた。そう思わせるほどの輝きを放っている。

 直前までパドックにいたウマ娘が霞むほどの出来具合。すでに勝ちを確信する気の早いファンまで現れていた。

 

 

 パドックを終え、ターフに姿を現すウマ娘達。ケガをしないように念入りにストレッチをしている中、実況のアナウンスが響き渡る。

 

《快晴の空で迎えました、G1レース天皇賞・春。日本最長距離のG1レース、豪華なメンバーが勢ぞろい。絶好の良バ場日和の中、春の盾を賜るのはどのウマ娘か?ウマ娘が続々と姿を現していますがっ、おっとここで登場しました1番人気キタサンブラック!》

《貫禄が凄いですねぇ。世界の長距離レースを制してきた実績持ち、今回のレースでどんなパフォーマンスを披露してくれるのか?ライバル達との激闘に注目ですね》

《2番人気にはドゥラメンテ、3番人気にはシュヴァルグラン!長距離初挑戦のサトノクラウンはどのような走りをするのか?無敗の三冠ウマ娘、サトノダイヤモンドにも注目が集まります》

 

 ウォーミングアップを済ませるウマ娘達。応援に熱が入る中、レース場にファンファーレが鳴る。出走の時が近づいているのを知らせるように。

 各ウマ娘がゲートへ。キタサンブラックは──逃げウマ娘には少し辛い外の7枠。サトノダイヤモンドとサトノクラウン、サウンズオブアースは内側の枠に収まり、シュヴァルグランとドゥラメンテは大外枠に収まっていた。

 ドゥラメンテがゲートに収まり、全ウマ娘が態勢を整える。しばらくの沈黙、静寂を引き裂いて、ゲートの開く音が観客席に聞こえ、遅れてウマ娘達の駆け出す音が支配する。

 

《各ウマ娘、態勢整いました。天皇賞・春が今っ、スタートしました!揃って綺麗なスタート、ここで飛び出すのはどのウマ娘か。キタサンブラックが果敢に行きます。キタサンブラックが飛び出そうとしている。外から内へ切り込むことができるか?良いスタートを切りました、デュオスクトゥムが抜け出したか?》

 

 天皇賞が始まった。

 

 

 

 

 

 

 さて、キタサンとドゥラの天皇賞だけど。

 

「序盤からハイペースだね。かなり早い」

「それに、厳しくマークされているねぇキタ君は。これは辛そうだ」

 

 外枠からスタートしたキタサンは、無理に逃げようとはしていない。けど、かなり警戒されているためか、押し出されるように前に出ていた。結果的に逃げる形になる。

 囲まれるよりは前に出る、という判断だろう。そのせいか、1000m通過時点のタイムが58秒1。かなり早いペースで流れている。

 

「……キタさん、苦しいですね」

「そうですわね。ハイペースにほぼ全ウマ娘からマークされている現状。いうまでもありませんわ」

 

 心配するように眺めているイクイ。現状のキタサンは、誰が見てもよろしくないと判断するだろう。

 内枠から逃げようとしていたデュオスクトゥムが競り合い、先行勢はデュオスクトゥムを無視してキタサンをマークしている。それだけの警戒をされている、ということだけど。

 

「ここまで徹底的にやられるなんて、ね」

「キタさんは模範的な委員長ッ!マークされるのもまた当然のことッ!むしろこの逆境をはねのけてこそ、キタさんの走りがさらに進化しますッ!」

「まぁ、間違ってはないと思うけど」

 

 勝利への道は遠そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 対してドゥラは順調な滑り出し。最後方から2番目の位置、ベストポジションにつけている。

 こちらのマークは甘めだ。最低限の警戒で済ませている、といったところかな。大外の抜け出しを封じ込める、ドゥラが一番強さを発揮できる舞台を整えさせないように、サトノクラウンが後方集団を支配している。

 ドゥラも気づいてるだろうけど、焦りはなさそうだ。

 

《第2コーナーを越えて向こう正面へ。先頭を走るのはキタサンブラック、キタサンブラックがペースを握ります。これはかなりのハイペース、デュオスクトゥムが競りかけていますが苦しそうだ。3番手先行集団の中にはシュヴァルグランの姿もあります》

《集中的にマークされていますね。キタサンブラックのペースはかなり早いです》

《中団の9番手にサトノダイヤモンド、サウンズオブアースも同じ位置だ。三冠ウマ娘サトノダイヤモンドが中団を引っ張り、後方集団はサトノクラウンがペースを握る。最後方2番手にはドゥラメンテ、動きはまだ見せない》

 

 総括すると、キタサンにマークが集中したことで、他の子がほぼフリーで動けているのが現状。枠の不利に展開も重なって、キタサンにとっては苦しいなんてもんじゃない。

 

「むぐぐ……な、中々歯がゆいわねっ」

「仕方ないですよアイさん。それだけキタさんの強さが認知されている、ということです。フリーで動いたら一番まずいのは、間違いなくキタさんですから」

「わ、分かってるけどっ!」

 

 不安が尽きないアイ。これだけの不利を背負わされて、キタサンは大丈夫なのか?という疑問が出てくるのは仕方ないことだ。

 ぶっちゃけた話大丈夫ではない。こうまで不利が重なると、流石のキタサンとはいえ苦しいものがある。

 マークすべきウマ娘が多数いる中で、キタサン1人に集中している。それだけの相手と評価されているわけだし、タルマエの言う通りフリーにさせたら一番ヤバいのはキタサンだ。ペースを支配されて終わり、だからね。

 現状はかなり厳しい。他の有力ウマ娘は自由に動ける中で、キタサンただ一人ががんじがらめ。覆すのは容易じゃない。今回はドゥラもいるわけだし。

 僕が言えることは。

 

「大丈夫だけど大丈夫じゃない、って言うしかないよね」

「そうですねトレーナーさんッ!大丈夫ですけど大丈夫じゃないですねッ!」

「ど、どういうことかしら?」

「省きすぎだねぇ君達。キタ君自身に問題はないけど、レースとしては心臓に悪いから大丈夫じゃないってところか」

 

 そんな感じ。アイからは本当にいいのか?みたいな目を向けられるけど。

 

「さて、アイ。ここで一つ質問をしようか。今回の天皇賞のペースはどう?」

「どう、って。さっきから口にしているようにハイペースでしょ?それもかなりの」

「そうだね。1000m58秒だからかなり早い。後続も、ついていくのがやっとだろうね」

 

 後ろでさえも追いつくのが厳しいほどのハイペース。ドゥラも、キタサンとの差は推定13バ身程。それ以上は開かないようにしている。

 

「随所で息を入れているとはいえ、スタミナの消耗は激しい。苦しいことは間違いない」

「さっきからどうしたの、トレーナー。何が言いたいの?」

「けど」

 

 ここで浮かぶ、ある一つの疑問。キタサンに対して特に問題視していない、その理由。

 

「今のペースは誰によって作られているか。不思議じゃないかな?アイ」

「……あっ!?」

「そういうことだよ」

 

 このハイペースを形成しているのはいったい誰か?キタサンに他ならない。このペースでも大丈夫だと、彼女が判断した。

 じゃあ、他の子達にキタサンほどのスタミナがあるか?答えは、最後の直線で分かる。

 

 

 

 

 

 

 観客の不安は募る。視線の先には先頭を走るキタサンブラックの姿があり、ファンは彼女の力になれるようにと声援を送っていた。

 キタサンブラックは序盤から不利を背負わされている。最内をキープすることもできず、デュオスクトゥムの外を走りながら逃げている。先行の位置につけたくとも、マークが激しくつけることができない。

 逃げざるを得ない状況。作られるハイペース。後方有利な展開に向き、このままいけば先行勢に躱されるのが見えていた。

 

「キタサンブラック……っ」

 

 見守ることしかできないファン。手には力が入り、どうにか持ちこたえてくれと願う。第3コーナーを迎えた勝負所。先頭を走るキタサンブラックは。

 

「……フゥーっ」

 

 不気味なほど落ち着いていた。

 マークを意に介さないかのように走る姿。後を走るウマ娘達は、否応なしに意識させられる。

 自分たちの作戦は間違っているのではないか?本当にこのままで大丈夫なのか?どうしても頭をよぎる不安。泰然自若、頑丈を崩すことができずに、焦りを覚える。

 それでも、ここまで出走してきた猛者たち。なんとか食らいつこうと手は緩めない。キタサンブラックを自由にさせないために、勝つために手を尽くしている。

 

 

 勝負が動いたのは、第3コーナーの終わりだった。

 

「む、む……り……っ」

 

 キタサンブラックと逃げていたデュオスクトゥムが落ちる。これ以上はさすがに脚がもたなかったか、ズルズルと落ちていったのだ。

 

《第4コーナーに入ります、キタサンブラックが逃げているがここでデュオスクトゥムが落ちていく!デュオスクトゥムはここで脱落だ、キタサンブラックはまだ逃げる、まだ逃げる!》

《このハイペースだから仕方ないでしょう。ですが、キタサンブラックはまだ逃げることができるのか!》

《少しずつペースが上がります天皇賞・春!まだまだ先頭を走るキタサンブラック、均衡が崩れた先行集団がキタサンブラックに襲い掛かる!後続も少しずつ上がり始めてきた!ドゥラメンテも来ている、ドゥラメンテが位置を押し上げている!》

 

 デュオスクトゥムが落ちたのを皮切りに、ペースが徐々に上がってきた。サトノダイヤモンドが後方集団の先頭に立ち、先行集団へと襲いかかる。

 ドゥラメンテは大外から上がっていく。内を通るスペースはなく、かなり外に振らされているが──問題はない。前に誰もいなければ、彼女の末脚はどこだろうと発揮できる。

 前との差を詰めていく後続。3バ身開いていたキタサンブラックと先行勢の差は少しずつ縮まり、最後の直線を迎える頃には追いつくだろうと予想できる。

 キタサンブラックの首を取った。そう思い始めたウマ娘達が感じたのは……普段の倍以上に感じる脚の重さである

 

(なん、でっ!?)

(前以上に、キツい……っ!)

 

 思ったように前に進まない。必死に脚を動かすが、キレがまるで足りてない。

 

「くっ!」

 

 シュヴァルグランも例外ではなく、彼女もいつも以上に感じる疲労に苦戦していた。

 

 

 消耗は、先行集団だけではない。

 

「ハァ……ハァ……っ!」

「きっ、ついっ」

 

 サウンズオブアースも、サトノダイヤモンドも、サトノクラウンも。誰一人として例外なく潰れていた。前との差を縮めることはできるが、どうにか根性で持ちこたえているだけ。こんな状況で、領域など切れるはずもない。

 なぜ後続も消耗しているのか?それもまた単純。キタサンブラックのハイペースに離されないようにするためだ。

 末脚を発揮しようにも、離されすぎたら追いつくこともなく逃げ切られる。そうならないためにも、各々自分が追いつける位置に陣取っていた。ここならば、キタサンブラックを躱し切れるだろうと判断した場所に。

 しかし、形成されたハイペースは維持するだけでも大変だった。加えて、内は通ることができないので外を回らなければならない。苦しいこの局面で、距離のロスも発生しているのである。

 前のウマ娘を風除けにして消耗を抑える。スリップストリームと呼ばれる現象さえも、キタサンブラックは無に帰した。自分の得意な土俵、消耗戦に無理やり引きずり込んだ。

 

《最後の直線、キタサンブラック先頭だ!キタサンブラックが先頭で駆け抜けてくる!先行勢は総崩れ、しかしキタサンブラックは崩れなぁぁぁい!!》

《いやはや、凄いスタミナです!これは最後まで持つのではないでしょうか!?》

《後方から上がってくる、勢いはサトノダイヤモンドにドゥラメンテだ!サウンズオブアースにサトノクラウンも負けていない、サトノクラウンも怒涛の追い上げ!シュヴァルグランはどうだ?シュヴァルグランは厳しいかそれでも粘る!だが、一番きついキタサンブラックは落ちる気配が微塵もない!》

 

 消耗戦になればまず負けない。絶対の自信があるからこそ、マークを逆手にとって自分の舞台を整えた。

 明確な敗因を挙げるのは難しい。ただ、一つだけ上げるのだとすれば。

 

《キタサンブラックは落ちない!これがキタサン祭りだ、大阪杯から勢いは衰えない!阪神に続いて、春の京都にキタサン祭りだぁぁぁ!》

 

 キタサンブラックというウマ娘のスタミナを、侮っていたことだ。

 

《ドゥラメンテとシュヴァルグランが1バ身差まで追い詰めたがここまでだ!祭りはまだまだ終わらない!天皇賞を制したのはキタサンブラックだぁぁぁッ!消耗戦を制したのはキタサンブラック!長距離最強は伊達ではない!他を寄せ付けない圧倒的な強さを見せつけて、キタサンブラックが天皇賞を勝ちました!》

《いや~、長距離で彼女に勝てるウマ娘はいるのでしょうか?そうとしか言えない見事な走りです!》

 

 大歓声に包まれる京都レース場。誰も彼もが、キタサンブラックの勝利を讃えていた。




「キタサンをマークしなきゃやられる!」
→「じゃあ消耗戦で全員のスタミナ削りますね!」
→「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」

大体こんな感じ。
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