天皇賞も終わり、キタサン達が安田記念に向けて頑張っている今日。天城さんから合同トレーニングのお誘いがあった。
断る理由はないので承諾。視線の先では、一緒にトレーニングしているみんなの姿がある。
「さて、頑張ろうか諸君」
「委員長はいつでも元気よくッ!バクシンしていきますよー!バクシンバクシーーンッ!」
「どうかしら、トウカイテイオーさん?ここは1つ併走でも」
「いや、許可されてないからダメだからねジェンティル。やる気ないからねボク。絶対に途中から本気になるし」
ごく一部、穏やかじゃない空気が流れているけど恒例行事みたいなものだから割愛。三女神様達やシュガーライツさんの協力を得て、レベルアップに努めている。
トレーニング風景を眺めていると、ふと天城さんに声をかけられた。
「ごめんね、聖君。急な合同トレーニングの誘いを受けてもらって」
内容は今回のお誘いによるもの。確かに、ある程度予定を組み立ててから声をかける天城さんにしては珍しく、つい数日前唐突に声をかけられたことを思い出す。
確かに急だった。けど、特に予定もなかったので僕は承諾。今こうして、実現に至っている。
「大丈夫です。キタサン達が新たな知見を得ることができますので、こちらとしても願ったり叶ったりです」
チーム外のウマ娘との交流は良い刺激になる。普段とは違う相手と走ることで、キタサン達の更なるレベルアップにつながるのは間違いないから。
ただ、気になるのは。
「でも、珍しいですね。今回の理由が」
「あ~……うん、そうだね。凄く珍しいよ、本当に」
どこか遠い目をしているような気がする。まぁ、仕方ないかもしれないけど。
今回の合同トレーニングは、なんとシンボリルドルフからのお願いだったらしい。彼女の口から、ミーティアのメンバーと練習したいと言われたのだとか。ついさっき聞いた時は、僕も驚いた。
どうして彼女が?その答えは。
「どうもルドルフ、この前の春天でキタサンブラックを気に入ったみたいで。凄く戦いたがっているんだ」
「……あんまり想像つきませんね。彼女が特定の誰かと戦いたいと思うなんて」
シンボリルドルフといえば、学園のウマ娘の模範となるべき生徒会長としての姿がまず浮かぶ。そりゃ強い相手と戦いたい、という欲はあるだろうけど、表に出すことはないのが僕の印象。実際、これまで接してきて一度もなかった。
なのに、キタサンと戦いたい、か。
「やっぱり、春天のレコード勝ちがあると思うよ。空前絶後のタイムだっただろう?」
「そうですね。3分11秒、あわや10秒台まで迫る時計でしたから」
従来のレコードタイムを2秒も縮める快挙。レース場が騒然としていたのを覚えている。
ただ、レコードを記録しただけではちょっと弱い気がする。それだけ、シンボリルドルフが特定の誰かに狙いを定めるのが想像できない。
どうして彼女がキタサンに目標を定めたか。その答えは何だろうか?
「実際のところ、どうしてシンボリルドルフはキタサンに?レコードだけでは、説明ができないと思いますが」
途端に難しい表情を浮かべる天城さん。言いたくないのか、それとも言語化に困っているのか。分からないけれど、唸っていた。
「う~ん……ルドルフ曰く、キタサンの絶対を崩したい、らしい。おそらくだけど、最後までブレずに走りを貫いたキタサンになにか、思うところがあるみたいなんだ」
「キタサンの絶対を崩したい、ですか」
「そう。多分だけど、深い意味はないと思う。本当に、ただキタサンブラックに勝ちたいから。それだけだと思う」
彼女もウマ娘だからね、と天城さんは締めくくった。シンボリルドルフも、生徒会長という立場があるとはいえウマ娘だ。根源的な欲求はある、ってことなんだろう。
にしても彼女が、か。
「本当に想像がつかないからびっくりしてます」
「気持ちは分かるよ。俺も彼女の担当をしてから、数えるぐらいしか遭遇したことがないから」
その後はシンボリルドルフとの馴れ初めとか、いろいろと聞かせてもらった。この機会でないと聞かないような話ばかりだったので、少し新鮮だったな。
◇
次の安田記念。私の、本領を発揮できる舞台だ。
油断はしない、と決めてはいるものの、やはりというか驕りに近い部分はある。
(マイル戦において自分は負けない。そう自負している)
そんな時こそが、一番怖い。しっかりと自戒しなければならない。
適正Sは万能ではない。100%の力を120%引き出せるようになるが、それ一つで勝てるような代物ではないことを教えられた。
ドリームトロフィーなどが良い例だ。適正Aで勝っているウマ娘などごまんといる。
(極めれば、何者をも寄せ付けない強さを発揮できる。私も、かくありたいものだ)
そのためにも、日々精進だ。
休憩を終えて、トレーニングに戻る。今回は……珍しく、シンボリルドルフのチームと合同でトレーニングをすることになった。
「さて、私がご指名されたわけだが。休憩はもう大丈夫かな?ドゥラメンテ」
「はい、問題ありません。今回もご指導、お願いします」
「いいだろう。とはいっても、私と君はすでに互角に近い位置にいる。教えられることなどほとんどないだろうね」
「ご謙遜を」
確かに、ステータス的には近いだろう。トレーナーが教えてくれたのだから、間違いはない。
だが、経験値の差が違う。全てのレースを支配し、あらゆる場面において最善手を打つ【皇帝】シンボリルドルフ。トゥインクル・シリーズのトップ層が集うドリームトロフィーにおいて、今なお長距離最強として君臨しているウマ娘。
一度だけ、彼女の本気と対峙したことがある。あの時は何もかもが足りない状況だったが、それでも刻み付けられた。
どうしてシンボリルドルフが最強と呼ばれるのか?なぜ彼女が長距離の頂点に君臨しているのか?その理由を知ることができた。今思えば、良い学びの機会だったな。
「では、今回は逃げをマークする際の戦術について学んでいこう。まずは」
彼女から教えられるのはレースのイロハ。私の位置からでは、キタサンをマークするのは難しいが、頭に入れておいて損はない。
(あらゆるものから学び、己の糧にする)
しっかりと耳を澄ます。一言一句、聞き逃さないように。
講義を聞いている最中、どことなく気になったことがある。
(逃げの対策に関するものが多い。おそらく、キタサンを意識してのものだろうが)
聞いているのが私しかいない関係かもしれないが、違和感を感じる。それだけではないような、どちらかといえば自分で確認しているかのような。ふと、そんな気がした。
気のせいなら気のせいでいい。だから、気づけば口に出していた。
「すまない、ルドルフ会長。少しよろしいでしょうか?」
「どうしたのかな?ドゥラメンテ。遠慮なく質問してほしい」
「先ほどから逃げの対策を聞いているが、どうも自分自身に言い聞かせているような気がする。私への講義、というよりは自分で確認しているような、そんな感じです」
瞬間、視線が鋭くなる。この反応は、おそらく図星なのだろう。
「私の気のせいならば構わない。だが、キタサンを想定しての戦い方をしているような気がするんだ」
「……成程な。私自身気づかなかったよ」
どうやら、無意識だったようだ。無意識でキタサンを想定した講義とは、それほど理想的な逃げということだろうか?
「春の天皇賞以降、どうも昂りが抑えきれなくてね。公平無私を心掛けていたのだが、どうも最近は直情径行になりがちだ」
「なる、ほど」
感情を制御しきれていない、か。ルドルフ会長程の人物がそう感じるのは珍しい。あまり、公私混同はしないタイプだと思っていた。
……いや、この場合は引き出したキタサンが凄いのだろう。事実、春天の彼女は凄まじかった。
(さすがは私のライバル、といったところか)
ルドルフ会長の熱を引き出したのが私ではない、というのは残念だが、それと同時に誇らしい気持ちがある。さすがはキタサンだ。
それにしても、キタサンを、か。
(ならば、聞いてみるのが良いだろう)
「ルドルフ会長。重ねての質問になるがよろしいでしょうか?」
「ん、んん!構わないよ。今度はどんな質問かな?」
顔を赤くして咳払いをしているが、なにか恥ずかしいことでもあったのだろうか?分からないな。
「次のレースは安田記念です。もし、あなたがキタサンブラックならば……どのようにレースに挑みますか?」
「……私がキタサンブラックならば、か」
「はい。今回の安田記念の状況を照らし合わせて、あなたならばどうするか。ぜひとも意見を」
考え込むルドルフ会長。静かに、私は言葉を待つ。
時間にしてはいくばくも経っていないだろう。ただ、かなりの時が流れたように感じていた。
果たして皇帝は、どのような判断を下すのか?もしかして、私と同じ結論に至るのではないか?そうでなくとも、新しい知識を得ることができるのではないか?ドキドキしながら待つ。
やがて、結論を出したルドルフ会長は、指を一つ立てていた。
「私ならば──後続を突き放して逃げる。スタミナに任せて、追いつけないほどに距離を広げる」
「っ、あなたも、ですか」
「やはり君も同じ結論に達していたかな?ドゥラメンテ」
彼女の答えは、奇しくも私と同じだった。あぁ、彼女ほどのウマ娘でも、同じような結論に至るか。
安田記念を想定して、一番最初に出てきた。キタサンはきっと、大逃げで来ると。その理由は、言うまでもないだろう。
「まずドゥラメンテ、君という存在がいる。生半可な逃げでは捕まえられる上に、東京の長い直線と1600mという距離の短さ。春天や中距離の様にはいかない」
「となると、残された手段は限られてきます。その一つが──大逃げ。キタサンのスタイルから、こちらの方が確率は高いと想像しています」
「体の頑丈さに豊富なスタミナ、後続をすり潰しながら、マイル戦ならば走り切ることは可能。想像に難くないね」
私に勝つためならば、大逃げが最も適している。追いつけないほどに距離を広げて、逃げ切ることを選ぶはずだ。キタサンならば、そうする。
ならば、やるべきことは決まったか。
(無論、向こうも承知の上で走ってくるだろう。やるべきことはただ一つ)
「冷静に徹し、己を見極める。揺るがぬ精神で、彼女を迎え撃つ」
「その通りだね。ただ、気を付けるべきだドゥラメンテ。彼女のスタミナは、我々の予想をはるかに超えている可能性もある」
キタサンのスタミナは数値として知ってはいるが、未知数な部分が多い。あくまで目安を知っているだけ、というべきか。
……いや、関係ないな。私は私のレースをするだけだ。
一通り、話は終わった。座学を終えた後は、身体を動かすトレーニングに移る。
「ありがとうございます、ルドルフ会長。良い勉強になりました」
「こちらこそ……あぁ、そうそう」
「?なにかっ!?」
講義の終わり際。ルドルフ会長は──にこやかにこちらを見ていた。
笑顔は、こちらを安心させるものではない。むしろこれはっ!
「私は君にも期待しているよドゥラメンテ。君達の世代は、豊作だ」
「……っ!」
「っさて、それではトレーニングと行こうか。先ほどの講義を踏まえて、実践編といこう」
我々に対する、挑戦か。わずかばかりに、口角が吊り上がる。
(認められた、ということか)
強敵として、倒すべき敵として。彼女の中にいる。それの、なんと嬉しいことか。
ただ、闘志はまだ解放しない。解放するのは──この後のトレーニングだ。
(楽しみだ)
安田記念も、なにもかも。私は、とても恵まれている。
いかん、カイチョーがシングレフェイスになっておられる!