キタサンブラックとドゥラメンテの2人。安田記念に向けての調整は万全に整えていた。
もう何度目の勝負かも分からない、現役最強2人の激突。飽き飽きするファンがいる?そんなことはありえない。
「最後の最後までどっちが勝つか分からねぇからよ、不思議と飽きは来ねぇんだよな~」
「それに、どういう勝ち方をするかもだな!ドゥラメンテはド派手だし、キタサンブラックも華がある!」
「10回を超える対戦全部見たけど、それでもまだ見てぇって思えるからすげぇよ」
同じレースは存在しない。勝ち方も、展開もまた変わってくる。だからこそ、飽きは来ないのだ。
「安田記念、マイルはドゥラメンテの本領!キタサンブラックがどう走ってくるのか、楽しみで仕方ないですよ」
そんな声が多数を占める中、安田記念は本番を迎える。
東京レース場。18人のウマ娘がターフで調子を整えている。観客席からは応援の声が飛び交い、発走の時を待っていた。
《東京レース場メインレース、G1安田記念。芝1600m、バ場の状態は良バ場の発表。晴れ空の下で、気持ちの良い走りをすることができるでしょう。注目はなんといってもドゥラメンテ!安田記念の1番人気です!》
《距離が短くなれば彼女が台頭してきますね。自分の領分では負けられない、そう答えていました。ただ、そうやすやすと勝利を譲ってくれるウマ娘はいないでしょう》
《そうですね。2番人気のキタサンブラックもまた優勝候補。互いに手の内をよく知る2人、抜きんでた実力を持つこの2人は、東京レース場でどんなレースを見せてくれるのか?期待が高まります!》
声援を受ける中で、キタサンブラックは深呼吸をしながら作戦を考えていた。今回、どのように走るのかを。
(……覚悟は決まってる。序盤はハナを取れないだろうけど、それでも突き進む!)
何が最善か、確実に勝つにはどうすればいいか?答えを得られたわけじゃない。それでも、自分が選んだことを間違いにしないように、キタサンブラックは覚悟を決める。
「っよし!行きましょう!」
頬を叩いて気合いを入れる。安田記念を制覇し、偉大なる先達サクラバクシンオーに並ぶSMILE区分G1全制覇の偉業を成し遂げようと、力強い一歩を踏み出した。
ドゥラメンテもまた、同様に目を静かに閉じ瞑想している。頭に浮かぶのは、この安田記念の展開。
(おそらく、キタサンは大逃げで走る。私との差を早めに広げ、逃げ切り勝ちを狙うはずだ)
手の内を完全に理解している、わけではない。これまで戦ってきたからこその経験則だ。
キタサンブラックは大逃げで来ると。そう予感している。
(付け焼刃?いいや、彼女ならば完璧に仕上げてくる。それに、なにも大逃げが初というわけではない)
では、自分がやるべきことは何か?それも決まっている。
「変わらない。勝利を刻むだけだ」
ファンファーレが響く中、一つ武者震いをしてゲートへ足を運ぶ。いつでもどこでも変わらない。自らの血脈の証明を。
順調にゲート入りが進み、観客の熱も高まり続ける。開くその瞬間までは静かに待ち、爆発させるその時を心待ちにする。
《順調にゲート入りが進みます。キタサンブラックは2枠からの発走、ドゥラメンテは1枠となります。枠番としてはドゥラメンテが多少不利か?ですが、彼女ほどのウマ娘ともなると、もはや枠番の不利さえも覆してくるでしょう》
今、最後のウマ娘がゲートに入る。静かな空気が流れるレース場の雰囲気を切り裂いて──ゲートの開く音と一緒に、大地を蹴る音が聞こえ始めた。
《今っ、スタートしました!安田記念が始まります、飛び出したのはキタサンブラック!キタサンブラックがまず飛び出しました。ドゥラメンテはやや出遅れたか?後ろへと位置をつけようとしています!》
春のマイル王を決める戦い、安田記念が始まる。
◇
始まってすぐに広がったのは──どよめき。キタサンブラックが後続を離して逃げようとしている姿に、観客は驚きを隠せなかった。
「おいおい、キタサンブラックが無理やり前に出てるぞ!」
「すっげぇ飛ばしてる、暴走か?」
「いや、これもなんかの作戦じゃねぇか?ほら、ドゥラメンテが相手だし」
序盤はバ群を形成していたが、キタサンブラックが単騎で抜け出したことで崩壊。今はキタサンブラックともう一人が抜け出して、ハイペースを形成している。
《まもなく第3コーナーに入るウマ娘、先頭を走るのはキタサンブラック。これは珍しいですね?》
《はい。逃げウマ娘ではありますが、無理やり逃げるようなタイプではありません。それが今回は、多少無理なペースで逃げています》
《キタサンブラックに競りかけるトゥプシマティ、キタサンブラックが展開する超ハイペースについていくことができるか?3番手との差を4から5バ身程引き離して逃げていますキタサンブラック!》
いつもの逃げ先行ではなく、大逃げで走る。暴走と思うファンは少なく、狙いはきっとドゥラメンテにあると思っていた。
観客席でレースを観ているサトノクラウンもまた、キタサンブラックの狙いを考えている。
「やっぱり、ドゥラメンテさんを対策するならそうするわよねキタサン」
追いつかせないための大逃げ。さらには、展開を自分に向かせるための逃げだ。それがサトノクラウン
隣にいる倉科も、同様の結論に至っていた。
「スピードをつけて曲がればその分だけ外に振らされる。展開次第になるが……前が壁になる、なんてこともあるだろうな。そうなりゃ、さらにキタサンブラックが有利だ」
「……トレーナー、あなた」
「な、なんだよクラウン。なにか「トレーナーっぽいこと言えるのね」トレーナーなんだが!?」
ただ、キタサンブラックの大逃げは一度だけ。ジャパンダートダービーの1回切りだ。条件も何もかもが違うレース、同じように大逃げを披露することができるのか?焦点が当てられている。
話題の中心となっているキタサンブラックは、がむしゃらに逃げていた。
(もっと前へ、もっと先に!)
普段ならばどこに誰がいる、この辺でペースを落として備えると考える場所。そんな場所さえも、今のキタサンブラックは考える余裕もないままに駆け抜けている。
理由はただ一つ、10バ身以上離れていても感じるプレッシャーを放つドゥラメンテに勝つためだ。
(ドゥラさんの追い込みはあたしが一番よく知っている。ここにいてもまだ、セーフティリードじゃない!)
普通ならばセーフかと思うライン。けれど相手がドゥラメンテならばその限りではない。東京の長い直線ならば、1ハロン10秒台すら切りそうな末脚を発揮する相手。どれだけ差をつけようが安全圏ではない。
加えて、今回はマイル戦。11秒台でひたすら逃げようが、他のウマ娘との差は思うように広がらない。息を入れる間に差をつけるのが精一杯だ。
それでも走る、走る。ひたすらに走る。もっと差をつけるために、一人だけタイムトライアルを走っているかのように全力を尽くす。
《キタサンブラックが大きく逃げる、キタサンブラックが逃げています第3コーナーから第4コーナーへ!トゥプシマティすらも置き去りにして、キタサンブラックが単騎で逃げ始めた!》
《ステイヤーだからこその解決法ですね。彼女のスタミナは誰もが知るところ、逃げ切り勝ちを狙うのも難しくないですよ》
《バ群は縦に長くなっています。ドゥラメンテも徐々に進出を開始している!ただ、ちょっとマークが厳しいか?前を走るスターリープライドがドゥラメンテをマークしているぞ》
そんなオーバーペースを、ドゥラメンテは感じ取っていた。依然として後方集団に控えているが、少しずつ進出を始めている。
神経を研ぎ澄ませ、自らの末脚をは爆発させるその瞬間を待つ。己の剛脚をもってねじ伏せるベストなタイミングを、狙いすます。
(まだ、時じゃない。慎重に、慎重に見極めろ)
うるさいくらいに鳴る心臓の高鳴りを必死に抑え、努めて冷静に展開する。キタサンブラックとは真逆と言えるだろう。
ドゥラメンテが動いたのは、第4コーナーの中腹。ここで、一つ目のギアを入れる。
「ッフ!」
「んなっ!?」
一呼吸入れて、好位置につけるための脚を発揮。全力を出さずとも、これくらいの芸当はできると押し上げる。
耳を澄ませてキタサンブラックとの差を予測。
(……およそ14バ身ほどか)
まだ射程。大逃げであることを考えれば、十分圏内だと結論付けた。ただ、念には念を入れてか、さらに位置を押し上げ始める。
徐々に、徐々に加速する後続。キタサンブラックを捕らえんと、差を詰め始めてきた。
《第4コーナーを越えて最後の直線に入りました先頭キタサンブラック!キタサンブラックの大逃げは東京でも炸裂するのか!?後続も差を詰めてきているぞ、トゥプシマティも粘る粘る!》
《溜めていた脚を爆発させる時ですよ!》
《最後方からはドゥラメンテがいるぞ!後方から上がってくるドゥラメンテ、大外を回って上がってくるドゥラメンテだ!ドゥラメンテが前へと襲い掛かる!》
その中でひときわ輝く、ドゥラメンテの末脚。もはや見慣れた加速を発揮して、先頭へと襲い掛かる。
東京の坂であっても変わらない。一呼吸する間に差を詰め、気づけばあっという間に先行集団へとつけていた。
「ドゥラメンテきたー!」
「マイルじゃ負けられねぇぞー!春天の悔しさを晴らせー!」
高まる応援の熱。前が壁になりそうだったが、そうなる前に抜け出したドゥラメンテが鋭く伸びてくる。気づけば残り200m。キタサンブラックとドゥラメンテの差は──6バ身に縮まっていた。
もう200m。まだ200m。どう捉えるかはウマ娘次第。ここから先必要なのは、勝利に対する意地のみ。
キタサンブラックが力を込める。あらん限りの力を振り絞り、全力で逃走する
ドゥラメンテが力を込める。感情を爆発させて、追いかける力へと変換する
もはや2人の独壇場。やはりこの2人の独壇場となった安田記念。レース場のボルテージは上がり続け、決着の瞬間を待ちわびる。
「頑張れキタちゃーん!」
「負けるなドゥラメンテー!」
一歩先に進むたび、キタサンブラックとドゥラメンテの差が縮まる。序盤から飛ばして逃げていたキタサンブラックの脚色は鈍い。控えていたドゥラメンテの脚色は衰えない。
縮まる、さらに縮まる。逃がさんとばかりに差がなくなっていく。
《ドゥラメンテだドゥラメンテだ!勢いはドゥラメンテが勝っている!ドゥラメンテが差を詰める!キタサンブラック流石に苦しいか!?キタサンブラックこれは苦しい!どんどん差が縮まっていくキタサンブラック!》
《ですが、彼女は並ばれてから本領を発揮します!最後まで分かりませんよ!》
追いかけるドゥラメンテは確かに感じている。キタサンブラックの雄大な背中から発せられる、怯みそうなほどのプレッシャーを。
絶対の自信が形成する強大さ。あらゆる道理を真っ向からねじ伏せる、強者の背中。海外遠征以降、何度も味わってきたライバルの背。
「私は、負けないッ!!」
それがどうした?と。地面を蹴り抜いて疾走する。残り50mで、ついにキタサンブラックに並んだ。
(負けられない!バクシンオーさんに並ぶっ、ううん!超えるために!)
(君という、最強のライバルを打ち負かして!私は最強へとの道を突き進むために!)
「「負けるかァァァッッ!!」」
最後の意地。お互いの熱を間近で感じ、領域を切って勝利へと突き進む。
相手よりも一歩先へ、二歩先へ。指一本でもいいから前に進めと身体を動かす。
もはや思考はない。あるのはただ、自分の全力をもって相手を下すことのみ。
《キタサンブラックとドゥラメンテが並んだ並んだ!キタサンブラックかドゥラメンテか!?最強ステイヤーか最強マイラーか!?50m最後の攻防、先に抜け出すのは──》
並んで、並んで。決着の瞬間が訪れる。
《ッ、わずかにキタサンブラックだぁぁぁッ!最後まで体を残したキタサンブラックが、最強マイラーを下して春のマイル王へと君臨したァァァ!これがキタサンブラック、これが【覇王】キタサンブラックだぁぁぁ!お祭り娘の祭りは終わらない!春が終わっても、夏でもまだ祭は続きます!ドゥラメンテは惜しくも敗れました!しかし、ハナ差!ハナ差の大激戦です!》
キタサンブラック。ついに彼女は、SMILE区分G1全制覇の偉業を達成した。