安田記念を制覇したのはキタサンブラック。マイル王者の地位を確立しつつあったドゥラメンテを下し、見事に勝利を刻んだ。
《これがキタサンブラック、この走りこそがお祭り娘の本領!並ばれてからの強さ、迫られてからの粘り!まさに強いとしか言えない走り!祭りはまだまだ終わらない、キタサン祭りがまだ続きます!》
東京レース場は歓声で支配されており、口々に褒め称えている。素晴らしい走りをしてくれたウマ娘達へ。とりわけ、キタサンブラックを讃えるように。
また、ただ勝っただけではない。
《加えて、この勝利でキタサンブラックはSMILE区分のG1を全て制覇したことになりました!サクラバクシンオーが打ち立てたこの偉大なる記録の後継者!彼女を超えたことを証明する、ダートG1の制覇!まさしく最強のウマ娘として君臨!》
「すげぇぇぇぞキタちゃぁぁぁん!」
「「「キタサン!キタサン!キタサン!」」」
「ワッショォォォイ!」
キタサンコールに応える、キタサンブラックの雄たけび。勝利を喜ぶように、勝者の特権とばかりに吠えている。祭りは、まだまだ続きそうだ。
その中で、ドゥラメンテはレースを振り返る。序盤の攻防、出遅れから始まった自分のレース。
(判断を間違えていたとは思えない)
内枠からのスタート。ゆえに、良いスタートを切ってしまえば囲まれる危険性があった。今回の安田記念、一番警戒されていたのはドゥラメンテであり、もし五分のスタートを切っていたら間違いなく囲まれていただろう。
いつもの最後方からのスタート。冷静にレースを見極め、最良のタイミングで抜け出した。末脚も過去最高と遜色ないレベルで繰り出すことができた。全てにおいて十全のレース運びをすることができた。100人の内90人、そう答えるようなレース内容。
ドゥラメンテ自身に非はない……のかもしれない。ドゥラメンテは素晴らしいレースをした、そう口にするかもしれない。
それでも。ドゥラメンテには許せなかった。自らの敗北が、本領とも言うべき舞台で負けてしまったことが、ドゥラメンテには許せなかった。
(最良、そう最良だ。お手本のような
なぜ最高のパフォーマンスを出せなかったのか?ドゥラメンテは腹立たしくて仕方がなかった。
油断はなかった、驕りも慢心もなかった。それゆえに、敗因を洗い出すことは難しい。
外野からすれば、枠の不利に戦法の不利、展開が向かなかった、相手が120点のレースをした……いろいろと出てくるだろう。
だが、ドゥラメンテには関係ない。彼女にあるのは、本領の舞台でキタサンブラックに負けたという事実のみ。敗者に語る言葉はなく、ドゥラメンテも望まない。たらればなど、生産性がないのだから。
(これで連敗、か。次の舞台、次の舞台ではっ)
「立て直しだ。今回のレースをしっかりと見直し、次こそは最高のパフォーマンスを発揮する。立ち止まっている暇など、私にはない」
止まれば、ライバル達は進化する。自分を置いて、ずっと先に行く。ドゥラメンテはそう刻み、声援の中にいるキタサンブラックを睨んで──微笑む。
(今はただ、君の勝利を祝福しようキタサンブラック。だが)
「このままで終わると思うなよ」
少しの悔しさを孕んで、レース場を後にした。その目に迷いも濁りもない。あるのは、前に進むための強い意志だけだ。
安田記念勝者・キタサンブラック。SMILE区分+ダートG1全制覇の偉業達成。
◇
見事に安田記念を勝ったキタサン。本人も大喜びだ。
「ついに、ついに!バクシンオーさんに並びましたよー!」
そう大はしゃぎしていたのは記憶に新しい。バクシンオーはダートを制覇していないから、記録上ではバクシンオーを超えてるんだけど。
(突っ込むのは野暮だろう)
水を差すわけにはいかない。黙っておくことにした。
それにしても、マイルSのドゥラを超えての制覇、か。
(何が悪かった、じゃないな。もうここまでくると、意地の領域だ)
ドゥラの走りが悪かったわけじゃない。むしろ、最良の走りをしただろう。文句のつけようがない、100点満点の走り。
それはキタサンも同じ。キタサンもまた、全力を尽くして100点の走りをした。ドゥラと同じように。
勝敗を分けたのはきっと、意地。キタサンの意地が、ドゥラを上回った。僕は勝手にそう思っている。
ドキドキするようなレース、最後の最後までどちらが勝つのか分からない、予測がつかない勝負だった。よく健闘してくれたと、みんな言うだろう……もっとも。
(それでドゥラが納得するかどうかは別問題、だ)
ドゥラは当然、この敗北をしっかりと刻んでいる。負けは負け、良い勝負をしたからと言って満足していい理由にはならないと、レース後の控室で吐き出していた。
そして、敗北したドゥラは、すぐさま自己分析を始めた。劣っていた意地を自覚し、次に繋げるために何が必要かを思考。すでに前を向き、次走に備えている。
(100点じゃなくて、120点の走りを心掛ける、か。向上心の塊だ)
キタサンというライバルが、ドゥラをここまで押し上げた。逆もまたそう。お互いに高め合って、ついには世界最強と呼ばれるようにもなった。
……そんな2人を育てたのは、他ならない自分。自惚れかもしれないけれど、そう思っている。ちょっとぐらい良い思いをしてもいいだろう。勝負の世界に持ち込んで、痛い目を見たらダメだけど。
さて、2人の次走だけど。
「キタサン、身体の調子はどう?」
「はい、問題ありませんよ!宝塚記念は余裕で走れます!」
「それでも、状態を見ながら出走を決めるからね。疲労が蓄積している可能性だってあるし、万が一を起こさないためにもだ」
何事もなければ宝塚記念だ。ただ、キタサンは大逃げのダメージがどれだけあるか未知数。現状は出走予定だけど、異常があればすぐさま取りやめる予定。
ドゥラに関しては、特に問題はなかった。なのでこちらは順調にいけば出走するつもり。
それにしても。
「トレーナーさんのマッサージ効果もあって、調子もいい気がするんです!まだまだ走れちゃいますよ~!」
「僕のマッサージは普通のマッサージだけどね」
相も変わらずマッサージをねだられるのはどうしてなのか。ドゥラからもお願いされるし、これが分からない。エアシャカール達に聞いても答えてくれないので本当に謎だ。別にいいけども。
とにかく、今後の状態次第。影響が出ないように、まずは労おう。
「お疲れ様、キタサン。しばらくはトレーニングお休みだから、ゆっくり羽を伸ばしておいで」
「はい!」
気持ちの良い返事だ。
◇
安田記念を勝つことができた。これであたしは、バクシンオーさんに並んだ。
同じチームの尊敬している先輩で、一番お世話になった人。そんな人に並んだから、それはもう嬉しい!
(まずは並んだ。後は、超えるだけ!)
並ぶだけで満足してちゃダメ。あたしの目標は、バクシンオーさんさえも超えること。そして……。
ただ、うかうかしてばかりはダメ。今回の安田記念は、紙一重の勝負だったから。
(最後に勝敗を分けたのは、多分意地。あたしの意地が、ドゥラさんの意地を上回っていたからこそ勝てた)
ドゥラさんだって負けてなかったけれども、あたしの方が上だった。だからこそ、安田記念の勝利がある。あたしはそう思っている。
レースを一から振り返ってみると、大逃げって選択肢はドゥラさんに見破られてた。あたしがドゥラさんに勝つにはそれしかなかったからかもしれないけど、本来なら負けていてもおかしくなかった。
作戦を看破された上で勝つ。言葉だけ聞くとカッコいいかもしれない。けれど、あたしからすれば冷や汗ものだ。
「一歩間違えれば負けに繋がってたかもしれないんだもの。どっちかというと怖い」
……そもそも、あたしの走りなんてバクシンオーさんと同じスタイルだから、看破されようがあんまり関係ない、というツッコミはNGです。怖いものは怖いんですから。
ま、まぁ!これで年明けからの戦績は2勝1敗。あたしの勝ち越しです!
(次の勝負は宝塚記念!勝負するためにも!)
「しっかり身体を休めて体力を回復しなきゃ!おやすみなさーい!」
次の勝負はクラちゃんも、シュヴァルちゃんもいる。負けていられないぞ~!
その後、順調に日を跨いでいって。
「……本当に回復が早いね、キタサン。これなら宝塚記念も大丈夫そうだ」
「はい!あ、でも見えない疲労があるかもしれないので、トレーニングは軽めにしますね」
「うん。無茶は厳禁、基本トレーニングはお休みだよ」
残された期間は少ないから、ほぼ全部を休養にあてるつもりです。これはドゥラさんも同じ……だけど。
「ドゥラ、トレーニングしようとしないでね」
「……そんなことはしない」
「ならその重りを今すぐ外して。今まさにトレーニングしようとしている姿勢は何?」
負けた悔しさから、そりゃドゥラさんならトレーニングしようとするよねって。トレーナーさんから止められていますし、なんなら他のメンバーからも止められているので諦めてましたけど。
「無茶をしたらさらにキタ君との差が広がるよ?それは本意ではないだろう?」
「うぐっ」
「しっかり休息を取るのも立派な委員長の務めですッ!休める時に休みましょうッ!」
「……分かった」
も、もう大丈夫、かな?まぁ同室もクラちゃんだから大丈夫だよね。無茶をしようとしたら止めると思うし。
それに、トレーナーさんを悲しませるのはドゥラさんも望まないことだし、きっと本気じゃない。
「ドゥラさん、宝塚記念ではまた勝負だね!お互いに、全力で頑張ろう!」
「あぁ。得意分野で君に負けてしまったからな。全力で戦う……そのためにも、しっかりと休むとしよう」
これであたしは宝塚記念の出走が決定。次走に向けて、頑張りますよ~!
しっかり休むんやで。