多くのファンが中山レース場に足を運ぶ。ティアラの第1戦、桜花賞から1週間。クラシック三冠の始まりを告げる戦い──皐月賞が開催されるからだ。
客入りはすでに10万人を超えそうな勢い。ファンはそれぞれの事前予想を立てる。
「やっぱドゥラメンテだろ!共同通信杯の末脚、ヤバかったもんな~!」
「いや、中山の直線は短いからな。キタサンブラックの逃げ切り勝ちも全然あるぞ」
「私はシュヴァルグランに勝ってほしいな~。キタサンブラックに雪辱を果たしてほしいし」
キタサンブラックとドゥラメンテが抜けた人気を誇り、その下にシュヴァルグランとサトノクラウンが続く。前哨戦である弥生賞を制したサトノクラウンとデビューからの数戦をコンスタントに結果を残しているシュヴァルグランが評価された形だ。
ウマ娘の入場は始まっており、すでに走る前のウォーミングアップに入っている。G1という大舞台、伝統あるクラシックの1戦ということもあり、場の空気は緊張している。気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする者、胸に手をやって決意を固める者、身体を動かして紛らわす者と様々だ。
その中でドゥラメンテは入念に体をほぐしていた。ただ、彼女も緊張しているのか、独特な歩様を刻んでいる。顔は微妙に強張り、足を高く上げながら歩いている。
(……大丈夫、大丈夫だ。私は圧倒的に勝利しよう。誰より早く、誰にも負けないスピードでこの皐月賞を制す!)
心の中では威勢よくいるが、見る人が見れば緊張しているのが一発で分かる。もっとも、ファンはこの独特なステップがドゥラメンテが緊張している様子などとは微塵も思っていないので愛嬌として受け取っているが。
「へ~、普段はクールだけど、あのステップはなんか」
「ちょっとかわいいよね!」
緊張しているものの、ドゥラメンテの調子は絶好調。問題は緊張という一点を除いてない。
対してキタサンブラックは、多少は緊張しているものの問題なく体をほぐせていた。
(調子は悪くない。昨日はたっぷりと寝たし、身体の調子も絶好調!)
「ドゥラさんは……多分緊張しているだけ。調子は問題ない、と思う」
苦笑いしながらも、調子自体は悪くないだろうとキタサンブラックは察する。お互いに、全力でぶつかり合うことになりそうだと予感した。
ウォーミングアップをし、緊張しているドゥラメンテを視界に収めたキタサンブラックの行動は。
(ドゥラさんは負けないって言ってた。でも、それはあたしも同じ)
「あたしも負けないよ、ドゥラさん!」
大きな声で、ドゥラメンテに聞こえるように宣戦布告することだ。声に気づいたドゥラメンテはわずかに目を見開きながらも不敵に笑う。
「私もだ。私は、誰にも負けない」
そう答えて戻っていく。あのステップはもう刻んでいない。緊張は、解けていた。
そんな2人を眺めるシュヴァルグラン。他のウマ娘とはちょっと離れたところで1人、準備を整えていた。
(す、すごいなぁ……キタサンもドゥラメンテさんも。僕と違って、全然緊張してない)
始まる前からガチガチに緊張している。それでも、一握りの勇気を胸に抱いて勝負へ挑む。この舞台に来たからには、もう逃げることはできない。逃走の手はない。彼女達に、挑まなければならない。
「厳しい、だろうけど……頑張ろう、うん」
小さく握りこぶしを作って己を鼓舞した。
サトノクラウンはというと、自分の調子を確かめていた。
(……可もなく不可もなく、ってところね。対して、キタサン達は絶好調ってところね)
調整に失敗したわけではない。ただ、良くもなければ悪くない普通の状態。旗色は良くないことを悟る。
けれど、それで諦めるサトノクラウンではない。
「絶体絶命の状況でこそ、逆境だからこそ私の力を発揮してみせるわ!」
こちらも気合いは万全。勝負に向けて気合いを入れていた。
そして、その時が来る。
《中山レース場に集った16人のウマ娘。長いクラシックロードその第一線は最も速いウマ娘が制する皐月賞!芝2000m、天気は曇り空ですが良バ場と発表されています。注目すべきウマ娘はやはり?》
《はい、ドゥラメンテですね。ここまで5戦5勝と素晴らしい成績、勝ち方も目を引きますから。枠番は1枠2番、期待が持てますよ》
《そして2番人気は4枠7番キタサンブラック。ドゥラメンテに負けず劣らず4戦4勝、しかもホープフルステークスを制してきていますからね!こちらも期待が持てますよ。3番人気は弥生賞覇者サトノクラウン、そして4番人気にシュヴァルグランと続きます》
実況のアナウンスが響く中、ウマ娘達がゲートへと向かう。ファンファーレが響き渡り、一人ずつゲートへと収まっていく。
《ウマ娘が順調にゲートに収まります。夢の始発点、最初のクラシックの栄光を掴み取るのはどのウマ娘か?栄光のゴール板目指して、誰よりも速く駆け抜けろ!今、最後のウマ娘がゲートに入ります》
最後のウマ娘がゲートに収まる。緊張は観客にも伝播し、誰もが息をのむ中──ゲートの開く音が響き渡った。瞬間、ウマ娘達が一斉に走り出す。
《っスタートしました!さぁ始まりました皐月賞、まずハナを取るのはどのウマ娘か?真ん中4枠からキタサンブラックが飛び出している、やはりこのウマ娘がペースを握るかキタサンブラック!》
中山レース場で上がる歓声。皐月賞が始まった。
ハナを取ろうとするのはキタサンブラック。そうはいかないと追いかけるウマ娘が数人、その中にはシュヴァルグランの姿もあった。
《勢いよく飛び出したのはキタサンブラック、逃げる姿勢を見せているぞ。そうはいくまいとスカンダをはじめ3人のウマ娘がハナを主張しようとしている》
《彼女の逃げは知っていますからね。ですが、ここから控えることもできるのがキタサンブラック。無理に逃げるか、それとも無難に行くか。注目ですね》
《キタサンブラックここは控えるか?いや、控えない控えない。スカンダたちと競り合うようだキタサンブラックハナは譲らない。激しい先行争い、まもなく第1コーナーへと差し掛かります》
シュヴァルグランはキタサンブラックの後ろにつけ、スカンダともう一人のウマ娘はキタサンブラックと競り合う。キタサンブラックはその2人の様子を見て、さらにペースを上げた。
(ハナは譲らない!)
事前の作戦通りに、自分がペースメーカーとして動くためにハナを譲るわけにはいかない。キタサンブラックはスカンダとアビルダを引き離すように加速する。だが、スカンダも負けじと加速。楽には逃げさせないとレースを動かす。アビルダは無理についていく必要はないと判断したのか、ペースダウンをして先行の位置に収まった。
シュヴァルグランはというと、キタサンブラックを見る形で3番手の位置につけている。先行集団の先頭、内側へと位置をつけていた。
(キタさんは、今回は逃げる形。ただ、今回はハナを取りたい逃げ)
キタサンブラックのことは研究していたシュヴァルグラン。今回の逃げは、どうしてもハナを取りたい理由があるのだと察する。そしてその理由は、最後方にいるであろうウマ娘にあると推察した。
(ドゥラメンテさんを警戒、しているのかな?そりゃそうか、キタさんにとっては一番警戒しなきゃいけない相手だから)
ドゥラメンテの末脚は警戒しなければあっという間に追いつかれるもの。キタサンブラックと同じくらい、下手したらそれ以上に警戒されている脚だ。
(自分に有利なペースにしたいから、なにがなんでもハナを取りたい。多分、きっと、そうだと思う)
ならば、自分がやるべきことはこのまま控えることだと判断した。先行集団の先頭をキープし続け、脚を溜める。前が落ちてきたタイミングで、自分の脚を発揮する。
《第1コーナーを曲がります、先頭はキタサンブラック、キタサンブラックがペースを握ろうとしている。スカンダがこれに追いつこうとしている、しかしキタサンブラック譲りませんペースを握ります。3番手は2バ身離れたところにシュヴァルグラン、そしてアビルダがこの位置だ。アビルダは控えるようです》
(作戦、決まった。上手くいくといいなぁ……)
シュヴァルグランは3番手でレースを進める。キタサンブラックの背中を2バ身先に見据えながら。
最後方ではドゥラメンテがレースを俯瞰していた。
(隊列が膨らんでいる。位置取りも落ち着いてきたところ、第2コーナーを迎えるころには落ち着くだろう)
自分の前には1バ身先に走るウマ娘が一人。さらに視野を広げると、後方集団にサトノクラウンがいることが確認できた。先ほどから後ろを気にしているような素振りを見せている姿も確認済みである。
(私を警戒、想定内の動きだ。では)
ドゥラメンテは最後方に控えている。邪魔なウマ娘は一人もいない。内を進もうが外を走ろうが自由だ。ドゥラメンテが選択したのは──内側。無駄なく進んでいく。
(ここで無駄な距離を走る必要はない。向こう正面までは内を走ればいい)
最内を軽快に進む。
《第2コーナー中間、隊列は縦に長くなっております。後方集団前から12番手の位置にはサトノクラウン、前哨戦である弥生賞を制したサトノクラウンは後方に控えるようだ。落ち着いてきたペース、最後方はやはりドゥラメンテ!》
《非常に落ち着いてレースを展開していますね。好走が期待できます》
《前ではキタサンブラックとスカンダの熾烈なハナの取り合いが続いています。先行集団を引き離して進もうとしている。これはちょっとオーバーペースか?まもなく向こう正面、一息付けるタイミングが欲しいところ》
走りながらも圧をかけることは忘れない。プレッシャーを撒き続け、いつでもお前らを抜かすことはできるぞと緩めない。警戒させ続け、じわじわと判断力を奪っていく。
後方集団はこのプレッシャーをまともに受けた。
(もっとペースを上げた方がいいんじゃ?)
(このペースじゃあ追いつかれる!)
(もっと前に!)
かけられ続ける圧に焦りを誘発され、知らずのうちにペースを上げようとしている。ドゥラメンテの圧に屈していた。
サトノクラウンも例外ではない。朝日杯以上の圧に、焦りを覚える。
(これがドゥラメンテさんの本気の圧……!朝日杯以上じゃない!)
最強の相手が発する本気の圧を感じる。サトノクラウンは──笑みを浮かべて舌を出す。
(上等!だからこそ燃えるわ!本気のあなたを、下してみせる!)
《向こう正面へ入りました皐月賞。ここでようやく先頭が落ち着いたか。キタサンブラックがハナを取りました、キタサンブラックが先頭です。スカンダは半バ身後ろ2番手の位置につけました。3番手はスカンダから4バ身離れてアルビダ、先行集団が固まっています。レースは縦長の展開だ》
どうにかハナを奪えたキタサンブラック。先行集団でキタサンブラックを警戒するシュヴァルグラン。後方集団でどうにか平静を保とうとしているサトノクラウン。最後方で機会をうかがうドゥラメンテ。前でも後ろでも、熾烈な争いが続けられていた。