学園の夏合宿。私は自分を見つめなおすために、海ではなく山の方へと向かっていた。レクチャーしてくれるデアリングタクトさんと一緒に。
山ごもりの理由は単純。私自身を見つめ直したかったから、これに尽きる。
強い相手に勝つためには、覚悟が必要。これはキタサンやドゥラメンテさんに限った話じゃない。ドリームトロフィーに進む猛者相手に挑むならば、必ず持っていなければならないもの。
私も覚悟は持っているつもりだった。サトノのウマ娘として、キタサン達のライバルとして、勝ちたいって思いは負けていないつもりだった。
(甘かった。ライバルとして勝ちたい、って思いだけじゃ、あの2人に並ぶことすらできない)
宝塚記念は4着。シュヴァルが3着で、2着のキタサンには私もシュヴァルも2バ身離されていた。この2バ身はきっと、私が思う覚悟の差ってやつなのだろう。
技術が拙い部分がある、より最適なタイミングで仕掛けて、寸分違わない走りをすればきっと、勝てるかもしれない。そう、勝てる
(2人の気迫は凄い。一緒に走っていて、ひしひしと感じている)
芯の部分、レースに対する思いの軸になっている部分が強い。だからあの2人は折れないし、自分の走りを貫くことができる。上を目指すのならば、私も同じ高みに至らなければならない。でないと、この先勝つことはできない。
だからこその山ごもり。自分を見つめ直して、レースに対する思いを再認識する。
どうして私は走るのか?なぜみんなに負けたくないのか、勝ちたいのか?
知らなきゃいけない。私の思いを、走る覚悟を。そのために、デアリングタクトさんにお願いして、山ごもりをすることになった。
で、サマードリームが終わる頃には山を出たのだけれど、うん。
「大変だったわ……いろいろと」
「お疲れさまでした、クラウンさん」
寝床を探すところから始まって、野生動物の狩りとか本当にいろいろとあった。滝行もそうだし、覚悟を決める瞬間もたくさんあった。無事に乗り切ってホッとしているわ、本当に。
「クラウ~ン!」
「あ、トレーナー」
迎えに来てくれたトレーナーと一緒に、私達は合宿所へと戻る。ここからは普段通りのメニューね。後はそう、キタサン達の対策。
「トレーナー、資料は集めてある?」
「勿論だ!メイクデビューから全部集めてある!」
「ありがとう。夜は早速、対策会議ね!」
次戦う舞台はきっと、秋の天皇賞。それまでに私は、キタサン達の対策を煮詰めていかなきゃいけない。
期間は2ヶ月とちょっと。長いと思うかもしれないけど、気づけばあっという間に迎える時間。今からやれることを全部やっておかないと。
デアリングタクトさんも乗せて、一緒に合宿所へ。後で別途お礼をしないといけないわね。
「本当にありがとう、デアリングタクトさん。おかげさまで助かったわ」
「いえいえ、こちらも新入生にレクチャーする時の、良い勉強になりました」
……頑張ってね、まだ見ぬ新入生。応援しているわよ、先駆者として。
それからは合宿所で研究。改めて見たけれど、うん。
「凄いわね、本当に。なんで短距離から長距離まで、果てにはダートまで出走しているのかしら」
「高村ならそれぐらいやる。さすがは高村だ……!」
「何が見えてたらこんなローテ思いつくのかしらね。適性が見える目って凄いわ」
今でこそVRウマレーターを駆使して、ある程度の適性は分かる。けれども、結局は機械がはじき出したものだから限界があるし、間違っている可能性も否定できない。そう考えると、高村トレーナーの目は凄いアドバンテージね。
高村トレーナーの腕は世界一と言っても過言じゃない。豊富な知識に人脈、全てをフル活用して指導に落とし込んでいる。
「適切なタイミングで息を入れて、最高のタイミングで抜け出している。ジュニア級からこんな完成度の高い走りをしてたら、そりゃ周りは勝てないわよ」
「ぐぬぬっ、やっぱ凄いな、アイツが育てたウマ娘は」
指導される側のウマ娘もまた、高村トレーナーに応えるように実力者揃い。キタサンとドゥラメンテさんの実力は言わずもがな、全員がドリームトロフィーで活躍するような猛者。今回のサマードリームも、ジェンティルさんとタルマエさんが勝利、バクシンオーさんも長距離の2着に入線している。凄いことだ、本当に。
どれだけビデオを眺めていても、隙が見当たらない。正攻法で乗り越える以外に方法はない、そう思わされる。
(けれど、乗り越えなきゃいけない。その先にしか勝利はないのだから)
キタサン達が帰ってきて以来、私達は一度も勝利していない。そんなの、我慢できるはずがない。
次こそは、今度こそはじゃない。次のことを考えない……勝負一つ一つに全てをかける。そうしなければ、私はキタサン達に勝てない。
「ドゥラメンテは性格上、絶対に大外を回る。だからクラウンは」
「……そうね。空いている内を狙うのが最適解。どれだけ速くても、距離のロスが痛いのは間違いない」
「それにキタサンブラックだって、外から上がってくるドゥラメンテを一番警戒するはずだ。だからこそ」
トレーナーとの会議はいつまでも続く。気づけば朝陽が昇ってしまいそうなほどの時間を費やしていた。
「ちょっとトレーナーくん、クラウンさん?いつまでやってぇ!?」
「お、おはようヴぃるしーな……」
「っあ」
「~~~!今日はトレーニング中止よ中止!目の下に隈まで作って!自己管理ぐらいしっかりなさい!」
全ては勝つために。勝って、その先の栄光を掴み取るために……ヴィルシーナさんが怖いから、徹夜はほどほどにしておきましょうか。
◇
夏合宿の合間、時折考えることがある。僕に足りないものは何だろう?って。キタさん達に劣っているものはなんだろう、って考える。
(数値上は、大差ない。技術も多分、差はない)
会長さんやテイオーさんに教えてもらっているから、技術的な不足はない。高村トレーナーがよく言うステータスも、差はない、と思う。
じゃあキタさん達に勝てない理由は?基礎や技術も特段劣っていないのに、彼女達に勝てない理由はなんだろう?頭の中でずっと、ぐるぐるしている。
会長さん達に聞けば分かるかもしれない。チームの先輩たちはみんな強いから。答えを得るのは簡単かもしれない。
けど、それでいいのかな?
(また、みんなの手を借りて。それでいいのかな?)
頼ってくれ、って言われた。力を借りたいときは遠慮なく言ってくれ、とも。僕が聞けば、すぐさま教えてくれるだろう。
けれども、こればっかりは自分で見つけなきゃダメじゃないか?頭によぎるのは、そんな考え。
「ただでさえ、僕が勝つためにいろいろと頑張ってくれてる。だから、僕も頑張らないと……!」
キタさんたちにあって僕にないもの。キタさんに勝つために必要なこと。それを知るために、僕は頑張らなきゃいけない。それこそが、僕が夏合宿でやるべきことだ。
真っ先に思い付いたのは、レース映像を見ること。キタさん達のレースを見れば分かるかもしれない、そう思って練習終わりはスマホにかじりついていた。
「……やっぱり凄い」
映像越しでも伝わる迫力。キタさんやドゥラメンテさんの、圧巻の走り。海外でも成績を残したんだから、やっぱり凄いなぁって思う。
どうすれば、僕もそこにたどり着けるのか?なにが必「シュヴァち~、何見てるの~?」……ヴィブロスが来た。
「い、いいだろ、別に。何を見てたって」
「あ~!なんでスマホ消しちゃうの!いいじゃん別に、教えてくれたって!」
「変なものは見てない。僕の走りに落とし込めそうな、レースの雑学動画を見てただけ」
ヴィブロスは疑いの目で僕を見ている。お、お願いだからそれ以上追求しないで……!
「いいも~ん。トレっちに構ってもらうも~ん!」
「……ヴィブロスのトレーナーさんなら、海岸の方に行ったと思うよ。さっき外にいるのが見えたから」
「ホント?ありがとシュヴァち~!」
よ、よかった。行ってくれた。よし、改めて見直そう。
……それにしても、本当に凄いって言葉しか出てこない。一分の隙も無くて、隙を見せたら即座に置いていかれるような、そんな世界で生きている。気を抜いたら負け、そんな走「ふ~ん、キタサンの走り見てるんだ~?」うひゃあああ!?
「ヴぃ、ヴィブロス!トレーナーさんのとこ行ったんじゃないの!?」
「古典的な罠に騙されるねシュヴァち~。ホントにいくわけないじゃん」
「うぅ……!」
た、確かに。よくよく考えたらなんで騙されたんだ?ってぐらい綺麗に騙された。レースに集中しすぎて、頭が回らなかった……!
「……っ」
「悪かったからそんなに睨まないでよシュヴァち。それよりも、なんでキタサンのレース見てるの?」
「……なにか、掴めるかもしれないから。僕に足りないものが、分かるかもしれないから」
ここまで来たらヴィブロスは離れるつもりはないだろう。素直に教えといた方が、後腐れなくていい。教えて減るものでもないし。
「シュヴァちに足りないものか~……お祭り?」
「仮に僕がキタさんみたいになったらどうするのさ」
「……頭の心配するかな?」
いくらキャラじゃないからって言いすぎだと思う。頬を軽く引っ張っておいた。
はぁ、それにしても。
「やっぱり、凄いよキタさん達は」
全てがトップレベルで、比較することすらも烏滸がましいなんて考えるレベル。改めて、差を実感しただけだったな。
この先もどうなるのかな。そう考えていたら。
「ぶ~。確かにキタサン達も凄いけどさ、シュヴァちだって負けてないじゃん」
ヴィブロスが膨れっ面で僕を見ていた。僕だって、負けてない?
「慰めはいいよ。実力の差なんて僕が一番「分かってない!シュヴァちは全然分かってない!」ヴぃ、ヴィブロス?」
「シュヴァちだって強くなってる!キタサン達に負けないぐらい強くなってるよ!会長さんがいつも言ってるもん!お姉ちゃんも、シュヴァちは強くなったっていつも言ってる!」
ヴィブロスは、凄い剣幕で僕の言葉を否定してきた。いつもなら、ここで口論に発展する、はずなんだけど。
(ヴィブロスの言葉、嘘じゃない。本心から思ってる)
否定しちゃいけない、目を背けたらいけない。そんな気がして、僕は口を開くことを忘れていた。
「後はシュヴァちが認めるだけだよ。自分で認めてあげなくちゃ、シュヴァちはいつまでたってもキタサン達に勝てないままだよ!それでいいの!?」
僕が、認める。僕の強さを?ヴィブロスの言葉を聞いたら、頭の中で何かが嵌ったような、全部が腑に落ちたような、そんな感覚が襲った。
(……そうだ。僕が憧れたキタさんの走りから感じたものは)
絶対の自信。折れない支柱。僕にはなくて、キタさんやみんなにはあるもの。
あぁ、僕はまた、逃げようとしていたのか。あれほど痛い目を見たのに、また目を背けようとしていたのか。進歩がないなぁ。
でも、気づくことができた。今度は、後悔する前に気づけた。キタさんと再戦ができなくなる前に、挑むチャンスがある状況で、僕は。
「──ありがとう、ヴィブロス。分かったよ、僕に足りないものが」
「ふっふ~ん。じゃあじゃあ、お礼にデートしてよね?」
「いいよ。それぐらい、お安い御用だ。姉さんも一緒にね」
「やった~!」
僕に足りないものは、覚悟だ。かっこ悪くてもいい、無様でもいい。倒れて、倒れて、這いつくばって。それでも挑んだ先にきっと……勝利は待っている。
そこから先の行動は早かった。メニューは変わらない、やることは変わらない。
ただ一つ、変わったことは。
「はぁぁぁッ!」
「いいぞシュヴァル!良い気合いだ!」
心構え。一つ一つのメニューを確実に、それでいて、一生懸命に!
「……へぇ。シュヴァル、良い表情するようになったじゃん」
「あぁ。あの日以来前を向けていたが、まだどこか頼りなげだった。だが今の彼女は──戦士の表情をしている」
「また、一つ、殻を破り、ましたね」
勝つんだ、絶対に!
こーれは秋のG1戦線が楽しみですね間違いない。