ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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秋天ですわ。


秋の盾をかけた戦い

 10月の東京は雨模様。それも、台風が近づいている影響もあり、大雨が続いていた。

 結果として、東京レース場のバ場は不良バ場。さらには雨が降る中での出走となり、ウマ娘にとっては最悪のコンディションで走る状況となる。

 

「うわっ、ひっでぇなこりゃ」

「京都の菊花賞も凄かったけど、こっちはさらに酷いんじゃないか?」

「まともに走れんのかね、これ」

 

 ファンも心配するほどの有様。当然、この日東京で開催されている芝のレースは全てタイムがかかっていた。

 

 

 メインレースの天皇賞・秋。本命視されているのは変わらずの2人。キタサンブラックとドゥラメンテだ。ただ、バ場の状態を考慮して、キタサンブラックがやや抜けた人気となっている。

 

「重いバ場で逃げるキタサンブラックを捕らえるのは至難の業だ」

「勝負根性に乱すことができないからな。キタサンブラックの勝ちが濃厚だな」

 

 とはいっても、ドゥラメンテもまた欧州の芝路線で発揮した末脚がある。やってみなければ分からない、といったところか。

 それだけではない。

 

「うおっ、サトノクラウンの気迫すげぇな」

「シュヴァルグランもだぞ。こう、明確に何か変わったわけじゃないんだけど」

「オーラが凄いよな。成長してる、っていうかなんというか」

 

 サトノクラウンとシュヴァルグランもまた、夏を経てさらに成長した。纏っている雰囲気に凄みが増し、なにかやってくれるのではないか?と期待を寄せる。

 ただ、春までの成績はキタサンブラックとドゥラメンテに全敗。クラシックでもそうだったため、やはりというか信用はない。どちらも3番人気と4番人気に落ち着いていた。

 もっとも、2人にとってもはや人気など関係ないもの。

 

(雨の影響でバ場がぬかるんでる。展開もある程度予想がつきやすいわね)

(今度こそ勝つんだ。もう、弱い僕じゃない!)

 

 目に映るのは勝利のみ。勝つためのプランを組み立てて、入念にウォーミングアップをしていた。

 

 

 出走を心待ちにする中、ついに出走の時が訪れる。ウマ娘が一人、また一人とゲートへと足を運び、ゲート内に収まっていく。

 

《天気はかなりの荒れ模様、バ場も不良バ場での開催となります天皇賞・秋。芝2000m、秋シニア最初の一冠を手にするのはどのウマ娘か?1番人気はキタサンブラックです》

《枠番も4枠7番と悪くない位置。さらには前でレースをするタイプのウマ娘ですからね。最有力候補は揺らがないでしょう》

《2番人気はドゥラメンテ。こちらは外枠7枠からの出走となります。彼女のレーススタイルからは好位置と言えるでしょう。3番人気はサトノクラウン。1枠2番での出走ですが、こちらはやや不利か?》

《サトノクラウンも差しを狙うウマ娘ですからね。どちらかといえば、外につけたかったでしょう》

 

 人気ウマ娘の紹介がされる中で、キタサンブラックはゲート内の地面を確認している。

 

(……気を抜いたら滑っちゃいそう。気を付けないと)

 

 無論、この状況での対策もしてある。決して出遅れないように、注意して動くことを頭に入れていた。

 最後のウマ娘がゲートに入り、雨の音だけが東京レース場に響く。緊張の一瞬、突如として雨の音を塗り替えるように──ゲートの開く音と、ウマ娘達の走りだす音が重なって聞こえてきた。

 

《っスタートしました!やはりこのバ場、出遅れているウマ娘が数名いますがキタサンブラックが好調な滑り出し!好スタートを切って見る見るうちに先頭へ!キタサンブラックがペースを握ります、このまま逃げの態勢を取るかどうか?シュヴァルグランも好スタート、すぐさまキタサンブラックをマークするように動きます》

 

 雨が降る中で始まる天皇賞・秋。出遅れることなくスタートしたキタサンブラックの逃げによって、レースは始まった。

 

 

 

 

 

 

 天皇賞・秋は、やはりというかスローペースで展開される。いや、超スローペースといってもいいだろう。

 ウマ娘が走れば水しぶきが上がるような惨状、ハイペースで潰すことなどできるはずもない。キタサンブラックにとって幸運なのは、ハイペースにならずとも消耗戦になっていること、だろうか。

 ぬかるんでいる地面はスタミナを奪い、脚を消耗させる。重いバ場に慣れているウマ娘であっても、この不良バ場を走るのは苦労しているのか、表情も苦し気だ。

 

《向こう正面に入ってもキタサンブラックが先頭だ。1バ身後ろにはシュヴァルグランが控えている。逃げウマ娘スカンダはこの位置、出遅れが響いたスカンダ、無理には逃げない。4番手にはこれは珍しいサトノクラウン、今回は前目の位置につけている。ドゥラメンテは変わらずの後方だ》

《このバ場ですからね。ドゥラメンテの末脚でもさすがに厳しいと思われます》

《最初の1000mを通過しました。1000m通貨タイムは64秒2!64秒2と超スローペースでのレースです!雨による視界不良も重なるこの状況、スローペースで展開される秋の天皇賞はキタサンブラックがペースを握ります!》

 

 雨は止まない。視界不良も重なり、ウマ娘達のペースも乱れている。

 その中でも冷静にレースを支配しているのがキタサンブラックだ。先頭を走りつつも、しっかりと自分のペースを守って走っている。

 ただ、そんな彼女でもかなり走りにくそうにしているのが現状。それだけで、今の東京レース場のバ場がヤバいと察することができるだろう。

 

 

 全員が走りにくそうにしている中で、サトノクラウンは虎視眈々と機会を狙っていた。バ場の状態を確認し、キタサンブラックのペースを見ながら巡行。

 

(キタサンならば、このバ場でも自分のペースを乱さない。今更バ場の状態がどうこうで乱れるような相手じゃないもの)

 

 絶対の信頼。キタサンブラックならばペースを乱さないと信用してのレース運び。たまに息を入れ、今後の展開をある程度予想しながら走る。

 シュヴァルグランも同様のレース運びをしていた。キタサンブラックがペースを守っているのだから、自分もそれに倣えばいい。どの道このバ場ならば嫌でも消耗戦になる、ある程度のリスクは割り切ってキタサンブラックをマークする。

 最後方に控えているドゥラメンテは、あまりのバ場の悪さに顔をしかめていた。末脚を発揮することは難しいだろう、脚色が鈍るだろうと頭によぎる。

 それでも、最後方で変わらない。自分のレーススタイルを崩さない。

 勝負を諦めた?違う。

 

「……っ」

 

 ドゥラメンテには絶対の自信があるからだ。自分の末脚は最強であると、この不良バ場でも変わらない力を発揮すると信じている。だからこそ、レーススタイルは崩さない。どれだけの不利が重なろうと、ドゥラメンテが揺らぐことはない。

 

 

 向こう正面での動きはなく、勝負は第3コーナーを迎える。

 

《キタサンブラックが1バ身のリードを保って逃げる。キタサンブラック1バ身のリード。2番手にはサトノクラウンが浮上、サトノクラウンが内枠から2番手に上がってきた。荒れた内のバ場を上がるサトノクラウン、シュヴァルグランはキタサンブラックの外から上がっていく》

《ドゥラメンテが位置を押し上げ始めましたね。ドゥラメンテがぐいぐい上がってきてますよ》

《役者が揃いつつあります。やはりここでレースが動くか。東京の大欅を越えて、キタサンブラックが先頭で走ります天皇賞。このタフなバ場で、どこまでペースを維持することができるか》

 

 観客のどよめき。荒れた内側のバ場を通るサトノクラウンに、不可解な視線を向ける。

 いうまでもなく、今の内側はかなり荒れている。先頭を走るキタサンブラックは最内を通っているが、これは道中に限った話だろう。

 位置取りもそうだ。サトノクラウンの位置がいつもよりも前である。元々はドゥラメンテに近い後方寄りの脚質である彼女が、この秋天に限れば前に位置をつけている。

 レース序盤からの不可解なサトノクラウンの動き。なにか一波乱起きるのではないか?そんな期待を抱くファンも少なくない。

 観客に混ざってレースを観戦しているサトノクラウンのトレーナー、倉科は拳を強く握りながら見守る。

 

「頑張れクラウンっ、頑張れっ」

 

 第4コーナーを走る担当ウマ娘。どんな結果でも受け入れると覚悟を決めて、サトノクラウンへとエールを送っていた。

 

 

 

 

 

 

 経験したことがないほどのバ場。もうすぐ最後の勝負へと入るレース。目の前を走るのは──キタサン。

 ずっと届かなかった。クラシックから戦い続けて、何度も敗北を味あわされた背中。

 後ろからはきっとドゥラメンテさんがくる。全ては私が計算した通りに。彼女にもずっと、負け続けてきた。

 

(今日こそは負けない)

 

 クラシックは何もかもが足りなかった。決着をつけることなく、彼女達は海外に渡って、さらに強くなって帰ってきた。

 

(今は違う。数値上では追い付いて、経験の差も埋まってきている)

 

 後必要なのは覚悟。

 

(違う。必要なのは……勝利という結果だけ!)

 

 ぬかるんだ地面を走る。不良バ場の、最内の経済コースを走る。前を走るキタサンの後ろをついていくように、最短経路をただ走る。

 

(本当に、よくこのタフなバ場を走れるものねキタサン!)

 

 全くペースを乱すことなく走り続ける姿を後ろから見続けた。出てくるのは心からの賞賛。対峙している相手が、いかに凄いかと思わされる。

 けど、だからと言って勝ちを譲る気はさらさらない。勝つのは私だ。

 雨の影響で視界が悪い。それでも、大体どこを走っているのかは想像できる。そう、今は──第4コーナーを越えた、最後の直線。

 

「っここォ!」

「っぐ!?」

 

 そう、あなたは嫌がるでしょう。このタイミングの抜け出しは。

 勢いをつけすぎたか、それとも荒れた内側のバ場を嫌ったか。キタサンは少し外へと膨らんだ。その隙をついて、私はすかさず自分の身体をねじ込む。

 無論、進路妨害は取られないようにしている。今更そんなへまはしない。最善のタイミングで、最高の結果をもたらすために、何度もシミュレーションを重ねた。

 

(けど、まだ並んだだけ。ここからの消耗戦が、キタサンの真骨頂!)

 

 まだ自分の末脚は発揮しない。ここはまだ、自分の力を出し切る場面じゃない。あくまで自分のペースは崩さない。

 キタサンが私との差をつけようとしてくる。けれども、この不良バ場で坂はキタサンでも苦しいのか、思ったような差は広がらない。

 懸念するのはシュヴァルの位置。ただ、シュヴァルは外を回っていた。それに私よりも後ろを走っていた関係上、来るとしても上り坂を超えてからのはず。

 後はドゥラメンテさんの末脚。警戒するものが多すぎるけど、今考えるべきことはただ一つ。

 

(この最後の直線を、最高速で駆け抜ける!)

 

 栄光のゴール板に向けて走り抜けることだけ。

 いつも以上に坂を上るのが辛い。それでも足を動かす。止まろうとする脚をぶっ叩いてでも、全身全霊を込めて私は脚を動かす。

 何度も辛酸を舐めさせられた。煮え湯を飲んできた。トレーナーにだって辛い思いをさせた。

 そんな思いは、もうこりごりだ。後先のことなんて考えない、秋シニア三冠だって、今はどうでもいい。

 

(今この瞬間に、私の全力をぶつける!)

 

 坂を超えた。後は平たんな直線が続くだけ。

 ここだ。ここが──切りどころだ。

 

「負けてたまるか……ッ!」

 

 

領 域

 

 

逆転のエース

 

 

 キタサンを凄く近くに感じる。彼女と競り合って、私はゴールへと突っ込む。

 勝利の意地を感じる。負けたくないって気持ちが伝わってくる。それはきっと、向こうも同じ。

 だからこそ──ここで競り合っている。意地と意地をぶつけ合って、私達は走っている。さぁ、どっちが勝つか。勝負よキタサン。

 

 

 

 

 

 

 残り200m。サトノクラウンとキタサンブラックが並んだ。

 

「こ、ここでサトノクラウンかよ!?」

「いや、外からシュヴァルグランが来てる!しかも後方からっ」

「ドゥラメンテ来た!ドゥラメンテが来たぞぉぉぉ!」

 

 追い上げてくるドゥラメンテに、並ぼうとしているシュヴァルグラン。差はグングン縮まる中で、人々はサトノクラウンとキタサンブラックの競り合いに注目していた。

 

《残り200を切ってサトノクラウンとキタサンブラックが並んだ!競り合いにはめっぽう強いキタサンブラック、これは苦しい展開になるかサトノクラウン!しかしサトノクラウンも負けていない、サトノクラウンも負けじと競り合う!》

《シュヴァルグランも並ぼうとしています!さらに後からドゥラメンテが来ていますよ!》

《この展開を予想できた人はいるか?競り合っているのはサトノクラウンとキタサンブラック、サトノクラウンがわずかに前に出ているか!?サトノクラウン有利か!》

 

 差して、差し返す。キタサンブラックは競り合いにめっぽう強いことは全員が知っていること。あのドゥラメンテでさえも、得意分野以外では競り合わずに勝利を狙うほどの強さだ。

 それでも、サトノクラウンは競り合う。どんな意図があるかは不明だが、サトノクラウンは内側の比較的マシなバ場を通ってキタサンブラックと競り合っている。

 シュヴァルグランも追いついてきた。ドゥラメンテも迫り、4人での勝負になる。

 裂帛の気合。意地と意地がぶつかり合う最後の直線。

 レースを走るキタサンブラック達は声も出さない。声を出すリソースさえも全て、走ることに費やしている。

 火花散らすデッドヒート。抜け出したのは──内のサトノクラウン。

 きっと、展開は関係ないのだろう。バ場の影響も、全てのウマ娘が被るもの。決定的な差にはならない。

 だからこそ、今回の差はきっと。

 

《サトノクラウン、サトノクラウン抜け出した!ついにキタサンブラックが競り合いで敗れた!キタサンブラックを下して秋盾戴冠サトノクラウゥゥゥンッ!先行策からの見事な抜け出し、キタサンブラックを競り落としたサトノクラウン!ここはサトノクラウンの意地が決まった逆転劇!》

 

 サトノクラウンの意地が、キタサンブラックの意地を上回ったのかもしれない。

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