ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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クラウン勝利!クラウン勝利!


勝者と悔しさ

 状況を飲み込むのに時間がかかる。予想外の事態にファンの思考は停止し、雨の降る音だけが東京レース場を支配している。

 目の前で起こっている出来事は現実か?都合の良い幻想だったりしないか?変な考えが頭をよぎる。

 しかし。

 

《ついに届いたサトノクラウンの執念。サトノクラウンの意地が、キタサンブラックを打ち破った!雨中決戦を制したのはサトノクラウン!ついに、ついに勝ちました!サトノクラウンがやりました!》

 

 興奮している実況の声に、電光掲示板に映る結果を見て、人々は嘘ではないことを認識する。

 瞬間──雨の音をかき消すほどの歓声が、東京レース場に響いた。

 

「す、すげぇ、すげぇぞサトノクラウン!ついに!」

「これ、クラシックの有馬記念以来じゃないか!?キタサンブラック達が負けたの!」

「しかも、あん時よりもはるかに成長しているんだ。そんな2人相手に!」

「やべぇ、拍手止まんねぇよコレ!」

 

 拍手喝采の嵐。サトノクラウンの勝利に、惜しみない賛辞を送っていた。

 

 

 キタサンブラックとドゥラメンテは最強だった。確かな実績にお互い以外をねじ伏せてきたレース。観客も心のどこかで、この2人が勝つだろうと考えていた。やっぱり強いのはミーティアのウマ娘。他はその他大勢に過ぎないと結論付けていた。

 無論、サトノクラウンもその他大勢に過ぎないと思っていた。キタサンブラック達に勝つには少し足りないと、あの2人には届かないと思っていた。

 だが現実は、サトノクラウンが勝利した。キタサンブラックを消耗戦で競り落とし、栄光に手が届いた。

 

「……えっ?」

 

 サトノクラウン本人も、面食らった表情をしている。ファンと同様、現実を飲み込むことができずに、周りをきょろきょろと見渡していた。

 観客席を見る。自分の名前がコールされているのを聞く。電光掲示板へと視線を移す。自分の番号が1着のところに表示されているのを見る。

 目を白黒させて、ようやく事態を飲み込めて。身体を震わせて──満面の笑みを浮かべた。

 

「や、やった。やったわ!」

 

 両の拳をグッと握り、喜びをかみしめる。目尻には涙が浮かんでおり、彼女にとってどれほどの喜びかよく分かる。

 ずっと敵わなかった相手、雲の上にいたライバル。それでも負けじと手を伸ばし続けて、勝つために頑張ってきた。その頑張りが、ついにここで報われたのだ。嬉しくならないはずがない。

 トレーナーである倉科も、観客席で歓喜の声を上げていた。担当ウマ娘の勝利を純粋に喜び、気づけば最前列で勝利を祝福する。

 

「やったなぁぁぁ、クラウゥゥゥン!おめでとぉぉぉ!」

 

 周りのファンも倉科に同調するように声を上げる。東京レース場は、雨を吹き飛ばしそうなほどの喝采に包まれていた。

 

 

 天皇賞・秋勝者──サトノクラウン

 

 

 

 

 

 

 天皇賞・秋が終わって、次はジャパンカップに向けての調整、か。

 それにしても、うん。

 

(何度味わっても慣れない。みんなが負けるっていうのは)

 

 悔しくて仕方がない。忘れようとも忘れることなんてできない。こういう時、酒を飲んで全部忘れる、なんてのもあるらしいけど。あいにくと酔ったことがないから意味がない。というか、いざ実践してなんの効果もなかった。

 

 

 天皇賞はサトノクラウンの勝利に終わった。キタサンと同じように最内を通って、最小限のロスでキタサンに急襲した。

 見事、としか言いようがない。寸分の狂いはなく、最高のタイミングで抜け出してきたんだ。相手を褒めるしかないだろう。

 キタサンに関しても、自分の力を出し尽くしたうえで負けたんだ。そんな彼女を責めることなんてできないし、責める気もない。

 

(無論、僕もできる限りのことはした)

 

 やれることを全部やったうえで負けたんだ。こればっかりは仕方がない……そう、割り切れたらどれほど楽か。

 どうも僕は、その割り切りができないタイプみたいで。もっとこうした方が良かったんじゃないか?まだやれることがあったんじゃないか?と、後悔ばかりが頭に浮かんできてしまう。タルマエの時と同じように、負けさせてしまったと考えてしまう。

 

「良くないとは、分かっているんだけどね」

 

 今回の敗因はきっと……サトノクラウンの意地が勝ったこと。ステータスや技術が劣っていたわけではなく、相手を甘く見ていたわけでもない。明確な敗因もきっとない。ただ、サトノクラウンの意地に負けてしまった、ということだ。

 最後の直線での彼女は凄かった。何が何でも勝つ、という意地を感じたし、キタサンのことすらも見えていないかのような、勝つことに全力を注いでいたのがよく分かった。

 キタサンやドゥラ達の意地が負けていたわけではない、と思う。それでも、サトノクラウンの気迫は2人を上回っていた……そんなところかもしれない。

 ステータスの数値は互角の相手、技術も勝るとも劣らない。なら、何が勝敗を分けるのか?

 

「……きっと、その日のメンタルに枠番、負けたくないという思いなんだろうな」

 

 ここまでくるともはや、実力は拮抗している。勝利をつかむためには、誰にも負けたくない思いを持つことが大事なんだろうなと、頭に浮かんできた。

 

「今回は、サトノクラウンの執念に負けてしまった、か」

 

 相手を褒めるしかない。ここまで育てた倉科君の手腕と、サトノクラウンの強さを。

 

 

 ひとまず、ジャパンカップに向けて調整を、と考えていると。トレーナー室の扉がノックされた。

 

(今は授業中だし、誰だろうか?)

 

 少なくともたづなさんを怒らせるような真似はしていないはずだ。うん、多分。 

 ロイヤルビタージュースの在庫補充かなにかと思って入室を促すと……入ってきたのは倉科君だった。まさかの相手だね。

 

「よ、よう高村」

「うん、なにかな?倉科君」

 

 あいにくと、さっきまで天皇賞のことを考えていた影響か、彼の顔を見ると悔しさが出てくる。

 

「あぁ、そう。天皇賞はおめでとう。サトノクラウンの末脚、凄かったね」

「ふっふ~ん、そうだろ?クラウンは凄い……あ、うん、ありがとう」

 

 それでも、どうにか取り繕えたのは良かった。嫉妬をぶつけようものなら変な顔されるの間違いないし、なんならお前が言うんじゃねぇとか言われても仕方がない。

 ……で、彼はいったい何用で僕のところに来たのか。ひとまずお茶の用意でもしようか、お茶菓子はどこに閉まっていたかを考えていると。

 

「ありがとう、高村」

「……なにが?」

 

 突然頭を下げて感謝された。いや、なんで?彼に何かした記憶はないんだけども。

 突き放すような言い方になったけど、別に怒っているわけじゃない。どっちかというと戸惑っている。なんでお礼を言われているのか、その理由が分からない。

 

「長距離を走れるようにするために、手伝ってもらっただろ?そのお礼がまだだったし、高村のアドバイス無しだったらここまでこれなかった」

「そんなことはないけどね。アドバイスはしたけど、そのアドバイスを活かしたのは君だ」

「それでも、お礼を言わせてほしい。ありがとう、高村」

 

 深く頭を下げる倉科君。なんとも、まぁ。

 

(お礼を言うためだけに、僕のところに来たのか)

 

 普段はライバルと言っているけど、変なところで律儀というか。それに、間が悪いというか。

 

「……まぁ、天皇賞で負けさせた相手にお礼を言いに来るって。随分といい趣味してるね」

「……あっ!?」

 

 気づいたんだろう。明らかに慌てふためいている。視線がきょろきょろと安定しないし、どう取り繕うか考えているのだろうか。

 

「ちちちち、違うぞ高村!決して、決してそんな意図はない!ただ俺はお前にお礼を言いたくて、言いに来るの忘れてたとかそういうわけでは決してなく!」

「なんともまぁ最悪のタイミングできたね。天皇賞前とかもあっただろうに」

「いや、それは……トレーニングとか、キタサンブラックやドゥラメンテに勝つためとかで忙しくてぇ」

 

 うん、気づいたら責め立ててるみたいになってしまった。そんな意図はなかったのだけれど。

 忙しかったのも本当だろう。サトノクラウンや担当しているウマ娘達と喜びを分かち合って、ひと段落ついたから改めて僕のところに来た。そんなところだろうか?

 日を置く、なんて考えが浮かぶよりも先に、早く僕にお礼を言いたかった。性格を考えると、ありえない線ではない。

 それにしても。

 

(負けてしまったことが、随分と響いているみたいだ)

 

 恨み言の一つでも言いたくなる、ってやつか。初めてかもしれない、こんな風に思ったのは。

 

「ごめん、倉科君。どうも僕は、天皇賞で負けたことが凄く響いているみたいだ」

「た、高村?」

 

 呆けた表情。きょとんとしている。

 

「正直に言うと、凄く悔しい。天皇賞の敗北が悔しくて悔しくて仕方がない。気づいたら、君に悪態をついていたよ」

「……悪態?俺ド正論をかまされただけじゃね?」

「もっと素直にお礼を言えたらいいんだけどね。とにかく、おめでとう」

 

 これ以上醜態を晒すのは止めておこう。なんというか、こう、ダメな気がする。うん。

 ただ、一つだけ言いたいのは。

 

「次は負けないよ。それだけだ」

 

 必ずリベンジする。それだけは伝えたい。

 倉科君は、相変わらず目を白黒させているけど。すぐに戻った。ニッと笑って、いつもの調子に戻る。

 

「今度は、俺だけの力でお前が育てたウマ娘に勝ってやるからな!お前から学んだこと全部活かして、俺なりのやり方を見つけて!次こそはお前に勝ってやる!」

「天皇賞勝ってるけどね」

「アレは、そう!お前の力もあるみたいなもんだから!ノーカン……とまではいわないけど、次こそはお前の手助け無しで勝つ!……あ、指さしちゃ失礼だった」

 

 どうも締まらないな、彼。らしいといえばらしいけど。

 

 

 用件はそれだけだったようで、倉科君は帰っていった。とりあえず手土産にお茶菓子も渡しておいた。渋々受け取る形で。

 ……それにしても。

 

「サトノクラウンにシュヴァルグラン。元々手強かったけど」

 

 もっと手強くなっている。次のジャパンカップも、油断ならないだろう。

 それに、グランドマスターズもある。天城さん曰く、シンボリルドルフがキタサンとの勝負を楽しみにしているらしい。

 

(長距離で最も勝ち星を重ねている皇帝。最強ステイヤーと名高いメジロマックイーンすらも完封したサマードリーム。これは)

「厄介だね、本当に」

 

 シンボリルドルフだけじゃないし、世界の名ステイヤーたちも相手になる。グランドマスターズのレース場は世界中のレース場からランダムで選出されるわけなんだけど。

 無論、シンボリルドルフが対策を講じないはずがない。VRウマレーターを使って、いろんなレース場の経験を積んでいることだろう。

 

「こっちもやっているから五分……どうなるか?」

 

 考えることは山積み。それでもまずやるべきは、ジャパンカップに照準を定めること。頑張っていこう。




次はジャパンカップですわよ。
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