ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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覚悟のジャパンカップ

 天皇賞の結果は、ファンにとって衝撃だった。

 上半期のトゥインクル・シリーズはミーティア一強状態。ミーティアがいるかいないかが勝敗を左右するレベルであり、出走していた場合は勝ちの目はない、と諦めるレベルの無法っぷり。誰も勝つことはできないと思っていた。

 しかし、サトノクラウンがミーティアの2人を倒して秋の盾を戴冠した。様々な悪条件が重なっている中で、勝利を収めたのである。

 これにファンは色めき立つ。

 

「次のジャパンカップも、もしかしたら」

 

 気づけば足は、次なる舞台──ジャパンカップが開催される、東京レース場へと進んでいた。

 

 

 先月開催された天皇賞とは打って変わり、ジャパンカップは快晴。絶好の良バ場で開催される。走るのに申し分ないコンディション、実力を発揮することができるだろう。

 身体を動かしてレースに備えているキタサンブラックは胸を高鳴らせている。

 

(クラちゃんもそうだけど、シュヴァルちゃんの気合も凄い)

 

 視線の先にはシュヴァルグラン。天皇賞で感じたサトノクラウンの気迫に負けず劣らずの雰囲気を纏っている。

 思わず身震いをした。春までの彼女とは明確に違う、自分をさらに脅かす強敵になったと確信する。

 

(……あたしも、もっともっと頑張らないと!)

 

 気合いを入れ、レースへと赴く。その目には一点の曇りもなく、自分の力を十二分に発揮することだけを考えていた。

 ドゥラメンテも同様である。

 

「……行くか」

 

 わずかに笑みを浮かべていた。キタサンブラック以外のライバルの登場に、こちらもまた歓喜を覚えている。強い相手との勝負は望むところだと、より自分を高みへと導いてくれると喜んでいる。

 

(元よりクラウンとシュヴァルは強いと思っていた。だが、夏を経てさらに成長した……)

「楽しみだ。このレースも、次も」

 

 さらなる高みへ。自らが目指す最強へ。ドゥラメンテは力強い一歩を踏み出した。

 そして、シュヴァルグラン。大きく深呼吸をして、ゲートへと足を運ぶ。

 

「やれること、全部やったんだ。後は、走って結果を出すだけっ」

 

 キタサンブラック達に並ぶために、彼女達にもう負けないように。シュヴァルグランは踏み出す。全ては勝つために。

 

 

 ファンファーレが響く中、順調にゲート入りが進むジャパンカップ。出走の時を今か今かと待ちわびるファン。

 

《天皇賞の激戦から1ヶ月。秋シニア二冠目をかけた戦いジャパンカップが、今始まろうとしています。芝の2400m、バ場の状態は良バ場。絶好のコンディションでの開催となりました。ミーティアのウマ娘が注目される中勝利をもぎ取ったサトノクラウン、果たして今回のレースでもまた台頭してくるウマ娘がいるのかどうか?》

《ミーティア一強ではないことを教えられました。今回も楽しみですね》

《最後のウマ娘が今、ゲートに入りました。まもなく出走となります!》

 

 静寂が訪れる東京レース場。緊張の一瞬、空気を切り裂いてレースが始まる。

 

《っスタートしました!やはり好スタートを切るのはキタサンブラック、そしてスカンダが逃げる!スカンダが逃げているぞ、キタサンブラックは後ろに控える形。今回は逃げではなく先行の構えだキタサンブラック》

 

 ゲートの開く音から少し遅れてウマ娘達の駆け出す音が聞こえ、歓声が上がる。ジャパンカップが始まった。

 

 

 

 

 

 

 ジャパンカップはスカンダが逃げる展開。キタサンブラックは2バ身後ろに控えており、ほとんどのウマ娘はキタサンブラックが走るペースを軸にしてレースを展開している。

 スカンダの逃げは暴走気味。少しでも差を広げようとしており、逃げというよりは大逃げの構え。やはりキタサンブラックの影がチラつくのだろう。焦っているかのように逃げていた。

 

《レースは向こう正面、逃げるスカンダは2バ身よりもさらに差を広げようとしております。ここで一つ落ち着きたいところ。2番手はキタサンブラック、スカンダをじっくりと見てレースを展開。3番手シュヴァルグランと続いていますね》

《サトノクラウンは今回中団9番手の位置。天皇賞は先行策でしたが、今回はいつもの定位置に収まっている模様です》

《ドゥラメンテはやはり最後方。この良バ場ならば彼女の末脚はいかんなく発揮されます。こちらにも警戒を割かなければならないですね》

 

 各々の定位置。自分が信じる、一番強いスタイルを貫く。G1の大舞台でそれができるのは、一握りのウマ娘だけだ。

 出走するウマ娘は全員が日本トップレベル。まさしく、選ばれたウマ娘のみが出走を許される大舞台。緊張しないウマ娘などいないはずがない。自分の実力を信じることができて、周りのプレッシャーにも揺らがないメンタルをもって初めて、自分のスタイルを貫くことができる。

 

「……フゥーっ」

 

 それがたとえ──勝ちの定石から外れる脚質だったとしても、だ。

 ドゥラメンテは落ち着いている。冷静に後ろからレースを見守り、自分が取るべきポジションをキープ。自分の力が発揮できる舞台を整えていた。

 

(レースは縦長。カーブの曲がりでどこまで膨らむか、だな)

 

 然るべきタイミングで、然るべき抜け出しを。ドゥラメンテは揺らがない。自分が勝つためのパターンを構築する機会を、虎視眈々と窺っていた。

 

 

 集団の前を走るシュヴァルグランは、変わらずキタサンブラックをマーク。こちらもまた変わらない。

 

(この背中も、見慣れてきたな)

 

 変わらないが、その目は狩人のごとく。弱みを見せるその瞬間を見逃さないように、シュヴァルグランは目を光らせていた。

 

 

 

 

 

 

 ずっと、憧れてきた背中だった。ホープフルステークスで追い続けてきた背中だ。

 ジャパンカップの第3コーナー。目の前を走っているのはキタさん。相変わらず雄大で、強大で、勝てないかもって思ってしまうほどの圧。脚が竦んでしまいそうなプレッシャーを放っている。

 

(自信に溢れていて、明るくて。僕なんかとは真逆の存在)

 

 みんなを引っ張っていくような存在。気づいたら先頭に立っていて、導いてくれるようなウマ娘。人々を熱狂させる、お祭り娘。

 クラシックでの戦いはボロボロだった。菊花賞で3着だったけど、その差を嫌というほど感じた。

 

(だから逃げた。キタさんから逃げて、楽な道に進んだ)

 

 どうせ勝てっこない、無理に戦う必要なんてない。だから僕は、キタさんとの勝負から降りたんだ。

 それが大きな間違いだって気づいたのは、初めてG1を勝った時。宝塚記念でアースさん達を下した時だ。

 

(凄く、虚しかった。心にぽっかりと穴が空いていて、素直に喜べなかった)

 

 理由も分かってる。キタさんから逃げたことが、ずっと響いていたから。

 彼女から逃げて勝ったG1は嬉しいか?なにも変わっていないのに、それでもG1を勝って嬉しいのか?そんな思いが渦巻いて、僕は宝塚記念を勝ったことに喜べなかった。

 

(G1を勝つだけでも凄いこと。でも、僕の本当の望みは……)

 

 キタさんに勝ちたかった。だから、彼女から逃げて取ったG1を素直に喜べなかったんだ。

 チームで一番お世話になっているテイオーさんからは、凄く怒られた。

 

「厳しいことを言うけどさ、一から十までシュヴァルの責任だよ」

「後で戦えばいい?別に今じゃなくても大丈夫?そんな甘い考えだから、後悔することになるんだ。今ここでしか走れない、そんな気持ちで走らないからこんなことになるんだよ」

「自分がケガをしたらどうするの?自分じゃなくても、相手がケガをする可能性だってある。だからボク達はその日一日のレースに全てを賭ける。次なんてない、同じレースは二度とないんだから」

 

 臆病な僕に、現実を叩きつけて。それでも今からできることを探そうって親身になってくれて。本当に、テイオーさんには足を向けて眠れない。

 テイオーさんやみんなの教えは、今も僕に根付いている。みんなの教えが、今の僕を形作っている。

 

(もう諦めないって誓った、キタさんから逃げたりしないって誓った。そして、僕自身を信じるって誓った!)

 

 ヴィブロスから言われた。僕が僕の力を信じてあげなければ、いつまでたってもキタさん達に勝てないままだって。

 あぁその通りだ。覚悟を持たなければ、キタさん達に並ぶことなんてできない。自分の強さに自信を持っている彼女達に、並ぶことなんてできやしない。だから僕も、覚悟を持たなきゃいけない。

 

 

 レースは第4コーナーに。逃げていたスカンダさんが、落ちてきていた。

 

《第4コーナーを越えて最後の直線に入ろうとしています。先頭のスカンダは少しずつ落ちてきているか?スカンダが最後の直線に入りましたがこれは苦しいか!キタサンブラックが差を詰める、キタサンブラックが差を詰めてきた!ここで来るかキタサンブラック!》

《待ってました、と言わんばかりに動いてきましたね。さぁキタサンブラックが来るということは!》

 

 キタさんが動く。ならばと、僕も同じタイミングで動き出した。

 他にキタさんをマークしていた子達も一斉に動き出す。ペースがさらに早くなって、最後の勝負が迫ってきていることを感じさせる。

 

(ずっとずっと、憧れてきた背中だった)

 

 いつでもブレなくて、負けてもすぐに立ち上がって。君の姿が僕にとって、どれだけ眩しかったか。

 

「だけどもう、憧れるだけじゃ終われないっ」

 

 憧れるのは止めるんだ。僕は──憧れを超えるんだッ!

 走る、走る。キタさんの背中は遠くて、追いつくのだって一苦労だ。

 けど、それがどうしたって言うんだ。僕は追いつく、絶対に追い越す!

 負けない、負けない。負けない!絶対にッ!

 

「負けられないんだァァァッッ!!」

 

 テイオーさん達が、姉さんたちが見ている。僕のファンが、勝利を信じてるファンが見ている。期待をかけているんだ。その期待に僕は、応えたい。

 ……ううん。一番はきっと、僕自身のエゴだ。キタさんに勝ちたいって言う、僕のエゴ。

 醜い。でも、いいじゃないか。全部全部ひっくるめての僕だ。

 

《シュヴァルグランが猛追する、シュヴァルグランがキタサンブラックへと並びかける!後方からはサトノクラウンッ!ですがっ、ドゥラメンテの勢いが凄まじい!ドゥラメンテの末脚が爆発する!ドゥラメンテきた、ドゥラメンテきた!残り200m、シュヴァルグランとキタサンブラックの差は1バ身!ここから追いつけるかシュヴァルグラン!》

 

 坂を上り切って、ついにキタさんを捉えた。ここで、切る。

 

「僕は、君に勝ちたい!」

 

 

領 域

 

 

Grand blue oath

 

 

 この勝負を、勝つために!

 

 

 

 

 

 

 シュヴァルグランの脚色がさらに鋭くなる。キタサンブラックを捕まえんと、その差を縮めてくる。

 

「頑張れシュヴァちー!もう少しだよー!」

 

 妹であるヴィブロスが懸命に声を出す。シュヴァルグランの勝利を願い、必死に声を上げている。

 サトノクラウンは早々に抜け出してきた。こちらは問題がないだろう。ただ、ドゥラメンテは()()()()()()()()()()()()()

 

《大外を回るドゥラメンテ、ドゥラメンテだがこれはかなり外を回っているぞ!ここから果たして間に合うのか!?いや、間に合わせてきたのがドゥラメンテだ!大外一気のドゥラメンテが襲い掛かる!》

 

 最後の直線に全てをささげるが故の不利。距離のロスが発生してしまい、届くかどうか微妙なラインになっていた。

 だが、ドゥラメンテにとっては関係ない。

 

(届かせるッ!)

 

 脚に力を込め、地面をけり上げる。他を隔絶するようなスピードを披露し、先頭を走るキタサンブラック達を追いかける。

 じわりじわりと差を詰めるシュヴァルグランとサトノクラウン。猛烈な勢いで突っ込んでくるドゥラメンテ。ジャパンカップは、3人にキタサンブラックを含めた4人での争いになった。

 

《さぁ並んだぞ、並んだぞシュヴァルグラン!だがここからだ、ここから強いのがキタサンブラック!キタサンブラックは競り合いに強い、抜かせない抜かせない!意地でも抜かせないキタサンブラック!そして大外からはドゥラメンテが来ている、サトノクラウンも突っ込んできた!やはりこの四強か、この四強が並んで突っ込んでくる!誰が一番最初にゴール板を駆け抜けるのか!?有利なのはキタサンブラックだ!》

 

 キタサンブラックに並んだシュヴァルグラン。並んでから異次元の強さを発揮するキタサンブラックをどう攻略するかが、勝利のカギとなる。

 ……いいや、カギなどないのだろう。彼女に勝つために必要なことはただ一つ──彼女の牙城を崩すほどに強い意志を持つこと。そうサトノクラウンが証明した。

 だからこそ、シュヴァルグランは覚悟をする。この先のことを考えない、後先のレースはどうでもいい。今この瞬間に全てを賭ける覚悟を持つ。

 それは、シュヴァルグランだけではない。サトノクラウンも同様の意志をもって戦いに臨んでいる。3人によるデッドヒート、誰が一番最初に競り落とされるかの勝負。

 加えて、後方からはドゥラメンテが突っ込んできている。すでに4番手に躍り出ており、3人が抜かれるのも時間の問題となっていた。

 意地と意地のぶつかり合い。誰が落とされるか?また誰が抜け出すのか?視線が注がれる残り50m。

 差せば差し返す。抜かれたら抜き返す。覚悟と意地のぶつかり合い。もはや他の感情が介入する余地などない激闘。

 抜け出したのは──シュヴァルグラン。そして、大外からぶっ飛んできたドゥラメンテ。3人のデッドヒートのさらに外から、ドゥラメンテが抜け出したかのように見えた。

 しかし、ドゥラメンテの勢いはあと一歩及ばず。

 

《シュヴァルグランとドゥラメンテが抜け出した!この2人が抜け出して、並んで!わずかにシュヴァルグランッ!ここで掴んだ大金星、シュヴァルグランがねじ伏せた!》

 

 一歩の差。最後にはドゥラメンテを届かせず、シュヴァルグランがジャパンカップを制した。

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