キタサンブラックとドゥラメンテを下し、今度はシュヴァルグランがジャパンカップの頂へと上り詰めた。興奮冷めやらぬ東京レース場で、シュヴァルグランの名前がコールされる。
熱狂の中心であるシュヴァルグランはというと、喜ぶ体力も尽き果てているのか、ただ呆然と立ち尽くしていた。それでも、胸の内では喜んでいる。
(か、勝てた。勝てたんだっ。キタさん達に、勝てたんだっ!)
ずっと憧れてきた相手に勝った。どんな喜びにも勝る事実。歓喜に震え、両手を上げて喜びたい……疲労が原因でできないが。
それでもどうにか伝えたい。自分の喜びを、どうにかして口にしたい。シュヴァルグランの口から出てきた言葉は。
「や、やった~……っ」
なんとも可愛らしい、弱々しいやったの一言。これが、今の彼女の限界だ。
「お疲れ様ー、シュヴァルグラーン!」
「頑張ったなー!」
ファンは温かい言葉を贈る。懸命に頑張って結果を残したシュヴァルグランに、惜しみない拍手を送っていた。
対してドゥラメンテ。こちらも疲労が凄まじく、本来であればへたり込んでいてもおかしくない疲労。
それでも立ち続けている。自分の手のひらを見つめて、今回のレースを振り返っている。
「……侮っていたわけではない」
自分の全力を尽くして勝てなかった。あともう少し、ハナ差届かなかった。シュヴァルグランの強い意志を前に、届かなかった。
(なんだろうな、この感情は)
自分の意志が負けていたとは思いたくない。だが、敗北した以上自分がシュヴァルグランに劣っていた部分があるのは事実。覆しようのないことだ。
プライドゆえか膝をつくことを許さない。目を閉じ、逡巡している。
(負けて悔しい感情は勿論ある。だが、それとは別に……ライバルの成長を実感して、歓喜を覚えている自分がいる)
「そうでなくては、な」
ようやく気持ちに整理をつけたのか、体力もある程度回復したのか。ドゥラメンテは地下バ道へと足を運ぶ。
最後にもう一度シュヴァルグランの方へと視線を向けて、呟く。
「──次は叩く。覚悟しておけ」
鋭く睨みつけ、誰もが震えあがるようなプレッシャーを放つ。全然気持ちに整理はついていなかったようで、悔しさをにじませていた。
それはドゥラメンテだけではなく。表にこそ出さないもののキタサンブラックも同様の気持ちを抱いていた。
悔しさを耐えるように噛みしめ、拳からは血が流れんばかりに強く握りしめている。
(……反省は後だ。今はとりあえず、戻らないと)
踵を返して、ドゥラメンテと同じように地下バ道を通る。その目には──強い意志が宿っていた。
◇
ジャパンカップから数日が経ちました。それにしても……はぁ。
(互角なのは分かってた。負けたのはきっと、気持ちの差)
「あたしだって負けてないはずなんだけどなぁ」
「だが、2人は私達に負け続けていた。2人のこれ以上負けたくない気持ちは、私達の想像以上だった。そう考えるのが自然だろう」
秋天はクラちゃんに、ジャパンカップはシュヴァルちゃんに負けた。2人とも凄く強くなっていて、嬉しいって思う気持ちはあるけれど……それ以上に、負けたことが悔しい。
数値上は互角で、技術にだって差はなくて。じゃあなにで負けたかって言われると、気持ちの差。2人の負けたくないって気持ちが、あたしたち以上だったってこと。
(この辺は、タルマエさんだったら上手くやるんだろうけど)
タルマエさんは負けた相手を徹底的に研究して対策する。でも、あたしはタルマエさんみたいに上手くはできない。あれだけ徹底して対策を講じるのは、あたしには難しい。
「でも、リベンジを聞くのに一番向いてるのはタルマエさんなんだよね」
「あぁ。ファンから付けられた異名、【復讐の魔王】は伊達ではない。説明も分かりやすいからな」
「ただ、それであたし達が実践できるかどうかは……」
「また別、だな。少なくとも、私はタルマエの様にはできない」
タルマエさんはあまりよく思っていない異名ですけど、実際には凄いこと。同じ相手に二度連続して負けない、それはひとえに、相手のことを完璧に調べ上げているから。
調べ上げて、実践して、勝つ。しかも自分の走りに落とし込むことだってできる。うん、改めて凄い。あたしには無理だ。頭がパンクしちゃう。
「……結局は、揺らがない意志を持つことが大事なんだろうな。私達は、心のどこかで驕りがあったのかもしれない」
不意に、ぽつりと呟くドゥラさん。驕り、か。
完全になかった、とは言い切れない。勝った相手だから今回も大丈夫、そんな気持ちがなかったとは言い切れ……いや、流石に言い切れる。クラちゃんもシュヴァルちゃんも、勝負では一度たりとも手を抜いたことはない。
ただ、あるとすれば。
「グランドマスターズ。そっちに意識が割きすぎてたのはあるかもしれない」
「……グランドマスターズ、か。そんなことはないとは言い切れないな」
年明けに開催されるグランドマスターズの本戦。あたしもドゥラさんも、距離は違うけどどちらも出走する。
まだ年明け。だけど相手はドリームトロフィーで戦うみなさんが相手。どうしても意識してしまった、のかもしれません。
もっとも、負けた以上なにを語ってもたられば。トレーナーさん曰く、明確な敗因もないようなので、これ以上引きずるのは止めておきます。
「次は、2人揃って狩る。もう二度と負けない」
「ぶ、物騒だねドゥラさん。あたしも負けないように頑張るけど」
「当然だ。2人の強さは認めるが、頂点へと君臨するためには彼女らを下さなければならない。ゆえに、次のレースは勝つ」
ドゥラさんは気合十分だ。闘志を滾らせて、指を動かして……なぜかあたしの方へとむけてきた。へ?
「無論、君にも負けない。長距離は君の庭、だが君は私の庭を踏み荒らした。ゆえに、有馬記念は負けない」
「え、え~!?そんな人聞きの悪い!?」
「事実だ。マイルで負けた悔しさはまだ私の中に根付いている。だから負けない」
うん、確かに安田記念はあたしが勝ったけども!それでドゥラさんの庭を踏み荒らしたって人聞きが悪い!
なにを言っても事実だ、としか言われないんだろうなぁ。なら、反論するよりも。
「いいよ。あたしだって長距離は負けない。一番自信のある距離だから!」
「レースに絶対はない。君の絶対を崩して、私は勝つ」
にらみ合うあたしとドゥラさん、だけど。すぐにお互い表情が崩れる。
「なんだか、むず痒いな。改めて君に宣戦布告をすると」
「あはは、あたしも」
真面目な雰囲気はできそうにないや。それだけ、あたしとドゥラさんは長い時間を共にしてきたのだから。
同じチームに入って、お互いに競い合って。海外遠征でもあたしとドゥラさんが1着と2着を飾ることが多かった。ずっと戦ってきた相手、一番意識しているライバル。
友達でライバル。そんな関係が、あたしとドゥラさんには似合う。
「クラちゃんやシュヴァルちゃん、ダイヤちゃんにアースさん。ライバルって言われたら、いろんな人が浮かぶけど」
「誰が一番か、と聞かれたら。私は君を選ぶ。君こそが私にとって最大のライバルで──最高の好敵手だ」
「……うん。あたしもそうだよ。あたしも、ドゥラさんが一番のライバルだって思っている」
こればっかりは戦ってきた数とか、過ごしてきた時間だ。あたしとドゥラさんは10戦以上も戦ってきた。一番のライバルは、ドゥラさんで間違いない。
それに、長い付き合いだからこそ、お互いに羨ましいと思うものを見てきた。
「私は、君の頑丈さが羨ましかった。強い負荷のトレーニングを組んでも問題なくこなせる頑丈さ。私も同じくらい頑丈だったらと、何度思ったことか」
「いや、ドゥラさんに頑丈さがあったらとんでもないことになるからね!?今以上に強いドゥラさんとか想像したくないんだけど!」
「事実だ。私にも君のような頑丈さがあれば……くっ!」
ドゥラさんは、あたしの頑丈さが羨ましかったみたいだ。ケガとは無縁の身体、強い負荷でもこなすことができる身体……ドゥラさんにあったらとんでもないことになってそう。
ま、まぁ。あたしにだって羨ましいものはある。そんな悔しそうな表情をしているけどドゥラさん。
「あたしだって、ドゥラさんの末脚が羨ましいよ!ドゥラさんみたいな末脚があったらって、あたしいつも思ってるもん!」
「……君に末脚のキレがあったらバケモノだろう?」
「じ、自分のことを棚に上げて!」
あたしにはドゥラさんの末脚が羨ましかった。気づいたら先頭に立っている脚の速さはあたしにはないもの。後方から鮮やかに差し切って勝つドゥラさんの姿は、とても眩しかった。
きっと、ドゥラさんは逆なんだろうな。あたしの逃げが眩しくて、だから羨ましく思えているんだ。
(自分が持っていないものを相手が持っている。だから眩しく見える)
だけど、ないものねだりしても仕方がない。それをあたし達は、分かっている。
「ある武器で戦うしかない。自分の武器を最大限に磨いて戦うことこそが、勝利への近道。そう教えられた」
「そうだね。チームのみなさんがそうしてきたことを、あたし達もやるべきなんだ」
自分の武器を最大限磨いて戦い抜く。たとえ負けても、自分の強みをしっかりと理解して、それでもと戦い続けること。それが、ミーティアで学んだことで──イクイちゃん達後輩に、あたし達が教えていかないといけないこと。
次の有馬記念が、あたしとドゥラさんの、トゥインクル・シリーズでのラストラン。最後の戦いだ。
負けたくない、勝ちたい。その気持ちは、同じくらいに強い。ドゥラさんだけじゃなくて、クラちゃんやシュヴァルちゃん。海外遠征から帰ってくるアースさんにダイヤちゃんもそうだ。
それでも。
「勝ちは譲らない。勝つのはあたしだ、ドゥラメンテ」
「──私の全力をもって、君に相対する。必ず差し切ってみせる、キタサンブラック」
隣にいるライバルには、絶対に負けられない。勝負だ、ドゥラメンテ。
身近にいた君が、一番のライバル。