ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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最後の攻防

 勢いよくハナを取ったのはキタサンブラック。アイゼンテンツァーが競りかけているが、不利を悟ったのかすぐに控える構えを見せる。キタサンブラックが単騎で逃げる形となった。

 

《キタサンブラックが先頭を走ります、2番手にはアイゼンテンツァー。そこから1バ身離れてシュヴァルグランが追走、サトノクラウンもこの位置につけている。天皇賞の様な先行策に出たぞサトノクラウン》

《今回はキタサンブラックを強くマークしているのでしょう。もしくは、ここから少し下がるかもしれませんね》

《ホームストレッチから第1コーナーへ進みます、序盤の攻防。サウンズオブアースは7番手、サトノダイヤモンドは11番手の中団。ドゥラメンテは最後方に控えていますいつもの形。キタサンブラックがガンガン飛ばしていく、このペースについていくことができるか?アイゼンテンツァー》

 

 有力ウマ娘の戦法は変わらず。序盤は様子見に徹し、周りの状況を見ながら作戦を組み立てる。ペースを逸脱することがないように、最後まで脚を残せるように。

 

 

 ファンの声援が響き渡る中、高村は今の状況を確認していた。

 

「キタサンは早いペースで逃げているけどスタミナは持つ。ドゥラは後方待機、サトノダイヤモンドが警戒しているね」

 

 サトノダイヤモンドの位置取りは明らかにドゥラメンテを意識したものだと判断。彼女の末脚を機能させないためか、かなり外を回っていた。

 距離が伸びる分、スタミナも求められる。他のウマ娘に離されないよう、スピードも出さなければならないからなおさらだ。

 

「ただ、それも問題はないか。サトノダイヤモンドは」

「ステイヤー、だものねぇ?欧州の超長距離G1でも善戦した彼女だ、あのペースでも走り切ることぐらい訳ない」

 

 だが、サトノダイヤモンドは苦にしないと考えていた。キタサンブラックと同じステイヤー、スタミナも末脚の持続力も他のウマ娘とは違う。長く走ることになっても問題はない。

 近い位置にいることで、サウンズオブアースにも注目する、が。

 

「内にいるね、彼女」

「展開によっては抜け出すのに苦労する位置。一か八か、になりますけど」

「はてさて、どうなるか」

 

 最内の7番手を走るサウンズオブアースはバ群に飲まれつつある。囲まれるリスクよりも最短経路を走ることを選んだのだろう。風除けの影響もあってか楽そうに走っていた。

 後はシュヴァルグランとサトノクラウンの2人。こちらはサトノクラウンが顕著だ。

 

「秋天と同じような先行策。これはキタさんのペースを見て、ですか?」

「でしょうね。キタサンが先行策で走ったジャパンカップでは差しでしたもの、彼女」

「キタさんの位置で変えている、ってことかしら?」

「そうなるわね」

 

 秋天と同じような先行策。キタサンブラックが逃げる展開ならばこう走る、と決めていたのだろう。ジェンティルドンナが説明し、イクイノックスとアーモンドアイは授業をしっかりと聞いている。

 

「さぁ、バクシンですよキタさーん、ドゥラさーんッ!バクシンを信じれば道は開けます、バクシンこそが最強ですよーッ!バクシーーンッ!」

「……どういうことかしら?」

「あまり気にしない方がいいよアイ君。そういうものだ」

 

 サクラバクシンオーはひたすらに応援をしていた。

 

 

 ファンが見守る。有馬記念を、彼女達の走りを。

 また、ファンに交じってトレーナー達も観戦する。

 

「シュヴァル、ダイヤっ」

「今回もかつぞー!クラウーン!」

「頑張ってねアースー!」

 

 己の担当の勝利を願いながら、誰よりも速くゴール板を駆け抜けることを信じながら。

 

 

 

 

 

 

 私はライバルに恵まれている。私を脅かすような強敵がいて、私を倒すために全力を注ぐ相手がいて、私を熱くさせてくれるライバルがたくさんいる。なんと幸せなことか。

 望んでも得られるものではない。心を折られて、止めてしまう者だっている。悲しいことだが、この世界ではよくあることとして認識しなければならない。そう、仕方ないことだ。

 

(けれど、最初からいた。私に挑んでくれるライバルが。ずっと近くにいて、何度も何度も張り合ってきた、大切なライバルが)

 

 今も先頭を走って逃げていることだろう。この舞台ならば彼女は逃げを選択する。結果的に逃げる形、が近いかもしれないが、きっと先頭を走っているに違いない。キタサンブラック。私の、最高で最強のライバルが。

 

 

 何度も戦ってきた。数えきれないほど競い合ってきた。

 

(始まりのクラシック戦。皐月賞からずっと、彼女と戦い続けてきた)

 

 皐月賞と日本ダービーは私が勝った。菊花賞と有馬記念は彼女が勝った。

 

(海外遠征では差をつけられた。気づいたら抜かれていた差を、埋め戻すのに必死だった)

 

 シニア1年目の海外遠征。覚醒した彼女を倒すのには随分と苦労したものだ。今でこそ五分に戻せたが、不安に押しつぶされる時もあった。私の心が折れかけたのもこの時だ。最初で最後の経験だろうな、アレは。

 そしてシニア2年目の現在。今もまた、彼女は私の最大の壁として立ち塞がっている。

 ライバルは増えた。海外遠征から帰ってきた2人も、強いことには間違いない。

 

(それでも、どうしてだろうな。君こそが最大のライバルだと思ってしまう)

 

 これまでの長い付き合い。切磋琢磨し、ここまでお互いに競い合ってきたからこその直感。キタサンブラックこそが、私にとっての最大の壁であるのだと。そう認識している。

 

《向こう正面を走るウマ娘達。先頭を走るのはキタサンブラック、キタサンブラックが先頭だ。展開は少し遅めのペースか?スローペースで展開されている。アイゼンテンツァーが2番手追走、1バ身から2バ身離れてシュヴァルグランがここにいます。サトノクラウンはその後ろ、先行集団と同じ位置》

《サトノダイヤモンドとサウンズオブアースは中団ですね》

《先頭から14から15バ身程離れて、ここにいるのが最後方ドゥラメンテ。ドゥラメンテが外に位置をつけている》

 

 おそらくだが、キタサンは脚を溜めている。最後の直線での脚を残して逃げている。

 

(追いつこうにも届かない位置まで逃げるために、万が一競りかけられても逃げ切れるように、か)

 

 きっと、考えで動いてはいないのだろう。言うなれば直感、こうした方がいいという経験則に基づいた逃げ。なんとなく、そう思っている。こうした予測を立てられるのも、長い付き合いゆえのことかもしれない。

 

 

 そろそろ第3コーナーが目前。ここで少し前目につけることを意識する。

 

(かけるのは最後の直線。私の全てを、全脚力を注ぎ込む)

 

 いつもと変わらない。やるべきことも成すべきことも、何一つとして変わらない。

 カーブを曲がる。どれだけ外に振らされても構わない。必要なのは前が開けることだ。

 私の走りに邪魔ものが入り込まないように。誰もいない走路を走り抜けるために。そのためならば、どれだけ外を回ることになろうが関係ない。

 追いつけない距離だろうが届かない位置だろうが構わない。なぜか?

 

(追いつけるようにすればいいだけだ)

 

 人の定めた無理など関係ない。私はその無理に真っ向から立ち向かい、勝利する。私が目指す最強ならばそうする。

 バ群の一番外、コースの外側。少しずつ進出を開始し、ジワリと責め立てる。

 

(ダイヤとアースはすでに抜け出した後、か。姿が見えない)

 

 アースに関しては内側を走っていたので分からない。だが、外目にいたダイヤはすでにいない。私よりも早く抜け出したか。彼女の場合はロングスパートの方が得意だから当然か。

 いや、関係ないな。自分の走りにだけ集中した方がいい。

 

(心臓がうるさいくらいに鳴っている)

 

 ドクドクと、血が体中をめぐっているのを感じる。私の脚を動かし、力を引き出そうとしている。

 ゆっくりと息を吸って、吐く。酸素を身体中に行き渡らせ、最後の勝負に向けて万全の体勢を整える。

 

《第4コーナーを回ります各ウマ娘。最後方からドゥラメンテが進出を開始しているぞ、ドゥラメンテが来ている!先頭は依然としてキタサンブラック、シュヴァルグランがアイゼンテンツァーに並んでいる!サトノクラウンはまだ動かない、中団からはサトノダイヤモンドが伸びてきた。サウンズオブアースは内側から進出開始、サウンズオブアースは内側だ!》

 

 内の衝動はまだ抑える。第4コーナーはあくまで準備段階、本番に全てを解放するために、もっと大きな力として解放するために。

 中山の直線は短い。だからどうした?私ならば追いつける、私ならば勝てる。そう信じて走り続けてきた。

 

(まだ、まだだ)

 

 抑える、必死に抑える。体の内側から食い破らんばかりの衝動を秘めたまま、第4コーナーを走り抜ける。

 

 

 ──時はきた。

 

(視界は開けた。今、ここに!)

「全力を、解放するッッ!」

 

 蹴り上げた地面が爆ぜる。溜めに溜めた衝動を、私の末脚を一気に爆発させる。

 さぁ、勝負だ。

 

 

 

 

 

 

 ついに最後の戦いが始まる。観客の声援も更なる熱を帯び、ウマ娘達の気迫もさらに一つ上のステージへと変化した。

 

《キタサンブラックが逃げる、キタサンブラックが逃げる!アイゼンテンツァーが粘りに粘って現在2番手、だがすでにシュヴァルグランが背中を捉えているぞ!》

《サトノクラウンも来ていますね。さらに内からサウンズオブアースもいます!》

《最内サウンズオブアース、外からはサトノダイヤモンド!ここから粘れるかアイゼンテンツァーまだ2番手をキープしている!そして外ラチ一杯大外ドゥラメンテ!ドゥラメンテが11番手から捲って上がってくる!》

 

 全てのウマ娘が末脚を解放して、先頭を走るキタサンブラックへと襲い掛かる。キタサンブラックは逃げてはいたものの、余裕を持って逃げていたためかその差は思ったよりは縮まっていない。

 だが、それでも限界というものはやってくる。アイゼンテンツァーが徐々につかまり始めているように、キタサンブラックもいずれそうなるだろうと予測がされている。

 特にドゥラメンテの勢いが凄い。気づけばあっという間に追い抜かれるウマ娘達、先に抜け出していたサトノダイヤモンドにもう並ぼうとしている衝撃が来ている。

 

《アイゼンテンツァーを捕まえたシュヴァルグラン、サトノクラウンもここで突っ込んできたぁ!サウンズオブアースとともに上がってくる、サトノダイヤモンドはまだ6番手、まだ6番手!大外一気のドゥラメンテは7番手に浮上、サトノダイヤモンドとの差を一気に縮めている!》

 

 先頭から7番手まで残り5バ身。射程圏内に捉えている。残り100mのレースで、誰がキタサンブラックを捕まえるか。

 

 

 負けられない意地がぶつかる、勝ちたいという意思が鎬を削る。先頭での争いはすさまじいものだ。

 キタサンブラックは歯を食いしばって逃げる。後からのプレッシャーを感じながらひたすらに逃げる。

 

(ドゥラさんやみんなが来る!もう、考えている余裕なんてない!)

 

 自分が呼吸しているかどうかすらも分からない。すべてのリソースを走ることのみに費やしている。

 シュヴァルグランをはじめとした後続勢。全員が領域を切り、キタサンブラックへと襲い掛かる。全員が一騎当千の猛者、プレッシャーも膨大なものだ。

 特にドゥラメンテ。秋天やジャパンカップ以上の末脚で大外から薙ぎ払ってきている。サトノダイヤモンドを躱しそうな勢い、前を走るシュヴァルグランたちに追いついてきていた。

 6人が飛び出した。キタサンブラック、シュヴァルグラン、サトノクラウン、サウンズオブアース、サトノダイヤモンド、ドゥラメンテ。火花を散らす激闘が繰り広げられる残り100m。

 もう差はない。位置の有利不利も関係ない。後は、この攻防を制したウマ娘が勝利するという場面まで来ていた。

 

《キタサンブラックがまだ粘る、まだ粘る!シュヴァルグランは2番手、その差はもう半バ身もない。サトノダイヤモンドが外から突っ込んできた!サウンズオブアースは内から、大外のドゥラメンテはどうか!?》

《手に汗握る攻防。誰が勝つか!》

 

 極限の勝負、手に汗握る攻防。誰が抜け出すか?全く予想がつかない状況。

 この状況でキタサンブラックは──笑った。無意識に笑みがこぼれた。

 

 

 襲い掛かる5人のウマ娘。キタサンブラックは半バ身から先を縮めさせず、意地でも抜かせない走りを見せる。

 それでも、ドゥラメンテだけが追い付いた。キタサンブラックに、並ぼうとしている。そして。

 

(あぁ、やっぱり)

「君は、本当につよい……っ」

 

 ドゥラメンテが言葉を零し、キタサンブラックとドゥラメンテが並んだところで──決着がついた。

 

《キタサンブラックかドゥラメンテか!?2人が並んでゴールした、ゴールしたがっ!これは僅かにキタサンブラックだぁぁぁッ!粘り勝ち、最後の最後まで抜かせなかった意地の粘り勝ち!これが!王者の退き際だぁぁぁ!これが、お祭り娘が魅せる、トゥインクル・シリーズ最後のお祭りだぁぁぁ!》

 

 熱狂の中山レース場。激闘を制したのは──キタサンブラックだった。

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