うぅ~、あんまりうまくいってない!
(想定通りにいくとは思ってなかった。でも、引き時を見誤っちゃった!)
序盤から逃げるため、ペースを握るために逃げましたけど、スカンダさんが競り合うようにやってきた。何としてもペースを握りたかったあたしはハナを譲らずにペースを上げる。結果、向こう正面で取りたかったハナは取れたけど……!
(結構スタミナ使っちゃった……!これじゃあ、ロングスパートは厳しい!)
けど、勝つためにはどうにかするしかないし、あとあと、シュヴァルちゃん達も警戒しなきゃいけないし。というか競り合いに夢中でシュヴァルちゃん達の位置気にしてなかった!?う~、結構作戦が狂っちゃったよ!
どうしようどうしよ~う!?一体どうすれば……!
(……いや、待てあたし。こういう時こそ落ち着かないと)
トレーナーさんやみなさんに教えてもらったことを思い出す。焦りそうな時こそリラックスして、自分がやるべきことを思い出すんだ。
まずは落ち着いて状況確認。
(スタミナの消費が想定以上。これはスカンダさんと競り合ったから)
こればっかりはあたしのミスだ。今更やっちゃったと思っても時間が戻るわけじゃないんだから、今できることで対処するしかない。落ち着け~落ち着け~あたし……よし、少しだけ落ち着いてきた。
走っている場所もしっかりと確認。今は……向こう正面半分ぐらい。
(悪いことばかりじゃない。先行集団はともかくとして、後ろは少し離れているっぽい)
全部が全部確認できるわけじゃないけど、このペースについてこなかった子達だっている。ドゥラさんがいる後方集団はきっとついてこなかった組だ。
先行集団も離れている。これはきっと、あたしのペースだと自滅すると思ったから。ただ、今は向こう正面も半分を過ぎたから……ここから差を詰めてくる、はず。
なら、あたしがやるべきことは、最善の策は。
(追いつかれてもいいから脚を溜めること。このまま最内を進んで、少しでもスタミナを回復する)
ロングスパートを仕掛けるためのスタミナを、少しでも早く回復すること。直線で仕掛けたらドゥラさんの脚が飛んでくる。できる限り差を広げておかなきゃいけない。
(どうにか気持ちも落ち着いてきた。後は、みなさんから教えてもらったことを実践する!)
第3コーナーが見えてきました。このまま駆け抜ける!
◇
不思議だ。レース前はあんなに緊張していたというのに、今は普通に走れている。大丈夫だろうか?問題はないだろうか?とばかりに考えていたのに、クリアな思考で挑めている。
(これもきっと、キタサンの声掛けがあったからだろうな)
緊張が解けたのはあの時。キタサンから宣戦布告をされた時だ。こちらを向いて、大声で彼女は言った。
「負けない、か。それは私もだ」
自分がやるべきことを再確認できた。レースに勝つことに集中できた。彼女からすれば何気ない言葉だったかもしれないが、あの一言が私の意識を戻してくれた。
《第3コーナーを回ります。先頭はキタサンブラック、ですが先行勢との差が縮まってきました。スカンダが少しずつ近づいているぞ。だがキタサンブラックまだ動かない。動くときはここではないとじっと待ち構えています》
《先ほどとは一転、落ち着いたレースをしていますね。ここにきて冷静になれたか?》
《先行勢が差を詰めてきます。徐々にペースが上がっていくぞ、後続が差を詰めてくる。これを受けてキタサンブラックもたまらず逃げるか?差をキープするように動き始めます。最内の経済コースを回るキタサンブラック、ドゥラメンテはまだ最後方だ。まだ控えているぞドゥラメンテ。脚を研ぎ澄ませています》
君は私の緊張を解いてくれた。だが、それはそれでこれはこれだ。勝利は私がもらう。
(差を詰める必要がある。必要な差は──10バ身)
キタサンの脚を考えると、これだけでも詰められるだろう。いつもならば絶対に追いつけないが、今回はスタミナを余計に消耗していたはずだ。脚色も鈍っているに違いない。それでもギリギリだが。
前との差を詰めにかかる。大外を回り、かつ最短の経路で位置をキープし、最後の直線で抜け出せるように密集地帯を避けて通る。その分、距離のロスが発生してしまうが構わない。これくらい織り込み済みだ。前のウマ娘は抜かせまいと競り合ってくるが、ここはスピードの違いともいうべきか。私の方が速い。
《第3コーナーから第4コーナー、キタサンブラックが逃げに逃げている。スカンダは追いつこうとするがまた離されました、キタサンブラックが先頭。シュヴァルグランも位置を上げ始めてきたぞ、そして後方からはドゥラメンテ!ドゥラメンテが上がってきています》
《後方集団も上がってきましたね。縦に長かったバ群が固まってきましたよ》
《サトノクラウンはまだ上がらない様子。ドゥラメンテが徐々に位置を押し上げる、後方集団もたまらずといったところか。ドゥラメンテから逃げるように上がっていくがここはドゥラメンテが速い!瞬く間に上がっていくぞドゥラメンテ!》
ドクン、ドクンと。心臓が高鳴っている。早く解放しろと、この内なる衝動を解き放てと私を焦らせる。
(まだ、まだだ。まだ早い。ここではない)
落ち着け。まだここは発揮する段階ではない。発揮すべきは最後の直線、そこに全てを懸ける。
逸る衝動を抑え、位置を押し上げていく。だが、勝負どころが近づくたびに私の心臓が早く脈打つ。
(まだか……まだか、まだかっ!)
トゥインクル・シリーズでのキタサンとのレース。クラウンやシュヴァルといった相手との勝負。私の目標、クラシック四冠の戦い。負けたら終わりの、一度きりの勝負に負けるわけにはいかない。目指す頂ははるか遠く、彼女らに少しでも早く並び立つために。いろいろな思いが交錯して、私の血を滾らせる。
《まもなく最後の直線、勝負所へと移ります!先頭を走るのはキタサンブラック、7番のキタサンブラックが快調に飛ばして逃げている!この逃げを捕らえるのは容易ではない、スカンダはわずかに落ちてきたか?シュヴァルグランら先行勢に飲み込まれようとしている。必死に粘るスカンダ、だがこれは厳しいか?》
《後方のウマ娘も続々と上がってきましたね。中山の直線は短いですから、注意が必要ですよ!》
《さぁ固まってきたバ群、最後方大外から上がってくるドゥラメンテ!キタサンブラックが逃げている、逃げながら最後の直線に入ってきた!最後の直線、先頭で入ってきたのはキタサンブラックだ!》
熱い、身体が熱い。早く発散したい。この衝動を、早く解き放ちたい!
「くっ……!」
「ど、ドゥラ、メンテさん……!」
もっと、もっとだ。もっと熱い戦いを。この衝動を、早く解き放て!
「──見えた」
最後の直線。大外を回した結果ついてきた、誰も見えない私だけの道。もう我慢する必要はない。もう抑える必要はない。やるべきことは明白だ。
「──翔べ、私の……衝動ッ!」
地面を力の限り踏みしめる。抉れようが関係ない。
低く、低く体勢を取る。極限まで空気抵抗を減らせ。
思考がクリアになる。必要なのはただ前に進むことのみ。
「勝負だ……キタサンッッ!!」
私は、誰よりも速く駆け抜けよう!
視界良好。私は、クラシックを獲る!
◇
観衆は魅せられる。最後方から捲るドゥラメンテの姿に。
「凄い……」
息をのみ、言葉を忘れる。歓声を上げることすらも忘れて、目の前のウマ娘にくぎ付けになる。ドゥラメンテの速さはそれほどの領域に達していた。
速い、ただ速いとしか言えないスピード。一歩踏むたびに地面は抉れ、一歩踏むたびに音が響くような感覚。
《さぁここでドゥラメンテ!外から一気にドゥラメンテだ!外から一気にドゥラメンテが上がってきた!一人、また一人と瞬きの間に躱していく!これがドゥラメンテのスピードだ!恐ろしい速さだドゥラメンテ!誰もいない大外を駆け上がる!》
誰かが口を開く。ドゥラメンテの勝ちだと。この末脚に敵うウマ娘はいないと結論付ける。後方待機をしていたウマ娘の中にドゥラメンテ以上の脚を発揮しているウマ娘はいない。サトノクラウンがなんとか追従しようとしているが、ドゥラメンテには追いつくどころか引き離されるばかり。
前を走るウマ娘は、ドゥラメンテになすすべもなく躱される。目を見開き、必死に粘っても一呼吸の間に切り捨てられる。
ドゥラメンテのスピードは飛び抜けている。もはや相手はいないだろう……
「そうだね……勝負だよ、ドゥラさん!」
キタサンブラックだ。第3コーナーで回復に徹し、第4コーナーでロングスパートを仕掛けていた。ドゥラメンテは快調に抜き去っていたが、キタサンブラックを抜くのは容易ではない。少しずつしか差を詰めることができない。
《この2人の激突だ、やはりこの2人の激突になるか皐月賞!中山の直線はあまりにも短い、すでに残り100mを切りました!先頭キタサンブラック、その差は1バ身のリード!しかし勢いはドゥラメンテが上だ、ドゥラメンテの勢いが止まらない!すでに2番手に浮上だドゥラメンテ!これほどまでに速いのか!?これほどまでに速いのかドゥラメンテ!》
逃げるキタサンブラック、追うドゥラメンテ。我に返ったファンは声を上げて応援をする。少しでも力になればと、力になってほしいからと絶えず声を上げ続ける。
「頑張れー!逃げきれキタちゃーん!」
「そのまま追い抜けドゥラメンテー!」
ジワリ、ジワリと差を詰める。差を詰めさせまいと粘る。絶対に追いつくと追いかける。
ただ、キタサンブラックの勢いが衰えた。先ほどまでの脚をキープできず、わずかに速度が落ちてしまった。
「くっ……そぉッ!」
「貰ったッ!」
その隙を見逃すドゥラメンテではない。残り50mでキタサンブラックに並ぶ。だが、これ以上はいかせないと粘る。一瞬勝ちを確信したドゥラメンテだが、キタサンブラックが見せる粘りに歯を食いしばる。
「負け、ない!絶対にッ!」
「……あぁ。こちらも、同じだッ!」
《キタサンブラックに並んだ並んだ!しかしこれ以上はいかせないキタサンブラック!絶対に押し通るとドゥラメンテが上がる!キタサンブラックかドゥラメンテか!?キタサンブラックかドゥラメンテか!残り50を切って並んだままだ、さぁどちらが抜け出すか!》
驚異の粘りを見せるキタサンブラック。しかしドゥラメンテの勢いを殺すことはできず。
「私の──勝ちだッッ!!」
最後にクビ差だけ抜け出して。ドゥラメンテが誰よりも速くゴール板を駆け抜けた。
《しかしドゥラメンテ!これはドゥラメンテだ!大外一気でまとめて撫で切ったドゥラメンテェェェェェッッ!!これほどまでに強いのだドゥラメンテ!文句なしの最速を証明しましたドゥラメンテ!まずは一冠、三冠ウマ娘の挑戦権を得たのはドゥラメンテだぁぁぁ!》
《いやぁ……惚れ惚れするような末脚、まさに天晴!これがドゥラメンテの強さでしょう!》
《2着はクビ差キタサンブラック!3着は3バ身差シュヴァルグランだ!》
皐月賞勝者──ドゥラメンテ。
◇
負け、た。負けちゃった……。やっぱり、ドゥラさんは強い。
(……でも、今回ばかりはあたしの方にも原因がある)
やっぱり、序盤での競り合い。あれが余計でした。スタミナを余分に消耗して、ロングスパートの脚を残せなかった。本当は、もうちょっと早く仕掛けたかったのに。
(第3コーナーの回復だけじゃ無理があった。今回は、上手くレース運びができなかったのが敗因)
負けたことは悔しい。すっごく、すっごく悔しい。本当だったらここで泣きわめきたいくらいに悔しいです。もっとうまくやれたのに、もっとうまくできたのにって思わずにはいられません。
けれど、それはご法度。レースは結果が全てで、この敗北をあたしは刻まなきゃいけない。正しく刻んで、次に活かさなきゃいけない。それが、あたしがミーティアで学んだことだから。
整った息。ドゥラさんが、荒い呼吸のままこちらへとやってくる。大きく息を吸って、吐いて。ドゥラさんはただ一言だけ。
「私の勝ちだ、キタサン。だが、やはり君は強いな」
そういった。強い、か。嬉しいけど。
「おめでとう、ドゥラさん。けど、次は負けない。日本ダービーは、あたしが獲る」
「あぁ。次の勝負も楽しみにしている」
気持ちで負けるわけにはいかない。今度は、もっとうまく走ろう。
「課題はたくさん。よし、頑張ろう!」
次は日本ダービー。ドゥラさんやクラちゃん、シュヴァルちゃん達に負けないように、頑張るぞー!バクシンワッショーイ!
一戦目はドゥラメンテに軍配。多分上がり3ハロン33秒台前半とかになってる。