それは、あまりにも唐突だった。
「ん?トレセン学園が生放送?」
「珍しいな。なんかお知らせでもあるのかな?」
トレセン学園の公式ウマチューブチャンネルが配信を予定。グランドマスターズ、と銘打たれたタイトルは、ファンにとって聞き覚えのないものだった。
学園の催しの一環だろう、聞いたことがないから少し気になる。そんな軽いノリで開いたファンの目に映ったのは──レース場の景色だ。
それだけではない。
「おいおいちょっと待て!ドリームトロフィーのメンバーがいるぞ!?」
「それだけじゃない、トゥインクル・シリーズのメンバーまで!それどころか」
「ヴェニュスパークにモンジュー、世界で結果を残したウマ娘達がいる!何が始まるってんだ!?」
名前を聞いたことがあるようなウマ娘達が大勢いるのだ。それも、世界で結果を残したようなウマ娘でさえ。
テレビの前のファンが言葉を失う中、褐色肌のウマ娘が画面に映り込む。
《やぁやぁ、配信を見てくれているファンのみんな。突然のことで驚いたかな?》
軽い調子で出てきた彼女、ダーレーアラビアンはお辞儀をしながら配信の内容を説明する。
《今から君達が目撃するのは、世界中のウマ娘が戦う舞台……グランドマスターズだ。その本戦を、君達は見ることになる》
《トゥインクル・シリーズとドリームトロフィーの垣根を超えたレース。フランスにアメリカ、オーストラリアとたくさんの国から集まってくれたわ~》
《無論、我ら三女神も出走する。全てのレースにな……しかと刮目するがいい》
絶句。あまりの内容にファンの脳は理解が追いついておらず、呆然としながら配信の画面を眺めていた。
だが、生配信を見るのは止めない。今の言葉が真実ならば、自分たちは間違いなく最高のレースを目撃することができるのだから。
《まずはレースの内容について説明しよう!レースは世界中のレースから選ばれて……》
正気に戻ったファンは熱を帯びていく。世界中で配信されるグランドマスターズ。始まってから1時間も経っていないが、同接者はすでに、100万を超える勢いだった。
◇
ついに、この時が来た。グランドマスターズ本戦、世界中の強敵相手に戦うことができる、この舞台が。
右を見ても、左を見ても強敵しかいない。
(ダイタクヘリオス、ノースフライト……ドリームトロフィーでも特に有名な2人のマイラー。さらには)
ヤマニンゼファーにタイキシャトル。日本に限定するだけでも、これほどのウマ娘が出走してきている。
そして、世界。
(……全員強い。見るだけで倒れてしまうような圧を発している)
今回、欧州でレーティング140を獲得したウマ娘は出走してきていないらしいが。
(並のウマ娘ならば気絶しそうなプレッシャーだ。今からこの舞台で、私は走ることになる)
加えて、三女神様達も出走している。横目に見れば彼女達がアップしているところも、視界に収まる。
三女神様達の仕上がりは傍目に見ても完璧だ。十二分に出せる実力に加え、強さもダイタクヘリオスたちに引けを取らない。予選会の時など比較にならない。
なんて素晴らしいことか。これほどの強敵を相手に戦えることを誇りに思う。その上で、勝つのは私だ。
今回の条件は、ニューマーケットレース場の1マイル。このレースにおける最大の特徴は──コーナーがないこと。これに尽きる。長い直線だけを駆けることになる。
コーナーがない、ということは自力での勝負になる。高低差もあるため、タフさも求められる。イギリスの2000ギニーの条件らしいが、成程。
(……変わらない、か。今の私は、チャレンジャーだ)
本場の欧州勢が少し有利、ぐらい。構わない、むしろ望むところだ。
ウォーミングアップを終えてゲートへと向かう。グランドマスターズの本戦、世界から集った強敵たちとの戦い。
(まだ、まだ抑えろ。ここで発揮するのは、あまりにも惜しすぎる)
さっきから心臓が高鳴り続けている。この舞台に立っている自分に、強い相手との勝負を望んで、叶ったこの瞬間に衝動が抑えることができない。
ただ、スタートに影響が出る。直線しかないこのレース場で出遅れは致命的。後からのレースだが、それでもだ。
こうなれば、トレーナーの顔を思い出そう。そうすれば、冷静さを取り戻せる。
(勝てばきっと、嬉しい顔をする)
彼が嬉しいなら、私も嬉しい。冷静にならなければ勝てないし、実力を発揮できないままだときっと、彼は悲しい顔をする。それは嫌だ。
己の力を十全に発揮するために、強さを証明するために。冷静に頭を働かせろ。
(……幾分か冷静になれてきたな)
これでいい。これで、私は実力を発揮できる。
走る態勢を整える。ゲートが開くその瞬間を待ち続ける。待って、待って……その時が訪れた。
ガコンと音を立てて狭まった視界が開ける。気づけば私の脚は動き出していた。
《さぁ始まりましたグランドマスターズマイル部門本戦。舞台はニューマーケットレース場1マイル、直線のみの舞台で、マイル王として名を馳せたウマ娘達が激突する!先手を取るのはやはりこのウマ娘ダイタクヘリオス!大逃げマイラーダイタクヘリオスがハナを奪います》
「ウェイウェイウェ~イ!」
声で分かる。ハナを取ったのはダイタクヘリオスだ。遮るものが何もない直線で、ただ一人抜け出しているのが見える。
私は──後ろ。バイアリーターク様の後ろへとつけた。
(バ群としてはそこまで差が開いているわけではない。唯一ダイタクヘリオスが抜け出しているのが懸念点、か)
開けた視界の先で、ダイタクヘリオスのみが抜け出しているのが見える。横並びでスタートしたが、徐々に真ん中へと寄ってくる。
(この状況で内や外に行くのは逆にロス。このまま進ませてもらう)
狙う。この状況で勝ちに行くにはどうするかを、どのタイミングで仕掛けるべきかを。
《ダイタクヘリオスが抜け出して走っています、2番手との差は3バ身から4バ身はつけているでしょうか。2番手はディルコヴァ、差がなく3番手タイキシャトル。日本の最強マイラーと欧州の最強マイラーがこの位置につけているぞ。そしてゴドルフィンバルブも4番手につけている。ダイタクヘリオス以外は固まったバ群、2番手から最後方16番手まで10バ身以内に収まっています》
前を走る彼女達のプレッシャーが凄い。一瞬でも気を抜けば倒れてしまいそうな圧を放っている。そんな圧が15人分、恐ろしいという他ないだろう。
だが、私は思ったより冷静に走れている。なんて言えばいいんだろうか。圧は感じつつも自分を保てている。
(ミーティアのメンバーと遜色ない覇気。しかし、私は普段通りの実力を発揮することができている。これも、慣れというものか)
これまでの経験が、私をこの舞台で走らせてくれている。そう考えるのが自然か。本当に、あのチームでの経験は何事にも代えがたい。
プレッシャーは問題ない。展開も、この状況なら考える必要もないだろう。となると、問題となるのは。
(コースの造り、か)
全体的な上り坂。ゴール直前になるとさらに急勾配になる造り。つまるところ、上手く走らなければ加速しきれない、なんて状況になりかねない。
《ダイタクヘリオスが後続を離して逃げている。半分を過ぎたレース、すでに5バ身はつこうかという状況、2番手以下は大逃げに付き合わない2番手タイキシャトルは悠々と進む!ディルコヴァに並んだかゴドルフィンバルブ、5番手にノースフライト。ノースフライトの後ろにはダーレーアラビアンがいます》
周りを見る。相変わらず、牽制なんて生易しいものではないプレッシャーが放たれている中で、私は。
(イメージしろ。活路を見出し、このレースをいかにして勝つかを)
深く息を吸って、吐いて。気持ちを落ち着かせながら狙っていた。
レースが始まる前からずっと胸が高鳴り続けている。痛いくらいに主張して、今すぐ出にも前に出ろと脚を動かそうとする。
けれど、まだダメだ。解放するには早すぎる。ここで解放しても勝つことはできない、だからまだ我慢するんだと理性を働かせる。
(急勾配。その少し前から仕掛ける)
300mの前から仕掛け始める。私の全力を発揮して前に襲い掛かる。
レースの展開は、ダイタクヘリオス以外は様子見に徹しているためか変わらない。おそらくだが、私と同じような考えを巡らせているのだろう。仕掛けるべきタイミングを見計らい、抜け出しのタイミングを見定めている。考えることは一緒、というべきか。
そして、時がきた。
(急勾配っ、このタイミングだ!)
《残り400を切りました、レースのスピードが上がってきましたグランドマスターズ!ダイタクヘリオスが5バ身離して逃げていますが、後続がどんどん差を詰めてきた。タイキシャトルが襲い掛かる、ディルコヴァも同じタイミングで仕掛けてきた。日本と欧州の最強マイラーが仕掛けた、ノースフライトも上がってくる!》
急勾配が見えてきたタイミングで、レースのスピードが1段階上がった。いや、上がったなんてレベルじゃない。
(完全に別物だっ、ここからが、本当の勝負っ!)
正真正銘の勝負が、ここから始まるのだと感じさせた。
《集団がダイタクヘリオスへと襲い掛かります、ダイタクヘリオスが必死に逃げるがここからは急勾配の坂だ。一段と坂がキツくなりますニューマーケット!少しずつ縮まる差、ダイタクヘリオス逃げ切れるか!?》
固まりのまま先頭へ。ダイタクヘリオスを飲み込もうと上がる。
差し掛かる急勾配の坂。ズン、と脚にかかる負担がさらに大きくなったように感じた。
脚を伸ばす。しっかりと大地を踏みしめて駆け抜ける。本気と本気がぶつかり合う勝負で、私は火花を散らす。
(待たせたな、私。今この瞬間に)
「私の全てを、解放するッッ!」
地面を抉る。外?内?違うな──中央突破だ。
今更外や内に動こうなどと考えるな。動こうとするその一瞬で勝敗が決するような舞台。多少博打にはなるが、この局面で勝つならば中央突破以外にはない。
(それほどまでに強い。博打を仕掛けなければ、中央が空いていることを祈らなければならないほどに、このレースは肉薄している!)
密集しているバ群の隙間を縫うように、一瞬の隙を見逃さないように中央を駆け抜ける。
祈る……いいや、祈ってどうする?祈ることが、最強のウマ娘の姿か?
違う、違う!
(真の最強ならば、どかせろッ!)
己の執念をもって、気迫をもって。他のウマ娘を思わずのけ反らせるほどに。相手が強いなどと知ったことか、相手が上だと構うものか。
レースにおいては全てが平等。誰にでも等しく勝利の権利はあり、勝った者こそが栄光を手にすることができる。
《バ群の中央からドゥラメンテが中央突破ァ!ドゥラメンテが一気に上がってくる、残り200を切ってドゥラメンテがさらに加速するッ!先頭はダイタクヘリオスからタイキシャトルが並んだ、ディルコヴァが2人を追い抜いて先頭に立とうとしている!先頭の競り合いに混ざるのはゴドルフィンバルブ、ダーレーアラビアンも突っ込んできた!一気にウマ娘達がなだれ込んでくる!》
どけ、ここは私の道だ。
「ぐっ!」
どけ、私の道を邪魔するな。
(どけ、どけ、どけッ!)
本能を一緒に、領域も解放する。最後、頭によぎったのは──チームのみんなと、トレーナーの顔だった。
その先にある勝利をひたすらに目指す。目の前にある勝利を見据えて手を伸ばす。走って、走って、ひたすらに走る。
《真ん中からドゥラメンテが伸びてくる!ドゥラメンテの末脚は桁違いッ!?なんと他のウマ娘よりもさらに速いスピードで駆け抜けている!これがドゥラメンテの末脚、これこそがドゥラメンテ!先頭はディルコヴァ、しかしついに4番手に躍り出たドゥラメンテ!先頭との差はもうわずかだ!》
もはや何を考えているのか分からない。がむしゃらに走り抜けていた記憶しかない。
けれど、あぁ、そうだな。
(ありがとう、トレーナー。私を……ここまで育ててくれて)
君がいなければ、今の私はここにはいない。これほどの強敵と戦えて、彼女達と勝負ができて。私は本当に幸せだ。
ただ、そうだな。これは私のわがままになるが。
(これから先も強い相手と戦い続けて。その先にある勝利のために)
「最強の証明を。これからも一緒に、君と」
不意にこぼれた言葉。そして。
《ドゥラメンテだドゥラメンテだ!最後に突き抜けたのはドゥラメンテだぁぁぁッ!世界の強豪相手に、大立ち回りを演じたのはドゥラメンテ!マイル部門最強に輝いたのはドゥラメンテだァァァ!》
拳を天高くつき上げて、私は喜びを表現した。
◇
整わない息、長距離を走った後かのような感覚。それほどの激闘だったことを分からされる。
「OH~、負けてしまいマシタ~……」
「『やはり、侮れないか』」
並みいる強豪を倒して、私はこの舞台の頂点に立った。つまりは、マイルにおいて最強の座に輝いた。
(だが、満足してはいけない)
この最強を死守すべく、私はこれからも走り続ける。そして、その先に。
(トレーナー、観ていたか?)
探して、探して。トレーナーの姿を発見する。緩む頬を直すこともせず、私は。
「勝ったぞ、トレーナー」
呟いて。彼に勝利を届けたことを実感する。彼は──薄く微笑んで、答えてくれた。
これからも、どうかよろしく頼むぞトレーナー。
ドゥラメンテ勝利。お次はキタサン。