そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~   作:ナカザキ

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21:勇者は『にげる』をえらんだ!

 ガイアス王国の首都、王都エルダ。

 その中心部には王族が住まう広大かつ荘厳な王城がある……が、その北の丘の上にはある建物が鎮座していた。

 

 世界で広く信仰され人々の心の支えとなってる聖教の総本山、サンクアリア大聖堂である。

 

 少し知恵の働く者なら、王城と大聖堂の位置関係を見て、すぐに思い至るだろう。このガイアス王国の本当の支配者はどちらであるのかを。より高みから人々と王族を見下ろしているのは誰なのかを。

 

 聖女クレアはそんなサンクアリア大聖堂に足を運んでいた。

 もう時刻は夜中である。到着するのに、想定よりも少し時間がかかってしまった。

 

 王城の謁見の間すら越えるであろう贅を凝らした絵画や壷、調度品の数々が飾られた長い廊下を渡りきると、そこは万色を使ったステンドグラスから、昼間ならば虹色の光が入り込む『拝謁室』である。

 

 下々の民が、教会の関係者に拝謁する為の部屋ではない。

 聖教会の重鎮たちが、煌めく光の中で瞑想を行い『女神』に『拝謁』する部屋である。少なくとも、そういう名目(・・)で先代の大司教によって作られた部屋であった。かつての腐敗の遺物と言っていい。

 

 クレアが拝謁室にロッテリアを伴って入室すると、そこには既に一人の女がいた。クレア達から背を向け、ステンドグラスから降り注ぐ月光の下で、祈りを捧げている。

 

「……女神は見ておられる。人々の善行も悪行も。その全てを見通しておられる。…白書第3章4節『あなたは識るだろう。彼女はすべてを識っていることを』」

 

 諳んじていたのは、聖教の経典である白書、その一文だった。

 ややあって、ロッテリアがその背に声をかける。

 

「ラーラ大司教。聖女クレア様をお連れしました」

 

「ごくろう、ロッテリアちゃん」

 

 ハープのような澄んだ声が返ってくる。

 女は振り返り、クレアとロッテリアの方を向いた。

 

 過剰なまでに美しい女だった。

 

 その肌はどこまでも白く、そのウエーブがかかった金の髪は月光を反射しながら煌めいている。その立場にも関わらず、意外にも服装は質素であった。一般的な女性聖職者が着る白の法衣だ。

 

 ただ、その両眼には黒い帯が巻かれており、その瞳の色を知ることはできない。帯には不気味な眼球の模様が無数に描かれている。

 

「久しぶりね、クレアちゃん。相変わらず可愛いわね。息災そうで私は嬉しいわ」

「大司教様も変わりなく」

 

 彼女の名はラーラ・レギオン。

 

 十数年前、所在の分からなかった審判の台座と聖剣と聖教会にもたらし、その功績をもって聖教会の幹部まで一気に駆け上がった謎の女性。そして今や彼女は聖教の頂点に君臨している。

 

 魔窟たるサンクアリア大聖堂の主。

 王国の本当の支配者にして、世界屈指の権力者。

 

 クレアの背筋に思わず汗が流れる。

(何を、緊張しているんですか。私は聖女。真に女神の声を聞く、選ばし存在です)

 

 ラーラは言う。

 

「ふうん。ジークくんは一緒じゃないんだ?」

「はい、彼は――――」

「エルガの討伐に行ってるんでしょう? まあ、仕方ない。新しい勇者くんに会いたかったんだけど。それにしても、エルガかあ。強敵ね。クレアちゃんも心配でしょうね」

 

 ……何故、知っているのだ。

 ロッテリアが先に報告したのか。

 

「ロッテリアちゃんじゃないわよ。私にも色々な『眼』があるってこと。まあ、私自身の眼は見えないけれどね」

 

 そんなことを言いながらくすりと笑う。

 

「じゃあクレアちゃん聞かせてくれる? 色々(・・)な、事の顛末を」

 

 クレアはごくりと喉を鳴らす。

 そして語った。

 

 アレインは真の勇者ではなかったこと。自分はずっと彼が勇者であることに疑問を抱いていたこと。そんな中、ジークに出会い彼が真の勇者であると知ったこと。

 

 そしてアレインを偽物の勇者として追放したところ、逆上(・・)した彼に一人のところを襲われ、咄嗟に神器である聖縄を使い、彼を拘束し殺害……その亡骸を転移の球を使って、人の手の届かない場所に飛ばしたことを。

 

 クレアはこの1週間で考えた、一番もっともらしい嘘をつく。

 

 

「……偽物とはいえ、仮にもかつて勇者であった者が逆上し、聖女である私を殺害しようとした……。そして、身を守るためとは言え、聖女が元勇者を殺した。この真実は聖教会や王国にとって、余りにも外聞が良くありません。誰の為にもならない隠されるべき真実です」

 

 ラーラはクレアの言葉を黙って聞いている。

 

「故に私はアレインの死体を転移の球を使って、遠方に飛ばしたのです。あの神器は魔力の濃い場所や乱れている場所、つまり魔物・魔族の住処や秘境を狙って飛ばします。万が一にも彼の死体が人の目に触れることはないでしょう。町中ですぐ傍には人の目もあったため、このような対処になってしまいました。また民にはアレインは魔族に殺されたという噂を流布しました」

 

 クレアは目に涙を浮かべ、自身の至らなさをラーラに謝罪した。勿論、演技である。

 

「申し訳ありません。民やパーティーのメンバーの目を欺くことを優先し、聖教会への報告は事後となってしまいました」

 

 ラーラは顎に手を当て、何かを無言で考えこむ。

 

「…………」

 

 数秒の後、艶やかな唇を開いた。

 

「ふうん、アレインくんは勇者じゃなかったんだ。まあ、聖女のクレアちゃんが言うなら本当なんでしょうね。信じるわ。まあ私もなんか違うなーとは思ってたし」

 

 聖女の言葉を疑っている様子は見えない。

 少なくとも、クレア自身の目からは。彼女は内心でほっと息を吐く。

 

「アレインくんは死んだんだ。そっかーー。へーー」

 

 そして、余りにも気軽な調子でラーラは言い放った。

 

 

 

「じゃあついでにジークくんも殺しちゃわない?」

 

 

 

 

 クレアの思考が、固まる。

 

 

「………………………………はい?」

 

 何を、言っているのだ、この人は。

 

 

「はっきり言って弱いでしょあの子。あの子は確かに聖剣に選ばれた。ただそれだけ。才能無いでしょ。グランタートル一匹にも勝てないなんて、結構大問題だと思うんだけど」

 

 だから私思うんだけど、と大司教は続ける。

 

「あの子は殺して別の勇者を選んだ方が良いんじゃない? 『銀の星』が言ってたんだけど、こういうのをガチャを回すっていうんだっけ? 違うかな? 多分違うか……」

 

「大司教…。何をおっしゃって―――」

 

「だってそうでしょ? 下手に弱い子に聖剣を渡して、魔族に殺されて、聖剣が魔族に奪われて、人の手の届かない所に隠されるのが一番困るわ。実際、前々回はそんなことがあったらしいわよ。そして、聖剣を取り返すのに、100年もかかってしまった。もう世界はひっちゃかめっちゃかよ」

 

 何故そんなことを知っているのか、とはクレアは聞かない。ラーラはいつだって、他者の知ることのない歴史を知り、他者しか知らない秘密を暴いてきた。彼女は嘘は吐かない。ただ、不都合で残酷な真実を駆使するだけ。

 

「ジークくんが死ねば、勇者はまた別の人が選ばれる。ガイアス王国の国民の中からね。正確には聖剣と聖女の近く、なんだけど。まあ、見付けるのは大変だけど、今はクレアちゃんも聖女として覚醒してるし、数年もかからないでしょ。まあ、ジークくんは可哀そうとは思うけど世界の為だし」

 

 ―――世界のために、死ね。

 

「だからジークくんは殺してしまわない?」

 

 

 

 勇者ジークは戦っていた。

 聖剣が弾かれて飛んでいってしまわぬように、力の限り柄を握りしめる。

 

 教会にいた他の信者たちは既に逃げ出している。

 黒騎士の一人『愉悦』のユリウスの標的は、どうやら今のところジークただ一人のようだった。

 

 ユリウスが長剣を振るい、それをジークは聖剣で受け止める。金属同士がぶつかり合う甲高い音が半壊した教会に響き渡る。

 

「お、おおおおおおお!!!!」

 

 鍔迫り合いになり、ユリウスに押し切られそうになる。声を上げ、力を振り絞り、ジークは抵抗する。その様子を見て、ユリウスは楽し気に笑った。

 

「くははははは!! そうだ! 頑張れ頑張れ! 少年勇者! 頑張らなければ死んでしまうぞ!」

 

 少年が握る聖剣を見ながら言う。

 

「しかし、どうやらアレインが死んだという噂は本当らしいな。その剣は正しく聖剣! 我ら魔族の魔力で強化された肌を切り裂く、忌まわしき剣だ!」

 

 

 隙を見つけ、ジークは背後に跳んで、距離をとる。

 それは失敗だったと、やがて気付いた。

 

 ユリウスが長剣を頭上に掲げる。

 どす黒い黒い魔力が長剣に集まっていく。

 

「これはどうかな、勇者?」

 

 長剣を床に叩きつける。黒い魔力は黒い衝撃波となってジークに迫る。

 

 それを防げたのは殆ど偶然だった。

 咄嗟に振るった聖剣がたまたま衝撃波とかち合っただけ。二度目はきっと防げない。

 

(距離をとったらだめだ! 逆にあぶない!)

 

 距離を詰めたジークをユリウスが迎撃する。長剣での袈裟切りを聖剣でガードする。黒騎士は次々に斬撃を繰り出していく。

 

(なんて速さだ!? は、反撃できないっ!)

 

 初めてのたった一人での戦闘。それも魔物ではなく、剣技を使う魔族との戦いだ。

 

 ジークは緊張で肌がぴりぴりとひりつくのを感じた。必死になってユリウスの攻撃をガードし、反撃の糸口を探す。

 

 とはいえ。

 

(全く戦いになってない訳じゃない! 魔物との戦いや、フェリアさんとの訓練がぼくの力になってるんだ!)

 

 少しずつ、ユリウスの剣速にジークの目が慣れていく。ユリウスが面白そうに笑った。

 

「くははははは!!!やりおる! 戦いの中で成長している!」

「うおおおおお!!!!」

 

 

 

 

「…………………なんてな」

 

 

 

 ざくり。

 

 と、ここ1週間ですっかり聞きなれた音が鳴った。

 それは、自分やフェリアの攻撃が魔物に当たった時に鳴っていた音だ。

 

 

 ―――それは自分の左腕から聞こえた。

 

「あ、腕が……」

 

 左腕が斬れていた。

 肉が裂け、骨でかろうじて繋がっている。

 

 それを認識した途端、とてつもない激痛がジークを襲う。汗がどっと噴き出す。だめだと分かっているのに、体の動きが止まってしまう。

 

「あ、ぐあっ!?」

「痛いか? うん、痛いよな?」

 

 ユリウスが優し気な声色で言った。

 

「ほら、傷が増えるぞ?」

 言いながら、ジークの太ももを長剣の先で撫でた。ズボンが斬れ、太ももに剣先が食い込む。ズボンが赤色に染まった。

 

「痛い……」

「そうだろう、そうだろう?」

 

 うんうん、と頷きながら次は長剣をジークの左肩に突き刺した。そのまま、ぐりぐりと傷口を抉っていく。

 

「や、やめ」

「いいや、やめない!!」

「あ、がああああああああああああっ!!?」

 

 少年の口から絶叫が漏れる。喉から血が出るのではと思うほどの、叫び。

 

(痛い! 痛い! 痛い!痛い! 痛い! 痛い! 痛い!)

 

 しかし、どれほど叫んでも痛みはちっとも消えなかった。

 

「くくく……」

 肩を抉るのは飽きたのか、代わりに少年の胸を薄く斬りつけながら、ユリウスは笑う。

 

「くくくくくくくく、くはっ」

 やがて、それは狂笑へと変わる。

 

「くく、くは、くははははははははははははは!!!! 楽しい! 愉しい!! 愉しいな勇者ァ!? 自分より弱いやつを一方的に痛めつけるのっては、なんでこんなに愉しいんだろうなぁ!? 愉悦だ! 本当に愉悦だ! 愉悦しかない!!」

 

 両手を広げ、少年の身体と心を弄びながら、魔族は笑う。

 

「私は『愉悦』のユリウス!! ハルベスタの他者を犯し、乏し、傷つけ、蹂躙する愉悦が形となった者!」

 

 言いながら次は剣ではなく、拳でジークの顔を殴打した。一発ではなく、何度も何度も、殴打の度にジークから漏れる悲鳴をうっとりと聞きながら、ユリウスは拳を振り上げる。

 

「いい声で鳴く……素敵な音色とメロディだ…」

「あ、あああっ、がはっ……!?」

 ぼたぼたと鼻血がこぼれ、ジークは顔を覆いながら地面に突っ伏す。

 

「おっと大丈夫か? すまんな一人で盛り上がってしまった」

 

 その後頭部をユリウスは踏みつけた。

 少年の額に土と泥と血が付くように、丹念に。

 

 やがてユリウスは足を離した。

 変わりに自身のつま先を勇者の顎の前に突き出す。

 

「私の足を舐めろ。逆らったら殺す。四肢をばらして腸を引きずり出して殺してやる」

「は、はい…」

 

 ただ、死にたくなかった。

 痛いことから、解放されたかった。

 

 その一心で、少年は血に塗れた唇をユリウスの足で近づけるが――――。

 

 

「だれがお前の汚い口と接吻したいんだよ!? よく考えて行動しろ、ボケが!! はははははは!!」

 

 彼はそのタイミングで、ジークの顎を蹴り上げる。クリーンヒットし、ごろごろとジークは無様に床を転がる。

 

「う、なんで、どうして……」

 

 どうして、自分がこんな目に。

 どうして。

 どうして。

 

 答える者はいない―――。真っ二つになった女神の彫像は何も言ってくれない。

 

 誰も教えてくれなかった。

 戦うことがこんなに痛いだなんて。こんなに魔族は恐ろしい存在だなんて。

 

「くはははははははは!! いい顔だァ……。その痛みと絶望に染まった顔を見ると胸が幸福で満たされる…」

 

 そして、ユリウスはくるくると長剣を回した。

 

「さてと、何時までもお前と愉しんでいたいが、外にも愉悦の対象は沢山待っているのでな。そろそろお開きにしよう」

 

 痛みと絶望で床に蹲るジークの背中が震えた。

 

(し、死ぬ? ぼくは死ぬのか?)

 

 別に、自分は勇者になんてなりたくはなかったのだ。戦いたくなんてなかったのだ。美少女にちやほやされて、女の子ばかりのパーティーに入って、浮かれる自分は確かにいた。だけど、自分から勇者になることを選んだわけじゃ決してない。

 

(帰りたい……)

 

 ほんの1週間と少し前。

 孤児院で神父の手伝いをして子どもたちの遊び相手をしてた頃が遠い昔のようだった。

 

 世界なんて勝手に救われていて欲しかった。誰かの為に戦うのは自分以外の人間であってほしかった。そういうのは、何処かの強い人間に任せればいいのだ。ジーク・ヴァルライドには荷が重すぎる。

 

(もう、嫌だ)

 

 死ぬのは嫌だ。

 痛いのは嫌だ。

 

 怖いのは、嫌だ。

 

 怖い、怖い、怖い、怖い――――。

 

 

「う、う、う……」

 少年の目から涙がこぼれる。

 

 彼は泣いた。

 倒すべき魔族の前で。何もできない子供のように。

 

 そして。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 逃げた。

 逃げ出した。

 

 涙ながらに、悲鳴を上げながら、少年は魔族から逃げることを選んだのだ。

 

 血だらけの身体の何処にこんな力が残っていたのか不思議だか、人は生死に関わる場面では限界を超える力を発揮するのだろう。

 

 

「はははははははははは! 無様だなぁ! 勇者! いいぞ、逃げろ! 一生そうやって恐怖に慄き、逃げ続けろ!!! 最っ高だな、お前は!!!!」

 

 ジーク・ヴァルライドは何処まで行っても只の少年でしかなかった。

 

 

 

 

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