そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~ 作:ナカザキ
城壁都市ロンド近くに穀倉地帯に出没した国喰らいのエルガ。
エルガが討伐された翌日の夜、ロンドの町中に突如出現した謎の魔族、黒騎士。
それらの混乱から数日経ち―――。
聖女クレアは王都からロンドに舞い戻り、勇者パーティーに合流していた。
ラーラとの面会を終えた後、彼女から「急いでロンドに帰った方が良いわよ」と言伝を貰った時は何事かと思ったが、ロンドに戻るとなんと魔族に町が襲撃されたという。更に、勇者であるジークは魔族と単独で交戦し瀕死の重傷を負ったと聞かされ、クレアは気を失うかと思った。
はっきりとした理由は分からないが、ジークはラーラから正式な勇者として認められた。首の皮一枚が繋がったと思ったら、しかし、その本人は死にかけていたのだ。
クレアが現在いるのはロンドで一番大きい病院だ。ジークの見舞いをするためだった。
今日の朝、やっと彼は目を覚ましたのだ。
クレアは病室のベッドに横たわるジークに飛びつく。
「ジーク様、本当に良かった!!」
少年の切断された左腕も、なんとか元通りくっついている。
手の感覚もちゃんとあるようだ。
倒れたジークを治癒魔法をかけた謎の蝶。腕のいいロンドの医者。そして聖女であるクレアの治癒の奇跡の賜物だった。3者のどれが欠けていては、ジークは今この世にいないし、彼は隻腕になっていただろう。
「本当! 本当に良かった!」
「いてて、くっつかないでよ! クレア! このやりとり、今日で何度目っ?」
「4回目だな」
「傷が開くわよ」
同じ病室にいる聖騎士フェリアと魔法使いマリアンヌが苦笑する。
ちなみに彼女たちは別に入院していない。クレアと同じくジークの見舞いに来ただけだ。黒騎士との戦いの傷は既に完治している。
「も、申し訳ございません! ……ううっ…」
「泣いてるの?」
「はい。ジーク様とまた会えたことが、クレアは嬉しゅうございます。もうそんな無茶はおやめくださいね」
「それは…約束できないよ。ぼくは弱いから……誰かを守るためには今回みたいな無茶をしなきゃいけない時があると思う」
「そんな……」
ジークは涙を目に溜めるクレアを見てはにかんだ。
「でも、できるだけそうならないように頑張る。毎日特訓して力をつけて、皆に置いついて見せるよ!」
「ふっ、その意気だ。勇者殿。ならば早く体を治さないとな」
聖騎士フェリアがジークの肩を叩いた。
少年勇者のこのようなひた向きな部分をファリアは好ましく思っている。青獅子騎士団副団長として部下を指導した血が騒ぐ。結局、真面目に頑張る人間が一番伸びるのだ。
おまけにこの少年は、あの黒騎士の中でも上位の力を持っていた『愉悦』を(相打ちに近い形と言え)単身で撃破したらしい。見上げた根性であり、将来が楽しみだった。
「ならばクレアはそのお手伝いをさせて頂きます! 訓練でどんな傷を負っても私が治します!」
「うん。よろしくね、クレア!」
面会時間が終わり、クレア、フェリア、マリアンヌの3人は病院を後にする。フェリアとマリアンヌはそれぞれ町の方々で用事があるらしく、病院の前で一旦分かれる。どうせ泊っている宿は同じなのだから、夜にはまた会うことになる。
◆
「おや?」
クレアは病院の陰で蹲っている小さな影を見付けた。
5,6才くらいの女の子だ。周囲を見回すが、彼女の親らしき大人の姿は見えない。
クレアは目線を女の子に合わせ、微笑みを浮かべながら話しかけた。
「……もし。そこのお嬢さん、もしかして誰かとはぐれてしまったのですか?」
「う、うん」
クレアの予想通り、家族と逸れてしまったようだ。
「お母さんと一緒に、お父さんのお見舞いに来たのにお母さんどっかいちゃったの!」
女の子は目に涙を溜めながら、そうクレアに訴える。
「おそらく、ここで待っていればいずれお母様もやってくるでしょうが…」
それまで女の子が一人ぼっちで過ごすことになる。それは余りにも寂しいだろう。
クレアは法衣に皺がつかないように気を付けながら、女の子の横に座り込んだ。女の子が不思議そうな顔でクレアを見上げる。
「お嬢さん。少しお姉さんとお話ししましょうか」
ぽんぽん、とクレアは安心させるように女の子の頭を軽く撫でた。
◆
「――――そして勇者様は言いました。魔王よ! 聖女を人質にとるなぞ、なんと卑怯な! 魔王は言いました。ふははは、勝てばいいのだ。さあ勇者よ、聖剣をこちらに渡してもらおう」
声色を器用に変えながら、クレアは女の子に勇者のお伽噺を語っていく。
クレアの語りは他の聖女候補の少女たちにも評判だったのだ。
女の子は慌てて言った。
「ええ、どうなるの…! 聖剣を渡しちゃったら、大変だよね…!」
「はい。故に聖女は隠し持っていた短剣を自らのお腹に突き刺したのです。そして、言いました。勇者よ、私のことは構わず魔王を討つのです…! 勇者は聖剣を振り下ろし、魔王を倒しました」
「で、でも聖女さまがぁ…!」
「それを見た天におわず女神さまは涙を流しました。おぉ、聖女よ、なんという献身だろうか。その涙は地上に一滴の雫となり、聖女の傷口に落ちました。すると何と言うことでしょう。聖女の傷は見る見るうちに塞がっていきます」
「良かったぁ! 女神様、優しいね」
「そうですね。ふふ。そして、勇者と聖女は結婚し、幸せな世界でいつまでも暮らしましたと、さ」
そう、クレアは物語を締めくくった。
それはとても幸せなお話。現実もこのお伽噺の様であればいいと彼女は思う。
「アイラ~~! どこにいるの~!」
丁度よく女の子の母親も、娘を探してここに来たようだ。女の子は勢いよく立ち上がり叫んだ。
「ママ~!」
母親のところまで走っていく。
そのお腹に顔をうずめる様に、母親を抱きしめた。
「アイラっ! まったくもう! 勝手にいなくなって!」
「ママがいなくなったんだもん!」
――――この母親はちゃんと娘を迎えにきたようだ。自分の親と違って。
一瞬クレアの胸の中に黒いものが沸き起こるが、それに彼女は蓋をした。その黒い感情は、クレアに生きる活力や現実に屈さない力をくれるものでもあるが、少なくとも今は必要ない。
「このお姉ちゃんがね! お母さんを待ってる間、お話を聞かせてくれたの!」
「それはそれはご迷惑を! ほら、アイラもあやまりな!」
「ご、ごめんさいお姉ちゃんっ!」
「とんでもない。私も楽しい時間を過ごさせていただきました。子供は良いですね、話すと元気を貰えます」
「ふふ! そうね! きつい時代だけど子どもは宝だからね! これ、お礼にどうぞ! 知り合いの菓子店で買ったものなんだけど」
母親はそう言いながら、クレアに袋を押し付ける様に渡す。
「いえ、そんな…」
「いいからいいから! 若い人が遠慮するもんじゃないよ!」
結局クレアはそれを受け取ってしまった。
「じゃあね、お姉ちゃーん! お話聞かせてくれて、ありがとーう!」
去っていく親子に手を振り、その姿が見えなくなった後、ため息を吐く。
「頂いてしまいました…。これは聖女としてよろしくないですね。聖女たるもの見返りを求めず清貧を常とすべし…」
袋の中を覗く。
「中身は……アップルパイですか。リンゴは好きですが…」
リンゴは彼女にとって少年との大切な思い出のピースである。
しかし、アップルパイを見て思い出してしまうの別の男の顔だ。
仏頂面で、口数少なく、ただ魔物と魔族を倒すことだけが生き甲斐のように振舞っていたあの男の見せた数少ない人間味が、アップルパイへの異常な拘りだった。
―――アレイン。
偽勇者。
剣が形をなした様な男。
……自分が追放し、殺そうとした男である。
◆
最初に見た時から気に食わなかった。
その横顔。
その後ろ姿。
その低い声。
魔族と戦うときに細められる灰色の瞳。
どれほど魔物と魔族を倒そうが。どれほど民衆を救おうが。その嫌悪が薄れることはなかった。
あんな男が勇者である筈がない。
そんな疑念はいつしか確信となって、クレアの胸中を満たした。
そしてジークと再会し、彼こそが真の勇者であることを知った。
『ジーク・ヴァライドこそが真の勇者である』
そんな女神の声を聞いたクレアの満たした思いを、文章で正確に表現することは難しい。
かつて自分を救ってくれた少年に再び出会えた喜び。自分だけの英雄が万人にとっての勇者に選ばれたことの誇らしさ。彼は戦士でも何でもない只の少年に過ぎず、そんな彼が戦えば必ず傷つくことになると気づいた焦り。勇者として十分な力を未だ持たない彼はラーラに良からぬ扱いを受けるかもしれないという恐怖。
あらゆる感情がごちゃ混ぜになり。
激情に駆られるまま、アレインを追放し、殺害しようとした。
しかし。
こうしてジークの身の安全が(とりあえず)確保され、ある程度冷静になった今ならば、自分の行動を振り返れる。
そもそも。
―――自分はどうしてアレインを殺そうとしたのか。
いいや。
理由は先ほど述べたとおりだ。ジークとアレインの命を天秤にかけ、ジークを選んだ。
……本当に?
殺害と言う手段に出る前に、アレインに事情を説明し、聖教の手が届かない場所に雲隠れしてもらう手もあった筈だ。殺すにしても、それは彼の説得が失敗した後の最後の手段にするべきだっただろう。実際、強硬手段に出た結果、アレインの殺害は失敗してしまっている。
生きる価値のない、確かに、人間はいる。
クレアは人間という存在に対して、もう過剰な期待は抱けない。両親に捨てられ、聖女としての苛烈な訓練を受けた日々は、幼い少女の夢や希望を壊した。けれど、誰かを積極的に殺そうとまでは思わない。選別しようとは思わない。
だからきっと。全部の理由は後付けだ。
……聖女はクレアは、アレインを最初から殺したかった。
結局はこれが真実なのだろう。
ジークという、自分にとって都合のいい言い訳を手に入れたから実行したに過ぎないのかもしれない。
アレインを、殺さねばならない。
アレインを、殺す必要がある。
この飢えや渇きにも似た感情。
クレアの胸中に疑問が沸き起こる。
それは久方ぶりに感じる自分が自分でなくなる感覚だった。
(――――これは誰の思いなのでしょう?)
クレア自身のものか。別の誰かのものか。
女神は問いに答えない。