そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~ 作:ナカザキ
マリアンヌ・レッドラッドは栄えある勇者パーティーの一員だ。
年齢は今年で20歳になる。ウェーブがかかった赤い髪に、大きな魔女帽子がトレードマークだ。
ガイアス王国の貴族の出身だが、王国で過ごした記憶は殆どない。
彼女は他国の魔法学院の寄宿舎に幼少時から預けられ、そこで育った。
当時の彼女の実家は、派閥間の抗争で大変追い詰められており、あわやお家取りつぶし、最悪の場合一族郎党処刑もありえるという状況だった。末の娘にまでそんな無残な末路を迎えてほしくない両親は、断腸の思いで幼いマリアンヌを他国に逃がすことにした。
とはいえ、少女だった頃のマリアンヌにそんな大人たちの事情なんて分かるわけがない。マリアンヌは最近まで自分が実家から捨てられたものだと思っていた。
彼女の現在の家族に対する感情を説明するなら、自分が家族の命のどちらを選べと迫られれば、3秒迷う振りをして、自分の命を迷わず選ぶ距離感である。
つまり。表面的には上手くやっていきたいが、奥底の負の感情はどうしようもない。
いくら本心では愛していたと言われても、幼い彼女がベッドで孤独な夜を過ごしたのは変えようのない事実だし、その時の悲しさが消えてなくなるわけではない。勝手に思ってるだけの親の思いが子に伝わりはしないのだ!とマリアンヌは声を大にして言いたい。
8歳と9歳と10歳と12歳と13歳のときも、彼女は誕生日のプレゼントとカードを待っていたのだ。
とはいえ、家族に多少の情は残っている。だからお家のためにどうか勇者パーティーに参加してくれと頼まれれば、家族全員に張り手をするのと引き換えに、彼女は頷くことにした。
……世の為に人の為に、と言う義侠心も人並みの半分くらいには持っているつもりだし。
そんなマリアンヌは、(というかマリアンヌたち)は現在城壁都市ロンドに逗留している。
ジークの見舞いの後、町で色々な所用を済ませ、彼女は宿に戻った。
部屋に戻ると、クレアがソファーで聖教の経典である白書を読んでいた。殆ど暗記しているだろうに、よくも飽きないものだと思う。
というか、多分クレアも白書をしっかり読んでる訳ではないと思う。明らかにページが進んでいない時がある。身体に染み込んだ習慣なのだろう。
テーブルの上を見るとアップルパイがあった。クレアに問いかける。
「クレ。このアップルパイ、アンタ持ってきたの?」
「ええ。頂き物です。どうぞ召し上がってください。お茶を入れましょうか?」
「いいって。聖女さまにそんなことをさせたら信徒に石を投げられるわよ。……うーん、アップルパイかぁ」
「苦手なんですか?」
「そういう訳じゃないけど、一時期食べ過ぎたからちょっとねえ。うん、1年くらいは食べなくていいかな」
「ああ…」
察したようにクレアが頷いた。
アップルパイを見て思い出すのは、やはりあの男の顔だ。
アレイン。
勇者パーティーを追放された偽勇者。
あまりにも強かった、剣が形をなしたような男だった。
◆
半年前、ガイアス王国の王城でマリアンヌは初めて彼を顔を合わせた。
「この度、勇者に選ばれたアレインだ。よろしく頼む」
マリアンヌより3歳年下の17歳。
ガイアス王国では成人は18歳だから、まだギリギリ未成年ということになる。
「勇者アレインよ。どうか魔王討伐の大任を果たしてくれ」
「謹んで拝命いたしました」
謁見の間にて王からの勅命を受ける彼は、全く緊張の素振りを見せず、かとってもニコリとも笑わなかった。
何と肝が太いのだろうと思った。色々とドライで鈍感だと自負しているマリアンヌですら、流石に王の御前とあれば、背筋に汗が流れたものだが。
共に旅を始めてもずっと仏頂面。
口数も少なく、何を考えているのか分からない。
―――ただ、彼は誰よりも強かった。
『百つ目のヴィナル』、『雷鳴のラオ二クス』、『醜悪なるオード』。ガイアス王国とその周辺を数十年にわたって脅かしてきたAランクの魔物たち。
『人形使いアウロラ』『不可視のシャロッテ』『呪剣のグリオン』『炎獄のジバード』といった名のある魔族たち。
それらを討伐できたのは、紛れもなくアレインのお陰だ。
(暴れる)聖剣を低く構え、(暴れる聖剣を)まるで駒の如く振り回す荒々しくも美しい剣技は、今も彼女の脳裏に焼き付いている。
……彼はきっと誰にも心を許していなかったのだろう。
野営で交代で眠るとき、アレインは常に聖剣を腕に抱えていた。
木にもたれ掛かり目を閉じる彼にある時、
「普通に眠らないの?」
と尋ねたが、
「ああ。(暴れる)聖剣を抱えていなと不安で眠れないんだ(聖剣が俺から逃げ出しそうで)」
と答えが返ってきた。
『炎獄のジバード』という軍団長クラスの強大な魔族と戦う時は、
「……こいつ強いな。下がってろ。お前たちでは危険だ。(聖剣が暴れて)巻き込むことになる」
と言い放った。
そんな彼が見せた数少ない人間味がアップルパイへの執着だ。
「アップルパイを食うといい。女神の恩寵だ」
「アップルパイを持ってきたぞ。皆好きだもんな」
「アップルパイを食べるだろう?」
「アップルパイ!!!」
……あれは一体なんだったのだろう、とマリアンヌは思う。
「魔物どこだ。魔族はどこだ。俺は世界を救わぬばならん。俺の背後には、一匹も残しはしない…!」
ただただ、強い男だった。
剣が形をなした様な男だった。
マリアンヌと彼は友人ではない。
共に魔族と倒し、魔王を滅すまでの旅を共にするだけの存在だ。
マリアンヌはアレインのことを何も知らない。好きな食べ物がアップルパイであること以外は何も。魔族を倒せるならそれでいいと思っていた。
しかし、こうして彼が勇者パーティーを離れた今、それは勿体なかったかなと思う。
―――彼は何を思って戦っていたのだろう。
―――彼は何があって戦いに身を置いたのだろう。
使命の為、民の為、義理の為。
他の勇者パーティーのメンバーと同じく、必ず彼にも歴史と理由があった筈だ。
もし、また彼と出会えたなら聞いてみたいとマリアンヌは思う。
自分を追放しておいて何を今更、とアレインは思うかもしれないけれど。
一緒に紅茶でも飲みながら、それでも聞いてみたいとマリアンヌは思うのだ。
ただ。
アップルパイはやっぱり、しばらく食べたくはない。