そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~   作:ナカザキ

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30:当たり前だがかつても英雄はいた

 その日はついぞ魔族は現れなかった。焚火をシンデリカと囲みながら夜を明かす。

 

「うーん、やっぱりいまいち水の出が悪いわね。魔法が使いづらいわ」

 

 茶を沸かすための水を魔法で生み出しながらシンデリカが呟いた。

 

「そうか? 俺には違いがいまいちわからん。言われてみれば、少し息を吸いこみづらい気もするが…」

 エルフの魔法使いの彼女でこそ感じる変化があるのだろう。

「やっぱり、魔力がどう考えても薄いわよ、ここ。私だからなんとかなるけど、普通の魔法使いだとこの砂漠で魔法を使うのはかなり苦労するじゃないかしら?」

「砂漠化にはなんか関係あるのかな」

「さぁ? 全く無関係って訳じゃないと思うけど。ただ、魔物や魔族をここら辺ではあんまり見ないのは、この土地の魔力の薄さが影響してるのかもしれないわ…。息がし辛い、みたいな感覚になるのかもね」

 

 そんな会話を交わしながら、俺たちは夜の畑を見張っていく。俺は数日寝ないでも平気だが、シンデリカはそうもいかない。

 

「きついならもう寝ろよ。いつ魔族が来るかは分からないんだ」

「そうさせてもらうわ」

 

 シンデリカは欠伸をしながら毛布を頭からかぶって、横になった。

 

 朝になると、やはり太陽がもう慎ましさを覚えてほしい程に、大地を照らし始める。村人たちは畑に出て、作物の手入れを始める。それを俺たちは眺める。

 

 事態が動いたのはその日の夜だ。

「お疲れ様です。夜食を持ってきました」

 

 村長が籠にパンや野菜を入れて持ってきた。それを俺たちは受け取る。

「ああ、ありがとう」

「そういえば村長さん、昼間に見つけたんだけど、あの像は誰?」

 

 シンデリカが指さした先には、ナツメヤシの葉に隠れる様に、一人の女性の像がある。俺たちは松明を手に像が鎮座する方に歩いていった。

 

 ―――これ、俺も気になってたんだよな。

 

 村長は笑みを浮かべながら、手に持った松明で像を照らす。古い像だが、定期的に手入れはされているようだ。

 

「ああ、彼女は時詠みの賢者サルモアですよ。この村には長らく逗留していました。わしは言葉を実際に交わしたこともあります」

 

「知ってる?」とシンデリカは俺に視線を投げかけるが俺は首を振った。

 

「知らない」

「はは、何せ今から何十年も前の英雄ですからね。それこそわしが青二才だったころに活躍した女性です」

 

 村長は穏やかな声色で語っていく。

 

「40年前、ここ一帯がまだ湿地だったころ、世界に魔族が現れました。当然この地も大混乱、多くの…本当に多くの人々が亡くなりました。ギルドも国も突如現れた魔族に為すすべなく、されるがままだったと聞いています。そんな中、人間たちの先頭に立って戦った一人が、この時詠みの賢者サルモアです」

 

 俺は再び像に目を向ける。ローブを被り、大きな杖を掲げた魔法使い風の女性だった。時詠みというくらいだから次元魔法、特に予知などに優れていたのだろう。

 

「彼女は魔族が現れてから10年近く、諸国を放浪しながら魔族と戦い、多くの人々の命を救いました。大げさかもしれませんが、彼女がいなければ、このガイアス王国は影も形もなくなっていたでしょう。それくらいの功績がある方です。……そしてこの地はサルモアの最期の地なのですよ。30年前、サルモアはリーリア湖で魔王軍四天王の一人ハイアールと戦い、その命を散らしました」

 

 シンデリカが呟く。

「四天王……」

「魔王軍における最強の4人のことだ。魔王を除けば、人類の最大の脅威だろう」

 

 俺もまだ会ったことはない。

 

「四天王ハイアールは生きてはいましたが、サルモアによって致命傷を負わされ、それ以降、歴史の表舞台からは縁遠くなったと聞いております。また一説には、ハイアールはサルモアによって討たれ、その死後の呪いによって、この地は砂漠と化したのだという者もいます」

 

「確かにハイアールはここ20年ほど、人類に姿を見せていない」

 

 ……最近また活動を開始したって噂も王都で聞いたが。

 

「確かなことは偉大なる時詠みの賢者サルモアは命ある限り人々を救い続け、最期はその命をもって、魔王軍四天王の一人と戦った、ということです。我々は彼女の存在を忘れぬように、この地に彼女の像を建てたのですよ」

「そうだったのね」

 

 シンデリカも感慨深げにサルモアの像を見上げる。かつて人類のために戦った先人の人生に思いを馳せているのだろうか。

 

「……俺も知らなかったな。そんな人がいたなんて」

 

「もうずっと昔の人ですからな。悲しいが、それはもう仕方がないことです。しかし、サルモアという英雄がいたことを、我々くらいは覚えておかなければ」

 

 村長は目を閉じ、微笑む。

 脳裏には在りし日のサルモアの姿があるのか――。

 

 サルモア、か。王都じゃ殆ど名前は知られてない。いや、違うか。この村長の言った功績が本当なら、昔は皆サルモアの名を知ってたんだろう。だが、月日が経つに皆の記憶から薄れ、消えていった。やがて彼女のことを知る奴もほとんどいなくなった。

 

 四天王とやり合うなんて、人類の歴史上でも最高峰の才能を持ってたんだろうに。

 

 ……或いは、彼女みたいな存在は人類の歴史には吐いて捨てるほどいるのかもしれない。歴史の陰に埋もれた英雄たちの活躍によって俺たちの『今』はあるのかもな。

 

 ―――そんな柄にもないことを俺は考える。

 

 

「サルモア様は、本当に立派な方でした。…優しく、賢く、強く、美しく…、

 

―――何より、胸が大きかった」

 

 

 

「あ?」

 え、なんだって?

 

 

「聞き間違いか?」

 それか俺の耳がイかれたのか。

 

「何より胸が大きかった…」

「俺の耳がイかれててほしかったよ」

 

「惜しむべきは、像の製作者が恥ずかしがって胸を控えめに作ってしまったことでしょうな。本物はこんなものではない…憤りを感じます」

 

「お前急にぶっこんで来たな」

 

 ビビるわ。

 割と本気でびっくりした。聖女に追放された時くらい驚いたわ。

 

 村長。よくこの数日、その濃いキャラを隠してたな。横のシンデリカも固まってるぞ。

 

「時に旅の方。貴方は女性のどこに特に魅力を感じますか? ちなみにわしは胸です。大きければ大きいほどいい」

「お前の情緒はどうなってんだ」

 

 結構神妙ないい雰囲気だったろ、さっきまで。台無しだよ。

 

 はあ、と俺はため息を吐き、くだらない会話を切り上げる。

 

 松明の明かりの外、光が届かない暗闇に目を向け、問いかける。

 

「……という訳で出てきていいぞ。そろそろ我慢の限界だろ?」

 

 砂地を踏みしめる音が聞こえた。

 ゆっくりと、闇より這い出てきたのは、一匹の魔族だ。痩せぎすで、頬がこけている。

「はっ、はっ…肉…! 人間…!」

 

 獲物を前にして舌なめずりしている。

 村長は叫び声を上げ腰を抜かしていた。

 

「ひっ、魔族っ!」

「下がってて、村長さん」

 

 庇うようにシンデリカが村長の前に出る。

 ……あの発言を聞いて、迷わずその行動ができるなんて、お前さんは立派だよ、シンデリカ。

 

 俺は魔族を眺め鼻を鼻を鳴らした。

 

「やっぱり低級の魔族だな。王国の兵士か、冒険者に追い立てられたか? それとも勇者に狩られないように先んじて王都近くから逃げ出したか? ここは魔力が薄いから、お前らにとっては息がし辛いだろうに」

 

 最近相次いで戦った軍団長級の魔族たちに比べると随分と貧相な体つきだ。

 

「だ、黙れ! 肉風情が喋るな!」

 

「お前らみたいな下級の魔族を見ると改めて実感するよ、結局お前らは魔物と大して変わりがないってことを。いくら人を殺して魔力を吸って、知恵と力をつけたところでお前らの本質は、人食いの化け物であり、害獣だ」

「黙れぇぇぇ!!!!」

 

 爪をむき出しにして魔族が襲い掛かってくる。

「よっと」

 俺は魔族の頭に向かって拳を叩き込んだ。

 

 果物を床に叩きつけたような音が夜に響く。断末魔すらない。あっけない幕切れだったが、俺の前では魔族でも大体同じような最期を迎える。

 

 こうして砂漠の村を襲う魔族は討伐されたのだった。

 

 次の日の朝、俺たちは村を出発することに決めた。

 

「それじゃ色々世話になったな」

 

 目指すは北のシーアル王国だ。国境付近は魔族たちが跋扈する人と魔族の戦いの最前線となっており、国内の情勢は他国からは全く分からない。魔族のリーダー、魔王はこのシーアル王国にいるのではないかと、巷では言われている。かの国に行くには、まずこの砂漠を抜けなければならない。

 

「北を目指すなら、サイドリーリアを目指すとよいでしょう。リーリア湖の畔にある都市です。湖は干上がって久しいですが、今であの町は北の諸国との交易の中心になっています。旅に必要な情報や物資も揃うでしょう」

 

 そこで村長は顔を暗くした。

 

「お気を付けください。かつての美しいサイドリーリアは湖と共に消えました。今では数多の犯罪組織や麻薬、違法賭博の温床を聞いております」

 

 村長は俺の右手に視線を移す。

 

「貴方方にはいらぬ心配かもしれませんが…」

 

 俺が魔族の頭を一撃で砕いた光景を思い出しているのだろう。

 

「いや、ありがとう。色々と世話になったな」

「はい、それでは」

 

 別れる直前、シンデリカが唇を開いた。きらきらと輝く真っ直ぐな瞳で、村長を見る。

 

「…大丈夫だよ、村長! そのサルモアって人の思いは、私たちが『今』につなげるから!」

 

 そうだなシンデリカ。

 その通りだ。

 

 彼女の言葉に村長は一瞬目を丸くして、やがて太陽のように輝く笑みを浮かべた。

 

「……そうしてくれると、それはこの老骨にとって何よりの慰めになるでしょう。それでは貴方方の旅に女神の祝福を!」

 

 次に俺たちが向かうのはサイドリーリア。

 

 しかし、湖が干上がるとともにその湖畔の町はその様相を全く変えたらしい。

 

 今はあの町はこう呼ばれている。

 

 魔窟サイドリーリア、と。

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