そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~   作:ナカザキ

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31:勿論今だって英雄はいる

 スタンドールは4日前に御年79歳を迎えた。

 

 故郷の幼馴染はみんな棺の中で眠っている。

 

 冒険者としての最初の弟子は2年前にベッドの上で大往生を遂げた。葬式に顔を出すと、立派な青年が出迎えてくれたので弟子との関係を聞いたら、曾孫だという。

 

 スタンドールは悲しくなった。

 自分だけが、時代に取り残されている気持ちになる。

 

 仲間や弟子たちは結婚し、引退し、次世代に諸々を引き継いで人生から潔く退場しているのに、スタンドールだけが未だにみっともなく現役にしがみついている。

 

 とはいえ、彼が引退を迎える日はまだまだやってこないだろう。

 

 スタンドールは時代に取り残された老骨だが、世界は彼を必要としている。悲劇が跋扈し、人心は乱れ、人々は強者を求めているこの世界は――。

 

 世界は彼の勝手な退場を許さないし、彼自身もそんなつもりはない。己の死ぬべき場所は、血風吹きすさぶ戦場で良い。そう決めている。

 

 ――――彼の名はスタンドール・レイヴン。

 2つ名は黄金剣。

 

 或いは。

 人々は彼のことをこう呼ぶ。

 

 冒険者ギルド・グランドマスターにしてSランク冒険者。魔法学院名誉顧問にしてA旧魔法使い。ガイアス王国特別剣技最高指導員また鉄血連隊総隊長。ガイアス王国男爵(一代貴族)。モア獣国・狼の血族の牙。聖教会十字病院騎士。シャルドネ商会会長。北部諸国連合・前線指揮官。夜明けの連盟・総帥。

 

 古き英雄。半吸血鬼。伝説の男。プロフェッサー。全ての英雄の師。魔物狩り。魔族の天敵。不死身。無敵。

 

 数多の肩書、数多の称号、数多の名を彼を持つ。

 故に、スタンドールをこう呼ぶ者もいるだろう。

 

 ―――最強、と。

 

 

 

 

「私、あいつら殴っても許されますよね?」

 

 黄金剣のスタンドールは立ったまま紅茶を飲んで、ぼやいた。

 

 場所はガイアス王国の王城の一室。カーテンは閉め切られている。

 

「やめてくださいよ、本当に」

 

 その言葉を椅子に座った黒髪のショートカットの女性―――弟子のアネットがたしなめる。本当に殴ったら、誰にとっても良いことはない。人類にとっても師にとっても損失にしかならないだろう。

 

「先生、だめですよ。だめです」

 

 内心の変化が顔に出にくいため、スタンドールは気付かないがアネットは内心冷や汗をかいていた。

 

「でも、やっぱりあいつら…。どの口が、と思いますよ。アネット君は思いませんか?」

「……まあ、多少は」

 

 ―――スタンドールが言うあいつらとは、エルフのことである。

 

 2週間前のことだ。

 突如として、エルフが人類に交流を求めてきた。

 

 何でも大森林は魔族に襲われ、大きな被害を受けたらしい。辛くも襲ってきた魔族は討ち果たしたそうだが、その件を契機にエルフはこれまでの排他的な文化を改めたようだ。他種族と手を結び、魔族に立ち向かったいかねばという考えに至ったという。

 

 3か月ほど前までは、北方の最前線で魔族たちと戦っていたが、勇者が選ばれたとの報を受け、一旦王都まで戻ってきたのだ。

 

 そして、エルフ達の一件を耳にすることになった。彼らは控室で待機しているが、この後王族とエルフの使節たちと顔を合わせる予定になっている。

 

「今更何ですか。のこのこと。自分たちが襲われたら、外に助けを求めて。…20年、いや30年は遅いんですよ。彼らがいれば、北方諸国の幾つかの国は落ちなかった。魔族の魔法で東のゴール国の住民の半数が集団自決をすることもなかったでしょう。私が人類側の使節として大森林を尋ねた時、奴らは何と言ったかわかりますかアネット君?」

 

「いいえ、先生」

 

「外の世界で何が起きようと、我らはそれに関わらずに生きてきた。それは未来永劫変わらない。立ち去られよ。そして二度とこの森の葉を踏むでない、ですって。なんと傲慢な。おまけに、その後私たちは大森林で3日遭難する羽目になった」

 

「では、先生はエルフ達の手を振り払うのですか?」

 

 アネットがそう問いかけると、スタンダールは視線をさ迷わせた。

 

「そうは、言っていません。……分かっていますよ。我々には余裕がない。仲間は一人でも多い方が良い。それがエルフなら、これ以上心強い仲間になるでしょう。過去の蟠りは捨て、未来の為に行動せねば。次の世代のために、少しでもマシな世の中をつくる。それが我々大人たちの責任です。それに彼らだって魔族に同胞を殺された被害者です。その気持ちは痛い程分かる」

 

 言いながらスタンドールは紅茶を一息に飲みほす。そして、小さく息を吐いた。

 

「大丈夫。やるべきことは分かっていますよ。ただ愚痴を吐き出したかっただけです。申し訳ない、お耳を汚しました」

 

 アネットは椅子から立ち上がり、テーブルの上のポッドを持った。スタンドールのティーカップに紅茶を注ぐ。気分を落ちつける爽やかな香りが部屋を満たした。

 

「紅茶をどうぞ、先生」

 

 スタンドールは苦笑した。アネットと自分、これではどちらが師で年長者なのか分からない。前髪をかき上げながら言う。

 

「ありがとうアネットくん、君は本当によくできた弟子だ。それに比べ、何歳になっても私は落ち着きがない」

 

「いいえ。ですが、折角整えた前髪のセットが乱れていますよ、先生。この後、王族とエルフの方々と会うのですから」

 

 スタンドールは鏡に前に移動して、セットを治そうとする。……が、顔をしかめた。

 

「今日は、映りが悪いですね。大分ぼやけている」

 

 彼の顔は()()()()()()()()のだ。

 

 正確には、かなりぼやけて映っていた。

 

 だが、すりガラスごしに人の顔を見たように、或いは水中から外の世界を眺める様に、大きく歪んでしまっている。ちなみに彼の着る紺色のスーツは普通に鏡に映っていた。

 

 アネットが横から近づき、スタンドールの金の髪に櫛を入れる。

 

「満月が近いですから。先生の中の吸血鬼の血が騒いでいるのでしょう。……失礼。はい、これで格好よくなりました」

「君は何でもできますね」

 

(……まあ、元々先生はいつでもかっこいいですけど)

 

 髪のセットにかこつけて、アネットはスタンドールの顔を観察した。

 

 今年で79歳になった己の師。

 

 金の髪に髭。穏やかな目尻。その下には泣き黒子。背筋は真っ直ぐ伸びている。

 

 精々三十半ばくらいにしか見えない。

 

 40年以上前、黄金剣スタンドール・レイヴンは吸血鬼の王、真祖と戦った。未だ吟遊詩人に謡われる壮絶な死闘の結果、彼は真祖を討ち果たすも、その血を受け、半吸血鬼を化してしまう。それは宿敵であり、恋人であった真祖が、死の間際にかけた呪いである。

 

 お前は生きろ、と。お前は苦しめ、と。お前は戦い続けろ、と。真祖は約束《のろい》を彼に残した。

 

 

 アネットの中に、彼の癖毛を指で直接とかしてあげたい欲望が生まれた。それに留まらず、口髭と顎髭を撫でてあげたい。あわよくば、赤みがかった碧眼の下に黒子にキスをしたい。

 

 全てを必ず置きざりにして、ただ前に進んでいく彼に自分の存在を刻みたい。

 

「……アネットくん?」

 

「……失礼しました。過分なお褒めの言葉、恐れ入ります」

 

 ただ、それは只の妄想。ただの願望。彼にとっては、迷惑でしかないだろう恋心。

 

 だからアネットはスタンドールから離れた。

 うっすらと、微笑みながら彼女は言う。

 

「そろそろお時間ですね、先生」

「おや、もうですか」

 

 ティーカップをテーブルに置きながれスタンドールは言う。

 

「ここの紅茶美味しかったですね」

「土産に持って帰りましょうか先生。前線の者たちも喜びます」

「お酒の方が喜ばれるかもしれませんがね」

 

 そういえばアネット君、と彼は続けた。

 

「君に縁談が来ていますよ」

 

「………」

 

「覚えていますか。1年ほど前に夜明けの連盟の会議で会ったカービイ君です。ほら、魔法三国の大貴族ですよ。眼鏡をかけた好青年の。何でもずっと君のことが忘れられないらしく、この1年他の縁談を断っているそうです。立派なことじゃないです。仕事もきちんとした職業です。大図書館の副司書長だ。若いのにしっかりしていらしゃる。いやあ、彼は立派だ」

 

「……」

 

「思えば君は魔法学院で出会ってから、冒険者ギルド、北方前線と、ずっと私についてきてくれた。……思ったんですよ。そろそろ君自身の人生を生きてほしいなと」

 

「……………」

 

「こんなこといったら時代錯誤と婦人方に怒られるかもしれませんが、やっぱり女性の幸せは結婚ですよ。もしかしたら前線を離れることで君は仲間たちに申し訳ない思いを持つかもしれません。ですが、こんな時代でも…いいえこんな時代だからこそ、自分の小さな幸せを求めるというのはとても大切ですよ。その小さな幸せを守るため、私たちは戦っているんですから」

 

「…………………」

 

「いやあ、見たいですねぇ。アネット君の結婚衣装。まあ私は忙しいので、式には出れないかもしれませんが……いいえ、何としても君とカービイ君の結婚式には出席します! 魔王軍四天王だって倒しましょう!」

 

「………先生」

 

「ああ、失礼。大事な会合の前にする話ではなかったですね。というより、これはエルフとの会合よりも大切だ。今度じっくり話し合いましょう。いやあ、楽しみだな。子どもができたら抱っこさせてくださいね。……ん、アネット君?」

 

 コツコツとアネットは靴音を鳴らしながら部屋のカーテンの前まで来て、

 

「黙れよジジイ」

 

 にっこりと笑いながら、カーテンを開けた。

 

 当然、部屋の中には日の光が差し込んだ。

 

「あっつ! 日光は駄目ですって! 私、半吸血鬼なんですよ!? 肌が焼けますって! あっつ!」

 

 あくまで半吸血鬼なので死にはしないし、大きなダメージも負わない。ただ、滅茶苦茶熱いだろう。

 

(本当にこの人は……)

 

 私何かやっちゃいました? と叫ぶスタンドールを、アネットは虫を見るような目で眺める。

 

 これまでの経験で散々分かっていたことだが、スタンドールにとってアネットは娘や孫のような存在なのだろう。

 

 分かっていた―――が、改めて現実を突き付けられると…むかつく。

 

(はー、でも好きだ…)

 

 

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