そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~ 作:ナカザキ
砂漠を一昼夜歩き、俺とシンデリカはサイドリーリアに到着した。
砂漠の中に大きく窪んだ土地が見える。そこが干上がったリーリア湖だろう。かつて畔であった窪地上の地形の
砂漠の中に予想以上の大都市が現れ、俺もシンデリカも驚きを隠せなかった。
「ねえ、アレイン。このサイドリーリアってどんな街なの?」
「ああ。サイドリーリアは元々はリーリア湖の傍の観光地としても有名な町だった。しかし魔族の襲来と共に町は寂れ、更にリーリア湿地一体が砂漠と化したことで、町の様相は様変わりした。周辺の大きな町の多くが魔族に破壊されたこともあり、サイドリーリアは北方諸国との中継路として栄えることになったらしい」
「さすがアレイン、物知りね!」
「看板にかいてあった」
俺は町の門の前にある看板を指さす。
「そう……」
露骨にシンデリカのテンションが落ちる。
別にいいだろうが、看板の知識でも。
「もっと言うなら、この町はただの町じゃない。犯罪、麻薬、人身売買が跋扈してるらしい。今までとは違う。人の悪意の町だ。……気を引き締めるぞ」
「人の悪意……。分かったわ、アレイン…!」
俺たちはサイドリーリアに足を踏み入れる。
「おうおう、随分と景気が良さそうな奴がやってきたじゃねえか!」
「はぁー! 随分な別嬪さんを連れてんなぁ! 姉ちゃん、俺ともデートしてくれよ。そんな柔な兄ちゃんより俺の方が絶対良いぜ? 俺の握力は35だ!」
……のっけから、濃いなぁ…。
門を抜けた俺たちを出迎えてくれたのは、真っ赤なスーツを着た2人組だった。片方は小男で片方は大男、バランスがとれている。
旅行者を狙ったカツアゲだろう。おまえにこいつらはシンデリカも狙っているようだ。まあ、美人さんだからな。
そうだな、こいつら相手なら指2本ってところか。
このチンピラたちは別に魔物でも魔族でもない。わざわざ俺の万別を潰れたトマトに変える拳を使う必要はない。
俺は中指と親指に少し力を籠める。いわゆる『でこピン』だ。
「どけ!!」
「がは!!」「ぐは!!!」
小男と大男が後方に吹っ飛ぶ。
突如、青いスーツを着た見上げるほど巨大な大男が2人の肩を掴んでぶん投げたのだ。
地獄に仏。こんな治安が終わっていることが3秒でわかる町にも、正義の心に溢れる人間はいるんだなぁ、と感心した俺の心はすぐに裏切られることになる。
「お嬢ちゃん、デートなら俺にしよう。勿論男の身ぐるみはがしたうえでな!」
「い、嫌よ! 私はアレインと旅をするの!」
「旅のパートナーはここで俺と交代だ。俺の握力は83だ。林檎も割れるぜ?」
この町の男の握力に対する拘りはなんだ。俺はため息を吐きながら、向こうの流儀にのってやる。
俺は足元に転がっていた小石を握りこむ。
力をぐっと籠め、手を開くと、パラパラ…と砂になった小石が風に舞った。周囲のギャラリーがどよめく。
「す、すげえ……!」
「やめとけ。俺の握力は100万だ…!」
知らんけど。
男は冷や汗をかきながら吠えた。今更後には引けないのだろう。暴力と生業とするものは暴力に縛られる。より大きな力から逃げることは許されない。
「面白れぇ…どうせ、ホラさ! 今のもどうせ、トリックだよ! それに握力が何だってんだ! 時代は金よ!」
どうやら男は暴力だけではなく金の力も兼ね揃えていたようだ。
懐から、金塊を取り出した。
純金だろう。相当重そうだ。それを鈍器代わりにして、俺に殴りかかる。
「金の力を食らえ!」
「……金の力ってそれであってるのか?」
つっこみながら、俺は男の脳天にデコピンを食らわせた。男は錐もみ回転しながら、路上に倒れる。
そして、それまで成り行きを見守っていたギャラリーたちが男の身体に殺到した。
「俺の金塊だ! よこせ!」「私のよ!」「じゃあ俺はこのスーツをもらう!」「ネクタイは俺のだ!」「ズボン! ズボンを脱がせ! いい生地だ! 高く売れるぞ!」
シンデリカはそれを眺めながら、恐怖のような呆れのような、よく分からない表情で呟いた。
「なるほど…退屈しなさそうな街ね…」
「ああ」
ほんとだよ。
◆
まず、宿を見付ける。
エルガ討伐の報奨金が残っているので、金に糸目はつけなかった。何日か逗留することを考えると、流石に最高ランクのホテルには泊まれなかったが、中の上か、上の下くらいのホテルに宿泊することにする。
この町で下手に金を節約しようと思って安い宿を使えば、逆に金をすべてを盗人に奪われそうだ。
宿の名前は『黄金の獅子亭』。かっこいい名前だが、今一捻りがないな。大陸を探せば、同じ名前の宿が何軒かありそうである。
まず宿のベッドで休憩する。
今回は安全上の対策で、シンデリカと同じ部屋にしてもらった。
「すまんが、同じ部屋でいいか?」
「ん? 勿論。私は全然気にしないのに」
シンデリカはにかむ。そんなもんか。
勇者パーティーの時は野宿以外では絶対に違う部屋にしていたからな。基本的にそれが普通だと思っていたが……どっちが正しいのかよく分からん。
「アレインならいいよ」
……いいよ、って何が?
俺は眉を顰め、シンデリカを見る。
「いいよ」とシンデリカは微笑んでいる。
……ああ、これは何も考えていないな。
お前ちょくちょく魔性っぽくなるよな。
気を付けた方が良いと俺は思う。
将来男に刺されるぞ。
◆
夕食をホテルのレストランでとる。
レストランの真ん中に池があって魚が泳いでいた。餌とかやってるのかな。
「餌とかやってるのかしら」
「同じこと思った。やってみたいよな。あとで店員に聞いてみよう」
メニューも酒も豊富だ。俺たちはアップルパイと砂漠牛のステーキ。ナツメヤシと鶏肉の炒め物を頼んだ。
ステーキを口に運ぶ。旨味の強い肉汁がじわっと溢れ、贅沢に使った塩が味覚を刺激する。美味い。
俺は料理に舌鼓を打ちながら、店員に声をかけた。
「色々と知りたいんだが」
「色々とは…?」
店員は眉を顰めた。
「別にディープな話じゃなくてもいい。俺たちはここに来たばかりでね。サイドリーリアについて何も知らない。退屈しない町だが、だからこそ地元民のルールとかありそうじゃないか。わざわざ自分から厄介ごとに首を突っ込みたくない」
納得したように店員は頷いた。
「ああ、なるほどね」
俺は店員の胸ポケットに幾つか硬貨を入れる。お礼の前払いだ。
店員はにっこり笑って、奥の上司らしき人に声をかけた。旅人が店員に情報を求めるのは、ままあるのだろう。上司は頷いて許可を出す。
店員は俺たちのテーブルの椅子に座った。一転して砕けた表情と口調で言う。
「俺ものんでもいいか?」
「いいわよ。ここは果実酒がおすすめ。炭酸で割ると舌触りが面白いし、油物を食べても口の中を綺麗に流せるわ」
「じゃあそれで……君地元民?」
「今日来たところ」
「そっか…?」
詳しいな、とか店員は口の中で呟く。
いや、なんでお前そんな詳しいんだ。
ここ初めてだよな? 美味い酒を見抜く嗅覚でも持っているのか。
店員はやってきた酒で口を湿らせ、口を開いた。
「とりあえずサイドリーリアの大まかな歴史は知ってるか」
「まあ、一応な」
「じゃあそこらへんな割愛するぞ。こちとら一時間いくらのホステスみたいな営業はしてないからな。……じゃあ、サイドリーリアがこんな愉快な町になってる理由は?」
「いまいちは知らないな」
「なら、そっから。……色々あって…というか原因はよくわからんが、リーリア湖はめでたく干上がった。当然ここに元々住んでたやつらは大ピンチさ。周囲はどんどん砂漠化している。飯もない。建物は砂漠化と同時に起こった地震で倒壊した。住民の半数は逃げ出したって聞いてるよ」
そこで店員は声を落とした。周囲の視線を気にする、というよりは単純にそうしたほうが喋っている自分の気持ちが盛り上がるからだろう。
「ただ、この逆に地に目を付けた奴らもいた。国内外のマフィア連中だ。……なあお前ら砂漠茸って知ってるか?」
「ああ。実物は見たことないが」
先の村であった村長が確かそんな茸の名前を呟いていた気がする。
「一生見ない方が良い。麻薬の原料だ。そのままでも十分トべるが、こいつを原料にした麻薬はそれこそ女神に抱かれるくらいヤバいらしい」
「ところで麻薬ってなに?」
そこでシンデリカが口をはさむ。そこからか。
まあ、確かに大森林にずっといるなら、見る機会も使う機会もない筈だ。
店員は意味深に笑いながらシンデリカに説明する。
「人間が生み出した最高の薬さ。使えば滅茶苦茶ハッピーになれる。女神の恩寵もかくや。ただ、使い続けると…」
俺が続ける。
「地獄に落ちる。それなしでは生きられなくなる。…また今度詳しく説明する、シンデリカ」
「その麻薬の原料になる砂漠茸なんだが、とれる条件は2つある。一つは砂漠であること。もう一つは魔力が少ない土地であること」
「あっ」
「リーリア湖が干上がって以降、この地の魔力にはどういう訳か、魔力が溜まりづらい。前に湖があった穴の底なんてすごいぜ。普通の人族でも息がしずらくなるらしい。ともかくこれで砂漠茸の栽培の条件はそろった。いろんな勢力のマフィア連中が大勢やってくる。魔族のせいで、あいつらも自分のシノギを滅茶苦茶にされたんだろうな。アイツらは新しい商売を求めてた。この町にやってきて復興のための金をばらまく一方で、裏では砂漠茸を作りまくる。元々住んでた住民がようやくマフィアのやってることに気付いても手遅れさ。元々が廃墟同然だったんだ、色んな建物を作り仕事を生んでくれたマフィアたちは一応恩人だし、あらゆる仕事の…それこそこのホテルの元締めにも、あいつらがいるよ。もう、追い出すことなんてできないよな。何なら下手に声を上げれば自分たちの命が危うい」
店員は軽い調子で言いながら、酒を飲んだ。
「そんな訳で魔窟・新生サイドリーリアの出来上がりってわけだ。王国の辺境の砂漠って立地から、国からも手出しがされにくい。魔族との激戦地の北方諸国に近いから、麻薬の輸出先にも困らない。色んなマフィアと破落戸が集まるようになって、賭博場・違法取引・人身売買、何でもござれの素敵な町に変身だ」
「なんというか…」
どう声をかければいいか分からない。
しかし、店員は笑顔で顔をすくめた。
「まあ、普通にすごす分には楽しい町さ。色々気を付けなければいけないけどな」
「例えば?」
「まず暗がりには入るな。夕方は以降は出歩くな。綺麗なねーちゃんには気をつけろ。基本はこれくらいだ。簡単だろ」
それと、と付け加える。
「赤スーツ、青スーツ、黒スーツの奴の機嫌は絶対損ねるな。町には色々な危ないやつらがいるが、その三つが特に力をもったマフィアたちだ。赤スーツが『赤い狐』青スーツが『青い虎』、黒スーツが『黒ウミヘビ』、分かりやすいだろ?」
「ああ。ありがとう。…北方に行くにはどうすればいい?」
「なんだ、お前夜明けの連盟のメンバーか? ……そうだな。徒歩はあまりおすすめしない。ここから北の砂漠は流砂が多い。間違って足を踏み入れれば、まず抜け出せずに死ぬ。お前らに伝わる様にいうなら…底なし沼みたいなもんだ」
「たけど安全に抜ける方法はあるんだろ?」
だって、色々な商品を北に運ばなくちゃいけないからな。
「ああ。商人用の砂漠大トカゲの乗合馬車があるから、それを使うといい。大トカゲは流砂を見ぬいて、そこを綺麗によけて通る。砂漠での馬の代わりだ。金は大分とられるが、命は何にも代えられない」
「わかった色々ありがとう」
かなり有益な時間だった。俺は店員の胸ポケットに追加の情報量を払う。
「こっちも色々話せて楽しかったよ。またいつでもどうぞ。当ホテルも俺も、どうぞ御贔屓に!」
膨らんだ胸ポケットを満足そうに叩きながら店員は去っていった。
「じゃあ、明日はとりあえずその大トカゲ?を見に行くのね」
「ああ、そうしよう」
後、店員に聞いたところ池の魚にはお金を払えば餌をやれるらしい。
2人でやってみたが、割と楽しかった。その後は俺達は部屋に戻ってぐっすりと眠った。