そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~ 作:ナカザキ
次の日、俺たちはサイドリーリアの北にある大トカゲ馬車の待合所に来ていた。どうでもいいが、大トカゲなのに馬車っていうんだな。
待合所は思ったよりも大きな建物だった。大トカゲの飼育所も兼ねていて、複数の建物が横に繋がった形をしている。
「ああ、今は大トカゲの馬車は出てないよ」
ちょうど建物の外に関係者らしき男がいた。声をかけてみたが、返ってきたのは、俺たちにとって残念な答えだ。
「いつまでだ。というか、どうして?」
「質問は一つずつ頼む。なに、別に何か月もこの町に足止めされるわけじゃない。精々後数日、長くても10日ってところだろう」
男は箒で落ち葉を片づけながら答えた。面倒そうだ。
シンデリカが尋ねた。
「大トカゲの調子でも悪いの?」
奥の建物の方に、砂漠大トカゲが数匹繋がれているのが見える。予想よりもかなり大きい生物で、確かにアレなら馬の代わりに荷車もひけるだろう。
男は箒での掃除がひと段落したのか、箒を壁に立てかけて俺たちの方を向いた。
「いいや、あいつらの調子は絶好調だ。ただ今は5年ごとにある、次の市長を決める時期だ。この時期は、大トカゲは動かせないきまりになっている」
「市長を決める? ここには領主はいないのか?」
ガイアスの王国の各地域は貴族が治めている。貴族から権限を与えらえた者が市長として町を治めることもままあるが、それだって貴族の身内や縁故者を採用する。
「珍しいだろ。ガイアス王国でもここくらいじゃないか、自分たちで市長を決めるところは。……俺が子どもの頃はちゃんと領主さまもいたんだが、30年前のごたごたで亡くなっちまった。国も余裕がないのか、こんな町には触れたくもないのか、新しい領主は一向にやっていこない。だから、ずっと町民の中から市長を出してる」
「市長を決める……。確か…センキョ、とかいうやつか?」
ステラがそんな仕組みについて説明していたような気が…する。
「センキョ? なんだそりゃ。いや、市長の候補者たちが集まって、決闘で決めるのさ」
なるほどな。
まあ、過程と結果が分かりやすくはある。
俺は声を小さくして囁くように男に言う。
「……市長の候補って、つまりはマフィアだよな?」
男は苦笑しながら肯定した。
「兄ちゃん、勘が鋭いな。ああ。そうさ。赤、青、黒、……デカいマフィアのボスか幹部が市長になる。名実ともにこの町を表と裏から牛耳ることができるって訳さ」
「でも、10日も大トカゲも使えないのは不便そうね」
確かにな。
色々商売もあるだろに。
「仕方ない。……一応ここの大トカゲは市長の持ち物って建前になってるんだが、2つ前の市長が選挙に負けた後、何匹かの大トカゲと一緒に町から逃げ出そうとしたんだ。失脚して命を狙われるのが怖かったんだろう」
「そういう理由か」
「だから、次の市長が決まるまで何日か勘弁してくれ。市長は、
男はそんなことを俺たちに勧める。
最初こそ愛想が悪かったが、話してみると結構色々教えてくれるなこの人。
「まぁ、考えとくよ」
聞きたいことは大体聞いたので、俺たちは待合所から離れる。
「とりあえずは、しばらくはこの町にくぎ付けだな」
「そうみたいだね。ところでアレイン、剣闘士とコロッセオって何かしら?」
「ああ……」
それについては、まずは奴隷について説明しなければならない。
「奴隷ってのは、人として認められる当たり前の権利や自由を持ってない奴のことだ。物として、売り買いされ、いろんな仕事をさせられる。人がしたがらないキツい仕事…鉱山労働者とかもな」
俺は奴隷を使ったことはない。逆に奴隷だった経験もないし、奴隷の知り合いもいない。
「結局生きるためには金がいる。奴隷ってのはその金が払えなかった奴らだ。おかしな話だよな。生きるための金なのに、気づけば金のために生かされてる」
まぁ、ガイアス王国は近年奴隷の売買を縮小させる方向で動いてるみたいだが。
正確には、市場の規模を小さくして、完全に国で管理したいらしい。
その後、俺は奴隷たちが剣闘士として命を懸けて戦うコロッセオについて簡単に説明する。
説明を聞いたシンデリカは長いまつげに縁取られた瞳を閉じて、言う。
「奴隷……か。エルレインでも聞いたことがあるわ。他種族は、他人を物みたいに扱うことがあるって。……いいえ、エルフも同じよね」
彼女の脳裏に浮かんだのは魔族とエルフ、2つの血が流れていたあの男、クルーテルだろう。続いてシンデリカは俺に尋ねる。
「ねぇ、アレイン。じゃあ、麻薬ってなに?」
「……今日は疲れたんじゃないか、シンデリカ?」
「いいえ。……私は知りたいの。外の世界の全てを。綺麗なところも汚いところも、全部。同じことを繰り返さないために。そうじゃなければ外に出た意味がないわ」
「そうか」
なら、実際に自分の目で見た方が良いだろう。
俺はシンデリカを伴って、サイドリーリアの裏路地に入る。狭く、暗い、じめじめした路地の壁には、力なさげに横たわっている人々がいた。
物乞い、怪我人、そして……中毒者。
「う、うぅ、薬ぃ」「薬ぃぃぃ」「嬢ちゃん、何でもやるから、何でもやるからな、な? 頼む!」「あああああ!!」
「イカれてるなぁ」
口の中で呟く。
中毒者に対して、町に対して、世界に対して……、どれに向かって言ったのかは俺にも分からない。
明らかに正気を失い、血走った姿で麻薬を求める人々。
「麻薬を摂取すると、最初のうちは凄く幸せな気持ちになれるらしい。だけど……より多くの量を入れないと効果はすぐになくなってくる。最後には、麻薬を摂取し続けないと正気を保てなくなる。麻薬に金をつぎ込み続け―――」
そして、こうなる。
「……治すわ」
シンデリカは中毒者の一人に近づき、解毒魔法を発動した。薄緑色の光が路地裏を満たす。
「やめとけ。解毒魔法は身体に長期間に蓄積された毒には効果が薄い」
定説である。
しかし、エルフの使う解毒魔法は一味違ったようだ。麻薬の症状を完全には消すことはできなかったが、中毒者は大分症状が楽になったのか、息を楽にして穏やかに寝息を立て始めた。
「す、すげえ」「お願いします。私も…もう辛いんです」「女神さま…女神さま」
「大丈夫。皆治すから。順番に並んで…」
シンデリカはその路地裏にいた中毒者や怪我人たちを皆治療してしまった。
「……ふう」
ふらつきながら路地から出て、さんさんと輝く太陽の光を浴びたシンデリカは息を吐いた。数歩進むだけで、全く違う世界があったな。
「この麻薬をあいつらに売ったのは同じ人間だ」
多分冷たい声色だったと思う。
「………うん」
「……悪いな」
まだ彼女にはこんな世界は見せない方が良かったんじゃないか、そんな考えが頭を掠めた。
「謝罪はいらないわ。私が連れて行ってと言ったのだもの。……ねえ、アレイン。魔族がいても、人類は一つになれないのかしら…?」
「難しい質問だな…」
俺は数秒考えこむ。
「ある程度足並みを揃えることはできても、誰もが本当に仲良く、ってのは難しいのかもな」
「そっか」
シンデリカは呟いた。
小さく、涙をこらえる幼子のように笑いながら言う。
「なんだか、悲しいわね」
◆
俺たちはホテル『黄金の獅子』まで戻った。
まだ昼前だが、シンデリカは部屋で休むようだ。色々とショックなものを見たのもあるだろうし、単純にこの町は魔力が薄い。魔法使いの彼女にとって、この町は疲れやすい環境なのかもしれない。
俺は一人で外に出る。
町をぶらつきながら、アップルパイを売っている店を探す。
夕方になって部屋に戻った。
部屋の明かりはついていない。
「シンデリカ……?」
人の気配がそもそも感じ取れなかった。ランプに明かりを灯すと、机の上に紙片があるのが分かった。
手に取ると、こう書かれているのが読める。
「お前のツレは預かった。お前と取引がしたい。
深夜0時にスラムにある酒場、サソリの頭まで来い。
黒ウミヘビ ボス アセロラより」
マジか。
……マジか。