そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~ 作:ナカザキ
俺は部屋につけられた時計に視線を移す。
「今は……7時か」
向こうが指定しているの0時だ。かなり時間はある。
……手っ取り早く、今から『サソリの頭』という酒場に行って、そこにいる奴を全員ぶん殴ってもいい。
だけど、シンデリカが今まさにその酒場にいるとは限らないよな…。
下手に動けばアイツが危ない、か?
というか、この手紙の差出人、黒ウミヘビのアセロラって誰だ。
黒ウミヘビっていうのは確かこの町の三大マフィアの1つで、黒いスーツを着てた筈だ。
そいつらが何の為にシンデリカを浚う?
そもそも、この手紙は本物か。誰かが黒ウミヘビに罪を擦り付けるために書いた偽物じゃないか。
様々な可能性が水面に浮かぶ泡のように、浮かんでは消える。
「……どうでもいい」
考えるのが、少し面倒になってきた。
どうせ俺の頭なんてたかが知れてる。何が出てきても、正面からぶん殴ればいい。
最優先するのはシンデリカの身の安全だ。
……とりあえずは手紙の奴らの言うことを聞こう。
俺はため息を吐きながら、ホテルの下にあるレストランに行く。腹ごしらえ兼情報収集だ。
俺が座ったテーブルに昨日と同じ店員が料理を運んできた。ミートパイにフォークを刺す。
「よう店員」
「どうもお客さん」
丁度良かった。店員の胸ポケットに硬貨を何枚か突っ込む。
「おっと、こいつはどうも」
店員は俺の向かいの席に座る。
「飲んでもいいかい?」
「いいぞ。俺はこの後外に出なきゃいけないから、飲まないが」
「あいよ。今日は何が知りたい? なんだか浮かない顔だな」
「―――黒ウミヘビとアセロラについて」
途端、店員の顔から笑顔が消える。咎めるような雰囲気だった。周囲の視線を気にするように、声を潜めて店員は言う。
「……俺は関わるなっていったよな?」
「向こうから関わってきたんだよ」
俺は店員の胸ポケットに硬貨を追加してやった。渋々といった表情で彼は語り始める。
店員から聞いた話はこうだ―――。
黒ウミヘビは元々(サイドリーリアのマフィアは大体そうだが)、この町の外にあるマフィアだったという。サイドリーリアの砂漠化と砂漠茸の栽培の噂を聞きつけて、この町に組織ごと引っ越してきたが、残念ながら、その時にはこの町の勢力図は大方決定していた。
赤狐と青虎という2代勢力だ。
この2つのマフィアは時に対立しながら、時に手を組みながら、町を支配してきた。新参の黒ウミヘビが入り込めるような大きなシノギは殆どなく、故に10年前まで彼らは小さなマフィアくずれの組織でしかなったそうだ。
しかし、そこに一人の
彼女こそが現在の黒ウミヘビのボス、アセロラだ。
アセロラは黒ウミヘビの一員であるスミスと言う男の養女で、その縁で黒ウミヘビに入ってきた。
やがて、彼女は絶対的なカリスマと異常なまでの勘の良さで組織を急拡大させていく。アセロラの勘の良さを示すエピソードに枚挙がない。
―――目を見ただけで相手の嘘が分かるとか。
―――鳴き声を聞くだけで強い闘犬が分かるとか。
―――彼女が目をかけた店は絶対に繁盛するとか。
―――凄腕の暗殺者の弓矢を手持ちのコップで防いだとか。
また、こんなエピソードもある。
2年前に複数の組織が集う大掛かりなマフィアの会議があった。出席しなければ後の出世に響く大切な会議であったが、アセロラは何となく気分がのらないという理由で会議を欠席した。
ベッドで彼女がふて寝していると、部下から緊急の連絡が入る。何と会議場所に選ばれたホテルが倒壊して、彼女にとって都合の悪い人間が大勢死んだらしい。
因みに徹底的な調査の結果、建物の倒壊の原因は、施設の老朽化と建築時の不備によるもので、アセロラは全くの無関係だそうだ。
ともかく。
アセロラは勝ち続けた。
黒ウミヘビ内での出世競争に勝ち、たった数年でボスの座に君臨し、黒ウミヘビを赤狐・青虎に並ぶ組織に育て上げた。
―――そして、今この町の市長の座に手をかけようとしている。
◆
現在のサイドリーリアは干上がったリーリア湖のふちに作られている。
では。
かつて、満々足る水を湛えた湖には何があるか。
答えは、そこにも町がある、だ。正確にはスラムである。
現在のサイドリーリアにすら入れなかった、或いは自らそこに住むことを拒否した者たち。彼らはかつて湖にだった斜面に家を作り暮らしていた。
俺は今、そんなスラムを歩いている。
顔を上げると遠くにサイドリーリアの灯が見える。あそこも大分治安の悪い場所だったが、こうしてスラムからその街並みを見ると、まるであそこが王都ロンドのような小綺麗な都会に思えてくる。
……いや、ロンドにも闇は結構あったな。
そんなことを考えながら、俺はスラムの住民の横を通り過ぎる。
「財布をスるならやめとけ。相手が悪い」
振り返りもせずにそう言うと、住民たちは速足で逃げていった。
何処かで人の叫び声が聞こえる。
笑っているのか、悲鳴を上げているのか、それも良く分からない。ビビるわ。
道がいまいち分からなかったので、財布をスろうとしたヤツ(5人目)の首根っこを摑まえて、『サソリの頭』まで案内させる。
「いらっしゃい」
店に入ると中は薄暗く、煙たい。煙草の煙が充満している。『麻薬はご法度!』の張り紙が店内に貼ってあるのが見えた。
アセロラの名を出すと、恭しく店の裏に案内された。曲がりくねった長い廊下を抜ける。
——ドアを開ければ、そこは眩しいくらいに明るい空間だった。
真っ赤な絨毯。皮張りの黒いソファ。色の濃い木製のテーブル。いかに金がかかってそうな部屋だ。
壁を背にして、何人かの黒スーツが立っている。
テーブルの奥のソファには一人の女が足を組んで座っていた。
……こいつがアセロラだろう。
歳は……俺と同じか、多分下か。16か15くらい。若いと聞いていたが、事前の予想よりも更に若く、やや面食らう。
癖のある赤い髪を緩く後ろで三つ編みにしている。部下と同じように服装は黒スーツだ。黒い瞳がこちらを観察するように俺を見ていた。
「わたしが黒ウミヘビのボスのアセロラだ。以後お見知りおきを。どうぞ座るといい」
マフィアのボスらしい薄く油断ならない笑みを張り付けながら、彼女は自己紹介する。
促されるまま、俺はソファに座った。あまりの座り心地の良さに驚く。滅茶苦茶良いソファだな。
「俺はアレイン。ただの最強だ。別に覚えなくてもいいぞ。……シンデリカは?」
「安心しろ、アンタのツレは無事だ。丁重にもてなしてある」
パチンとアセロラが指を鳴らすと、俺が入ってきたのとは別のドアが開き、そこからシンデリカが登場した。
傷も無ければ手枷などもしていない。一応、無事のようである。俺は小さく安堵の息を吐く。シンデリカは泣きそうな顔で俺に言った。
「アレイン……! ごめんなさい、私寝ている間にさらわれたみたいで……!」
「気にするな。俺は気にしない。お前が無事で良かった」
「どうぞ、シンデリカ。アンタもソファに座るといい。あぁ、アレインの横でいいぞ」
……意外だな。
てっきり俺と離れた場所にでも座らせると思ったんだが。
シンデリカが俺の傍に座る。
「良いソファだろ。持って帰りたいよな」
「……ふふ。そうね、いくらかしら」
俺の軽口に笑みが溢れる。やっぱりお前は笑ってないとな。
さて、と。
シンデリカの身の安全を確保しさえすれば、こんなところに長居は無用だ。
1、2、3…アセロラも入れて6人か。
2秒、いや3秒でいけるな。俺は右手の拳をパキリと鳴らし———。
「早まるな」
アセロラが俺の思考を断ち切る様に言う。
……こいつ、勘が良いっていうのは本当かもな。
「で、俺に何の用だ」
「――――頼みたいことがある」
がばっ、とアセロラは俺に下げた。テーブルに頭が擦れるくらい、大きく。
サイドリーリアを支配する三大マフィアの一角、そのボスが、である。
意外な行動に俺は眉を上げる。何かしらの要求はあると思っていたが、それはシンデリカを人質にして無理に言うことを聞かせることだと思っていた。
「ボス、そんな奴に頭を下げるな!」
禿頭の50くらいの男が声を上げた。
「黙っていろ! スミス!」
「………何の真似だ」
俺は唇を開くと、アセロラは顔を上げる。
「まずは非礼を詫びたい。アンタのツレを連れ去ったことだ。本当にすまなかった。だが、そうでもしなければアンタは私の話を聞きにここに来てはくれなかっただろう。今からする話はとても重要だ。こいつら以外の、他の誰にも聞かれたくなかった」
アセロラはスミスをはじめとした、部屋の中にいる黒服たちを見渡す。
「他の誰にも…。同じ組織の部下にもか?」
「ああ、こいつらは特別だ。……それに、あのホテルは『青虎』の傘下だ。私が接触を図った時点で、アンタらが何をされるかわかったもんじゃない」
「どうでもいいが、虎の傘下のホテルなのに獅子なんだな」
「まあ、獅子も虎も兄弟みたいなもんだ。どっちもデカい猫みたいなもんだろ?」
「それもそうか……」
俺は納得する。と、同時に俺とアセロラの間に、『俺たちは何の話をしてるんだ?』という空気が流れた。俺は居住まいを正しながら問う。
「……俺に何をさせたいんだ」
シンデリカもこうして無事だった。話を聞くくらいはしても良いのかも知れない。それも奴らの作戦なのかもしれないが。
「明後日、市長を決めるトーナメントがある。それにアンタに出場してほしい。黒ウミヘビの代表として」
「俺にマフィアの用心棒になれと?」
「あくまで一時的にだ。アンタはどうせ市長選が終わったらこのサイドリーリアから出ていくんだろ。謝礼はもちろんしよう。アンタの言い値で構わない」
「……はっ」
俺は乾いた笑いを零した。
―――俺は、曲がりなりにも世界を救う男だぞ?
金に目がくらんで、マフィアの片棒を担ぐのは論外だ。そもそも金なんかに大して興味ない。生きるのに必要な分だけでいい。
悪いが交渉決裂だ。
「―――私はこのサイドリーリアを
「……なに?」
「この黒ウミヘビは元々小さな小さな一団だった。砂漠化でそれまでの仕事が立ち行かなくなった者、マフィアに家族を殺された者、他にどこにも行き場がないスラムの孤児、そんな奴らが生きるために身を寄せ合っていた」
俺の目を真っ直ぐ見ながら、一瞬も目を逸らさず。今から喋ることに嘘は微塵もないとでも言うように。
「生きるために、色々な仕事をこなすようになった。自分たちの身を守るために『黒ウミヘビ』の前身のマフィアに入らざるを得なかった。組織の中で戦い、組織の外で戦い…、気付けば私はマフィアのボスで、この黒ウミヘビはサイドリーリアでも屈指のマフィアに成長していた。しかし、私たちは決してこの町の『今』をよしとしているわけではない」
「どうして俺なんだ?」
「理由はいろいろあるが……一番は、勘だ」
アセロラは何故か嬉しそうに笑った。
「…………勘?」
「私の勘。昨日、この町に入ったばかりの時、青狐のメンバーをいなしただろう」
「ええっと、純金持ってた奴であってる?」
「あぁ。私も実はあの近くにいた。そして、アンタの姿を見た。一目見てわかったよ、コイツは只者じゃないって。勿論、ツレのお嬢さんも凄腕だがアンタ程とは感じない。…アンタに賭けるべきだと、私の勘が言っている。変な話だと思うか? だが、私の勘は外れたことがないんだ。一度もな」
アセロラは笑みを止め、真剣な表情で言う。
「私たちの真の目的は、この魔窟をかつてのサイドリーリアに戻すこと。そのために次の市長選に勝たなければいけない。市長になれば、この町の事業のあらゆる利権が手に入る。大きなものだと…麻薬畑の管理権とかな」
シンデリカが小さく声を上げる。
「食いついたな。あれも私たちの敵だよ」
「何なら……」
と、アセロラは黒い瞳をシンデリカに移す。
「そこの魔法使いが私に『契約魔法』をかけてもいい。使えるならな」
「一応使えるけど……、人間同士の『契約魔法』はとても重いものよ。魔法使い同士でも、まず行わない。後から条件は変更できないわ」
「知っている。条件はそうだな…」
部下にペンと紙を用意させ、アセロラはそこに素早く文章を書いていく。
俺たちはアセロラが書いた文章に目を移す。
『①黒ウミヘビのアセロラ及び幹部たちは、市長選の間、故意にアレイン・シンデリカの心身を傷つけようとしない。
②アセロラは市長選の間、2名が余計な心身の傷を負わないよう最善を尽くす。これには黒ウミヘビの部下たちの行動も含む。
③アレインは上の2項が守られていると本人が思う限り、黒ウミヘビの代表として市長選に出場し優勝を目指す。
④アセロラはアレインが優勝を果たした場合、サイドリーリアをかつての町に戻すよう最善を尽くす。
上記①②④が果たされていないとシンデリカが考えた場合、アセロラの生命はシンデリカに委ねられる』
「貴女……この契約内容でいいの?」
シンデリカが確認をとる。アセロラは頷いた。
「ああ、これでいい。アンタらへの誠意だ。ここまでしなきゃ、アンタらは私を信用しようとは思わないだろう?」
『契約魔法』は双方の同意が無ければできない。
その代わり、絶対の強制力を持つ。この契約が締結されれば、アセロラの生死は俺とシンデリカが握ることになる。
こいつ、本気か?
テーブルの下でシンデリカが俺の手をぎゅと握ってきた。「この話、のっても良いんじゃない?」と言ってるようだった。
俺はアセロラに問いかける。
「お前、市長になったらまず何をする?」
「そうだな。とりあえず、砂漠茸の畑全部に火を放つ」
俺は思わず唇の端を釣り上げた。
いいね。
契約決定だ。