そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~ 作:ナカザキ
―――平和について考えた。
お伽噺の勇者よりも遠い存在だと思った。
自分は本当の意味での平和を知らない。
産まれた場所はゴミ溜めのような社会の最底辺だった。いくつかの幸運に恵まれて、そこから抜け出す機会を得た。
だけど、奈落の底から抜け出しても、心からの安寧はなかった。
戦って、蹴落として、戦って―――いつかくる終わりに怯える毎日。
最期の一瞬だからこそ考えたい。
平和な世界とは何だろう。
争いがないことか。
死がないことか。
恐れがないことか。
私には分からない。
道の先にいるあなたなら、答えをくれるのだろうか。
いつか話を聞いてみたい。
………でも、確かなことは一つある。
―――平和な世界には、絶対に、自分の居場所なんてない。
◆
市長選から一夜明け、俺はいつも通りホテルで朝食をとっていた。このホテル、高いだけあって、何を食べてもそこそこ美味いな。
だが、こうして何日か一人で朝食(と夕食)をとってみて思ったが、一人の食事は少し味気ない。シンデリカがいないとな。
そんなことを考えていると、俺の正面の椅子に一人の男が座った。
最初はゴールドサムソンかと思ったが違う。スキンヘッドは同じだが、今の俺の前にいる男はゴールドサムソンよりずっと年上だ。
「よぉ…」
アセロラの養父にして右腕、
「スミス……だよな。こうして2人で会うのは初めてだが」
スミスは無言で水を飲んでいる。
うかない顔だ。「どうした?」と聞くべきなんだろうか、とか思っていると彼は唇を開いた。
「なあ、アレイン。幸せってなんだろうな」
「それ俺とお前の距離感でする話じゃなくないか?」
思わず突っ込む。
黒ウミヘビの奴らは全員距離感がおかしいのか。
いや、ほぼ初対面の人間だからこそ話せる悩みとかもあるのだろうが……。
「分かってる。結局の所、俺に意気地がなかったんだ。人生の岐路はいくつもあった。でも、俺はその全部で失敗の道を選び続けた。違うな。道を選びすらしなかった。流されるだけの人生ってやつだ…」
「なあスミス。やっぱりお前相談相手、絶対間違ってるぞ」
何のことか全く分からん。
スミスも別に俺に答えを期待していた訳ではないのだろう。懐からメモ用紙を取り出すと俺に手渡し、
「すまんがここに来てくれ」
とだけ言い、俺の返事も聞かず去っていった。
………なんだったんだ。
メモには簡単な町の地図が書いてある。赤く丸がついている店があるので、そこに行け良いのだろう。
とりあえず、店員の胸ポケットに硬貨を突っ込み聞いてみる。
「なあ店員、幸せって分かるか?」
「知らん」
だよな。
まあ、行くか。
◆
そこは武器屋だった。
俺は殆どこういう店は利用したことないが、町には大体武器屋がある。魔物や魔族と戦うためには武器は必須だからな。
中に入るとアセロラがいた。
俺の姿を見て、怪訝そうに彼女は言う。
「なんでアンタがいる? スミスはどうした」
「分からん。人生に迷ってるみたいだった。多分今日は休ませてあげた方がいいと思う」
「はぁ?」
「余計なお世話かもしれないが、上司として部下のメンタルケアはした方がいいと思うぞ」
「余計なお世話だ。……まあ、いいか。いくぞ」
行くって、どこに?
そんな顔を俺はしていたのだろう。アセロラは店の扉を開けながら笑った。
「スミスがいないんだろ。アンタは一日、私のボディカードだ」
という訳で俺はアセロラと共に町を回る。
「こんにちはボス。あら、今日はいい男連れてるわね!」
「スミスの代わりだ」
「こっちのほうがアタシは好みだわ! 若くて恰好いいし!」
彼女は道行く人によく話しかけられた。
これは少し意外だった。
マフィアのボスなら、てっきり町の人々に恐れられていると思っていたが。
「きいてくれよ、アセロラ! 娘の旦那がひどいんだよ…、毎晩酒を飲むんだけど、酔うと手が付けれれなくなって私と娘をぶつんだ…」
「そうか。私からその旦那には注意しておこう」
「ありがとうね、アセロラ。でも、飲んでない時はよく気が利く旦那さんなんだ…」
「分かった。あくまで注意するだけだ」
着いたのは、小さなカフェだった。いい雰囲気だ。アップルパイは……売ってなさそうである。
「店主。あれを届けにきた」
「おお! アセロラさん直々にですかい! こいつはすまねエ! 折角だ。外のテラスにどうぞ! 冷たい珈琲を出します!」
「すまんな」
日除けのついたテラス席に俺たちは座る。
「結構町の人たちに慕われてるんだな」
「ここは私たちの縄張りだからな。他の地区ではこうはいかない。多分赤狐の奴らがいる地区に顔を出すと石を投げられる」
「だが、お前はもうすぐ町の市長なんだろう? お前のことを憎々しく思ってる地区の奴らとも上手く付き合っていないといけない訳だ」
「ん……ああ、そうだな。その通りだ」
俺はそんな彼女の返事に少し違和感を抱いた。
何というか、気の抜けているというか、心ここにあらずというか、彼女は自分が市長になっているイメージが全然湧いていないように感じた。
店主が冷たい珈琲を運んでくる。
アセロラの黒曜石のような瞳が珈琲に注がれた。
「子供の頃、この冷たい珈琲が飲みたかった。私はスミスの拾い子でな。あいつは当時……マフィアの使い走りをやってた。金もないのに、赤ん坊の私を拾って……若い連中にも色々奢ってやって。だからもっと金がなくなる」
ぽつぽつ、と彼女は語る。
「金持ちの子供が冷たい珈琲を美味しそうに飲んでるのが羨ましかった。スミスと一緒に飲みたかった。最初は本当にただそれだけだったんだ」
そこで彼女は、はっとして、
「何を言ってるんだ私は。忘れろ」
と早口で言い、珈琲に口をつける。
………付き合いの短い俺でも分かる。
今日のアセロラの様子は少しおかしい。お前ら親子、多分仕事のしすぎだよ。
「苦い!!」
「シロップを入れな」
「そうする!」
珈琲の苦味に身悶えしたアセロラは俺に話を振った。
「アンタはどうなんだ?」
「どうって何が?」
「私にだけ話をさせるな。思えば、私はアンタについて何も知らない。知ってることはアレインって名前とシンデリカって美人の女と旅をしてること。腕っぷしが強く、デュエルの才能があるっていうことくらいだ」
一方的にお前が語り出したんだろうと思わないでもないが、別に自分のことを喋るのは構わない。俺たちは『契約』した仲だしな。
「歳は多分16。出身はミトラ村。最強で元勇者だ」
「は、勇者? は、勇者ぁっ!? ……冗談、ではなさそうだな。ははっ、私も変な奴に声をかけたなぁ」
流石のアセロラも、俺の素性については驚きを隠せないようだった。
◆
同じ頃。
シンデリカは黒ウミヘビのアジトの一室にいた。
床に座り姿勢を正した彼女の瞳は閉じられていた。
部屋には彼女の他には誰もいない。
もし彼女以外の者がいれば、彼女の張り詰めた静謐な雰囲気に耐えられず退室していただろう。
シンデリカは現在、使い魔の魔法を発動していた。
ここ数日、空いている時間はこうして使い魔を飛ばしている。
使い魔を飛ばすとこの町の闇がよく見えた。路地裏で蹲る薬物中毒者、家族を嬲る父親、食事にもありつけず空を見上げる子供―――。
あまりにも酷く見過ごせない時は、トムやマルソーといった黒ウミヘビの者たちと現場に駆け付ける。
しかし、彼らも困っている全員を助けることはできない。
彼らは別に聖教会の司祭でも何でもない。金は多少はあるが、無私でばらまける筈もない。だからこそ、この町を根本から変える必要があると、彼らは考えているのだろう。
この地域は魔力が薄いため使い魔の数と飛ばせる距離には限度はあるが、少しずつ分かってきたこともあった。
(やっぱり魔力の薄さにも濃淡がある。一番薄いのは昔湖があった場所の中心ね…。そして微かに残る嫌な魔力。……30年前に、ここで何かがあったのは間違いない)
使い魔はサイドリーリアで最も土地が低い場所、かつての湖の底であった場所まで下りていく。
そこには家も何もない。
ただ、更地が広がるばかりだった。
一般の者でもこの魔力の薄さでは体の不調を感じるのかもしれない。
或いは、サイドリーリアに住む恐れ知らずの破落戸たちも、ここに潜む『何か』を感じ取ったのか。
(やっぱり、この砂漠化の原因は土地から魔力が消え去ったことが原因。いいえ、正確には『何か』に吸われた? そしてそれはゆっくりだけど、今も続いている)
そこには確かに痕跡があった。
(湖の中心にあるのは……魔法の術式? とてつもなく強固で強力だけど、この魔法はあくまで『何か』の力を増大させるだけ。魔力を吸収する作用自体はこの魔法ではなく、何か別のモノが担ってる。そして……その別のモノとは……)
シンデリカは少しずつ、それが何の魔法なのか解析していく――――。
「―――――――――おいたはいけませんよ、エルフ」
見られていた。
覗かれていた。
突如響いたその声はいっそ穏やかですらあったが、使い魔によって感覚が鋭敏になっているシンデリカには分かる。極大の殺意、万人を集めて尚届かぬ悪意が声の裏側には潜んでいた。
反射的にシンデリカは使い魔の魔法を解除する。
視界は殺風景な湖の底から黒ウミヘビのアジトの豪奢な部屋に戻ってきた。
「う、うえええええええええっっっ!!!???」
びちゃびちゃびちゃ、と胃の内容物を全て吐き出す。それでも嘔吐は止まらず、黄色い胃液が喉からせりあがってきた。
(間に合った。ぎりぎり間に合った。……使い魔を解くのが遅れていたら、私はどうなっていたの?)
なんだ、あれは。
なんだ、あれは。
脳裏に浮かぶのは、この短い間に戦ってきた魔族と魔物たち。
ドラゴン、呪剣使いグリオン、混血の魔族クルーテル、国喰いエルガ、黒騎士ハルベスタ………、彼らが赤子に見えた。階層が違う。
全身に怖気が奔った。
がちがちと、寒くもないのに歯が鳴っている。
本能的に理解した。あれこそが人類の敵だ。悪意を持って人間を弄び、人間の根絶することに全てを捧げる、私たちが本当に戦わなくてはいけない存在。
「あ、アレイン。……アレイン」
ずりずり、とシンデリカは震える身体を引きずって、出口まで少しずつ進んでいく。
伝えなければ。
何としても、彼にこのことを。
そうしなければ、この町は………いいや、この国は終わる。
◆
俺とアセロラは劇場に来ていた。
何でもこの劇場は経営にあたって黒ウミヘビがかなりの出資をしているらしく、度々付き合いでこうして足を運ぶらしい。アセロラ本人として演劇よりも闘犬を見る方が好きらしいが。
考えてみればこうして劇場に来て、劇を見るのは初めての経験だ。村の広場とかであってる小規模なやつなら見たことがあるが。
これもいい機会なのかもしれないな。
何事も経験だ。
アセロラが花を摘みにトイレに行って、その帰りを待っていると女にいきなり話かけれた。
「―――あら奇遇ですね。占いはどうですか」
「うおっ、びっくりした」
いつかの占い師だ。
相変わらず白いローブを纏っており、フードで容貌は伺えない。女はどこから持ってきたのかテーブルと椅子を用意し、それに座っていた。
「市長選、優勝おめでとうございます」
「ああ、ありがとな」
女のテーブルに置いてたカップを持ち上げた。
「紅茶、いかがです?」
「ああ、もらおうかな。少し喉渇いたしな」
「嘘です。あげません。この紅茶は私だけのものです。騙されましたね」
「普通に性格悪いな」
なんだこいつ。
「お前は結局何なんだ? 魔法使い、だよな。しかもかなりの使い手の」
「えぇ、いかにも私は人類最高の魔法使いです。名前は秘密です。年齢も秘密です。スリーサイズは……、教えてあげないこともありませんよ?」
「いらん」
「それは残念」
相変わらず人を煙に巻くようなことばかり言っている。
「お前、やっぱりどこかで会ったことないか?」
「口説きの常套句ですねぇ。まあ、私は人類でも最高峰の美人なので仕方のないことですが」
「フードで顔は見えねえよ」
言いながら、俺は女の容姿を改めて観察する。
ローブのせいで分かりずらかったが、かなり起伏に富んだ蠱惑的と言ってもいい肢体をしている。身長もそれなりに高そうだ。
「うーん、なんだが変態的な視線を感じますね」
「冤罪だ。俺は別に他意なく、邪な気持ちもなく、お前の身体を見ていた!」
「変態は大体みんなそう言うんですよ。ですが、構いませんよ。美人税と割り切っています」
「というか、やっぱりお前顔を見せてくれないか―――」
俺は女のフードの手をかけようとして。
「アレイン、戻ったぞ」
アセロラの声で別の方向を向く。すぐに占い師の女に顔の向きを戻すが、既に女は影も形もなくなっていた。
「………どうした?」
「いいや、何でもない」
その後、俺たちは劇を鑑賞した。
演目は『白銀の剣と吸血鬼の恋』。モデルの一人は現実にいて、今も存命らしい。
物語の大まかなあらすじはこうだ。
戦争の最中で生まれた少年は貧しい少年はやがて青年となり、仲間たちと共に冒険者として大成していく。
多くの魔物を討伐し、人々に『白銀の剣』と呼ばれ、大きな名声を得る青年。そんな中で彼は古城で一人暮らす女性と出会い恋に落ちるが、彼女の正体は夜な夜な人を襲う恐ろしい吸血鬼だった。
彼は己の中にある恋心と冒険者として使命の狭間で葛藤するが、剣をとり一人吸血鬼と戦いを挑む。
青年は望んだのは相打ちだった。
お互いの胸に剣を刺し合い、青年は言う。
「これで黄泉ではずっと一緒だ」
しかし吸血鬼は最期の瞬間、青年の首筋を噛み、彼に己の血を分けた。吸血鬼の力を得た彼は一人、生き残る。
その傍らには灰となった己の恋人がいた―――。
感想としてはまず思ったのは、「自分が当事者なら絶対これを上映して欲しくないな」である。
個人の恋愛事情が筒抜けだ。
これのモデルはこの演劇を上映することに許可を出したのだろうか。そうならば、中々勇気があるというか、肝が太い。
それとやっぱり恋愛とか愛とかは俺にはよく分からないな。
ただ、青年が魔物や吸血鬼と戦う場面は中々面白かった。
俺の方が強いが(最強マウント)。
「今日は悪かったな」
「いいや、俺も割と楽しかった。特に劇はいい経験になった」
それから俺たちは夕焼けの空の下で散歩をしながら、少し話をした。
別にお互いの深い所を理解し合ったわけじゃない。好きな食べ物とか、夕焼けを眺めて思い出すエピソードとか、そんな表面的な会話だ。
アセロラという女が結局はどんな奴なのか、俺にはまだ分からない。
「アンタはこれからも旅を続けのか」
「あぁ。俺は世界は救う男だからな」
「アンタはこれからも色々な景色を見るんだろうな」
だけど。
「少し羨ましいよ」
その言葉は紛れもない本心だと俺は感じた。
やがて、雑踏の中からスミスが現れる。
一日限定のボディカードはもうお役御免のようだ。
スミスの表情はやはり晴れない。
………やっぱり1週間くらい休暇をとった方がいいんじゃないか?
そして俺とアセロラたちは別れた。
◆
町の大通りから人気の少ない道に移動する。アセロラは改めてスミスの顔をみた。
禿げ上がった頭。筋骨隆々とした体格。いかにもマフィアの武闘派といった風貌。しかし、その顔には深い皺が刻まれていた。
(こいつももう、50も半ばだ。引退してもおかしくない歳だもんな)
スミスはその顔に苦悩の色を浮かべながら、アセロラに問いかけた。
「…………ボス」
「私の考えは変わらないよ。アンタの考えは分かる。一日でも普通の年頃の女みたいに過ごして欲しかったんだろう? まあ、それなりに楽しかった。面と向かっては絶対言わないが、アイツ結構イケメンだよな」
「一緒に行っても良いんだぞ、アセロラ」
「アイツにはもう女がいるだろ。それにやっぱり駄目だよ。今更虫が良すぎる」
「本当に考えは変わらないのか?」
そんな養父の言葉に対し、彼女はゆっくりと彼女は首を横に振る。
「……………ごめんな、父さん」
「違う! アセロラ、私はっっ―――」
――――バキリ、とガラスがひび割れるような音が響いた。
それはアセロラたちの真横にある空間から響いていた。
パキパキパキと、空間に
それはすぐに亀裂となり、やがて空間は避けた。ガラス窓をハンマーで割ったかのような光景。穴の向こう側は暗闇だった。
そこから一人の男が、悠然と出てくる。
コートのような黒い衣服には華美な装飾が施され、見る者の目を引き付ける。だが、人々の視線を本当にくぎ付けにするのはその男の美貌だろう。
税絶な迄に美しい男だった。
先ほど見た演劇の主演俳優も中々の美男子だったが、この男の前では自信を喪失するだろう。
雪のように白い肌、白銀の髪、その瞳は黄金の輝きを纏っている。
―――そして、その額には、4本の真紅の角。
男は魔族であった。
恭しく、魔族はアセロラに礼をする。まるで己の主人は彼女であるという言うような行動。アセロラは魔族に目をやった。
「どうした。お前が姿を見せるなんて珍しい」
魔族は穏やかな海の凪のような声色をしていた。
「アセロラさま。厄介なことになりました。あの旅のエルフに計画のことが一部漏れたようです。予定を繰り上げ、今から計画を始めるべきかと」
「そうか……。仕方ないな。本当ならあいつ等が町を出るまで待ちたかったところだが……計画を邪魔される訳にはいかない」
「心中お察しします」
アセロラは一度だけ、小さくため息を吐き、彼の主として告げた。
「いくぞ。魔王軍四天王
―――次元王ハイアール。今から、リーリアの全部を取り戻す」
「お心のままに、アセロラさま」
ハイアールと共にアセロラは彼が生み出した空間の穴に消えていく。
それをスミスはただ見つめることしかできなかった。
そして。
サイドリーリアでの本当の物語が始まる。