そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~   作:ナカザキ

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39:アセロラの回想

 

 アセロラは本当の両親の顔を知らない。

 

 赤子の自分はスラムの片隅で一人で泣いていたらしい。本来なら、彼女の命はそこでそのまま終わる筈だった。

 

 サイドリーリア。

 麻薬と賭博…あらゆる悪徳が跋扈する町の最底辺であるスラム。だけど、そんな掃き溜めにだって、見ているこっちが呆れるほどのお人よしはいるのだ。

 

 それが彼女の養父、スミスだった。

 

 スミスは泣いている赤子を放っておけず、自分の家に連れ帰る。黒ウミヘビなんて木っ端のマフィアの更に下っ端、金もなければ甲斐性もない。家族もいない。

 そんな中でも彼は赤子をアセロラと名付け、必死に育て上げた。

 

 

 7歳を超えたあたりから、彼女は「スミスよりもしっかりものね」と近所の娼婦たちに言われるようになった。

 

 

 8歳の頃、家のベランダで育てている花が枯れた。大切に世話をしていたのにどうして、と彼女は疑問に思った。

 

 

 9歳の頃、ペットのザリガニも死んだ。

 自分が触れると、なぜか植物や小さな生き物は元気がなくなり死に向かうらしい、と気付いたのはこの頃だ。

 

 いいや。

 もしかしたら人間も例外ではないのかもしれない。体が花やザリガニよりも大きいから、本人が気付き難いだけで……。

 

 不安から涙がこぼれた彼女を、スミスは「大丈夫だ。きっと気のせいだ」と抱きしめ続けた。アセロラの心は温かくなったが、スミスがその後数日間、彼女の前で元気な振りをしていたのには気付いていた。

 

 

 10歳の頃に商売を始めた。

 アセロラは小さい頃から勘の鋭い子供だった。

 

 人の嘘が何となく分かるし、強い闘犬は確信をもって分かる。悪いことが起こる前はどういう訳か気分が悪くなる。

 

 勘という一言で済ませていいのか分からないが、ともかく彼女は産まれついて他の人間とは少し違った。

 

 産まれついてのカリスマとその勘を用いて、彼女は近所の子供を集めて色々なことをした。廃品回収、人材派遣、靴磨き、闘犬……。

 

 別に深い考えがあった訳ではない。

 

 ただ火の車の家計の手助けを少しでもしたかったし、近所の子供たちにも何か良いものを食べさせてやりたかった。それに冷たい珈琲だって一度飲んでみたかった。

 

 それらの試みはそれなりに上手く言ったが、黒ウミヘビに目をつけられ、紆余曲折の末、アセロラはマフィアの一員になることが決まった。

 

 いくら勘が鋭くても、アセロラは所詮ただの子供に過ぎない。それを拒否することはできなかった。

 

 黒ウミヘビとして才気煥発な子供を組織の一員にすることで、今後の組織の発展を目指したのだろう。スミスはただアセロラに謝るだけだった。己よりずっと大きい父の身体が小さく見えた。

 

 

 12歳の頃、組織の中で他人を蹴落としひたすらに上り詰めていく。

 

 スラムの無力な子供に過ぎなかった自身に、周囲の大人たちは期待をかけ、ひれ伏していく。爽快であり快感だった。

 

 ただ、これが己の本当にやりたいことか、と疑問に思う場面も何度かあった。

 

 ……特にかつての自身ような、弱い立場の者を食い物にしている自覚を突き付けられた際は。

 

 地上げ、身かじめ料、金貸し……麻薬にこそ手をださなかったが、マフィアの仕事は綺麗ごとだけでは成り立たない。

 

 ならば、自身の本当にしたいことは何だろう。己は何になりたいのだろう。

 

 そう問えども、答えは出ない。

 

 

 13歳の頃、黒ウミヘビのトップになった。

 

 稼いだ金を使って、スミスには内緒で自分の体質を調べ始める。

 

 どうやら自分は周囲の魔力を吸収する体質を持っているらしい。体内の魔力量を調べて貰うと、機器の結果は計測不明と出た。ただ、低く見積もっても一般の人間1万人分の魔力はあるという。

 

 ―――おかしい。

 

 どう考えても、産まれてたかが十数年間で、1万人を超える量の魔力なんて吸える訳がない。

 

 

 ならば、この魔力はどこからきた? 

 この体質は一体なんだ?

 

 黒ウミヘビのボスとして振舞いながらも、胸中に不安が渦巻く。

 

 ―――同じ夢を、よく見る様になった。

 

 自分がリーリア湿地の魔力を全て吸い取り、砂漠に変える夢だ。夢の中で、己は一振りの剣だった。

 

 その剣は東方の国々で打たれるというカタナによく似た形状で、刀身の色は禍々しくも輝く黄金、柄は血に染まったような緋色。

 

 おかしな夢だと首を傾げながら、いいや、これはただの夢ではないと自分の勘が告げていた。様々な窮地で自分を助けてくれたこの勘が生まれて初めて、憎々しく感じた。

 

 

 

 15歳になった。

 黒ウミヘビのボスとして、組織をどんどんと拡大していく。

 

 部下も増え、敵も増え、責任も増えていく。

 日々の業務に忙殺されながらも、胸中には己は何者かという疑問が常に漂う。

 

 

 

 ―――あらゆる答えは唐突に向こうからやってきた。

 

「見つけましたよ、『魔法殺し』」

 

 凄絶なまでに美しい、魔族の男だった。

 彼は己を探していたのだという。

 

「かつて『魔法殺し』という剣がありました。女神が造ったとされる『神器《じんき》』の1つです。それは刃に触れたあらゆる魔法を無力化し、その刀身の内側に魔力としてため込むという性質をもっていました。数多の『神器』の中でも、至高とされる一振りでしょう」

 

 嘘は、ない。

 

「かつてのリーリア湖の底にはその『魔法殺し』が眠っていました。私は賢者サルモアと『魔法殺し』を巡って戦い、そして敗北しました。その後、何があったのか詳細には私は見ていません。しかし、『魔法殺し』は暴走し、一帯の魔力を全て吸い取り、この地は砂漠と化しました。そして、その魔力の吸収は今もゆっくりと続いている」

 

 嘘は、ない。

 

「アセロラ、あなたの身体には『魔法殺し』が宿っています。いいえ、違いますね。あなたこそが『魔法殺し』だ。その輝く黄金の刀身の生まれ変わりとでもいうべき存在が、あなたなのです」

 

 嘘は、ない。

 

「私の目的は――――このサイドリーリアをかつての緑と水の溢れる土地に戻すことです」

 

 嘘は、ない。

 

「あなたの身体の内には、リーリア湿地の莫大な魔力が燻っている。その魔力と私の次元魔法を使えば、このリーリア湿地の土地の時を巻き戻し、かつての穏やかな湖を取り戻すことだできる。………それだけではありません。30年前に死んだ者だって、蘇らせることができる」

 

 理性ではこの魔族の話など何一つ信じるなと言っているのに、その声にどうしてか耳を傾けてしまう。

 

「信用なりませんか?」

 

 

「人は変わります。ならば、魔族だって変わります。アセロラ、私はね…この30年で人間のことが大好きになってしまったのですよ。…中々、信じてくれる者はいませんけどね」

 

 

「もし、不安なら私とあなたの間で『契約魔法』を結びましょう。私はあなたの言うとおりにする。サイドリーリアの人間を傷つけない。リーリア湿地を元に戻すように協力する。これを違えた場合、私の心臓は破壊される。…どうです? 我ながら主従関係の如く、私が不利な契約ですが、ここまで縛れば少しは安心できるでしょう」

 

「都合がよすぎる? いいえ。そんなことはありません。むしろ、この計画はあなたにはとても大切なものを捧げて貰わなければならない」

 

 

「ええ、この計画が成就された時、あなたは―――死ぬ。全ての魔力を使い果たしてね」

 

 

「では、アセロラさま。これより我らは主と下僕。共にサイドリーリアの為、命を尽くしましょう」 

 

 

 アセロラは思い出す。

 彼女はずっと見えていたし、知っていた。

 

 麻薬で頭が完全におかしくなった友達がいた。

 賭博の借金で身が回らなくなり自分で首を吊った知り合いがいた。

 マフィアの理不尽な暴力で二度と歩けなくなった老人がいた。

 満足な職にありつけず、己の子供と馬車に飛び出し死んだ娼婦がいた。

 

 他にも、他にも、他にも……。

 数えきれない理不尽、暴力、嘆き、悲劇がこの町にはあった。

 

 

 そして。

 30年前の出来事を発端に、全てを失った男がいた。

 

 家族とあれこれ相談しながら建てた我が家も、先祖から代々引き継いだ漁師の仕事も、幼馴染の美しい妻も、5歳になったばかりの可愛い娘も、己の人生の生きる意味を何もかも奪われ、ただ流されるだけの人生に変えられた悲惨な男をアセロラは知っていた。

 

 

 

 男の名はスミスと言った。

 

 

 

 自身の本当にしたいことは何だろう。

 己は何になりたいのだろう。

 

 そう問えども、やっぱり答えはでなかった。

 だが、己の為すべきことは分かってしまった。

 

 

 

 そして。

 少女は己以外の『全部』を取り戻そうと決めた。

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