そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~   作:ナカザキ

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40:悪意【または救いについて】

―――救いについて考えた。

 

 答えはすぐに出た。

 

 

 

 「たすけて」なんて、私は言わない。  

 

 絶対に。

 

 

 俺はアセロラたちと別れた後、黒ウミヘビのアジトにシンデリカに会いに向かった。

 

 しかし、なんだか騒々しいな。

 そう思っていると、廊下で慌てた様子のトムと出くわした。

 

「アレインの兄貴、良いところにっ!」

「どうしたトム。血相を変えて」

 

「それが、シンデリカさんが廊下で倒れてたんだ! 俺もさっき帰ってきたときに発見したばかりで!」

 

「なんだって!?」

「今部屋で休んでる! こっちだ!」

 

 俺は速足で部屋に飛び込む。

 シンデリカはソファに横になっていた。すえた匂いが部屋に残るのを感じ取る。吐いたのか?

 

 瞼を閉じるシンデリカを軽く揺さぶる。

 

「シンデリカ、シンデリカ! どうした、何があった!」

 

 焦点の合わない視線が天井、壁、とふらふら彷徨い、俺の顔で固定される。

 

「ううん、アレイン……アレインッッ!!」

「ああ、俺はアレインだ。最強って自負してる!」

「そんな最強な貴方の出番がやってきたわ!」

 

 言うなり、シンデリカは跳び起きた。

 早口に言う。

 

「砂漠化の原因は湖に中央にある魔法よ! いや、違うわ! 魔法そのものは、原因じゃないの! 根本的な原因は他にあって…、いやそれは今はどうでもいいわ、今は『アイツ』よ! いや、どうでもよくないわ! 砂漠化には絶対『アイツ』が絡んでる!」

 

「落ち着け、深呼吸しろ。何もわからん」

 

「すーはー! 魔族よ! とんでもない力を持ってる。クルーテルやハルベスタとは格が違いすぎる!」

 

「何?」

 出やがったか。

 

 しかし、

「クルーテル以上…。将軍か、もしかすると……」

 

 

「―――四天王のハイアールだ」

 声の主は部屋のドア付近の壁に立っていた。

 

「スミス?」

「ハイアールだよ」

 スミスは再度繰り返す。

 

 ハイアール。

 魔王軍四天王の一人で、かつてこの地で時詠みの賢者サルモアと激闘を繰り広げ、その後は音沙汰がない魔族。

 この地に潜む大物として、これ以上の存在はないだろうが……。

 

「どうしてお前はそれを知ってる?」

 

 俺の問いにスミスは答えず、部屋の隅にある酒瓶と硝子のコップを手に取った。琥珀色の強い酒がグラスの中を満たす。グラスにランプの光を当て、その色の変化を観察しながら、スミスは言った。

 

「……少し昔話に付き合ってくれないか。何、愚かな爺の何も選ばなかったどうしようもない物語さ。始まりはそう―――」

「手早くお願い!!!」

 

「………」

 

「今回の相手は本当にやばいの! 短くまとめて頂戴!」

 

「……誰が一体悪いのか。それは今でも分からねぇ。だが、そうさな。俺は―――」

「うるさい! シンデリカが早くしろっていってんだろ! どうでもいい自分語りはカットしろ!」

 

「…………了解」

 

 

 自分語りをしたがりなスミスの話をまとめると―――。

 

「つまり、アセロラの身体には魔力を吸収する神器『魔法殺し』の刃があって、アセロラはハイアールと組んで自分の命と引き換えにリーリアを30年前に戻そうとしてるってのか。砂漠になった土地も、死んだ人も」

 

「ああ……そういうことだ」

「そしてその背後にいるのが魔王軍四天王ハイアール、か」

 

 そこらへんの事情が分かれば十分だ。

 

「いくぞシンデリカ。ハイアールの思惑がどうであれ、どうせ禄でもないことを考えてるのは間違いない」

「ええ……!」

 

「どうしてだ? 相手は魔王軍四天王だ。……俺は正直怖い。ここの若い奴らは魔族を見たことすらないが、俺は魔族の恐怖をちゃんと覚えてる……」

 

 スミスのそんな言葉に、俺は冷ややかに返す。

「だからお前はここにいるのか。だけど、お前が今いるべきは娘の場所じゃないのかよ?」

「っっ!!」

「……すまん、言葉が強かった。…俺たちのやることは変わらん。魔族は殺す。それだけだ。お前らは好きにするといい」

 

 魔王軍四天王という肩書に、俺も柄もなく緊張しているのかもしれない。

 

 戦えない奴に、俺は別に無理強いしたりはしない。そんなのはできる奴がやればいい。

 

「個人的には危ないからここにいた方がいいと思うわ」

 

 シンデリカさんも、似たようなことを言っている。

 

「いいや、俺も行くっすよ! 姉さんがそんなことを思ってたなんて……俺は全然気づかなかった。自分が情けねぇ! 足手纏いかもしれねぇが、俺は行きたい! 姉さんと話したい!」

「俺もだ……。アセロラさんが死ぬなんて……絶対に間違ってる……」

 

 トムとマルソーは威勢よくそう言った。

 そんな彼らをスミスは眩しそうに見つめる。

 

「お前ら……」

 

 恐れを払うかのように首を振り、スミスも言った。

 

「俺も、行く。行かせてくれ」

 

 いいね。

 俺はつい微笑んでしまう。

 俺に家族はいないから、親子の情なんてものは本当の意味では分かりっこない。    

 

 だけど、家族はそうでなくっちゃ。

 きっと、ステラも同じような感想を持ったはずだ。

 

 

 

 アセロラとハイアールは、かつてリーリア湖が存在した土地の中央に来ていた。

 

 そこには何も存在しない。荒寥とした砂地の風景が広がるだけだ。

 

 巨大な窪地上の地形の底であるため、太陽の光も届きにくく、周囲よりもはやく日が暮れる。真っ赤な砂漠の太陽は今、サイドリーリアの街並みの陰に隠れようとしていた。

 

 それを無表情でアセロラは眺める。

 

 生涯最後の夕日だった。太陽が完全に沈むと、彼女は懐から緋色の筒状の物体を取り出す。

 

「ほら、これだろ。市長の屋敷にあったぞ。昨日引継ぎで屋敷に立ち寄った時に頂いてきた。『神器』の欠片ってことは向こうも分かってったんだろうな。厳重に結界に守られて保管されていたが、これは次の市長の私のものだと言ってやった」

 

 アセロラが差し出すそれを、ハイアールは恭しい所作で受け取った。

 

「ああ、これです。『魔法殺し』の柄…。刀身を振るうには柄が必要不可欠ですから。刀身は魔法を無効化するため干渉できませんが、これを使えばアセロラさまの中の『魔法殺し』と蓄えられた莫大な魔力に手を伸ばすこともできる」

 

 

「今更だが、お前なら屋敷に忍び込んで、柄を盗むこともできたんじゃないか?」

「あそこは市長の屋敷だけあって警備も厳重です。リーリリアの民を傷つけないように『契約』している私には、少々荷が重いですよ」

「どうだか」

 

「ともかくこれで『魔法殺し』の刀身と柄がここにようやく揃いました。計画は今ここに成る」

 掌で『魔法殺し』の柄を弄びながら、ハイアールは言う。

 

 緋色の柄が眩い輝きを放ち、ハイアールとアセロラの周囲に幾重もの魔法陣が展開された。

 

 魔法は周囲の土地そのものにも刻まれている。展開された魔法は、地上から空へと立ち上る。

 

 それは世界の時を巻き戻す神の御業だった。

 

 いくら四天王といえど、単独ではそんな奇跡は為せない。

 

 それを可能とするのが、『魔法殺し』のうちに蓄えれた莫大な魔力。人間に換算するとおおよそ100万人の魔力がハイアールの魔法を後押ししする。

 

 空に昇った紫色の次元属性の魔力は、星の爆発の如く勢いよく拡散し、リーリアの空に展開された。

 

 夜空の下に紫色の偽りの空が創造される。

 紫色の空では魔力同士が衝突し、流星群のように煌めいていた。

 

「美しいと思いませんか、アセロラさま」

「…………」

 アセロラは無言だった。

 

 己の内から命が消えていくのがわかった。今この瞬間にも彼女の魔力は、ハイアールの行使した魔法に使われている。

 

 

 

「そこまでよ! 次元王ハイアール!」

 

 

「おや、来ましたねエルフ。それに、人族たち。ここは特等席です」

 

 アセロラは目を見開いた。

 アレイン、シンデリカ、トム、マルソー、そしてスミス。

 

 何故ここに、という思いもあったし、こうなるだろうなという感想も同時にあった。

 

「アセロラ……」

「スミス、いや父さんに皆……。大丈夫だ。これでこの町は元に戻る。アンタの、本当の娘に会えるんだよ」

 

 アセロラは笑いながら告げた。

 普段のマフィアのボスとしての、酷薄な笑みでない。

 それは、ただそこに立つ16歳の少女としての、泣きそうな笑みだった。

 

 

 

 

 

「いいえ、そんな未来は訪れないわ……」

「――――あ?」

 

 悲し気なシンデリカの声に、思わず、呆けた声を出た。

 

 

 シンデリカは表情を一転させ、ハイアールを睨みつけた。

 

「この地に漂う魔力と空を覆うあの魔法の術式を見て、やっと確信が持てた。やっぱりあなたねハイアール! 30年前、リーリアを砂漠に変えたのは!」

 

「…………」

 

「そして今発動しているこの魔法……確かにこの町の時間は元に戻るでしょうね。湖は元に戻り、死んだ者だって帰ってくるかもしれない。だけど……そんなことは本来あってはいけないよ。この実存世界はそんな違法を許さない。絶対に修正される。そしてこの町は、きっと……」

 

 あくまで穏やかに笑いながら、魔族は言う。

 

「次元の狭間に消える、でしょう? 実存世界と魔界ともまた違う、世界と世界の狭間に幽閉される」

 

「っっ!?」

 

「知っていますよ。そしてリーリアは二度とこの実存世界に戻ることは叶わない。そして、いくら発展して資源が豊かでも、所詮は一つの地方。外部から完全に隔絶され、過去と現在の住民で単純に人口が2倍、3倍になれば、いずれ食糧も尽き、殆どが死ぬでしょう。疑心暗鬼でお互いに殺し合う地獄絵図でしょうね。例え、何かの間違いで町が平穏を取り戻しても、私が裏から手を引き、最後は殺し合わせる」

 

「なんてひどい……」

 

「もっと言うなら、この町が次元の狭間に飲み込まれた余波は周囲に拡散し、リーリア砂漠のみならず、王国の大半に壊滅的な被害をもたらす予定です」

 

 明日の天気は快晴だ、とでもいうような調子ではハイアールはこの国の破滅を告げた。

 

 そんな彼の告白を聞いて、アセロラは呆然とハイアールを見た。

「………嘘だ」

 

 縋る様に。

 今の彼の言葉が真実だと、何よりも彼女の勘が告げているのに。

 

「………………嘘だ。嘘だと、言ってくれ……」

 

「何がですか? 分かる筈です。私は今真実を話している。嘘を見抜くのはお得意なのでしょう。あなたの素敵な勘は何と言っていますか?」

 

「私と出会った時……お前はあの時、嘘を、ついていなかった。その筈だ……」

 

「ああ……あれか」

 その時の光景を思い出しているのか、ハイアールは瞼を閉じ、数秒押し黙った。

 

 やがて黄金色の瞳を開く。

 笑いがこらえ切れなかったように、彼は噴き出した。

 

「ぷっ。ふはっ。ふははっ。いえ、失礼。別に私はあの時、嘘はついていませんよ。……私は賢者サルモアと『魔法殺し』を巡って戦い、そして敗北しました、でしたか。……私の目的は、『魔法殺し』にリーリア湿地一体の魔力を吸わせ、ガイアス王国を滅ぼすことでしたからね。それを不完全な形で中断されたのは、確かに敗北と言っていいでしょう」

 

「え……?」

 

「その後、何があったのか詳細には私は見ていません、と言いましたね。土壇場でサルモアに『魔法殺し』を奪われてしまい、私を遠くに吹き飛ばされてしまいましたからね。何が起きたのかは本当に見てませんよ。そこに嘘はありません」

 

 それに、とハイアールは続ける。

 

「私は確かにリーリアを救います。そこに色々と私の思惑と趣味を付随させるだけでね。私を詐欺師だとでも言いますか? ですが、私はこう返します。騙されるあなたが悪い」

 

「ど、どうして?」

 アセロラはハイアールのコートに縋りつく。

 

「わ、私だって、考えていた! お前が私を騙している可能性は! だが、お前は、四天王だ! こんな出鱈目な魔法だって使える! 私なんか、殺そうと思えばいつだって殺せた! だったら、私のような小娘にいちいち服従してまで行動しなくてもいいじゃないか!? 諸々が、回りくどいだろうが! だから、私はっっ―――!」

 

 泣き叫ぶように、彼女はハイアールを問いただした。

 

 

「それも前に言いました。幾つか理由はありますがね……」

 

 そんなアセロラの頬を、ハイアールは心底愛おしそうに撫でた。数年かけようやく手に入れた大切な宝物を扱うように。

 

 

 その言葉には、悪意の色は微塵もなかった。

 それ故に、人とは隔絶した存在であることを突き付けられる。

 

 

「私は人間が大好きなんですよ。正確に言うと、そうやって絶望する人間の顔を本当に愛しているんです。

 ―――あなたの絶望する顔が見たかった。理由は、ただ、それだけです」

 

 

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