そして世界を救うため~偽勇者として追放されたけど、俺に聖剣なんて必要ないし、何ならお荷物なんだが?~ 作:ナカザキ
ハイアールの野郎は、本当に楽しそうに己の一連の行動の理由を明かした。だけど、聞いている俺はちっとも楽しくはない。
アセロラが声を張りあげる。
「ハイアールッッ!! 自害し―――」
「お黙りなさい」
魂を吐き出すかのような悲痛な叫びは、そんなハイアールの一言によって中断される。
人形の糸が切れたように、アセロラの身体から力が抜け地面に倒れた。目も虚ろで、正気があるようには見えない。ハイアールは、手元で緋色に輝く筒状の何かを弄んでいる。
距離があり、よくは聞こえなかったが、『魔法殺し』の柄とか呼んでたな。あれでアセロラの内部の『魔法殺し』の刃に干渉し、彼女の身体の自由を奪ったのか?
「『契約』の内容は確か、アセロラの言葉には従う、でしたか? 言葉を発するよりも先に自我を奪ってしまえば何のことはない。そもそもあんな『契約』ごときで魔王軍四天王を縛ろうという発想が愚かすぎる」
「―――なあ。もういいか? そろそろ、その口を永遠に閉じて欲しいんだが」
俺はハイアールに問いかけながら、拳を握りしめた。
こいつのご高説はもう聞き飽きた。姿を視界に入れたくないし、声も聞きたくない。
今まで色んな魔族を見てきた。残酷な奴、馬鹿な奴、むかつく奴、悲しい奴……会った魔族は全員殺してきたが、本当に色々な奴がいた。
そんな魔族の専門家と言ってもいい俺が、断言してやる。
ハイアール。
お前は、魔族の中でとびっきり陰湿で最低な奴だ。
だから―――。
「もう少しだけお願いします、人族よ」
「いいや、待たない。お前はもう、死んでろッッ!」
俺は地面を大地を踏み抜き、ハイアールの元まで全力で疾走した。
クソ魔族の顔面をめがけて、全力で右の拳を振りぬく。ドラゴンの鱗ですらたやすく貫く俺の右ストレートは―――、そのまま空ぶった。
「ふははははははは!! 早いですねぇ!! 人族!!」
いいや、違う。
確かに俺の攻撃はハイアールにあたった。
それなのに、
「すり抜けただと……!」
「私の『次元すり抜け』にはあらゆる攻撃は通用しない! どんな攻撃もすり抜けてしまのです!」
「ネーミングセンス磨いた方が良いぞ!」
俺は再度ハイアールに殴りかかる。
二度、三度、と攻撃を繰り返すが、そのどれもが無意味だった。
傷1つつかない。
水に映った月を掬うように、奴の身体をすり抜けてしまう。
ハイアールは俺の攻撃を意にも介さず告げた。
「ふむ、3分といったところでしょうか」
「あ?」
「3分でこの町は私の構築した魔法に飲み込まれ、次元の狭間へと消えます。そして、ガイアス王国は滅ぶ!」
「させるかよぉ!!」
詳しい理屈は分からない。
ただ、奴の二つ名である次元王、そして次元すり抜けなんてダサい技名から推測するに、空間そのものを歪めることで俺の拳を回避しているのだろう。
そして。
ハイアールはおもむろに片手を上げた。
―――それをただ、斜めに振るう。
俺との距離は10メートルは離れているが……、まずいっ!
全身の毛が殺気立つ。
「―――――
俺は咄嗟に横に跳躍し、その場から離れた。
「っっっ!!」
瞬間、空間が裂けた。
何の前触れもなく、大地に巨大な亀裂が奔る。
……亀裂の底はあまりにも深く、底が見えない。棒立ちのまま攻撃を食らっていたら、俺の身体はどうなっていたんだ?
「よくかわしました! 良い判断です! 空間ごとを切り裂くこの斬撃に防御は意味がありませんからね!!」
言いながら、ハイアールは次元斬を何発も撃ってくる。何が厄介かというと、空間そのものに作用しているせいか、攻撃の起こりと範囲が非常に分かりにくい。奴が手を振る動作に合わせて、勘で何とか避けているが……。
「ちィ!!! シンデリカッ!!!」
俺は相棒に声をかける。
「分かってるわ! 魔法が解除できないか試してみる!!」
シンデリカと(スミスたち)が倒れたアセロラに駆けよる。彼女を抱きかかえ、シンデリカはアセロラにかけられた魔法の解析に取り掛かる。
「小癪な真似を。次元――」
「お前の相手はこっちだ!」
シンデリカたちに、次元斬を放とうとしたハイアールに向かって俺は蹴りを放ち、間一髪で阻止する。
ハイアールは俺の蹴りを両手でガードした。衝撃で大地がめり込むが、奴自身には何のダメージも入っちゃいない。
腰が入っていなかったとはいえ、俺の蹴りを受け止めるかよ…!
軍団長クラスなら今の一撃で瀕死になっていたぞ。
いや、待て。
なんで、こいつ今わざわざ両手で防御した?
……なるほど。
「次元掴み!」
ハイアールの両手に次元属性の紫色の魔力が集まり、それを籠手のように纏う。奴の放った貫手で俺の肩が抉れた。鮮血が周囲に舞う。
と、同時に俺はハイアールの顔面目掛けてカウンターの手刀を放っていた。奴の脳天を狙ったその攻撃は、俺の深手により大きく逸れ、ハイアールの頬を掠め
「私の次元魔法は空間に作用する。どれほど貴方が防御に自信があろうと関係ありません」
「そうか。ところで綺麗な顔面が傷ついてるぞ?」
「なに?」
ハイアールは言われて気付いたのか、自身の頬を手の甲で拭う。確かにこびりついた血痕を目にして、ハイアールは忌々し気に舌打ちする。
「お前! 次元跳躍…!」
ハイアールの背後の突如として空間の亀裂が生まれ、奴はその中に飛び込んだ。
「どこにいきやがった!!」
「後ろよ、アレイン!!」
シンデリカの叫び声に咄嗟に後ろを振り向く。
俺の後方、約5メートルの位置で奴は既に片手を振りかぶっていた。
「これはかわせますかっ! 次元斬・格子切り!」
編み格子上に放たれた数十の次元斬が俺に迫る。回避はもはや間に合わない。
なら――。
「お、おおおおおっ!!!」
俺は全身の力を片手に乗せ、全身全霊の拳を放つ。
世界最強の俺が放った右ストレートと、魔王軍四天王の魔法が正面からかち合う。
右腕の筋肉が引きちぎれ、切り刻まれる感触。
しかし、俺は確かに生きていた。
右手はしばらく使い物になりそうにないが…。
ハイアールもこの光景は予想していなかったのか、その顔には流石に驚きが見られた。
「なんとっ。
「呆けてんじゃ、ねえぞ!」
俺はハイアールの腹に蹴りを叩き込む。それをハイアールはバックステップでギリギリ回避する。
やはり、すり抜けは使わなかったな。
「次元掴み!」
ハイアールの攻撃に合わせる様に俺は左の拳を放った。
それもまた回避されるが、その攻撃は確かに奴の肩を掠める。
バキバキと肉と骨を微かに捉えた感覚が拳に伝わってくる。この戦いが始まって、初めてまともなダメージをハイアールに通した。
俺は唇の端を釣りげた。
「私に攻撃を通しただと……!」
ハイアールの目が僅かに見開かれる。
その瞳には間違いなく驚愕の色があった。
「やっぱり攻撃の前後は擦り抜けができないみたいだな。 おまけに、大技を放つほど、擦り抜けまでのインターバルは長くなるんだろっ!?」
「……次元すり抜け」
攻撃の後のインターバルが終ったのだろう。ハイアールは俺の攻撃をすり抜けながら、大きく距離をとる。
「……………面倒だな。相手をするのが馬鹿馬鹿しい」
そして、ハイアールは俺とは別の方向を見やがった。シンデリカたちの方を。
片手を上げる。攻撃の予備動作。
「シンデリカ、避けろ!!!」
叫んだ俺はハイアールを止めるため、奴に駆け寄った
「―――かかりましたね、人族。次元斬」
そして、ハイアールは再度俺の方向へ向きを変えた。
焦ってあまりにも無防備に近づいた俺の身体を、次元斬による一撃で迎える。
強い衝撃。
肩口から大きく切り裂かれた。
「ぐ、がああああっ!??」
大量の鮮血が舞い、俺は地面に倒れ伏した。
敵を前に倒れる。
それは俺の人生で初めての経験だった。
「信頼、つながり、仲間の絆……あなたたち人類の弱点です。あなたほどの強者でも判断を誤らせる」
「くそ、がっ……!」
「アレイン!!」
シンデリカが俺に駆け寄ろうとする。
「やめろ…! 来るなっ、俺はまだ大丈夫だ……!」
ハイアールが指を鳴らすと
「アセロラ、出番ですよ」
「あ、あああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
気を失っていたアセロラは突如叫び出し、シンデリカの腕で暴れ始めた。
「アセロラ! 暴れないで! どうしたの!?」
「やめろアセロラ! 俺が分からないのか!」
シンデリカとスミスが呼びかけるが、アセロラは正気を失っているのか、返答はない。
それどころか、その手に黄金の魔力を剣の形に収束させると、それを武器にして彼らに襲いかかり始めた。
その戦い方は酷く荒々しく洗練さとは程遠いが、体内の莫大な魔力のよってか、その攻撃はどこまでも苛烈だった。また、シンデリカもスミス達もアセロラの身体を気遣ってか、攻撃を躊躇している。
「仲間同士が…親子同士が戦い合う。悲しくも美しい光景だ」
心底愉快そうにハイアールは言い、俺を見下ろした。
「おや。ずいぶん調子が悪そうですね。さっきまでの威勢はどうしました?」
俺の真正面に立つ。
断頭台に立つ処刑人の如く、片手を天に掲げた。
手を振り下ろした先には、俺の首がある。
「終わりです。あの女の次くらいには、貴方は私を苛立たせましたよ、人族。さようなら。……
―――ちくしょう、が。
いいや。
俺は、まだ。
まだ―――。
まだ―――――――。
◆
そして。
俺は、
どういう訳か俺は湖の上に浮いていた。ガラスが間に一枚挟まっているかのように、俺の身体は少しも濡れない。水中に沈みこむ様子もない。
湖は青みが強く、星の輝きを受けて輝いていた。底の方には黒い魚影が微かに見える。
星の輝き?
俺は空を見る。
ハイアールの発動した魔法の影響で空は紫色に染まっていた筈だ。
「――――どうも、アレインくん」
声の方向に首を傾ける。
そこにはあの占い師がいた。
湖に立つ彼女は、愉快そうに俺を見下ろす。
「おや、地面に倒れてまで私の身体の起伏を堪能しようだなんて、中々にあなたも業が深そうな癖をもっていますねぇ。リーリアの端の村で会った村長の息子を思い出します。彼も私の胸ばかりを見ていた」
「冤罪だ。間違いなく。……ここは、リーリア湖、だな。湖の岸に見えるのはサイドリーリアか」
30年前の、砂漠に代わる前にありし日のリーリアがここにあった。
「………俺の未来を占ってくれないか? 俺はこれからどうなる?」
「それはまだ秘密です」
「なら」
交換条件として、
「………フードを、とってくれないか?」
「良いでしょう」
女は素直にフードを外し、その顔を露にした。
俺は小さく息を吐く。予想に似た顔ではあった。
しかし、そこにはやはり驚きがあった。
真っ赤な髪。
漆黒の瞳。
「やっぱり、お前だったんだな。時詠みの賢者サルモア」
年齢は俺が知る彼女より10は上だが―――。
「それともこう呼んだ方がいいか。……