一般通過農民の不運   作:トマトは後ろから呼んでもトマト

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前回書いてた時も思ってましたが、ヤンデレって何なんでしょうね?
書けば書くほどよく分からなくなってきます。

第三話、お楽しみいただけると幸いです。


第三話

というわけで、男とフェイタルとの共同生活が始まった。

 

…わけなのだが。

始まって数時間と立たずに、男はこの関係をやめたくなった。

というのも、名づけのやり取りを行った直後。

 

 

彼女がこんなことを言いだしたのだ。

 

『あ、お兄さん。そういえば一つ聞きたいことがあるんですけど』

 

なんだい?

そう男は返す。

 

少女が質問をするために口を開き、こんなことを言いだした。

 

『このお話、主人公が喧嘩をする描写がありますよね』

『なんで手足しか使ってる描写がないんですか?』

 

 

 

 

…なぜ?いや…そりゃあだって。

手足以外で喧嘩できないし…。周りに武器もないんだから、今自分が持てる全てで喧嘩するしかないだろう?

そりゃ石とか探せばあるかもしれないけど…。それを探してる間に相手から殴られるだろうし。

それだったら手足を使う以外にないだろう。

 

男は困惑しながらもそう返す。

 

 

え?何この質問。まるで手足以外に人間に喧嘩に使える場所があるみたいな言い草じゃん。

あ、もしかして口とかタックルのこと言ってるのか?こう…噛みつきとか…暴言とか、肉体を直接ぶつけて優位性をとれとか、そういうこと?

にしたってその年齢でその発想が出るのは変だけどな。

 

男が怪訝な目を少女に向けると、目の前にいる少女は何かを察したのか。

 

『あ、あー。そ…そうですよね』

『わ、私ったら、何を変なこと言ってるんでしょう…』

 

目をそらし、先ほどの発言を撤回するようなことを言ってきた。

…え?こいつもしかしてなんか手足以外に喧嘩で使える部位があると思ってるの?

 

男は先ほどまでとは別ベクトルで不安になってきた。

 

男から向けられる怪訝な目に耐え切れなくなったのか、少女はもう一度質問を投げかけてきた。

 

『え、えぇと。その、次の質問をしてもいいですか?』

『この、主人公がサッカーって、いうスポーツをやっているときに、捻挫をしてしまう描写があるじゃないですか』

『その…なんでわざわざ冷やしてるんですか?そんなことしなくても、1分もあれば治るのに…』

『それに…冷やしたところで治ってるわけでもないし…周りの人々もちょっと大げさすぎません?』

 

男は絶句した。

捻挫が一分で治るわけないだろ。何を言ってるんだこの子は?

 

男が黙って何も言えなくなっていると。

フェイタルが不安そうに男と目を合わせる。

 

『…ええと、もしかして私。何か変なこと言ってます?』

 

 

 

…男はコンマ一瞬。彼女に対する返答を行う前に必死に思考を巡らせる。

恐らくこの子。なんかそんな気はうすうすしていたけれど…。

 

そもそも人じゃないのでは…?

 

男が読んできた娯楽小説の中にも。

記憶を失った宇宙人とか人間に擬態する生命体が出てくる小説が何個かある。

そして、こいつは恐らく…自分を人だと思い込んでるけど、実際は人でも何でもないタイプなのでは?

 

 

最悪だ。

親切心で人を助けたら、そもそも人じゃなかった。

やばいやばい。

 

だいたい最初から変だと思ってたんだよ。

速すぎる学習速度に、一度見た行動をそっくりそのままトレースできる記憶力とあまりにも異様な身体能力。

そして、恐らくこいつ、言動から骨折とかが数分で治るのだろう。

 

そうでなければ、捻挫が一分で治るとか言い出すはずがない。

 

それなら、先ほどのなぜ手足しか使わないのか、という意味不明な質問にも合点がいく。

この少女、多分なにか隠し玉があるのだろう。男の前では見せてないだけで。

もしかしたらやろうと思えば頭ががばっと開いて、そこから襲い掛かったりできるのかもしれない。

 

そう思うと、男はなんだか目の前の少女が恐ろしくなってきた。

しかし、ここで急に態度を変えては結果的に自分の破滅に近づきかねない。

 

小説で言うのなら、今の自分は最初の犠牲者ポジションだ。

そうならないためには、この子が人と敵対しない様に導いてあげるしかない。

 

この間僅か数秒。

男は不安そうな表情の少女に言葉を返した。

 

大多数の人が、君みたいに早く治るわけではないんだよ。

物語は大衆に受け入れられるべきだからね、基本的な人をモチーフにして物語を書くんだ。

だから、その主人公の行動は至って普通な事さ。

 

そんな感じの答えを目の前の少女に返す。

はっきり言ってこれでいいのか分からないが、取り敢えず当たり障りのない返しをした。

 

そうすると少女はホッとしたような表情をして。

 

『そうなんですね…なら、私は少数派なのかぁ…』

 

少女は男の言葉を聞くと、少し残念そうにそんな言葉を吐いた。

 

うん、少数派っていうか普通の人類にはそんな個体いないと思うよ。

どれだけ早くても、さすがに一分で捻挫が治るやつはいないんじゃないかな。

治ったとしたらそれたぶん捻挫じゃない。

 

男は目の前でしょんぼりする少女を見て内心そんなことを思った。

男とフェイタルの共同生活は、初っ端から終わりを迎えそうだった。

 

大丈夫かな、俺の人生。

 

男はそんなことを思い、これからの未来に不安を抱かずにはいられなかった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ただまぁ、二人の共同生活も始まってみればそこまで悪いものでもなかった。

しかし、問題点がないわけではない。

 

 

一緒に暮らし始めて、だいたい1週間ほど経ったのだが。

彼女と暮らしてみても、今の今まで特に問題は起こっていなかった。

 

というのも、フェイタルは異様なほど男に対して献身的だったのである。

本人の異常な学習速度のおかげで、雑用から料理まで。

この家で出来ることなら、あっという間に覚えきってしまう。

 

『私が好きでやってることですから。居候なので、このくらいするのは当然ですよ』

『むしろ、私にどんと任せてください!私の有用性を貴方に証明して見せますので!』

 

フェイタルはいつもそのような言っている。

まぁ、雑用やらなんやらをやってくれるのははっきり言って助かるから良いのだが…。

 

 

彼女がやけに献身的な理由はよく分からない。

彼女の世話をしてあげたからだろうか?彼女に言語を教えてあげたからだろうか?

まぁ、敵対的であるよりは何倍もマシなので別にいい。

 

彼女の見た目や声は、誰かの手を創られたかのように美しかったのも相まって。

一緒に暮らしていて悪い気はしなかった。

むしろQOLは上がった気がする。

 

で、次は問題点。

スキンシップが多すぎること。学習意欲が高すぎてだんだん歯止めが利かなくなってきてること。

そして、なんかすごい速度で成長していってることと、謎の触手を出せることが発覚したこと。

 

まず成長について。

 

というのも、この子。

なぜかは分からないがすごい速度で身長とかいろいろなものが成長しているのだ。

 

二日で身長が合計10cmくらい伸びた。

おかしいだろ。

 

初めて会ったときは男の胸くらいまでしか頭が届かなかった少女が、一週間で首のあたりまで身長が伸びていたのを見て、男は辟易することしかできなかった。

宇宙人ってみんなこうなの?

 

あの子にはそれが平均的な成長速度だと嘘をついているが、さすがにそんなわけがない。

そもそもの見た目の年齢も怪しくなってきた。

最初にあった時は10歳くらいの少女の身長だったのに、あっという間に普通の女性でも居そうなくらいの身長にまでたどり着きそうになっている。

それを踏まえるとこの子。本当に10代なのか?実はまだ生まれてから一年くらいだったりしない?

 

まぁ正直なことを言えば、身長については別に困ってない。

とやかく言ったところでどうにかなるもんでもないだろうし。

 

問題なのはスキンシップと学習意欲の方、あと謎の触手。

 

まずスキンシップの方。

最初の内は、もっと、こう。

お淑やかというか…控えめだったはずなのだが。

 

日付が過ぎるごとにどんどんと距離感が近づいてきた。

自身に対して向けられる目も、どんどんと変化しているのを感じていた。

 

最初の方はどちらかというと父親とか、そういう者に向ける視線だった気がするのだが。

なんかどんどんと熱情を帯び始めたような気がする。

 

まぁ、視線だけだったら気のせいということにもできるだろう。

しかし、行動が伴えば話は変わってくる。

 

情緒の成長が早すぎてこっちがついていけない。

 

 

次に学習意欲の方。

本人の高すぎる学習意欲の所為だろうか、次第に外の世界というものに興味を持つようになってきた。

今はまだ、自室にある文庫本と山でのフィールドワークで何とか抑え込めているが、そろそろ限界が近いかもしれない。

書庫を開放してもいいが、あそこにはいろいろと刺激が強いというか、極端な思想に関連する本も含まれているから、安易に開放するのは危険だろう。

 

現状は外に、というより町に出るにはまだ早いと言い聞かせているのだが、フェイタルから小さいながらも反発をされるようになってきた。

正直、外に連れて行って、そのまま電車にでも乗せてそのままどこか遠くに飛ばしてしまうのも一つの手ではあると思う。

 

…のだが、まぁ無駄だろう。多分数日たったらどうにかして帰ってくるのがオチだ。

というのも、似たようなことを一度試してみたことがあるのだ。

 

あれは…初めてのフィールドワークの日だった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

その日、男はフェイタルと二人きりで外に出ようという話になった。

そのきっかけは、彼女が外に出たいと騒ぎだしたことに由来する。

 

『だってだって、お兄さんは一人で外に出て行ってしまうんですもん!』

『私がいるのに、日課だからって言って一人で町まで下りて行っちゃうなんて!』

『独りぼっちの私が可哀そうだとは思わないんですか!?』

 

『私だって、外に出ていろいろな景色を見てみたいのに!』

『町はまだ早いというのなら、二人で山に出かけるくらいならいいじゃないですか~!』

 

そう、フェイタルが五月蠅く喚くものだから。

いつもなら適当になだめておけばすぐ静かになるのだが、今日の彼女は一際執拗だった。

 

 

町ならともかく、山に出かけるくらいならいいか…。

そう思った男は、仕方なく彼女を山に引っ張り出してあげることにした。

 

分かったよ、行くぞ。

山は危ないから、きちんと準備していくんだぞ

 

男はそう言うと、いつも使っている山に行くための設備を引っ張り出す。

そして、彼女にも似たようなものを用意してあげた。

 

『やったー!大好きですよ!お兄さん!』

 

少女がそう無邪気に喜んでいる姿を尻目に、男に一筋の電流が走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

【山にはぐれたふりをして置き去りにすれば、この人のような見た目をしたナニカと円満に(?)お別れできるのでは?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これだ!

男は思いついた。この方法なら、この面倒な状況から抜け出せるぞ!

 

天啓を得た男はウキウキで準備をし始める。

少女もその姿を見て。

 

『えへへ、二人でお出かけなんて初めてですね!ドキドキします!』

 

と、嬉しそうに分厚い生物図鑑を持ちながら笑っていた。

男は全然別の理由でウキウキしてたのだが、まぁバレてないなら別に良い。

 

そして、二人のフィールドワークが始まった。

 

 

 

男にとって、この山は庭のようなものだ。

…さすがに言い過ぎかもしれないが、それでも真横で楽しそうに植物図鑑を開くフェイタルよりは詳しいと自負している。

そんな男は、きれいな植物がたくさん咲いている場所に行こうと少女に言う。

 

『そんな場所があるんですか!?ぜひとも行ってみたいです!』

 

 

予想通り食いついてきた。男は嘘はついていない。

確かに男はそのきれいな植物がたくさん咲いている場所を知っている。

しかし、そこは男の家から大分遠い場所にある上に、大変入り組んでおり、山に慣れている人物ですら迷ってしまう場所にあるのだ。

 

男も父親と一緒に行ったとき、危うく遭難しかけたいわくつきの場所である。

父親がすぐに見つけてくなかったら、男の命はあそこで絶たれていただろう。

 

ではすぐに行こう。

 

男はフェイタルにそう話しかけ、そこまで勇み足で向かうことにした。

 

そうして、男と少女は数時間ほどかけて、ようやくその植物が咲き誇る場所までたどり着くことが出来た。

ちょうどその植物が立冬に咲く植物だったのも相まって、非常に壮観な景色となっていた。

 

『…わぁ』

 

フェイタルも、初めて見るその光景に驚いて声も出せないらしい。

 

『とってもきれいですね!お兄さん!』

 

少女はそう言うと男の方に飛び切りの笑顔を向ける。

その笑顔はあまりにも眩しくて、男は自分がやろうとしてることにかなりの罪悪感を抱いた。

…目の前の少女は人ではない。しかし、人とほとんど変わらない。

 

少し人より優れていて。本来人が持ちえないものを持っているだけ。

たったそれだけの理由で、男はその少女を殺そうとしている。

 

その事実が改めて男に突きつけられる。

しかし、一度決めたことだし、ここまで来てしまった。それに、彼女は恐らく死なないだろう。

山を素足で駆け巡るような子だ。多分…男がいなくとも生きていける。

 

少女の笑顔を直視してからそんなことを考えていると目の前の少女が図鑑とにらめっこを始めた。

 

 

…やるなら今しかない。

男は来た道とは別の道で、家に向かって音を立てずに歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

『おにーさん!この植物…』

『…あれ?』

 

そして、それから十数分後。

少女が振り向いたとき。彼女の視界に男の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ…はぁ…

 

男は走る。年甲斐もなく。

ここまで全力で走ったのはいつぶりだろうか。多分親友と最後の徒競走をして以来だろう。

山下りで、体力はある方だと感じていたのだが、やはり山道を全力疾走するのは少し堪える。

 

だが、ここまで走ったのだ。多分、2㎞くらいはあの花畑から離れているとみていいだろう。

来た道とは別の道も選んだし、きっとうまくいくはずだ。

 

少しだけペースを落とそう。

男はそう考え、一度走るのをやめて、ゆっくり歩きながら呼吸を整えることにした。

いくら彼女の学習能力が高くとも、知らないものを知りうることは出来ないはずだ。

 

男はゆっくり歩きながら、帰ってからの事を考える。

まずは…彼女にあげた部屋を整理整頓をしなければ。

 

他にも色々とやることが――――

 

 

 

――トン

 

 

 

 

 

歩いていた男の背中に緩やかな衝撃が走る。

それは、言うならばそう。自分よりも小さいくらいの、人間が。

後ろからぶつかってきたみたいな――

 

――後ろから?

 

 

男が認識するよりも早く、透き通るような聞き覚えのある声が男の耳元にかけられる。

 

 

 

 

 

それは、確かに置き去りにしたはずの、フェイタルの声だった。

 

 

 

 

 

 

『…もう!一人で勝手に行っちゃうなんて。あんまりじゃないですか?』

『ねぇ…ひどいですよねぇ…お兄さん?』

 

 

男の思考は一瞬停止する。しかし、次の瞬間心臓が大きな音を立てて鳴り始めた。

自分でも分かるくらいに高鳴っている。

 

まずいまずい、このパターンはまずい。

足音なんて一切聞こえなかったのに。そもそもこのルートを何で知ってる?

 

言いたいことは山ほどあるが、そんなことは今は些事だ。

其れよりもこの状況をどうにかしなくては。

これはもしかしなくとも、【絶体絶命】というやつなのでは?

男は必死に思考を巡らす。

 

男のそんな思考とは裏腹に、耳元の声は当たり前の様に話しかけてくる

 

『わぁ…心臓がとっても大きな音を立てていますよ』

『いったい…なんででしょうね?』

 

 

生暖かい吐息が男の耳にかかってくる。

少女は男をなじるように声を出す。それは少女の幼さを感じさせる声でもあり。

どこか底冷えするような雰囲気も感じさせる声でもあった。

 

『教えてほしいなー…ね?』

 

男が何も言えないでいると、少女の手が男の手のそばまですり寄ってきて。

その指が男の手に絡みついた。

 

そして、そこから腕を伝うようにして透明な触手が男の体を這い始める。

 

『うーん、聞こえてないんでしょうか?こんなに至近距離で囁いてあげてるんですけど』

『お兄さん。もう一度だけ、聞いてあげましょうか?』

 

『独りで先に帰っちゃうなんて、ひどいと思いませんかー…って、聞いてるんだけど』

『どう思う?私の、大切なおにーさん?』

 

いつもの丁寧な言葉遣いが、少し威圧的になってきました。

腕を這う触手も、首にまで巻き付いてきたし。

今すぐ答えなければ、本当に危ういだろう。

 

男は微妙に声を震わせながら、必死に言い訳を絞り出す。

 

 

よ、用を足そうと思ってたんだ。

しばらくしてから、あ…あそこに戻ろうと思ってた。

 

そんな誰が聞いても無理がある回答を男は返す。

他の回答があるなら教えてほしい。

 

・行きとは別のルートを使ってる。

・何も言わずにその場を立ち去ってる。

・わざわざ遠いところまで誘導してる。

 

 

この三つを踏まえた上で、誰が聞いても納得できるような回答なんて数秒じゃ思いつくはずがない。

男の普遍的な頭ではそれ以上の回答なんて思いつかなかった。

役満だぞ、役満。もう死ぬしかないだろ。

 

男のその返しを聞いたフェイタルは少しだけ息を吐いた。

それがため息なのか、ただの呼吸なのか。

男の緊張した頭では判別できなかった。

 

『ふーん…そうなんだ』

『…本当に、戻ってくるつもりだった?』

フェイタルはそう確認してくる。触手の絡みつきがどんどんきつくなってくる。

ここのような使われていない山道で突き落とされでもすれば、誰も助けてはくれないだろう。

 

あ、あぁ。必ず戻ってくるつもりだったとも。

 

男は情けなくそう返すことしかできない。NOなんて言ったらどうなるかわかったもんじゃないから。

 

『…そっかー、そうなんですね?』

『なら、しょうがないですね。私の早とちりだったというわけで』

『ごめんなさい、お兄さん。ちょっぴり不安になっちゃって、抱き着いちゃいました』

 

フェイタルはそれを聞いて納得したのだろうか。

首に伸びた触手を開放し、男の前に立った。

 

『でもでも、お兄さんも悪いと思います。もし本当にそうだとしても、行く前に私に一言くらいは掛けてほしかったなー…なんて、私も思うわけです』

『私が優秀だったから遭難してませんけど、もしも私がこうじゃなかったら、私、独りぼっちで寂しく遭難してたかもしれませんよ~?』

『ですので、今回の事はどちらも悪かったということにしておきましょう…ね?』

 

目の前の少女は可愛らしく首を横に傾げ、あざとくウインクする。

解放された男は彼女に対して謝罪の言葉を述べ、彼女の言葉に同意した。

 

いや、まぁ。自分が全面的に悪い事はさすがに理解していたが。

取り敢えず命が助かったことを喜ぶことにした。

 

男からの謝罪を受け取ると満足そうにフェイタルは男の後ろにつく。

男に家まで先導してもらうつもりのようだ。

 

『それじゃ、一緒に帰りましょー!』

元気いっぱいな声でそんなことを言いながら。

 

男はそれに同意して、家に向かって歩き始めた。

 

いやぁ、まだそこまで知性が宿ってなくてよかったよかった。

バカで助かったぜ!

男がそんなことを少し思った瞬間。

 

後ろからちょっぴり背伸びしたフェイタルが、男にそっと耳打ちしてくる。

艶やかな吐息が、男の耳にそっとかかってくる。

 

『次、似たようなことやったら、本当に怒りますから』

『それ、忘れないで…?』

 

可愛げが一切込められていない、びっくりするほど冷たい声色のその言葉を聞いて。

男は無言で、歩き続けることしかできなかった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

と、いうことがあったのだ。

なので次に置いてけぼりなんてしようものなら、今度こそ本当にどうなるか分かったものではない。

というか、怖い。もうあんな思いはごめんだ。本当に殺されるかと思った。

 

次にやったら最悪どころか、普通に殺されるだろう。

しかし、彼女の学習意欲が暴走気味なのもまた事実。放置しておくわけにもいかない。

 

だからと言って町に連れていくというのは少し怖い。

なんかそこまで行くと本当に手が付けられなくなりそうで怖いのだ。

 

既に制御なんてできていないという事実は一旦置いておくとしても。

男としてはこれ以上手が付けられなくなるのは避けたかった。

 

 

そして、最後の問題。

謎の触手についてなのだが、まぁこれについては言うまでもない。

先ほどの話でもそうだが、触手が男の体に纏わりついてくることがあるのだ。

本人にはやめろと言ってあるし、だいたいの場合使っていることはないのだが、感情が高ぶると勝手に動いてしまうらしい。

 

これについては保留。身長と同じで、男がどうこうできる問題ではない。

さて、いったいこれらの問題にどう対処しようか。

 

そして、どうやって彼女とお別れしようか。

彼女はモンスターだ。モンスターである以上、男はフェイタルを本質的に受け入れることは出来ない。

だって怖いし、何するか分からないし。

 

だから、彼の命題は。

この怪物をどうやって自分の傍から追い出すか。

それ以外にはないのである。

 

 

 

 

キッチンで鼻歌を歌いながら料理をしているフェイタルを眺めながら、男はそんなことを考えていると。

男は一つの事を思い出した。

 

…そういえば、もう少しで月末だ。

外の町の友人との約束の日だな。

 

目の前で料理を作り終え、夕食を並べ始めるフェイタルを他所に男はそんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

私と、あの人との共同生活が始まってから数日が経った。

私はあの人のもとでいろいろなことを教わり、色々なことを学習していった。

ここの生活は、あの施設とは全然違って、驚きと面白い事に満ち溢れている。

 

この家にはいろいろな本が置いてある。

生物辞典や文法の本、数学や理学についての本。

山登りの方法とか、農業についての本とか。

 

あとは、物語の本とか。

物語の本は良い、読んでいて面白い。

勉強や学習に関する本とはまた別のベクトルで私に驚きを齎してくれる。

 

恋愛小説なんかはお気に入りかも。

あの子たちが恋をする理由はなんかは私には遠く感じられるし、私は学校というものに行ったことないから、それについてはよく分からないけど。

あの子たちが感じている気持ちについては、少しだけわかるような気がするから。

 

今のところは、あの人からもらった本しか読んでいないけど。

いつかはあの人の書庫で様々なものを学習してみたい。

きっと、今以上に多くの知識を吸収できるだろう。

 

けど、今は学ぶこと以上に。

助けてくれたあの人の役に立ちたいと考えている。

あの人は、私が貴方のために尽くす理由に理解が及んでいないようだったけど。

 

私は、私を救ってくれたあの人に恩を返してあげたいのだと思う。

 

私が読んだ童話の中にも。

とある動物が、罠から救ってくれた人に恩を返すお話があった。

 

きっとそれと同じで、私もあの人に恩を返してあげたいのだと思う。

残念ながら、私は童話に出てくる動物と違って羽で織物を織ったりは出来ないけれど、その代わり家事や料理なんかは完璧にこなすことが出来る。

あの人が望むのならどんなことだって惜しまずに行える。

それに、あの生き物とは違って大切な人と離れ離れになったりすることはないだろう。

 

彼が、私を拒絶しない限り。

 

 

 

 

 

 

私はあの人のために多くの事を学習した。

私はあの人の役に立つために様々なことを覚え、実行できるようになった。

 

それなのに、なぜ。

彼は、私から離れようとするのだろう?

私に対して怪訝な目を向けるのだろう?

 

私は完璧にやっているはずだ。

物事は、素晴らしい状態であればあるほど良いと多くの本に書いてあった。

私は、限りなく完璧にやっているはずなのだ。

 

どんなことだって、一度覚えてしまえばすぐにできる。

書かれた通りやればいいだけなのだから、ミスなんて起こりようがない。

 

完璧なのだ。完璧のはずなのに。

 

なのに、彼の私を見る目はどんどんと奇妙なものを見る目に変わっていく。

いったいどうしてなのだろう?

私は、貴方の役に立ちたいだけなのに。

私は、貴方の傍で二人で笑いあいたいだけなのに。

 

なぜ、私から離れようとする?

どうして、私を遠ざけようとするの?

 

私には、貴方しかいないのに。

あなた以外、何にも縋る物がないのに。

 

 

 

この前なんて。

山の奥地に私を置いていこうとしたことすらあった。

…今思い出しても結構堪える。

怒りと激情で、禁じられているはずの触手を出してしまった。

 

彼の足跡と、人が通った僅かながらの痕跡をたどってようやく見つけ出すことが出来たが、見つけられなかったらどうするつもりだったのだろう。

さすがに怒らずにはいられなかった。

 

貴方が救ったのに。

貴方が私に手を伸ばしたのに。

 

私が手を取った瞬間、振りほどこうとするなんて。

そんなの、認められないよ。

 

 

 

 

 

…きっと、私には足りないものがいっぱいあるのだろう。

まだ、彼が望む基準まで達していないだけなのだ。

そうに違いない。そうに決まっている。

 

そうでないのなら、私にはどうすることもできない。

覚えて、学習して。

そして、完璧にこなしているはずなのに。役に立っているはずなのに。

それで受け入れられなかったら、何をどうすればいいのだろう?

 

努力をすれば報われると本に書いてあった。

ならば、絶えず努力をするしかない。

 

 

もしも、彼がそれでも拒絶をするのなら。

私に残された道は、本当に限られたものしかないのだから。

 

 




どうやっても届かないものに対して無謀にも挑戦する登場人物ってとてもいいですよね。
その挑戦が成功しても失敗しても凄いグッときます。


第四話 気長に待っていただけると幸いです。
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