黄金を目指して 作:一般通過流刑兵
まだまだ手探りな状態
ストームヴィル城への道中で突如現れた忌み鬼マルギットをなんとか撃退し、メリナによって招かれた円卓で他の褪せ人と交流した男は再びストームヴィル城を目指さんとしていた。
「なあ、あんた……」
「ん?」
ストームヴィル城の閉じられた正門の前で腕を組み、さてどうしたものかと考え込んでいた褪せ人の耳に、やや掠れた声の男が呼び掛けてきた。
「こっちへ、こっちへ来てくれるか」
声に従って正門脇の小部屋に入ると、ひょろりと背の高い男が右手で手招きしている。
男は褪せ人に、城の秘密について語りだした。
「あんた、褪せ人だろう? 城の中へ入るなら、正門からは止めておけ。手練れの兵士たちがひしめいている」
「やはりそうか……わざわざ教えてくるということは、別の道に案内してくれるのか?」
「あぁ、そこの穴を使えばいいのさ。兵士たちの知らない抜け道だ。見つからず、城に侵入できるだろう」
「ほう……。だが、なぜ侵入者の俺にそんな道を教える? お前は門衛だろう」
褪せ人のもっともな問いかけに、門衛の男は意味ありげに笑って答える。
「なあに、ほんの些細な手助けさ。俺は、あんたみたいな褪せ人が好きだからな……」
くひくひと、隙間風のような笑い声だった。
いかにも怪しいが、正門の格子越しにもこちらへ狙いをつけるバリスタを見て、褪せ人はその助言に従うことにした。
しばらくして
「遺言はあるか、門衛」
「ヒィッ……! ま、待ってくれよ。何かの間違いだって!」
暗闇に包まれた部屋に閉じ込められ、至近距離から重装の兵士に奇襲を受けて祝福に帰還させられた褪せ人は、こめかみに青筋を浮かべながら門衛の男の胸倉を掴み上げていた。
褪せ人よりも背の高いはずの男は褪せ人の怒気に腰を抜かしたのか、生まれたての小鹿のように震えて許しを乞うている。
「俺に対して嘘を吐くだけでは飽き足らず、落としたルーンすら盗むとはな」
「う、嘘は言ってない! ルーンも知らな、うぐ……」
「嘘は言っていない? おかしいな。ならばなぜ流刑兵たちは待ち構えていたように俺を前後から挟み込んで包囲しようとしたんだ? 俺のルーンが減っているのはどう説明する?」
「そ、それは……」
明らかに事前に打ち合わせていなければできない罠の張り方と連携に、褪せ人は門衛の男が兵士たちと画策していたことを半ば確信していた。つまり、この男は侵入者を罠に誘い込む誘蛾灯の役割を担っているのだ。
おおかた、ゴドリックの接ぎ木に使う贄のためだろう。
ルーンについても、偶然切りのいい数字であったため減っていたことに気付けたが、まったく盗人猛々しい男である。
「……ふん、まあいい。おい門衛、正門を開けろ」
「精鋭が待ち構えているが……」
「抜け道にはお前の用意した罠と伏兵だらけだろうが。今ここでお前を切り捨ててルーンを回収してやってもいいんだぞ」
「濡れ衣だって……」
そうして、さんざん褪せ人に脅された門衛はびくびくしながら正門を開けるよう声を張り上げた。へっぴり腰だったせいでやや裏返っていたが。
「開門だ! 門を開けてくれ!」
重い音を立てながら引き上げられていく正門の僅かな隙間に体を滑り込ませ、兵士たちの意識の間隙をついて一気に進んでいく褪せ人を見送りながら、門衛の男は静かに呟いた。
嘲るような声色に、ほんの少しの心配を滲ませて。
「あんたは強いが、君主には勝てないさ、絶対にな……」
正門が開いたことで吹き込んだ風が、
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次から次へと現れる流刑兵や失地騎士の他、鷹に犬にネズミに壺と多種多様な敵たちを切り捨てつつ進んでいく褪せ人の前に、見覚えのある異形の怪物が現れた。
獣の紋章が刻まれた鈍い黄金色の大盾を構え、二本の直剣を振るう蜘蛛のような怪物に。
その瞬間、褪せ人は悟った。あの金髪の女が言っていた蜘蛛とはこいつのことであり、それに『接がれる』とはあの連なる腕たちの一部になるということなのだろうと。
褪せ人の脳裏に僅かに恐怖が浮かぶが、その体が震えることはなかった。
自分はこの世界で目覚めたばかりの頃とはもう違う。すでに数多の強敵を屠ってきたのだから。
意を決した褪せ人は左手に盾を、右手に剣を構えて蜘蛛の怪物―『接ぎ木の貴公子』―と相対した。
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「これは、まさか彼女の……」
狭い部屋の中を縦横無尽に駆け回って大立ち回りを演じ、遂に接ぎ木の貴公子を打ち倒した褪せ人は、その部屋の外にうず高く積まれた死体の前である物を拾った。
それはビロードの赤布に包まれたブローチで、ほんのり少し血に汚れていた。
犬に貪られていた死体たちは総じて体の一部が欠損しており、おそらくは『接ぎ』とやらの犠牲になってしまったのだろう。
ならば、このブローチはその犠牲者の遺品ということになる。もしかしたら彼女の仲間たちの物であるかもしれない
そう考え、いちど嵐丘のボロ家に戻ることにした褪せ人はブローチをビロードでしっかりと包んで懐に忍ばせ、犠牲者たちに一礼してからその場を後にした。
金髪の女の元へ戻ってきた褪せ人は少し躊躇いながら、彼女へとブローチを手渡した。
褪せ人には聞こえない霊たちの声が、彼女の命になればいいと、そう考えながら。
「これは……何ですか?」
「蜘蛛のような怪物がいた部屋の近くで見つけた物だ。すぐそばに体の欠けた遺体が多くあった」
「皆の形見だと、そう仰るのですか? ああ、これは……そんなことって」
顔を覆ってさめざめと泣き始めた彼女の傍に座り込んだ褪せ人は、そのすすり泣きが落ち着くまで静かに待っていた。
何を言うべきかわからなかったからと、孤独ではないことを伝えたかったから。
「落ち着いたか……?」
「はい、ありがとうございます。皆は、信じてくれていました。何もできない私でも、いつか何かを為すことを」
それから一拍置いて顔を上げた彼女の瞳に、少しだけ光が戻っていた。
声にも、わずかながらに力がこもっているように感じる。
「円卓に、赴こうと思います。私にできる、何かを探すために」
「そうか……では、また円卓で会おう」
どこか安心した様子で立ち去ろうとする褪せ人に、彼女は躊躇いがちに声をかけた。
あの恐ろしき怪物たちの親玉に挑もうとするこの人に、なにか少しでも恩返しをしたいと思ったのだ。
「褪せ人様、お待ちください。話しておきたいことがございます」
「なんだ?」
「ストームヴィル城の主、接ぎ木のゴドリックについてです」
「なに!? デミゴッドについて知っているのか!?」
「はい。とは言っても、遠目で彼の者を見た程度ですが」
「いや、十分だ。教えてくれ」
戦いにおいて最も有用な武器とは情報である。
円卓で出会った百智卿なる人物は、まだ何らの結果も実力も示していない褪せ人を単なる居候として扱っているため、これといって有力な情報はもらえなかった。
そんな状況でこの申し出は彼にとってまさに渡りに船というもの。
「私たちがあの蜘蛛に敗れた時、その場ですぐに接がれたのではなく、君主の前に連れていかれたのです。そこで見たあの姿は、まさしく異形でした。そして、アイツは……!」
「お、おい。大丈夫か? あまり無理は……」
「……いえ、大丈夫、です。アイツは『このような弱者など我が接ぐ価値もない』と言い、巨大な腕に生えた数多の腕に持った直剣で、あの人を……。彼は、私を逃がすために、わざと……」
じわじわと呼吸が乱れ始めた彼女を気遣い、褪せ人は彼女の肩をさすりながら礼を言った。
とても、優しげな声で。
「わかった、十分だ。ありがとう。辛いことを思い出させてしまって済まない」
「……お役に立てたのならば、幸いです。しかし気をつけてください。奴の背中は分厚いローブで覆われていましたが、不自然な膨らみ方をしていました」
「重ね重ね、本当にありがとう。必ずや破片の君主を討ち取り、仇を取ってこよう。円卓で吉報を待っていてくれ」
「はい。どうか、ご無事で……」
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接ぎ木のゴドリックは大きな腕に数多の腕を接ぎ、多数の武器を同時に振るう。
直接相対する前にこの情報を知ることが出来たのは大きい。
「しかし、そうなると一対一の勝負では分が悪いか……む?」
「……風と共に逝くがよい。遥かなる頂に」
ストームヴィル城の攻略を進めながら頭を悩ませる褪せ人の耳に、この城の中ではとりわけ珍しい正気を保った声が届く。
声のする小部屋に入ると、倒れ伏す騎士とその前に立つ戦士の女がいた。
ネフェリ・ルーと名乗った女に褪せ人は接ぎ木のゴドリックの情報を共有し、共に戦うことを提案した。
「ほう……巨腕に、多腕か。たしかに、一人で挑むにはいささか厄介そうだな。わかった、私も助力しよう。見事討ち取って見せれば、義父も許してくれることだろう」
「感謝する、ネフェリ・ルー」
「ネフェリでいい。よろしく頼むぞ、褪せ人」
黄金の背中を目指す末裔の元に、褪せ人としての末裔が辿り着こうとしていた。
その胸に輝ける意思と、吹き荒れる風を宿して。
【蛹たちの形見】
接ぎ贄となった蛹たちの遺品
ビロードの赤布に包まれたブローチ
それは、ほんのり少し血に汚れている
薄っすらと見える霊姿は
何かを語り掛けてるようだが
その声が聞こえることはない