黄金を目指して 作:一般通過流刑兵
ストームヴィル城の最奥、玉座の間へと続く道にて。
褪せ人とネフェリが各々の武器を構え、ゴドリックへとゆっくり歩んでいく。
厚手のローブを纏うゴドリックはその肉体の巨大さと生物にあるまじき歪さから、まるで枯れた大樹が動いているかのような錯覚を褪せ人たちに与えた。
「共に末裔たる竜よ、お主の力、きっと……我を高めようぞ……」
ゴドリックの上背は褪せ人たちの三倍ほどにまでおよび、その歪に肥大化した胴体からは丸太のような腕と足が生えている。
巌のような両肩から伸びるあまりに太すぎる巨腕からは、夥しい数の普通の―巨腕と比べればなんとも小さい―腕が伸びていた。
それら小さき腕の一本一本はみな一様に同じ籠手を装着し、よく使いこまれた君主軍の直剣を握り締めている。
これほどまでに大きく、さりとて歪な上半身を支える両の脚を見れば、数え切れぬほどの腕たちが連なり絡み合って大地に突き立っている。
その付け根、というよりかは根元の腕たちの生え際から先端の腕たちにかけて僅かに広がりながら太さを増していることも相まって、その見た目はさながら巨木の根であった。
「のう……褪せ人風情が、不遜であろう」
地の底から響くがごとき声が、枯れ果てた大樹の上部から放たれる。
ゆっくりと振り返ったゴドリックの貌は静かなる赫怒に燃え、その眼光は不遜なる侵入者を射殺さんばかりに引き絞られていた。
それ一本だけでも十分に褪せ人の腕を覆い隠せる巨腕の指が、人の身で持ちうる数を超えた右手の指たちが、鈍い黄金色の戦斧を握り締める。そしてもう片方の手には、こちらも輝きの鈍い銀色の戦斧を構えている。
勢い良く振り上げられた二つの戦斧が主人の怒りを表すかのように叩きつけられ、ひび割れた石畳をより一層みすぼらしい見てくれに変えた。
「地に伏せよ」
ゴドリックの背を覆い隠すローブが風ではないナニカによって怪しくはためき、左右で合わせて十を超える君主軍の直剣の全てが、その鋭い切っ先を褪せ人たちへと向ける。
「我こそは、黄金の末裔なるぞ!」
今ここに、新たなる戦争が始まろうとしていた。
戦いの火蓋を切り落としたのは褪せ人の持つ霊喚びの鈴。高らかに清らかな音を響かせ、ふわふわと漂うクラゲが現れた。
一歩一歩踏みしめるように歩くゴドリックへと右から嵐鷹の斧を両手で構えたネフェリが、左からは剣と盾を装備した褪せ人が前傾姿勢を取り、駆ける。
霊クラゲのクララが毒液をゴドリックの貌へと噴射し、それを左の巨腕の銀斧で防いでいる隙に両側から斧と剣が迫る。
わざわざ巨大であるがゆえに鈍重な腕を持ち上げ、しかも視界を遮るように武器を翳せばその内側に死角が生まれるのは道理だ。
しかし、そんなことはゴドリックとて百も承知。
だからこそ、彼らの『腕』が居るのである。
「「くっ……」」
「ふん、甘いわ。痴れ者どもめ」
横薙ぎに振るわれたネフェリの斧と真っ直ぐに突き出された褪せ人の剣が、それぞれ降り注ぎ、あるいは伸び上がる三本の君主軍の直剣によって受け止められた。
直後、だらりと下げられていた右の巨腕が大きく外側へと跳ね上がり、とっさに構えた盾ごと褪せ人を打ち据える。
「ぐぅ……!」
銀斧よりもさらに大きい金斧によるものとは思えないほど素早く、ダメージこそないが危うく盾を取り落としそうになる程度には重い攻撃。
やはり盾での防御はなるべく避けるべきと判断した褪せ人は、追撃を回避するためにゴドリックの頭上へと振り上げられた金斧をステップで躱すべく注視した。
両刃の斧刃が地面に対して垂直となり、ぎらりと黄金の光を跳ね返す。
そして、許可なく黄金を仰ぎ見る不遜に誅を下さんと振り下ろされたそれの側面で背中を擦りながら、褪せ人は大きく一歩踏み込んだ。
石畳を割り砕く音を背後に、先ほどよりも深く、巨腕に息が届くほどに近く、前へ。
―――ここなら……っ!
本来、相手の攻撃を躱した後は反撃の好機である。
デミゴッドと言えども物理法則を完全に逸脱できるわけではない。小さな腕たちならばまだしも巨腕を複数方向へ同時に振り回すことはできない以上、攻撃の軌道から逃れてかつ体制を崩していなければ、次の攻撃が来る前に褪せ人の攻撃が間に合う。
自分の攻撃に対する相手の防御と回避。相手からの反撃に対する自分の防御と回避。
これらをどのように組み合わせ相手の動きと想定を上回るかが戦いの全てであり、武器や戦法と言ったものはそれらに一貫した型を与えるための存在である。
その点で見れば、褪せ人の行動は正しかった。
ゴドリックは二つの巨腕に複数の腕を接ぐことで、大斧による攻撃の隙を数多の君主軍の直剣でもって消すことができ、迂闊に踏み込んできた者を串刺しにできる。
しかし剣である以上はただ突っついたり押し付けただけで致命傷を与えることは難しく、翻って刃に速度という力を乗せる必要がある。
無論柔らかい部分であれば当てるだけでも傷をつけられるが、軽装の者であればいざ知らず褪せ人は鎧を纏った戦士であり、精密な動きが難しい複腕たちではその隙間を通すような攻撃はできず、力任せに叩き斬るしかない。
ゴドリックが先ほど褪せ人の攻撃に対してわざわざ三本もの武器を使って防御を選択したことから、全ての腕を完璧に操れるわけではないことを察したが故のカウンター。
巨腕の先の方に接がれた腕は根元近くに接がれた腕が邪魔で届かず、逆に根元近くの腕は褪せ人に近すぎて有効な威力を出せない。
あらかじめゴドリックの姿と、そこから見える戦法を分析及び予測できたからこその作戦。
すなわち『ゴドリックは至近距離での白兵戦が不得意であり、懐に潜り込まれると弱い』ということ。
長く重い巨腕と斧に、敵を寄せ付けないための剣の鎧。
ネフェリとも話し合って予想していた通りの、ゴドリックは距離を保つ戦い方を選ぶ可能性が高いという見解。
初めの一合でそれの最終確認を行った褪せ人は、下手に退くよりも前へ前へと踏み込むことが最適解であると確信していた。
故に、狙うは巨腕の付け根、後ろ側。どの腕も攻撃が難しい、接ぎ木の死角。
―――とでも思ったのであろう?
「ぐあっ!?」
「褪せ人!?」
掌と肘が半ば癒着するような形で
肩越しに振り返った褪せ人が見たのは、てっきり太いだけで一本だとばかり思っていた巨腕の一部が、僅かに解けてこちらへと伸びている光景だった。
直剣を握っていた腕は巨腕から生えていたのではなく、ただ少し
それと同時に左の巨腕からも複数の腕が伸びはじめ、君主軍の直剣三本と鍔迫り合いをしていたネフェリを囲い込むように迫る。
「この程度! はあッ!」
ネフェリの持つ嵐鷹の斧が雷を宿す暴風を纏い、直剣ごと三本の腕を弾いた彼女の頭上で大きく振り回される。
これなるは戦技『雷嵐』。矮小なる人の身でありながら、稲妻猛り荒れ狂う風を巻き起こす戦士の技である。
合わせて七度吹き荒れた暴風がネフェリを包囲せんとするゴドリックの左腕たちを全て弾き飛ばし、褪せ人への追撃をも断念させた。
「褪せ人! まだ動けるか!」
「んぐ……あぁ、問題ない!」
聖杯瓶を呷って体力を回復した褪せ人と得物に雷を纏わせたネフェリが再びゴドリックを挟み込むように構え、巨腕ではなくそこから四方八方へと伸びようとしている細腕たちに的を絞った。
畳んで縮めていた腕を伸ばすことで射程距離を変えられる直剣たちの檻に飛び込むよりも、あえてゴドリックの間合いギリギリに陣取って少しづつ腕の本数と体力を削る作戦である。
即興のこの作戦を、褪せ人は先ほどの痛烈な一撃への警戒から、ネフェリは戦技で弾いた結果いくらか千切れた細腕たちから有効だと理解した。
反面、ゴドリックも持久戦にもつれ込むと不利になるのは自分であると察していたが、鈍重な体ではどちらか一方に向かって動けばもう片方に背を討たれるのは必定。故に狙うべきは十重二十重の斬撃の結界内部への誘い込み。
三者三様に思考を巡らせ、戦場がリセットされる。
わずかな沈黙を破ったのは、再び放たれた健気な毒液。
「ぬお!?」
一連の攻防でゴドリックの立ち位置はほぼ変わっていないが、その向きは変化していた。
ちょうど、クララに対して左肩を向けるような形に。
ゴドリックの頭を左側から狙い撃った毒液は未だその身を冒すには至らないが、かわりに左目の視界を損なうという値千金の副次効果をもたらした。
「褪せ人!」
「ネフェリ!」
僅かに傾いだ巨体越しに、重なった掛け声一つ。
それだけで作戦の過程を変更する意思を統一した二人は、それぞれ武装を変更した。つまりはチマチマと削るのではなく、一気呵成に攻め立て一度の攻勢でなるべく多く削りきるという方法に。
ネフェリは両手で構えていた斧を右手で持ち、さらに全く同じ斧を左手に握る。武器が二振り、攻撃力も二倍である。
一方、褪せ人は右手の直剣と左手の盾を捨て、新たに無骨な特大剣を担いだ。
それは狭間の地を旅する中で手に入れた、とある理由から今まであまり使うことができなかった、複数本の腕をまとめて撫で切りにしなければならないこの状況に、力と重さという点で最も適した武器である。
それは、剣というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、無骨で、凄まじく重かった。
およそ人の扱える限界を超えた重みが、褪せ人の肩に圧し掛かる。
その武器の銘を『グレートソード』と言った。
しかして、褪せ人は不敵に笑う。
両の手で保持していようと気を抜けば己が肩を圧壊させるであろう鉄の塊は、そうであるからこそ、目の前の強大な敵を屠り得ると。
瞬きの間に装備を整えた二人の戦士が、二振りの嵐を纏いて飛び上がり、鉄塊で地面を削りながら肉薄する。
ゴドリックはネフェリの攻撃をなんとか迎撃しようと左の斧を頭上に掲げるが、毒液によって削られた視界では彼女が振り上げた両腕のそれぞれが暴風を従えていることに気づけなかった。
「ハアァァァ!!!」
「ぐうぉお!?」
一発ならばいざ知らず二発同時に炸裂した嵐を受けて押し込まれるゴドリックはしかし、その根のごとき両足でもって耐え忍ぶ。
それどころかネフェリの攻撃による衝撃を利用し右腕の金斧を高速で薙ぎ払い、グレートソードを装備したことで僅かに動きの鈍い褪せ人の胴体を両断せんと迫った。
「ぬぅん!」
「フッ……!」
瞬間、褪せ人はグレートソードをしっかりと握り締めたまま、あえて両腕から力を抜いた。ただでさえ重いグレートソードを引っ張る力が弱まり、しかして止まらぬ褪せ人の足が彼の身体を前へと運ぶ。
その結果、上半身は鉄塊に引っ張られて後ろへ倒れ、下半身だけが前に出た。
ちょうど地面と、今まさに己の身体を泣き別れさせようと襲い掛かる金斧の、その隙間に滑り込むような形に。
そして、時という川の流れが淀む。
褪せ人の耳を唸るような風が叩き、その両目は確かに歪んだ金色の鏡に映る自分の顔を見た。闘争の本能にぎらつく瞳を。
濁流が流れ始める。
右肩越しに倒したグレートソードによって両腕を右を下にして伸ばし、左足も限界まで伸ばして右足は膝を可能な限り折りたたんで胴体の下へ。
脱力していた両腕の血管が浮き上がり、グレートソードの切っ先が地面を離れた。
右足から左足へと重心を移しながら、連動して腕を引き寄せ体を起こす。
さながら引き絞られた弦から矢が放たれるかの如く、褪せ人の体重移動による左回りの回転という運動エネルギーを与えられたグレートソードが、ゴドリックの右脚へと吸い込まれた。
「ゼリャァァァ!!!」
残光
「がぁ!?」
半分近くまで断ち切られた右脚を構成していた腕たちが解け、今度こそゴドリックの巨体が大きく傾いだ。
受け止めきれなくなった暴風に押されて石畳に数メートルほどの轍が刻まれる。
片膝を突いたゴドリックがそれを認識し、いよいよ顔面から飛び出す勢いで吊り上がる両目を怨敵たる二人に向けた時、彼の脳内を一瞬の空白が満たした。
(なんだ、あれは……?)
その視界に映ったのは、回転の勢いを全く殺さずにグレートソードの幅広な側面をこちらへ向ける褪せ人と、その前で前傾姿勢を取りながら飛び上がるネフェリの姿であった。
ゴドリックが吹き飛ばされたことで開いた今の距離からでは、褪せ人のグレートソードもネフェリの風も届かないことは明白。
だからこそ、ゴドリックは今まさに追い詰められつつありながらも屈辱と怒りに震えるという『余裕』があったのだ。
てっきり走り寄って追撃してくるとばかり思っていたゴドリックの疑問に、褪せ人とネフェリは文字通りに答えを叩きつけた。
「行くぞネフェリ!」
「よし来い!」
砲弾、発射
刹那の後、ゴドリックを三度目の嵐が襲った。
彼がそれを辛うじて防ぐことができたのは、彼が曲がりなりにも戦士の血を継ぐものであったからだろうか。それとも、彼の生来の危機感知能力の高さ故だろうか。
いずれにせよ致命の一撃は凌ぐことに成功したゴドリックであったが、やはり踏ん張りの利かない状態ではネフェリによる突進の勢いを殺しきれず、再び大きく吹き飛ばされることとなった。
墓石が質量という暴力によって冒涜され、巻き上がる土埃が地に伏した君主の姿を隠す。
戦争の趨勢は、不遜なる褪せ人たちに傾きつつあった。
【君主軍の直剣】
君主軍の正規兵たちの直剣
意匠の施された上質の武器
長い使用により劣化し、黒ずんでいるが
手入れはされているようだ
兵たちに、とうに正気はないはずだが
【嵐鷹の斧】
鷹を象り、その翼を刃とした戦斧
遠く故郷を離れてなお
嵐と共にあろうとする戦士の得物
その思いは誇り高く、故に壊れやすい
【グレートソード】
巨大で武骨な鉄塊の剣
凄まじく重く、その重さで敵を薙ぎ払う
およそ人の扱える限界を超えた武器であり
それ故に、これは人外をも屠り得る