黄金を目指して 作:一般通過流刑兵
あと少し!
「ぐ、ぅ……」
薄茶色の世界の中で、ゴドリックは葛藤していた。目の前に迫る敗北の二文字と、それを覆す方法と、小さな王としてのプライドで。
今この土埃の幕の向こう側にいる二人の褪せ人は、己よりも強い存在であるかもしれない。いや、事実強いのだろう。
それを認めたくはなくとも、そう判断できる程度にはゴドリックも戦う者であった。
しかし、しかしである。
このまま敗北を認めるわけにはいかない。
勝ち筋は、ある。確かにあるのだ。
ならば後は、それを選ぶだけである。
王としての在り方を、そのプライドを捨て去る勇気だけが、今のゴドリックに必要なものであった。
「ううぅ……!」
褪せ人とネフェリは、油断なく土埃の中の影を見つめている。
先ほどの攻撃で大半を使い果たしたスタミナの回復を待ちつつ、次の攻撃で仕留めるために。
そんな二人の耳に、地の底から吹き上がるがごとき声が響いた直後。ただ一度の咆哮によって未だたなびいていた煙が消し飛ばされた。
「ウオオオオオオ!!!!!!」
「「ッ!?」」
あまりの轟音に両手で耳を塞ぐ二人の前でゆっくりと立ち上がったゴドリックは、その両手に持つ大斧を右へと回し、体を強く強く引き絞った。顔が半ば後ろを向くほどに。
明らかな隙、あからさまな好機。しかし二人の脳裏を埋め尽くしたのは勝利が近づいたことによる興奮ではなく、途方もない悪寒と焦燥であった。
思わず駆けだした二人の視界に三度放たれたクララの毒液が映った、その刹那。
ゴドリックが構えた二振りの大斧に、暴風が宿る。
残光
二本の銀閃を視認したその瞬間、褪せ人とネフェリは体が千切れ飛びそうな衝撃に襲われた。
その衝撃を知覚すると同時、今度は背中から突き抜けるような鈍痛と圧迫感が生じる。
震え歪む褪せ人の視界の中で、大斧を振りきった姿勢のゴドリックが静かに息を吐く。それを見てようやく褪せ人は現状を理解することができた。
すなわち、先ほどの銀色の光はゴドリックが大斧を振るった軌跡であり、自分たちは無意識のうちにその攻撃を防御した結果として吹き飛ばされたのだと。
凄まじい速度とそれに相応しい威力の攻撃。まさしくデミゴッドらしい強力な一撃だったが、だからこそ褪せ人の脳裏には疑問が残る。
(なぜ、追い詰められた今になって……?)
そう、先ほどの一撃を放つまでは確かに褪せ人とネフェリの方が優勢だった。
クララの毒液によって視界が制限されたゴドリックの隙を突いた、武装変更による同時攻撃という即興の策は見事に機能したのだ。
しかしそれもゴドリックが基本的にその巨体ゆえに鈍重であり、二振りの大斧とそれに付随する直剣たちをそれぞれ警戒できていれば、それらによる攻撃を防御ないし回避できたからこその優位だった。
これほどまでに速度と威力の両面で優れた範囲攻撃があるのなら、自分たちに挟まれた最初の段階でさっさと繰り出していた方が楽に勝てたはず。
そう考える褪せ人の目に、だらりと力なく垂れ下がったゴドリックの右腕と、それを支えるボロボロの左腕という答えが飛び込んできた。
自分たちもスタミナどころか体力すら大半を持っていかれたが、代償の大きさはお互いにそう大差ないようだ。
「ネフェリ、生きてるか!?」
「無論だ! まだ戦える!」
共に満身創痍。されど褪せ人という生物はこと粘り強さという点では時にデミゴッドすら凌駕する。
目にもとまらぬ速さで薙ぎ払われても手放さなかった武器を構えなおし、聖杯瓶を一口流し込む。それだけで褪せ人は何度でも立ち上がれるのだ。
一方のゴドリックはどうか。生命力と膂力に優れ、敏捷性が欠けていようともそれを補う能力を持つデミゴッドはしかし、粘り強さという点では木端の褪せ人にすら劣るだろう。
だが、ゴドリックはそれを絶対に認めることはない。褪せ人が、デミゴッドよりも優れたるなどと。
『力こそ、王の故』
偉大なる父祖の残した言葉、その意味を。
始まりの褪せ人でもあったゴッドフレイが何故、その言葉を残したのか。
直接聞いたことがない以上、ゴドリックが真意を知ることはない。
それでも、その肉体に流れる燻んだ血潮に、黄金の色がたった一筋でもあるのなら。
追い求めた理想像たらんとするのならば、なおさら。褪せ人ではない、この身は。
「認めるわけには……いかぬのだ……!」
亀裂が走るほどに歯を強く噛み締めるゴドリックが左手に握る銀斧を投げ捨て、代わりに直剣を持つ右腕たちをまとめて毟り取る。
再び、ゴドリックを中心に淀んだ風が渦巻き始めた。
「風よ! 吹き荒れよ! 我が敵を討ち滅ぼすのだァァァ!」
喉も涸れよと叫ぶゴドリックが左手に握る腕たちが風を纏った直後、大きく振りかぶった左腕からそれら腕たちが放たれた。
腕から発せられる渦を巻く風によって弾丸と化した直剣が、褪せ人とネフェリを襲う。
「来るぞ褪せ人!」
「墓石を使えネフェリ! まともに受けるな!」
次から次へと矢継ぎ早に発射される風の弾丸を全力で走りながら躱し、墓石を盾にしながらゴドリックへと距離を詰める。
弾丸が直撃した墓石が砕け散るのを横目に、自分から武装を手放した上に激しく動き続けたことで疲弊し始めたデミゴッドへと迫る褪せ人の耳に、もはや聞きなれた水音が届く。
この戦いにおいて四度目となる、クララの毒液である。
「ぐっ……ぬぅ……」
後頭部に直撃した毒液がいよいよゴドリックの体を蝕み、ただでさえ疲労と損傷の蓄積した巨体がついにその重みを支えきれずに片膝を突いた。
両肩は大きく上下し、まだ距離がある褪せ人とネフェリにもゴドリックの激しい息切れが聞こえてくるほどだ。
褪せ人とネフェリの視線が噛み合い、言葉なく意思が共有される。
すなわち、今度こそ攻めきる。ここでこの戦いを決めるのだと。
瞬時にゴドリックへと視線を戻した褪せ人たちは、再び大きく引き絞られた左腕に思わず足を止めた。その手には金斧が握られている。
「鬱陶しいぞ! 木っ端霊ごときがァ!」
しかし二人の警戒とは裏腹にゴドリックが睨みつけたのは後方、開戦から何度も邪魔を挟むクラゲの遺灰だった。
膝立ち状態のゴドリックが右手から持ち替えた金斧が振り向きざまに放たれ、高速回転する金色の怒りがクララを捉える。
許容限界を超過するダメージにクララの召喚が解除された。
「自ら得物を全て手放すとは! 血迷ったなゴドリック!」
そう、クララへの攻撃に金斧を使った時点でもはやゴドリックは丸腰の状態である。銀斧は投げ捨てられ、直剣たちは投擲に使われ、最後の武器もたった今手を離れた。
その隙を見逃すようなネフェリではない。瞬く間に距離を詰めてゴドリックの懐に潜り込み、今度こそ致命の一撃を叩きこまんと両手の得物に風を籠める。
首を落とさんと上を見上げた灼熱を宿すネフェリの眼と、冷徹な黄金色の眼がぶつかり合った。
「ダメだネフェリ! 下がれっ!」
ネフェリよりも僅かに後ろを走っていた褪せ人には、ゴドリックの動きが鮮明に見えていた。
クララへと金斧を投擲すると同時に、先ほど自分が切り裂き、今は地面に突いている片膝が持ち上がっていることを。
持ち上がっていながら、ネフェリがその高さの変化に違和感を持たないほど自然に、両膝が曲がっていることを。
ゴドリックの右脚と、半分ほど千切れかけの左脚を構成する腕たちが撓み、ぎちぎちと不快な音を立てる。
褪せ人はその音を聞いたことがあった。褪せ人はまだその名前を知らない、王を待つ礼拝堂という場所で。
褪せ人には、接ぎ木の貴公子が天高く跳び上がり強力な踏み付け攻撃を繰り出してくる前兆と、今のゴドリックの姿が重なって見えていた。
どう、と音を立ててゴドリックがネフェリの視界から消える。
唐突に包まれた影の中で、上を仰ぎ見たネフェリの視界を、死が覆った。
ゴドリックが戦士の端くれとして武器での戦いに拘っていたからこそ、ネフェリの思考から意図せず省かれていた可能性。その巨体そのものを武器として質量攻撃を仕掛けてくる、という想定。
戦場ではどんなことでも起こり得るということ。そんな当たり前を忘れた戦士の末路は、当然に分かり切っている。
この戦いが始まってから、否。褪せ人がこの狭間の地に辿り着いてから聞く中で最も大きな轟音が轟き、ネフェリの姿が土煙に飲み込まれた。
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屈辱だ。耐え難き屈辱だ。今も発狂しないでいられることがもはや奇跡ですらある。
この一撃でもって不遜なる侵入者どもを纏めて返り討ちにしてやるつもりであったというのに、この体たらく。
みっともなく武器を投げつけ、あまつさえ膝を折り、戦士らしからぬ攻撃まで繰り出して仕留めたのが片方のみとは。
「ぐ、うぅ……ネフェリ……」
女の方は近すぎたために回避が間に合わなかったようだが、男の方はすんでのところで躱したと見える。
それでも余波だけでかなりの威力だったはずだが、あの鉄塊で上手く凌いだか。
「運の良いやつよ」
いや、勘が鋭いのか。あぁ、実に戦士らしいものだな。
戦士……戦士か……。気に入らないが、どうやら認めざるを得んらしい。
目の前にいるこの小男は、その刃は我の首に届く力があると。
ならばこちらも、全ての力を出し尽くして相手をするべきであろうな。
「褪せ人よ……我が『接ぎ』の真髄を、今こそ見せてやろう」
これは本来あの雄々しき獅子王と恐ろしき刃、それから王都に潜む忌々しい僭王に対してのみ使うつもりだった。
あくまで王に成るための力であり、羽虫ごときを払うのに使う物ではないと考えていた。
しかし、しかしである。
この褪せ人は針すら持たぬ羽虫ではない。ぎらついた牙と鋭い爪を持つ獣だ。
それも手負いの獣だ。仲間を失い、孤立無援の只中であっても、その瞳に宿る狂熱は欠片も弱まっていない。今もなお、我が喉笛を食い千切らんとしている。
紛れもなく、我が玉座を脅かす存在である。
ならば、何を躊躇うことがあろうか。
「とくと見よ」
積み上げ続けたこの力でもって、貴様を殺そう。
知らぬ者よ、恐れるがいい。
「悍ましき、接ぎ木の業を」