ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

1 / 65
#1

──1──

 あたしは、特にこれといった特徴のない、どこにでもいる平均的なウマ娘!

 それでも、ウマ娘に生まれたからにはレースの世界に飛び込んでみたい!

 輝いてみたい!

 その念願がかなって、トレセン学園に入学できました!

 そんなあたしですが、生まれも育ちも北海道の道産子です。

 とは言え、北海道と一口に言っても広いです。

 具体的に出身地がどこかと言うと、北海道南西部は檜山振興局管内最南端にある町。

 上ノ国町(かみのくにちょう)です!

 西は日本海、東は山に囲まれて、町の周りは野草の宝庫です。

 北海道と言うと、雪が多いとか寒いとか思われがちですが、上ノ国町は温かいのが特徴です。沿岸を流れる対馬海流のお陰で道内でも非常に温かい土地です。積雪は少ないですけど雨は多くて、風力発電が出来るくらいには一年を通して海からの風が強いです。

 特に真冬に西から吹く季節風は強烈です。上ノ国では、気温自体はもっとも寒い時期でもマイナス10℃を下回ることはほとんどありませんが、気温がマイナス数度という日でも、この強い季節風で体感温度の方は一気にマイナス二桁以下まで冷え込みます。海から横殴りの強い風が吹きつけるので、雪が降ったら常に吹雪です。季節風の時期には、雪国っぽく、音を吸って静かに降り積もる雪を見ることはほとんどありません。

 そんな厳しくても雄大な大自然に包まれた、あたし自慢の地元です。

 人口は少ないですけど、良いところですよ。

 西に大きく開けた地形だから、視界の端から端まで広がる水平線に沈む壮大な夕陽は、一度見たら忘れられません。

 まぁ問題は、道内だとだいたいどこでもその「雄大な大自然」って売り文句が使えるって事でしょうか。

 生まれた時から住んでいる愛しい地元を離れたあたしですが、自分で言うのもなんですが、飛びぬけて綺麗でも可愛くもないです。

 いわゆる、フツー。

 まさに、これといった特徴のない、どこにでもいる感じです。

 自分で言っててちょっと悲しいですけど。

 でも、すごく女の子っぽいとかはよく言われますね。フワフワしたスカートとか、リボンとか好きで尻尾によく付けてるからでしょうか。

 そんなあたしですが、今とても重大な事実に直面しています。

 それはですね。

 なんと、学園に提出する予定の書類を無くしちゃったんですよね~。

 提出する直前で、鞄に入れたはずの封筒が丸ごと無いのが分かった時の絶望感は、ちょっと思い出したくないレベルです。足元が崩れたんじゃないかと勘違いするくらいに膝から力が抜けて、一瞬で胃に穴が開くんじゃないかと思いました。

 とほほ……いきなり先が思いやられます。

 

「えーっと、書類丸ごと紛失したっていう子は、貴女かしら?」

 髪をアップにまとめ、地味な事務服に身を包んだ女性が話しかけてきました。

 警備員さんに事の次第を話した後、広いトレセン学園の中、ちょっと前に自分が歩いた記憶のある辺りを右往左往しては書類入りの封筒を探しているあたしは、さぞかし見つけやすかった事でしょう。

「はい!あたしです!おお、あなたがあたしのトレーナーさんですか?!」

 ウマ娘でも人間でも、どうしようもない事態に直面すると、冗談の一つも出てくるものなんだと知りました。

「私はただの事務員ですよ。入学したばかりの生徒にいきなり専属トレーナーがつく訳がないでしょう」

「たはは、ごもっともです」

「はい、これが新しい書類。事務室まで案内しますので、そこで書いていってください」

「お手数をおかけします」

 まさに地獄に仏です。

 仕事に徹していて無感情と言うよりは、無機質とも取れる事務員さんの言葉を聞いた直後、あたしは彼女の背中から後光が差している錯覚すら覚えました。

 あたしは封筒に入れられた真新しい書類を受け取り、そのまま事務員さんの後に付いていきます。

 

「すでに一度書いていますので説明は不要かと思いますが、各欄の説明を見ながら間違えずに記入してください」

 事務室の机の上に広げられた書類のあちこちを、事務員さんの指が滑り回ります。

 まず書いていくのは、と……。

 『耳飾り』は、"左耳"です。

 ウマ娘は、頭から生えているウマ耳に耳飾りを付けています。

 ほとんどのウマ娘は右耳か左耳のどちらかに飾りをつけていて、数は少ないですが両耳、あるいは付けていない子もたまにはいます。飾りを付けるウマ耳はウマ娘によって違いますが、各ウマ娘個人では耳飾りを付けるウマ耳は必ず同じ側になります。あたしなら必ず左耳につけます。普段と違う右耳に付ける事も出来ますが、何というか、違う方に付けると収まりが悪いと言うか腹の底から違和感と拒否感が沸いてきて絶対に付けたくないのです。また耳飾りの左右によって気質が違うのか、書く意味はあたしにはよく分かりませんが、伝統的に公式書類であっても耳飾りの向きを書く欄があるのです。

 『毛色』は、"青毛"ですね。

 毛色とはいわゆる、髪の色。

 あたしは、青毛です。

 光の跳ね返り具合では濃い青味を帯びて見えるほどの艶々とした黒色の髪の毛は、あたしのちょっとした自慢です。一筋の流星もなく、まさに星が一つ残らず消えた夜空のような一面の真っ黒。

 次は、と……。

 記入項目を探して、目とペン先が泳ぎます。

「入学前に行った身体測定のデータを、覚えている範囲で書いてください」

「はい」

 こちらがどこで躓いたのかを素早く察した、如何にも手慣れた風な事務員さんの素早い指示。

 えーっと、たしか能力検定試験の時の結果は……。

 頭の中で、記憶の糸を手繰り寄せます。たぶん間違えても、試験結果は別で保管されてるから大丈夫でしょうから問題にはならないと思いますが、だからと言って適当にやるのは嫌です。

 能力検定試験の結果は、スピード、パワー、根性、スタミナ、賢さのカテゴリーに大別されます。具体的な点数ではなく、各カテゴリーはAからGまでの七段階評価で表されています。

 あたしの結果は、それぞれG、G、F、B、Bです。

 書き込んでいると、冷徹な結果が、再び眼前に突き付けられます。

 舌打ちが出そうな結果に、思わず悪態が漏れ出そうになりますが、ぎゅっと抑え込みます。

 今この場にいるのは自分だけではないですし、なによりも、それは馬鹿な過去の自分への罵倒として、全て自分に跳ね返ってくるからです。

 グジグジと湿った思いをどうにか腹の中に押し込めて、続きを記入していきます。少なくともこの書類は、あたしを後悔させるために持ってこられたのではありません。

 『脚質』は、"先行"です、と。

 マークシートの、塗り潰されていない丸印の中から、該当する丸を選んで鉛筆で黒く塗っていきます。だんだん先が丸まってきた鉛筆がクキクキと耳障りな音を立てます。

「当たり前と言えば当たり前ですけど、距離適性とバ場適性は書くとこないんですね」

「そうですね。書く意味がありませんので」

 記憶頼りなので、念のために記入事項も確認しながら書いていきます。

 こちらが書き進めていくのに合わせて、事務員さんが合いの手のように、注釈を入れてくれます。

「制服や体操服などの手配は既に済んでいます。ただ、いずれ勝負服の手配も必要になってくるかもしれません。ですので、現在の数値をこちらの欄に記入してください」

 

 身長は、191cm。

 スリーサイズも書いていきます。

 背は平均よりも低く、胸は小ぶり、腰は驚かれるほどの細さで、お尻がようやく平均値に乗るかどうか。

 一言で評すれば、ちっぽけな痩せっぽち。

 

 客観的にあたしを表した、嫌みなほどに無味乾燥な数列。

 普段は無い振りをしている、心の奥にある劣等感をチクチクと刺激してくる、見たくもない数字が書類の上に並びます。

「どうかしましたか?」

 事務員さんの気づかわし気な声に、あたしは我に返りました。どうも考えが自分の内側を向いてしまっていたようです。

「ああ、いえ、大丈夫ですよ!あのぅ……体重も書かなきゃダメでしょうか?」

 嫌な気持ちを振り切るようにして、次の項目に進みます。

「それは今は不要です。いずれにせよレースごとに計量しますので」

 ちょっと安心しました。

 入学を前にして、緊張して食べる量が減っていてウェイトが落ちてるとか言えませんからね。

 体調の維持管理もできないと入学早々に思われるのは勘弁です。

 ここまで記入して、あたしはざっと書類を見直しました。

 特に漏れは無し。

 間違いも無い。

 最後に、あたしの名前の記入ですね。

 あたしの名前は、カミノクニスノウですよ、と。

「はい!書き終わりました」

「確認しますね……はい、問題ありませんね。ひとまず必要な項目は記入し終わりました。残りは、必要になった際に追々で大丈夫です」

 事務員さんは慣れた手付きで書類を隅々まで確認して、トントンとまとめた後で封筒に納めました。

 あたしは安堵の溜め息をつきました。

 無くした時は本当にどうなる事かと思いましたが、これでなんとかなりました。

 

 書類を出し直して事務室を辞して、さて寮はどちらだろうとブラついていたら、再び先ほどの事務員さんが追いかけてきました。

 書き直した入学書類に、あたしの写真が貼られていなかったので、どこかで撮って欲しいとのことでした。

 写真が無いのは仕方ないです。

 それが貼られた書類ごと無くしてますからね。

 そのまま手近な証明写真機に連れていかれて、撮影することとなりました。

 ただでさえ狭い証明写真機のブースの中、どうにかカメラの撮影範囲に収まろうと身を縮こまらせて撮影し、待つことしばし。

 ペッと、ちっこい写真が吐き出されました。

 微妙にブスっとした仏頂面でこちらを睨んでいる、コントラストの薄い写真の中のあたし。どうしてこういう証明写真は、どう撮っても愛想がなく見えるんでしょうか。わざとそうなるように、何か隠れた技術でも盛り込まれているのでは、と疑いたくなります。

 フレームの中に小さく収まったあたしを覗き返してやります。

 写真の中のあたしは、だいたい首筋あたりまでの長さで揃えたボブカットに前髪ぱっつんなシンプルな髪型ですが、髪の毛はさらっさらのストレートです。特に朝は手入れが簡単に済むので、とても便利です。青毛と相まって、あたしの自慢の一つ。

 ちょっと毛先がバラついてきたので、そのうち整えましょう。

 毛先をちょいちょいと摘まんで弄んでいるあたしを、写真の中から、あまり目立たない色合いをした濃い青灰色の瞳が睨んでいます。

 吐き出された写真は、特に映りに問題もないようなので、そのまま事務員さんに渡しました。

「では改めまして、カミノクニスノウさん。入学おめでとうございます。ようこそ、北海道ウマ娘帯広トレーニングセンター学園へ」

 事務員さんの眼鏡のレンズがきらりと光りました。

「我々は貴女の入学を歓迎し、本校での活躍を期待します」

 

【挿絵表示】

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。