ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
──13──
それは、初勝利から数日後のことでした。
「おばあちゃん、見てくれてた?」
久しぶりに実家に電話をして、家族にレースで初勝利の報告をしていました。
「見たよ、スノウ。あんたのレース、家族みぃんな揃ってちゃんと見たべさ。よぉけっぱったなぁ。おめでとう。ばあちゃん、スノウがけっぱる姿を見て、ほんっとに泣きそうになったさ」
電話の向こうから伝わってくるのは、半年と経っていない筈なのに、もう懐かしさを感じる温かい声。
「やだなぁ、おばあちゃん大袈裟なんだから~。でも……ありがとう」
「それでな、勝ったお祝いを送ったんよ。大したもんじゃないけど、お友達と皆でお上がりよ」
それからあちらの電話は妹達の取り合いになって、代わる代わる話しかけてきました。一人が話している後ろからもわちゃわちゃと聞こえて、電話口に妹達が群がるようにしている様子が浮かんで、あたしの顔も自然とほころびます。
新しくできた友達の事、トレーナーさんの事、学園での生活の事など、色々。
そんな他愛のない話をして、通話を切りました。
部屋は急に静かになりました。
さっきまで楽しく喋っていたのに、手の中にある、もう黙ってしまったっきりのスマホを見つめます。
寂しさがゆっくりと、足元からせり上がるようにして胸の内を満たしていきます。
と。
廊下の天井に設置されているスピーカーが、不意にブザー音を立てました。
普通は消灯の告知だとか食堂でご飯が出来たとか、そういう用途でしか使われていません。夕食はもう終わりましたし、消灯時間には、まだまだ早い時間です。
『……号室のカミノクニスノウ。至急、寮受付まで来るように。さっさと!来るように』
唐突に始まったアナウンスは、唐突に終わりました。
それよりも、なんか言葉にトゲがあったような気がします。
あたし、今度こそ、なんかやっちゃいましたかぁ?
知りません!知りませんよぉ?!
いや、グラムさん、肩に手を置くのは止めてください。
あたしは無実です。
本当に知らないですってばぁ!
恐る恐る顔をだした寮受付の前には、皆で持ち回りでやっている受付当番の先輩と、運送会社の人の姿が。ばんえいウマ娘の配達員さんが荷物を前にして苦笑しています。
そこには、おばあちゃんからの初勝利祝いが鎮座していました。
あたしは、おばあちゃんが『皆でお上がり』と言っていた意味がようやくわかりました。
床の上にドデンと転がり、周囲に存在感を放っているソレは、一つの米俵。
新米はまだですから蔵に入れていた去年の残りでしょう。あたしは慣れてますけど、見慣れてない人には60kg分のお米の体積は視覚的になかなか凶悪です。あとは倉庫でもない場所に置くにも。
「カミノクニスノウさん、受け取ったら、コレはきちんと持って帰るように」
先輩に思いっきり釘を刺されました。
どかさない以外の選択肢を取り上げられてしまいました。
どうしたものでしょうか。
どすんと置かれた米俵を前に一頻り悩みましたが、良い考えが浮かばないので先送りすることにしました。ひょいと肩に担げば、久しぶりの俵の感触と重量感。仕方ないので、自室のドアの前にでも置いておきましょう。
おばあちゃんから送られてきた米一俵。
自分で食べようにも寮では朝夕と食事は出ますし、炊飯器がないので部屋では炊けません。寮の裏手で七輪で炊いて一人お米パーティを開催してちまちまと消費するのも良いですが、保管が大変です。虫が湧いてしまいそうです。あと場所な問題も。
飲食店でしたら一日で使い切ってしまう量ですが、逆に言えば、お店のように大量に使わないと捌ききれない量です。さて、この量ですし、どうしましょうか……。
「スノウさ~、あの米、どうすんの?」
「せっかくおばあちゃんが皆さんにどうぞと送ってくれましたので、まずはトレーナーさんに5kgほど差し上げようかと。あとは教官達とか。たぶん、それでも余っちゃいますから、あとは寮の裏で釜で炊いて食べようかなって」
寮の一角には、七輪や焚火台、ごはん窯にコッヘルにダッチオーブン、折り畳み式の椅子や机など、今までの先輩達が置いていったバーベキューやキャンプに使えそうな道具類が一式と言わず、無数に保管されています。
きちんと手入れして戻しておきさえすれば、自由に使えるのです。
天気のいい日に、ゆっくり炭を熾して釜で我が家の米を炊く。寮で食事は出ますが、それとは別腹です。
「さすがに食べきるまでは時間かかりそうですけどね」
米一俵すなわち60kgの米は、一日一食お米を食べるとして、だいたい人間の成人男性の一年分です。
「ふーん……それはご相伴に預かってもオッケーな感じ?」
「ええ、勿論ですよ」
あたしの返事を聞くや否や、グラムさんはスマホを取り出しました。
「さぁて、何が出るかな、何が出るかな~?『急募。求 ドンブリの具。出 米だいたい半俵』と……」
ちょっとの間を置いて。
ピロン。
「おっと、ウチからウニ送ってくれるって。ふふん、積丹のウニ喰ったら他のなんて食べれんくなるよ?あー、他にもLANEが来たわ」
グラムさんは北海道積丹町(しゃこたんちょう)の出身。シャコタンブルーと呼ばれるほど海が綺麗なところです。
ピロン。
ピロン。ピロン。
ピロン。ピロン。ピロン。
「いや、うるさいっしょ!どいつもこいつも、どんだけ食いたいんよ。釧路の鮭にイクラ、函館の干しイカ……丼に合うかな?『塩辛ねーの?』っと。佐呂間のホタテ。野菜はまだ時期が早いししゃーないかな。お、ここら辺のアスパラきた……醤油で炒めといてバターでご飯と和えるか。ほら、もうこれっくらい集まったっしょ」
スマホ画面のLANEにざっと目を通して、ザァッとあたしの顔から血の気が引きます。
「ちょっとグラムさん!この量を乗せるお米は、とても七輪とお釜じゃ炊けませんよ!」
「だろうね。という訳で、寮の食堂にある業務用の回転鍋、アレ使わせてもらえるように交渉よろしくね」
「えっ」
「こっちは寮の裏手を使わせてもらうように寮長に頼んどくわぁ」
「えっ」
こうして、あたしはあれよあれよと言う間に、あたしは丼祭り実行委員長に担ぎ上げられたのでした。
準備期間はたったの一週間。
授業とトレーニングと実習の合間にやった委員長は、実際すごく大変でした。苦労した分、参加した生徒達が北海道各地の実家から持ち寄った食材を使った丼は、とても美味しかったですが。
参加したければ、最低でも自分プラス一人分の食材を持ち込むこと、という参加条件を考えたのはグラムさんでした。途中から、参加希望の一部の子達が「ウチで採れたのが一番美味い」とヒートアップしてだんだんと食材が豪華になってましたが、狙ってやってたとしたら彼女は策士です。
どこから嗅ぎつけてきたのか、豚やら羊やらの肉を持ち込んで業務用コンロで焼いている、各科の教官達やあちこちのトレーナー達もいましたけど。
「外で火を使うなら火元管理責任者がいるだろうから、そこは大人がやってやる」との事でしたが、それが自分達も楽しみたいだけの大義名分なのは分かっているのに、筋は通ってるだけに拒絶できない大人のやり口。
あの持ってきたプロパンガスボンベと鋳物コンロは、蹄鉄の整備で使うやつですよね……。
非常に疲れましたけど、それだけの甲斐はありました。
自分達でゼロから考えて準備して、皆でワイワイやるのはすごく楽しかったですし、道内各地の美味しい具材と、何よりも涙が出るほど久しぶりの実家のお米を使った丼は身体中の細胞一つ一つにまで栄養を行き渡らせてくれたかのようでした。