ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
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七月も中旬を過ぎた日曜日。
第3R、ハイセイコーマート帯広駅前店リニューアル記念、Bクラス戦扱いです。
「これは……企業協賛なんですか?」
「個人だそうだ。おそらくは、あそこの利用者の方かな」
「あそこのハセコマ、近くのホテルのお客さんで大混雑しますよね。リニューアルは嬉しいですけど、南口にもう一軒欲しいです」
ハイセイコーマートは、札幌に本社を置くコンビニチェーンで、日本に現存する最も古いコンビニチェーンでもあります。独特なプライベートブランド商品が充実していて、店内で作るホットミールも美味しく、ハセコマが無い村や町がないほど北海道の地域に密着したユニークなコンビニです。道内での人口カバー率は実に99%。今日の協賛レース名が示す通り、帯広駅前にも一軒あります。
今日のばんえい重量は、2500kg。
天気は、晴れ。
平地競争ですと、晴れてバ場が乾いていれば走りやすい、いわゆる良バ場になります。
ばんえい競バですと、逆です。
バ場が濡れたり湿っていたりする方が砂が締まっていて、橇のズリ金と呼ばれる接地面が砂に埋もれずにしっかり地面に乗るので滑りやすい。すなわち、良バ場になります。
あたしの場合、まだばんえい重量が小さいからでしょうか、そんなにバ場の影響は走りには出ません。ただ、そう思っていうのはあたしだけのようで、トレーナーさんは稀有な才能だって言ってましたけど、この先、引っ張る橇が重くなっていくとどうなるのか。
田んぼの泥みたいな足場の悪い中で動く経験が豊富なので、それが足遣いに活きてるのではないか、とはトレーナーさんの分析です。
『抜けるような青空のもと帯広競バ場、第3競走は個人協賛競争、ハイセイコーマート帯広駅前店リニューアル記念、Bクラス戦。挑むは9人のばんえいウマ娘たち。いよいよ出走です』
『バ場が乾いているので、橇が引きづらいかもしれませんね』
『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました』
スターター台の上で、赤い旗が天を指します。勇ましいファンファーレ。
細く、長く吐き出される息。解放の一点に向けて収束していく緊張感。眉と目尻がきりきりと吊り上がっていく。
すーっと場内を覆う静寂。
隣で固唾をのむ音すら聞こえそうなほどの静けさ。
ガコッと音がして、開閉扉のロックが外れます。
ゲートが開きました。
『各ウマ娘、一斉にスタートしました』
途端、圧倒的な音の塊がゲートから飛び出しました。
橇とばんえいウマ娘をつなぐ金具が、曳く橇が、戦いの開始を告げるゴングさながらに一斉に、そして盛大に鳴り響きます。
結果は、2着に5バ身差をつけての1着。
圧勝です。
『やりました、勝ったのはカミノクニスノウ!』
『驚きました。カミノクニスノウ、これで三連勝になります』
『徐々にレースに慣れてきた感がありますが、どうでしょうか?』
『今回は多少ながら周囲の調子が今一つそうだったのもありますが、それ以上にカミノクニスノウが各障害などをそつなく越えていましたね。これは、断然、秋からの重賞戦線が楽しみになって来たのではないでしょうか』
いえーい!
これはちょっとばかり浮かれても許してもらえますよね?
「無駄遣いして、まだやる気が戻っていない状態なのに、浮かれない」
「はい」
「さて、協賛競争に勝ったから、出資された方との記念撮影だ。いこうか」
「トレーナーさん!」
「いきなり、どうしたんだい?」
「あたし、サインの練習なんてしてませんよ?!」
慌てふためくあたしの目に、苦笑するトレーナーさんの姿が映りました。
そもそもレースにすら慣れていないジュニア級がサインの練習なんて出来ている筈もないのは、ばんえい競バ運営も帯広トレセンもお見通しです。大慌てするあたしが連れていかれたところには、色紙と、きちんとサインか手形の二択が用意されていました。
「えーと……手形でお願いできますでしょうか?」
プレゼントは、レース時にあたしが付けていたゼッケンです。クリーニングした上で、記念撮影の写真と一緒に、後日に協賛者さん宛に郵送となります。
しかし、あたしがサイン一つで大慌てなのを考えると、勝った時に備えて歌って踊ってのウイニングライブの練習までしている平地競争のウマ娘さん達は凄いですね。とてもではないですが、あたし達ばんえいウマ娘はそこまで手が回りません。そのライブの練習に充てる分の時間を、圃場での実習などに振り当てているからでしょうけど。
平地競争と違って、ばんえい競バにはウイニングライブはありません。
第1競走の出走時刻が午後になってからと、ばんえい競バはレースが始まるのも終わるのも遅いので、ウイニングライブまでやっていると深夜になってしまいます。中央ですと午前中からレースをしますが、ばんえい競バの出走時刻が遅いのは、お出かけや仕事などから帰宅した後からでもメインレースに間に合うようにして、より多くの人がレースを楽しめるようにした運営の知恵と努力です。常に新しいファン獲得に動き続けなければ、ばんえい競バが消えかねない。廃止目前までいった危機感は、これっぽっちも薄らいでなんていないのです。
それに、ばんえいウマ娘である自分で言うのもなんですが、重種のウマ娘の2メートル超えの筋骨隆々な身体がダンスをしても、どうしてもスピード感や躍動感など見栄えは軽種のウマ娘には及びません。反対に、ニュージーランド先住民族のウォークライであるハカや、所作が緩やかでも力強さが求められるソーラン節だったら非常に見栄えが良いです。ソーラン節発祥の地である積丹出身のグラムさんが躍るとダイナミックなボディと相まって凄まじく迫力とキレがいいですし、あたし含めて道南や道央の日本海沿岸出身の子はイントロが聞こえると条件反射で身構えてしまうほど幼い頃から叩き込まれてきています。いくらでもキレッキレのソーラン節を披露できますが、求められているのはライブであって民謡大会ではない、という事です。レース後にソーラン節を踊ったら年配の方に受けは良いかもしれませんが、新規の若いファン層開拓に繋がるかはちょっと難しいでしょう。
そしてウイニングライブを行わない最も大きな理由は、季節によってはマイナス20℃を下回る、骨まで凍りつきそうな十勝地方の夜空の下で行うライブを見たいかと問われた場合、ほとんどの人が首を縦に振らないからでしょう。
記念写真の撮影を終えて、トレーナー室に戻って来てからの事。
「まさか三連勝するとはね。ちょっとスノウ君の力を甘く見積もり過ぎていたかもしれない。なんにせよ、今日の勝ちでAクラス入りは確実だろう」
さて、とトレーナーさんは言葉を切りました。
彼の右手がVの字を作ります。
「この先の進み方の話をしよう。今ここで考えられる路線は二つ。八月の白菊賞、九月のいちい賞を経て、十月のGⅢのナナカマド賞にと突き進む路線。月一であれば疲労もそこまで溜まらないと思うが、八月の白菊賞まではあまり間がない。もう一つは、十勝と言っても短いが夏はある。熱い夏は無理に出走せずにトレーニングに充て、いちい賞からGⅢのナナカマド賞を狙う路線だ」
GⅢ。重賞。
ごくり。
勝手に喉が鳴りました。
「僕もスノウ君の体調や能力を考えて、ベストなプランを考えよう。だが実際に走るのはスノウ君だ。君にも良く考えてほしい」