ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
──22──
レースがあった翌日。
放課後。
トレーナー室で敗けた白菊賞の反省会です。
あたしとトレーナーさんの決まりごとの一つで、レース直後には反省会はしません。疲労が溜まっていてまともな判断は出来ませんし、普段はのんびりした大人しいばんえいウマ娘と言えどもレース後は興奮は醒めきらず気が立っていて、普段なら聞ける言葉も聞けなさそうなので。
ノートパソコンのあまり大きくないモニタに映したレースVTRを見返しながらの分析の焦点は、やはりスタート直後の失速でした。これがレース全体を狂わせたのは明白です。
トレーナーさんは真面目な顔で可能性を色々と挙げています。
原因は分かっています。
が、とても言いづらい内容です。
ですが、言わない訳には行きません。吐き出さなければ、前に進めません。胸の内で渦巻くものは喉よりも太く、口よりも大きく、とても簡単には外に出てきません。でも、出さないといけない。前に進まないといけないのに進めない、曳く橇のあまりの重さにコースで独りポツンと立ち往生しているような、焦燥感がさらに胸と喉を締め付けます。
トレーナーさんは我慢強く、苦悩するあたしと向き合ってくれました。
「すまなかった」
聞き終えたトレーナーさんは、あたしに向き直って居住まいを正すと頭を下げました。
「いやいやいや止めてくださいトレーナーさん。頭を上げてください!」
あたしに向かって頭を下げるトレーナーさんを、慌てて制止します。
「いや、これは僕のミスだ。君のメンタル面での不調に気が付かなかった。そこまでフォローするのがトレーナーの務めだ。スノウ君をもっと知っていれば普段の言動から予兆に気づけたかもしれないが、僕はスノウ君を理解する努力を怠った。それが今回の敗因だ」
トレーナーさんは、一息に自分自身を切って捨てました。
「とは言え、これに対処するのは、なかなかに難しい」
嘆息一つ。
「フィジカル面での好調不調であれば確実にデータに現れる。反面、心理的な部分はあやふやすぎて、本人でさえも不調と気が付いていないケースもある。これを前兆の時点で捕まえるのは大変だ。何か違うという気配を察しなければいけないし、察するにしても相手の事をよく知っていなければそもそも始まらない……思えば僕はレースやトレーニング以外での、競走バとしてではない普段のスノウ君のことをそこまで詳しくは知らないな」
トレーナーさんが腕組みをして、椅子の背もたれに寄りかかります。
中古なのであまり動きがスムースではないオフィスチェアが、ギシッと音を立てました。
「これでスノウ君が大人だったら、帰りに一杯どうだい?とでも誘えばいいが、そうもいかないからね」
そう言って、何かを摘まんで傾ける仕草を見せながら、トレーナーさんは軽く笑います。
「ご飯のお誘いならいつでもバッチコイですよ!」
「食いつき早いね」
残念ながら、ご飯に連れて行ってはもらえませんでした。
「まずはやるべきことを整理しよう。一つに、起こっている状況への対処。入学してからこっち、スノウ君は実家に帰ってないだろう。家族に会えずに寂しいというのであれば、一度帰省してはどうかな?」
「でも寂しいからって帰るのは……」
「何言ってるんだい。スノウ君はまだ学生だし、初めてご両親の元を離れている。それは自然な感情だ。誰にも何も恥じる事はない。家族に会いたいなら会うべきだと、僕はそう思う」
理由が子供っぽいとか茶化したりする気配は欠片もない、トレーナーさんの真剣な表情。
このトレーナーさんを選んで良かった。
あたしは、そう思えました。
あたしの想いを知らず、トレーナーさんは続けます。
「もう一つに、再発の防止。感情そのものを取り除くことはできないから、また同じようになっても不思議はない。防ごうとするには予兆を捕まえないといけないけれど、さっきも言ったが、その為には僕はスノウ君の事をもっと知るべきだろう。とは言え、これについては良いアイデアがすぐには浮かんでこないんだが……適当にどこか遊び行ってみるかい?リフレッシュする以外にも、普段しない事から得られる何かがあるかもしれないな」
「そうですね……一度、家に帰ろうと思います」
「良いんじゃないか」
トレーナーさんは賛成してくれました。
「どっちにしろレース直後の今は体を休めるべきで、まともに次を見据えたトレーニングは出来ない。それにどこか遊びに行くにしても、疲れた状態では気も乗らないだろう。ご実家でゆっくりしておいで」
「いや~、あまりゆっくりは出来ないかな~って思います」
ポリポリ頭を掻きながら答えるあたしに、トレーナーさんは怪訝な表情を見せたのでした。
何と言っても季節は夏真っ盛り。
田んぼの刈入れはまだ先ですけど、やはり農繁期ですからね。他に畑もありますし。
帯広トレセンの授業の農業実習で受け持ってる圃場は年中無休で面倒見ないといけませんが、クラスの同じ班の子にお願いしましょう。このあたりはお互い様なので、持ちつ持たれつです。