ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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 JRで帯広駅から南千歳駅まで。

 またもJRで南千歳駅から新函館北斗駅まで。

 次はバスで新函館北斗駅から江差ターミナルまで。

 江差ターミナルに迎えに来てもらう事にしたので乗り継ぎの待ち合わせ時間は減らせましたが、これでも七時間半ほどかかります。

 汽車の中では手持ち無沙汰なので、持ってきたノートに、頭に浮かぶ色々を片っ端から描いていました。

 あたしは趣味で、イラストを描いてます。

 イラスト描きの趣味と言っても大したことはなく、今のようになんとなくする事が無かったり、気晴らしにぽつりぽつりと描くくらい。二次創作でもなく特に描くテーマがある訳でもなく、何となく浮かんだことをノートに描いているような感じ。なので道具もデジタルではなく、紙とペンの完全アナログです。気が乗った時は色鉛筆で色も付けたり。電源不要で手軽に持ち運べる品で描けるのは、こういう汽車に揺られる時間を潰すには便利です。

 そこそこ長く描いてはいますけど、そんなにのめり込むほどではありませんし、そんな調子なので大して上達もしないで腕前もそこそこ。目も当てられないような下手さ具合でもなければ、賞賛されるほど上手くもない。まさにフツー。あたしらしい、と言えばそうなのかもしれません。

 さすがに恥ずかしいので寮の人には描いた絵は見せてませんが、たまに寮でも日記代わりに描いたりしています。時間と場所を選ばずに気楽に出来るのがお気に入りで、いつの間にかあたしの趣味となっていました。

 半分は、自分に付いた嘘。田舎の農家の娘には、高価な道具を買ってもらえる余裕も、買える場所も、趣味に没頭できる時間もなかっただけ。けして嫌なのではないけれど、家業の手伝いに妹達の世話にと削り取られていく時間。学校でも家でも常に誰かがいて、せめて頭の中だけでも独りになれる時間を少しでも捻りだそうとして、行き着いたまでです。

 今も車窓を素晴らしい勢いですっ飛んでいく景色を見ては、それをヒントにカリカリと描きます。

 が、それでも時間がかかるったらありゃしません。いっその事、帯広から羽田で乗り継いで函館まで飛行機を使えばもう少し早くて楽ですが、無論そんな贅沢するお金なんてありません。

 あまりに座りっぱなしで、さすがに鍛えたあたしの大臀筋でもお尻が痛いです。

 幸い、うたた寝した時に、お尻の取れた夢までは見ずにすみましたけど。

 

 何もしていない筈なのに、妙に疲れた体とスーツケースをバスから引っ張り出します。

 帰ってきた。

 降りた途端に、そう思えました。

 帯広トレセンとは空気が違います。

 匂いも、風の重さも、湿度も何もかも。

 日本海から吹き込んでくる潮の香りと、山から降りてくる森の香り。二つが入り混じった、何とも言えず安心する久しぶりの香り。

 帯広の、十勝の辺りの空気はカラリと乾いていて、風に乗ってくる香りはひたすらに大地の香りでした。悪くはありませんが、やはり生まれ育った場所とは違うと言われているような違和感はありました。

 プップー。

 思いっきり深呼吸して、空気の違いを堪能しているあたしを、軽トラの気の抜けたクラクションが呼びました。

「スノウ!よぉけえってきたべさ!」

「おばぁちゃーーん!」

 

 家に帰るなり、

「「「「おねぇちゃーーん!!!!」」」」

 と、すっ飛んできた人間ミサイル四連射の出迎えを受けましたが、全て受けきりました。

 ふっふっふ。現役競走バの足腰を舐めてはいけませんよ、妹達。半年前に比べると突進の衝撃力が上がっているようですが、おねえちゃんも成長しているのです。

「おおーい!スノウがけえってきたべよー」

「スノウおかえり。しばらく見ないうちにまぁ大きくなって」

「ただいま、お母さん。お父さんは?」

「田んぼの見回り。そのうち帰ってくるさぁ」

 家へのお土産は帯広名物の豚丼のタレです。距離は離れていますがなんだかんだ言って同じ道内ですし、モノは有名なので家の周りでも手に入りやすいですが、名物のお土産と分かり易い上に使い勝手がいいので。豚丼の他にも、すき焼き、照り焼き、野菜炒めものなど、手軽にどんな料理にも応用が利く台所にあると嬉しい便利物です。

 妹達には、帯広で使われているカラーマンホールを模したキーホルダーを一人一つです。帯広市のシンボルとして制定されているクロユリ、シラカバ、ヒバリと、帯広競バ場のマスコット"リッキー"が描かれています。マスコットのリッキーは、元競走バでレース引退後に帯広市に広報職員として就職し、帯広競バ場の顔として広く親しまれたリッキーさんをモデルにしています。現在、その広報の役目は、同じく引退競走バのハクウンリュー先輩達に引き継がれています。

「これ、おねえちゃんの学校で売ってるやつじゃん!」

 妹達が異口同音に燕の幼鳥さながらにピーピー鳴きます。

 うるさいです。

 おねえちゃんは、どきゅーとタイシン二人目を買うお金もないくらいに金欠なんです。お前らに買う土産はねぇ、と言われないだけ良かったと思いなさい。

 そうです。

 あたしは、ハッとしました。まだ再開の挨拶をすべき相手がいます。

 荷物をその場に置いて、二階の自分の部屋に駆け上がります。

 ばんえいウマ娘の体重を受けて、年季の入った木造の階段がギッシギッシと苦情を上げますが、無視。

 ばん!

 襖を一息に開け放つと、居ました。

「タ゛イ゛シ゛ン゛!!あ゛い゛た゛か゛っ゛た゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛」

 半年ぶり。

 実に半年ぶりに、どきゅーとタイシンを思い切りハグします。

 長いウマ耳。

 ちょっと不機嫌そうに吊り上がってるのに奥にある優しさを再現した目。

 どきゅーとシリーズらしいドスンとしたデザインなのに、側面のわずかな湾曲でナリタタイシンさんの細身を表現するボディ。

 愛らしい。

 さらに、ぎゅ、と抱きしめます。

 ウマ娘としてはかなりの小柄。ウェイトもパワーも小さいのに、それに屈することなくレースに挑み続けて勝ち、超一流となったナリタタイシンさん。

 ばんえいウマ娘としては背が低く、痩せぎすと言われるほどに細くて、力も弱いあたし。

 勝手な自己投影かもしれませんが、どきゅーとシリーズの数あるラインナップからあたしはナリタタイシンさんを選びました。

「あ゛あ゛あ゛あ゛!タ゛イ゛シ゛ン゛か゛わ゛い゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛」

 だが、今この瞬間は、可愛いこそがすべてです!

「おかあさーん、おねえちゃんが壊れたー」

 

 ばんえいウマ娘の朝は早いです。

 農家の朝も早いです。

 午前五時。もう一家は目覚めていました。

 あたしは、トレーニングウェアに着替えて、入念なストレッチと軽く10キロほど走り込み。お父さんは圃場の見回りと水管理です。

 目的地は、上ノ国町の観光名所でもある、北海道夜明けの塔。

 何基もの風力発電の巨大な風車に囲まれた丘の上に造られた、上ノ国のシンボルタワーです。金属メッシュパネルで出来た網目模様の外壁は、上ノ国に吹く強い季節風を受けると共鳴して、様々な音色を響かせるようになっています。

 走り込みに妹達も付いてきます。好きに付いてこさせますが、姉の威厳を見せつけるべく、途中から振り切って置き去りにしました。どうせ近所ですし、回復したら適当に帰ってきます。

 上ノ国ダムまでの道も迷いづらく登り坂なので丁度良い負荷になるのですが、時期が時期なので、熊が出る恐れがあるので止めておきました。流石にばんえいウマ娘と言えど、羆相手に素手で対抗するのは荷が重過ぎです。あたしは武術とか齧っている訳でもないですし、ついてくる妹達の事を想えば尚更。たまに素手で撃退したとかの武勇伝が新聞をちょっとだけ賑わせたりもしますが、そういうのはあくまでイレギュラーです。

 

【挿絵表示】

 

 

 朝ご飯を終わらせて、着替えたら、まだ陽射しの弱いうちに畔の草刈りの手伝いです。

 この時期は、作業して着替えて洗濯しての繰り返しです。

 どれだけ刈っても、夏場はあっという間に下草が生えてくるので、夏場の田んぼはひたすらに水管理と下草刈りです。この下草刈りをサボると雑草が繁茂してしまい、水や養分が育てたい稲の方にではなく雑草に吸収されてしまうのです。他にも害虫は付きますし、雑草を放置しても碌なことはありません。

 エンジン刈払機の扱いは、もう手慣れたもの。

 稲の伸び具合からすれば、もうそろそろ落水の時期でしょうか。

 豊かな実りの気配を見せる広い田んぼに、2台の小排気量2ストロークエンジンの軽快で、どことなく暢気な排気音が響きます。

 おばあちゃんと一緒に畔に出て、ひたすらに邪魔な草を薙ぎ払います。

 ゆっくりと右に、左にと刈払機を振っては歩みを進めて、刈った雑草を田んぼや水路に落とさないように気を付けながらひたすらに刈ります。キックバック防止で常に右から左へ向かって刃を入れて、刈り取った草を左側に寄せるように刈っていくのがコツです。

「スノウ」

 パィィィンと鳴る2スト特有の甲高い排気音。

 何故か、おばあちゃんの声は、その騒音を貫いて妙にはっきりと聞こえました。

 けして大きくない声。

 でも、今までに聞いたことのない、低く、腹の底がズシリと重くなるような恐ろしささえ感じさせる声。

「お前は競走バか?お前はレースに、勝利に全てを投げ打つ覚悟があるか?」

「……え?」

「なんでもないさぁ。ほれ、残りもちゃちゃっとやってしまうべ」

 それはほんの一瞬のことでした。

 聞き間違いかと戸惑うあたしにかけられたのは、いつもの優しいおばあちゃんの声でした。

 

 そうして帯広トレセン学園に入る前のように家族の手伝いをしながら、久しぶりに実家での時間を過ごしたのでした。

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