ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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 収穫祭当日。

 生徒達の手作りによる装飾などで、精一杯のおめかしを施された帯広トレセン学園。

 校門には、収穫祭の時だけ引っ張りだされる巨大な蹄鉄の形をしたゲートが据え付けられています。

 それは信じられないほどの人出でした。

 朝から校門前には長蛇の列ができており、危険なので入場規制をかけてお客さんをゆっくり入れるほどの混雑ぶりです。

 あたし達が収穫した農産物を売っているテントの辺りは激戦区です。

 クラスの数人は手伝いに回されましたが、あたしはカレーの準備で忙しく、近寄りたくても近寄れないのは助かりました。人混みが凄いというか、お客さん達はなんか殺気立ってますよ。ゲート内で出走直前かレース中のばんえいウマ娘もかくや、と言った雰囲気が漂っています。

 寮の食堂で借りた設備で、何人もの同級生たちがカレーを作っています。なにせアルバイト経験が豊富な子が多いので、料理はスムーズです。

 売り物とするのは、トマト、人参、ピーマン、玉葱、カボチャ、マッシュルーム、鶏肉の野菜ゴロゴロチキンカレー。

 これ一択です。

 帯広トレセンで作っていない素材は、クラスメイトの実家などから安く仕入れさせてもらったり、物々交換させてもらったり。

 出来るだけ商品展開を少なくして、手間を減らす作戦です。もし作戦が外れても、売れ残りが余って困ることはないでしょう。一声かければ、スタッフが美味しく頂いて、鍋が空になるのは目に見えているので。

 下拵えとメインの調理は前日までに済ませてあるので、収穫祭当日の今日は、あとは温めるくらいです。

 ただ、カレーだけですとなんとなく寂しいので、急遽、有料のトッピングとして親指の先くらいのサイズをした小さな規格外ジャガイモを丸ごと素揚げしたのが用意されました。

 

 お店の制服として着る事になったディアンドルを着た上からエプロンを付けて、カヌーの櫂のようなサイズのシャモジで大鍋をゆっくりかき回すと、胃袋を刺激するカレーの良い香りが熱で立ち昇ってきては、ふんわりと辺り一帯に立ち込めます。

 ディアンドルは、ドイツの伝統衣装です。中央所属のエイシンフラッシュさんの勝負服、と言えば分かりやすいでしょう。

 何故か「十月でオクトーバーフェストだし、どうせなら可愛いの着てやってみようよ」という事で、クラス一同、着ることになりました。

 あたしのクラスはメイド喫茶ならぬ、ディアンドルカレーショップです。

 帯広でディアンドルを売っているお店なんかないので、それ風の衣装をウマゾンで通販しました。

 ブラウスは胸元が大きく開き、首筋から肩周りや胸元までのデコルテを強調するデザインで、ゆったり目のスカートは鍛えたばんえいウマ娘でも着やすいです。伝統衣装のであれば本来ならロング丈なのですが、あくまでそれっぽい衣装なのでミニスカ風です。

 ブラウスとエプロンが可愛いです。可愛いは正義です。正義ですが、胸元が寂しい気がほんのちょっぴりします。

「ねー、これ食べたーい」

「ダメだよー、売るもの無くなっちゃよー」

 何度繰り返したか分からない会話と、笑い声。

 カレーがいい具合に温まり、実家から送られてきた新米も蒸らしが終わりました。

「お米とカレーが出来ました!」

「ういっス、輸送班は集まるっスよー」

 

【挿絵表示】

 

 

 お米や調理室の手配とスケジュール調整をしているうちに、あたしは、またしても実行委員長のような役割となっていました。そこが今回のキーポイントなので仕方ありませんけど。

 あちこち回って状況を把握しておかないといけませんので、輸送班と一緒に教室に行きます。

 道すがらに見れば、校内のあちこちでイベントも行われています。

 特設ステージの上では、有志や同好会が代わる代わるにバンド演奏やパフォーマンスをしています。

 帯広トレセン全体が揺れるとまで言われるシニア級GⅠ勝者達によるド迫力のソーラン節。

 観客まで暑苦しいと評判のボディビル大会。

 これらは長年続く伝統ある演目だそうです。

 屋台だけではなく、真面目な研究発表を行っているクラスやグループもあります。クラスで育てた野菜の育成や研究報告、トレーニング理論を自分達で実践してみた結果のレポートなどなど。

 

 帯広競バ場のレースコースでは、ばんえいウマ娘と、人間チームが橇を曳いて対決するばんえいレースが予定されています。

 近隣の消防、警察、自衛隊、大学のアメフト部や柔道部、あちこちの企業など力自慢のチームが、ばんえいウマ娘に挑戦するべく多数エントリーしてきているそうで。

 こちらからも重賞勝利者を含んだガチめのメンバーが選出されて迎え撃ちます。

 勝負服を着たウマ娘と勝負する機会はそうそう無いでしょうし、こちらには現役競走バとしてのプライドがありますから、お互いに本気です。

 今はレースコースは開放中の時間なので、まだ幼いばんえいウマ娘ちゃん達がわちゃわちゃ走ったりしているのが、遠目にちらっと見えました。帯広トレセンと帯広競バ場は隣接して建っていて、北海道の建物にありがちですが、帯広トレセンには敷地外周を囲うような塀がほとんど――寮のようなプライバシーが重視される場所は別として――無いのです。その為、帯広トレセンと帯広競バ場の敷地境界はパッと見では分かりづらくほとんど一体となっているような状態で、起伏も少ないので意外に視線が通るのです。

 

 人が多すぎて、なかなか運んでいるカレーが教室まで届けられません。

 楽しそうに過ごす人々のカオスな動きに、思わずため息が漏れます。当然、来場された方々が楽しんでくれているのは嬉しいのですが、教室に保温用のヒーターはあるとしても、輸送中に冷めてしまわないか心配です。

 それに、普段から帯広競バ場もこれぐらい混んでくれればいいんですけどねぇ。

 より多くの人に見てもらいたい。

 より多くの声援をその身に浴びて、レースをしたい。

 そして、出来れば勝って、その声援の全てを独り占めしたい。

 それは多分、ここにいるばんえいウマ娘達に共通する想いかもしれません。

 先輩や教官の話では、いつも農産物販売を目当てに早朝から主婦の方々をメインに列はできていたそうですが、今年の混み具合はそれを上回っているようです。それもその筈。生徒会と帯広トレセンの共催で、府中にある中央トレセンからゲストが招かれているのです。

 それは ユキノビジンさん、アグネスタキオンさん、ホッコータルマエさんの三人です。

 URAが主催するトゥインクルシリーズとNAUが主催するローカルシリーズは同じ平地競争であれば、交流競走という形での交流はそれなりにあります。しかしNAUが主催する同じローカルシリーズに属していても、ばんえい競バと中央の選手が交流競走というのは、どちらにとっても競う意味がありません。それはしばしば、F1カーとブルドーザーが競争するようなもの、と例えられます。こちらは1200mをまともに走り切るのも難しいでしょうし、あちらは錘なしの橇でも曳いたら故障するでしょう。

 その為、中央と帯広の交流の一環として、競争ではなくお互いのイベントにゲストとして招き合うことになっているのです。

 トークショーの他に、収穫祭を締めくくるイベントとして特設ステージでライブがあります。是非とも見なければ!

 今から逸る心を押さえつけるのが大変です。

 それは皆も同じ筈。

 ほとんどの出し物や屋台が終わってから生徒が見に行けるようにと、余裕のあるスケジュールになっているので、そこは安心です。

 

「ありがとうございます!二杯で1,000円になります!今、係の者が……」

「二名様、こちらにどうぞ~」

 盛況です。

 ひっきりなしにお客さんが来る状況で、会計も接客を担当する子らもかなり忙しいです。とは言え、自分達で考え、自分達で作った物がどんどん売れていくのは嬉しいもので、みんな楽し気に仕事しています。アルバイト経験者が多いので作業の流れも接客もスムーズです。

 基本的に来場者が多いので他の屋台と取り合いにならずに済んだのと、カレーの香りによる宣伝効果でしょうか。

「やぁ、スノウ君。賑わってるね」

「あ、トレーナーさん。いらっしゃいませ!」

「トレーナー陣の出し物も終わったんでね。覗きに来たんだ。一人分お願いでき……」

「はい、らっしゃいませー。お二人様ごあんなーい」

 突然、グラムさんが割って入ってきました。

「スノウは朝からあんま休憩取ってないっしょ。休憩がてら、二人で食べてけばいいさー」

 あれよあれよという間に、トレーナーさんと一緒のテーブルにまとめて案内されてしまいました。

「あはは……すいません、トレーナーさん。いきなりこんな風になっちゃって」

「謝ることはないさ。クラスの皆がいいというなら、いいんじゃないか。今日はまだまだ長いだろうし、休める時に休んでおこう」

 料理を待っている間、色々な話をしました。

 またしても寮にお米が送られてきて置き場所に困った話。

 クラスの出し物を決めるのに大騒ぎになった話。

 衣装合わせでグラムさんが右耳に飾りを付けた子達にもみくちゃにされていた話。

 トレーナーさんはレースやトレーニングの話は持ち出しませんでした。せっかくの楽しいお祭りなのに、現実を引っ張り出してくるのは野暮と言う配慮なのでしょう。

 ドンッ!

 と、カレーが出てきました。

 けしてグラムさんが乱暴に置いたのではありません。そもそも彼女は食べ物を乱暴に扱うような性格ではありません。カレーが盛られた皿自体は、静かに丁寧に置かれました。

 ドンッ!

 と、突き出されてきたのは、グラムさんの胸です。

 椅子に座って視点が下がっているので、庇のように張り出たソレを見上げる形になり、暴力的なまでの勢いで視覚を占拠します。

 グラムさんのその胸はとても豊満です。クラスでも、いえ、帯広トレセン全体でもトップ争いに加わっているレベルでしょう。

 特に今日は、着ているディアンドルのおかげで胸がロケットの先端のように大きく前に出っ張っているので、机にカレー皿が乗ったお盆を置こうと近づくと、まず真っ先に胸が差し出されてしまうのです。

 机の脇に立つだけで、それです。

 グラムさんが屈みこめば、突き出た部分は水平から垂直になるように角度を変えていきます。

 ブラウスの両脇と下から締め上げられた柔肉は押され、自然と開放されている部分へと密集します。すなわち開いている胸元へと。

 グラムさんのディアンドルの広く開いた胸元は、内側からの肉圧でより一層押し広げられ強調されています。

 机にお盆を置くために前屈みになった彼女の胸元には、それはそれは長く深い乳肉の峡谷が露わになっていました。その胸はグランドキャニオンですか?センシティブなので風紀委員に連れていかれてしまえ。

 トレーナーさんの眼前に差し出されているのは、健康的に白い肌。鍛えられた見事な張り。同性ですら気を取られてしまうほどの美しい谷間。

「?!……ぉっとぉ」

 瞬時にトレーナーさんの目が吸い寄せられたのを、あたしは見逃しませんでした。

 なんとか大人としての態度を保とうとしていますが、グラムさんの胸元が発するブラックホールの如き吸引力にトレーナーさんの目が泳いでいます。それはもうバシャバシャと泳いでいます。あたしの方に目線を向けて気にしていない態を装っていますが、ちらりちらりとグラムさんの胸元に意識が向いています。女性は、そういう動きはよく分かるんですよ。

 あたしとトレーナーさんとの関係は、あくまでアスリートとトレーナー。生徒と教育者の間柄を出ません。それは当然です。

 しかし何故でしょう。

 目の前にいるあたしを差し置いて、他の女性の胸に気を取られていると言うのは。

 なにか、こう、非常に腹立たしいです。

「ほい、カレー二人前、お待たせいたしましたー」

 それを知ってか知らずか、グラムさんは普段と変わらずの調子で、カレーをほいほいと配膳していきます。

 最後にトレイに乗せたボウルの中から取り出したものを、

「なっ……?!」

 刺せば、我がクラスのカレーの完成です。

 カレーの仕上げにトレーナーさんが絶句しました。

 カレーに入れる人参ですが、切って煮込んではいません。

 丸ごと一本、白米の山に縦にぶっ刺すのが、ウマ娘の流儀です。

 圧力釜で火は通して味も染み込ませてあるので、人間でも噛り付いたりナイフで切れば食べられるようになっています。見た目は人参が生のまま丸ごと刺さっているように見えるでしょう。

 どうやって食べようか悩んでいるトレーナーさんには、もう少し困ってからでないと教えてあげませんけどね!

 

【挿絵表示】

 

 

 ユキノビジンさん。

 アグネスタキオンさん。

 ホッコータルマエさん。

 ユキノビジンさんとホッコータルマエさん二人でのトークショーは、北国あるあるネタで場を沸かせていました。同じ道内で苫小牧推しですとほかの地域出身者の不興を買いそうなものですが、全くそんな雰囲気にさせずに盛り上げていくのは、さすがは長年にわたってアイドル活動を続けている苫小牧のロコドルです。

 アグネスタキオンさんはトークショーではなく、トレーニング理論の発表会みたいになっていました。わざわざモーションキャプチャー機材やサーモカメラを持ち込み、その場で希望者のフォームなどのデータを採って独自の動作解析までして改善プランを挙げていくという、これはこれですごい盛り上がっていました。

 収穫祭の最後は、中央からわざわざゲストとして参加してくれた三人のミニライブです。特に道内出身のホッコータルマエさんの人気は凄まじく、同じ苫小牧出身の生徒達が両手にサイリウムを掲げ、法被に鉢巻きで本気の応援を見せていました。

 最高でした。

 ステージの上で輝くと言うのは、まさにあのような光景を指すのでしょう。

 ダンスも、歌も、その全てがテレビやスマホで見るのとは、まるで迫力が違いました。

 一挙手一投足に自信が満ち溢れた動き。

 伸ばした指の一本一本、その爪の先に至るまで意識が行き渡っているのが分かる。なまじこちらもアスリートであるが故に理解させられてしまう、ステージ上での素晴らしさを裏打ちしている、恐ろしいまでの練習量と才能。

 ステージまでは遠いのに、まるで目の前にいるように感じられる、圧倒的な存在感。体が内側から輝いているかのような熱量。

「いいなぁ……」

 我知らず、ぽつりと呟きが漏れます。

「あたしも、いつかはあんな風に輝いてみたいなぁ……」

 それを今までになく真剣な表情で見つめるトレーナーさんに、あたしは気付いていませんでした。

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