ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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 北海道の秋は短いです。

 夏よりももっと短い秋は、あっという間に過ぎ去ろうとしており、吹く風は既にたっぷりと冬の気配を帯びています。

 帯広トレセンの各部屋に備え付けられているセントラルヒーティングの温水ヒーターはもう動き始めていて、毎朝トレーナー室のヒーターもガキンガキンうるさく配管を鳴らします。お湯が通れば静かになりますが、古い設備ですしね。

「スノウ君。君に確認しておきたい」

 収穫祭が終わり、祭りの余熱も引いたある日。

 放課後。

 トレーニング開始前のミーティング時に、トレーナーさんが今までになく真剣な表情で問うてきます。

「ナナカマド賞に出走しよう。それでいいね?」

 BGⅢナナカマド賞。

 ジュニア級にとってはデビューしてから初めてのグレードを冠した重賞であり、ジュニア級三冠の初めの一つでもあります。

 正確に言えば、ばんえいグレード、つまりBGⅢと表記されます。ただ他の平地競争と混同しようがないので"ばんえい"の部分を略したりもします。

 重賞。

 一定以上のレベルに達している大きなレース、多くの観客を集めることができる看板ともなるレースです。それはつまり、一定以上の強さがあると認められたのと同じで、出走する事自体に名誉があるとも言えます。

 あたしは、その言葉に、はっきりと頷きました。

「はい!出ましょう!」

 おばあちゃんが大昔に辿った道の入り口に、あたしも立ちました。

 とうとう、ここまで来ました。

 来たからといって止まりません。進み始めたからには、前に進むしかありません。

 それはレースと同じ。

 たとえ立ち止まったとしても、ゆっくりではあったとしても、前に進む事それ自体を躊躇いはしません。

「分かった。登録を進めておく。今までのスノウ君の実績であれば、出走枠には確実に入れる。ただし、ナナカマド賞でのばんえい重量は3000kgだ。今までに経験のない重量でのレースになる」

 その重さでのズリ曳き運動は経験済みで、練習はしています。3000kgであっても曳く自信はあります。

 練習はしていますが、しかし、やはり練習と本番は違うのがレースです。

「強力なライバルがいなければ楽だが、このレースの性格として、確実にそうはならないだろう」

 シャコータングラムさん、クインルゴサローズさんは既に出走登録しているのは聞いています。ここで二人が出てくるのは予想通りですし、彼女らに怪我や不調がなさそうなのは嬉しいです。

「ジュニア三冠の初戦だ。当然、この世代で実力のある子は勝ちを狙って出走してくる。だがしかし、スノウ君が実力を出し切れば勝ちは十分に狙える。そのレベルにいる」

 トレーナーさんはそこで言葉を区切り、一呼吸、入れました。

「僕はそう信じている」

「はい!」

 決まりました。

 次走は、十月半ばのBGⅢナナカマド賞です!

 

 秋の日はつるべ落としとは良く言いますが、本番まで残されていたトレーニングの日はあっという間に消費されていきました。

 第10R、BGⅢ、ナナカマド賞。

 本日のメインレースです。

 同室のシャコータングラムさん、なにかと一緒になるクインルゴサローズさんとモチモッツァレラさんも出走です。

 重賞。BGⅢ。

 それに出ている。あたしが?

 余計な事を考えないようにと追い出しても、牛が反芻しているかのようにまた戻ってきては、頭の中でぐるぐる回ります。

 あたしが今いるところは?装鞍所。これから向かうところは?パドック。重賞の?

 すー。

 ふー。

 思考もですが、自分の呼吸音がやけにうるさい。

 パシーン!と、いきなり、あたしの太腿が良い音を立てました。

「いったぁ!」

「スノウ君、そんなに緊張してどうする。重賞と言っても、所詮は賞金が少し多くてちょっと周りより強くないと出れないというだけだ。見ろ、メンバーはいつものクラス戦とほとんど変わらないぞ。それにそんなガッチガチのトモでどうする。もう少しストレッチしなさい」

「はぁい」

 言われた通り、ストレッチのおかわりです。

 まずは床に足をまっすぐに伸ばした四つん這いのような姿勢になって、片足を大きく腕の方に寄せるリザードウォークを、左右とも入念に。次に立ち上がっては左右のニーハグ。膝に押された自分の胸が潰れます。筋量が多いと身体が硬いと誤解されがちですが、十全に筋肉を伸縮させて鍛えるには柔軟性は必須です。重種のウマ娘でも軽種同様に柔らかいのです。

 動く度、既に装着済みのワラビ型についている金具がガチャガチャと喧しく金属の触れ合う音を立てます。

 トレーナーさんに叩かれて太腿についた掌の形をした熱が引くにつれ、頭の中のグルグルも引いていきました。

 そんなあたしを見つめながら、トレーナーさんが呟きました。

「スノウ君が勝ったら、そうだな……肉でも食べに行こうじゃないか。祝勝会だ」

「もし負けたら?」

「そうだな……肉でも食べに行こうじゃないか。残念会だ」

「あはっ!なんですか、それぇ。同じじゃないですか」

 トレーナーさんが、ニッと笑います。

「そうだ、同じだ。全て、やる事はいつもと、同じだ。練習でも曳いた重さを今日はレースコースで曳く。それだけだ」

 あたしへのトレーナーさんの言葉は、それはまるでトレーナーさんが自分自身に言い聞かせているようにも聞こえました。

「パドック入場、お願いしまーす!」

 パンパンとトレーナーさんが、あたしの二の腕を軽く叩きます。

「イイ感じに抜けたな。さて、時間だ。楽しんでおいで」

「はい!いってきます!」

 

 ゲートに入って装具と橇との接続も完了。

 ばんえい重量は、3000kg。

 カミノクニスノウのやる気は『絶好調』ですよ!

 空は、どんよりとした曇り空。降っていないのが幸いかどうかは、分かりません。

『夜空を覆う雨雲が緊張感を演出します。まだ雨は降り出していませんが西から冷たい夜風が流れてきます。今日のメイン競争はジュニア級の重賞、ナナカマド賞、BGⅢ。寒空の帯広に熱き心の若駒が揃う!曇天模様の帯広競バ場。バ場水分は1.9%。ややバ場の乾いた重めのバ場になりました!』

 流れるアナウンスに場内が沸きます。太陽は地平線の向こう。既にナイター照明が灯っていますが、それでも観客は帰らずにメインレースの始まりを今か今かと待っています。

 人が多い。声援が多い。これが重賞。

 あたしは握った左右の拳で、自分の太腿をトントンと軽く叩きます。

 いきますよ、あたし。いきますよ、あたしの脚!

「日本の米はぁ……」

 そのまま右拳で左肩、左拳で右肩を。

 パァン!

 最後に両手が頬を張った乾いた音が、辺りに響きます。

「世界一ぃ!!」

 熱くなった筋肉。

 時刻は夜の七時過ぎ。肌には十月の冷たい夜気があたり、緩やかに身体から熱を奪っていきます。でも暖めた体が冷え切るまでに勝負はついているでしょう。それが白となるか黒となるかは、これから分かることです。

 眼の奥から後頭部にかけて、じわりじわりと熱くなる感覚。

 薄く長く吐いた息が、蛇の舌のような、長く白い帯を作ります。

『注目の1番人気、4番カミノクニスノウ』

『前走まで好走が続いています。キラリと光るものを持っている私イチオシのウマ娘です。ジュニア三冠の第一戦目を制して実力を証明してほしいですね』

 帯広の広い夜空に、ファンファーレが響きます。

『さぁ各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 競バ場全体に鳴り響く、重厚な、メインレースを走るばんえいウマ娘達に贈られる重賞ファンファーレ。

 スターター台の上で、振られる赤い旗。

『準備が出来たところから係員が離れていきます……発走の準備が整いました』

 一瞬の静寂。

 最高に高まる緊張。張り詰める興奮。時間が飴のようにねっとりと伸びる感覚。

 ゲートが開きました!

『各ウマ娘、一斉にスタートしました』

 視界が開けると同時。橇とウマ娘をつなぐ装具が一斉に、盛大に鳴り響きます。

「ッだっっしゃあぁぁっ!!」

 

『カミノクニスノウ、今ゴールイン!2着に一バ身の差をつけての堂々の1着!ジュニア級三冠の一つを手に入れ、世代最強に一歩近づいた!』

『カミノクニスノウが地面を踏みしめて吠えていますね。よほど嬉しいと見えます』

『惜しくも2着となったシャコータングラムも素晴らしい曳きを見せてくれました!今年はこの二人が台風の目となっていくのか!』

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