ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
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とうとう、その日が来ました。
今日は選抜レースの開催日です。
教官の課外授業を受けてからもう何日も経っていますので、クラスのぎくしゃくした感じも抜けて、仲の良い友達もでき始めました。
とは言っても、基本的に重種のウマ娘はそろって温厚ですからね。ほとんど全員と仲が良い、と言ってもいいくらいです。よっぽどのことがない限り、喧嘩腰になったりはしません。
授業にもだいぶ慣れてきましたし、授業でのトレーニングも始まっています。
走り込みなんかはへっちゃらですが、ウェイトトレーニングなどのパワー勝負はちょっと……すいません、正直になります。かなり苦手です。
さて、その選抜レースですが、あたしの期待度はどんなものなのでしょう。
レーダーよろしく両のウマ耳だけを右に左にと振り回してウマ耳をすませば、ポジティブな反応のヒソヒソ話が切れ切れに耳に届きます。
あれ?あたし、結構、期待されてます?
調子乗っちゃってもいいやつです?
既に選抜レースの参加者は練習コースに集合しています。
体操服の上から、ごつい装具とハーネスも着用済み。
「次!──君、──君、カミノクニスノウ君、──君」
教官が読み上げる名前の中に、あたしの名前が。生唾を飲み込んでから、元気に返事をしました。
緑の塗装が剥げかけて、あちこちに赤錆を曝しているゲートに入ります。平地競争で軽種のウマ娘が入るゲートより縦に一回り大きく、横には二回りほど大きいゲート。中に収まるばんえいウマ娘が大きいのもありますが、橇が通過できるだけの幅が無いといけないので、特に横方向に大きいです。それでも大柄なばんえいウマ娘が中に入れば、身動きを取るのも難しい。
中央のトゥインクルシリーズみたいな平地競争ですと内枠外枠で走る距離に大きな差が出ますが、ばんえい競バは直線コースな上に走路が決まっているので、当然ながら枠位置やコース取りによる距離の差は出ません。
大昔にはU字型をしたコースもあったみたいですけど、色々あったみたいで、今は直線になってます。
ピーッ。ピーッ。ピーッ。
ディーゼルエンジンの排気音と警告音をお供にして、大柄な重機が、それぞれが曳く橇を持ってきて所定の位置に置きます。
係員さんが、あたしの首にかけたワラビ型と、身に付けたハーネスの左右の腰部分に、橇に繋がるかじ棒と、胴引きと呼ばれる強化繊維ベルトをシャックルで繋いでいきます。
一つ繋ぐ毎に、そこの近くをパンパンとダブルタップされます。仮にも嫁入り前の乙女の身体ですけど、いやらしい意味はありません。狭いゲート内では自分で見て確認することが出来ないので、こうするのが一番確実です。
全て繋ぎ終えた係員さんが、あたしの前にある開閉扉を締めて、丁寧に指差し呼称して安全確認。最後に、両方の親指を胸の前で立てて、コース外に離れていきます。
橇と連結されるとこちらも身じろぎ出来ないので、あたしも同じようにサムアップで感謝と了解の意を伝えます。
今日の選抜レースのばんえい重量は、2000kg。
ばんえい重量は、橇自体の重量、橇の上に何枚も載せるプレート状の錘、弁当箱と通称される微調整用の錘で総重量を調整しますが、これでも本当のメイクデビュー戦の条件より500kgほど軽いです。
パン、と拳と掌を撃ち合わせました。
あたしの、やる気は!『絶好調』です!
何と言っても、この一戦でスカウトの声がかかるかもしれません。
やってやりますよ!
今日のあたしの作戦は『先行』でいきます。なにしろ、あたしの脚質が『先行』ですからね。逃げには向いていませんし、終盤で一気に差せるほどのパワーはありません。脚質とマッチしない作戦を取る意味がないです。
さぁ、そろそろ出走です。
教官に教えてもらったコースを五つに分けたエリアそれぞれを、いかに上手くクリアしていくかで勝負は決まりますよー!
そうやって、各エリアを越えてゴールまでたどり着いたら、順位が決まります!
ちょっと曳き損ねた走りでも、他の子がへばってるところをスタミナでカバーして走り続ければ逆転できるかもしれません。
頑張ります!
旗を持った係員さんが、位置につきました。練習コースなので、正規のスターター台ではありません。ごく簡素なものが、ひょろりと練習コース脇に立っています。
ドクン。ドクン。ドクン。
不安と緊張から心臓がテンポよく脈打ちます。
さぁ、頑張ってくださいよ、あたしの身体!
赤い旗がゆっくりと真上に掲げられ……。
振り下ろされました。
ゲートに収まった誰もが、自分がまだ何物でもない事に漠然とした不安感を抱えています。帯広トレセンの生徒ではあるけれど、ただそれだけ。勝てるウマ娘どころか、あたし達はレースに出る競走バですらないのですから。そんな弱気を大声張り上げて吹き飛ばす。まだ成れていないのは当たり前。これから、今から成る為に来たのですから!
「しゃおらぁぁぁ!!」
「てめぇら、ッろしますわよぉぉっ!」
「よいしょぉお!!」
「ッブス……ツブス……ツブス!」
「いきまぁすッッ!!」
一斉に気合と共に力強く橇を曳いて、ゲートを飛び出します!
あたしも負けていられません。
横一線に揃ったスタート。
出遅れも無し!
まずまず、です。
第1直線での勢いそのままに『第1障害』に直行します。
こんなところで止まっていては勝利はおぼつきません!
「ぐっ……おいっしょおッ!」
両肩と首周りにばんえい重量が喰い込みますが、怯まず地面に蹄鉄をめり込ませます。足元が確保されたら、身体をつんのめるようにして曳きます。
ここも止まらずに乗り越えました。一緒に走る同級生たちも続々と越えていきます。
「ぶはっ!はぁっ!え……?!」
下り坂で後ろから荷重で速度の乗った橇が襲い掛かってくるのは予想外でした。背中を押されるのを抑え込むのに力を使う羽目になるとは……。
第1障害を下りたら『第2直線』です!
一番長い直線を出来るだけスタミナを削らずに行きたいところですが、上手くいくかどうか。
違います。頭を振って弱気を追い出しました。上手くいかせるんです!
行き足は既に勢いがなく、走るではなく、歩くになっています。あたしだけでなく周りも似たようなものですが。
はぁ、はぁ、きっつい……。
なんとか第2直線を曳ききったところで、足を止めました。途端、身体中から水蒸気が吹き出しているのかと思うような勢いで、汗が吹き出します。
さぁ!ばんえい競バの見せ場ですよ!
さっきよりも高い『第2障害』です。2000kgの橇を曳いて、障害の麓から天辺を見上げると、上ノ国町で一番高い大千軒岳よりも高く感じます。
ここをいかに超えるかで勝負が分かれると言っても過言ではありません。
深呼吸を繰り返す。
到底満足できるレベルまで回復なんてしませんが、息を入れます。
「ぃよいっ!しょおおぉぉっ!!」
気合と共に第2障害にアタック。
斜面とばんえい重量に立ち向かい、一歩進むたびに、装具からはみ出ている部分の筋肉が盛り上がります。
手足に力瘤が浮き上がり、波打ちます。
「ぶっ……はぁぁぁ!」
なんとか乗り越えました。
正直、他の皆がどの位置にいるのかなんて、さっぱり分かりません。
ただ、かなり"悪い"というのだけは、自分の足が教えてくれています。
目の前が暗い。
酸欠で視界が狭い。
胸を突き破って飛び出そうな勢いで心臓が鼓動してます。
「――――ッッ!!」
あたしの口から叫び声が迸りますが、もう自分ですら何を言っているのか分かりません。
第2障害を越えたらゴールまでもう少しです。でも、短いのに果てしなく長く感じます。
もう体を動かすものは気合だけ。
ここがあたし達の!ばんえいウマ娘の花道!ですよぉぉぉ!!
橇の最後端がゴールラインを超えると同時に、あたしは膝をつきました。
両手両膝を砂につけたままで空気をむさぼって、何とか頭が回るようになってきました。
喉はカラカラ。
目はグラグラ。
頭はズキズキ。
そうだ、じゅ、順位は?
あたしがぼやける目を練習コースの簡素な掲示板に向ければ、ランプがチカチカと瞬いて順位を確定させるところでした。
順位は、9着。
ばんえい競バは、フルゲートで10人立てです。
今回の選抜レースも、10人立てで行われました。
つまり、あたしは、ほとんど最下位でした。
両膝をついたままの砂の上に、いくつもの水滴がしたたり落ちては、あっという間に吸い込まれて消えていきます。
あたしの身体から、あるいはあたしの両目からしたたり落ちる水滴が。
でも、砂は無情にも、そんなあたしの感傷を一瞬たりとも留めてはくれませんでした。