ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
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チームを組んだ当初は必要最低限の家具しかない素っ気ない部屋だった、トレーナー室兼チーム部室。
それもだんだんと生活感が増してきて、言わば"血の通った"部屋になりつつあります。
色々と置かれている物が部屋の個性を形作っていきます。書類や資料が日に日に増えていくスチール製の背の高い書類キャビネット、貼られているシールが増えてきたロッカーや着替え用の目隠しパーティション、、小さい応接ソファに置かれた可愛いクッションなど。電子レンジやポットがある簡易キッチンの一角には、あたしのお気に入りのマグカップやプロテインシェイカーが持ち込まれていますし、部屋の片隅にはトレーナーさんの私物であるパークゴルフ用具一式が入れてある、使い込まれたクラブケースが立てかけられています。
パークゴルフはクラブ一本しか使わないので、用具が詰まっていてもかなり細めで圧迫感はありません。パークゴルフは、北海道発祥のゴルフ風のスポーツです。道内ではかなり愛されていて、大抵の自治体には大なり小なり一つは公共コースがあるくらいです。ここ帯広トレセンでも職員を中心に愛好者は多く、トレーナーさんもそのうちの一人。昼休みにクラブケースをかついでウキウキした顔で部屋から出ていく事も珍しくなく、普段の落ち着いた雰囲気とは違った一面を見せてくれます。有志の手できっちり整備されているから黙認されているものの、広い学園の敷地内に勝手にコースを作るわ冬でも雪上に勝手にコースを整備してプレイするわで、帯広トレセンの愛好者達の熱の入りようはかなりのものです。世界一有名な配管工よろしくパイプによるショートカットやミニ四駆めいたジャンプ台など男子小学生マインドと悪ノリを詰め込んだコースもあるらしいです。
チームとは言っても、トレーナーと競走バが一人ずつの小さい上に出来立てホヤホヤなチームです。大きな部室は貰えません。
狭い部屋ですが、床には高硬度クッションゴムマットを敷き詰めてトレーニングベンチを置いたトレーニングエリアが確保されています。あたしはトレセンのトレーニングジムが塞がっている時に使う事が多いので、どちらかと言うとトレーナーさんが普段のトレーニングや理論の検証に使ったりしている方が多いんじゃないでしょうか。
そんな数々の家具の中に、新しく加わった物が二つあります。
授与されたナナカマド賞の優勝レイ。
トレーナー室の壁にタペストリーよろしく飾ってありますが、それ一つが増えただけで、なんか一気に部屋が強豪チームといった風に引き締まって見えます。
吊るされているそれを見ると、自分でも分かるくらいに顔のニヤニヤが止まりません。
「実際、スノウ君は世代の中では強豪の一人だよ」
「うふへへへへ、重賞ウマ娘って呼んでくれても良いんですよ?」
「すぐ調子に乗らない」
「はい」
とは言え、窘めるトレーナーさんだって時々顔が緩んでますよ。
二つのうち、もう一つ。それはトレーナーさんの机の上に置いてある、新品のナナカマド賞のトロフィー。
ナナカマド賞に勝利したことで、今後の路線は決まりました。
ナナカマド賞からトライアルレースの南北海道地区選抜特別を経てBGⅡヤングチャンピオンシップに至る路線は確定です。GⅢを勝ったと思ったら、いきなりグレードが上のGⅡに挑戦ですが、ここで躊躇う理由はありません。
三冠路線を回避しても、ジュニア級では他の重賞競走がBGⅡ翔雲賞かBGⅡ黒ユリ賞しか無いので、躊躇ったり回避したりする意味も少ないというのもあります。しかも翔雲賞と黒ユリ賞は開催時期が一週間しか離れていないので、この二つは実質的には一レースです。
ヤングチャンピオンシップのトライアルレースは、全道を北央、南北海道、北見、釧路、十勝の五つの地区に分け、その地区を出身地とするばんえいウマ娘だけで争う特別競走。「ばんえい甲子園」と呼ばれる一連のレース群のことです。
あたしの場合、上ノ国町は檜山振興局管内なので南北海道地区選抜特別を走ります。
南北海道地区の対象エリアは、石狩、後志、渡島、檜山、胆振、日高と道外出身者。
そして、グラムさんことシャコータングラムの出身地は積丹町。後志振興局管内です。つまり、このままいけばヤングチャンピオンシップの前に、トライアルで彼女と直接対決となります。
あたしもグラムさんも、南北海道地区選抜特別の出走資格は満たしています。
たとえトライアルと言えども、けして油断できないレースになりそうです。まぁ油断して勝てるレースなんてものは無いのですけれども。
「南北海道地区選抜特別はトライアルなので本番のヤングチャンピオンシップよりも若干ばんえい重量は軽いけど、ほとんど差は無い。本番並みの厳しさと言っても良い。ナナカマド賞から南北海道特別までは一ヶ月あるけど、ここをどう使うか、だろうな」
トレーナーさんの言葉に、あたしは頷きました。
「普段通りにレース後の回復と基礎能力の向上に努めるのもいいだろう。スノウ君の体に無理をさせないので、トレーニング中に故障するようなリスクが少ない。他には、何かしらの武器を磨いてみる、あるいは弱点を減らすという手もある」
「武器、ですか」
「ナナカマド賞、曳いていた時の感じはどうだったかい?」
あたしを人差し指を頬に当てて考え込みました。
レース展開は、ビデオでいくらでも検証できます。なので、そういう事を聞いているのではないと理解できます。トレーナーさんが求める答えは、データには現れない曳いていたあたしにしか分からない感触、でしょう。
「うーん、調子は良かったと思いますけど……なにか上手くハマったというかそんな感じがしました」
「うん。上手くハマった、つまり実力を十分に発揮できれば勝てる、という事かな。ただ、それは上手くハマらなければ厳しい、という事の裏返しでもある」
いつでも十分に実力を引き出せるように練習している訳だけど、と前置きするトレーナーさん。
「この先は大きなレースになればなるほど、ばんえい重量が増えていく。したがって基礎的な能力を上げていくだけでは厳しくなってくる可能性は十分にある。地力に優れていれば言うにこした事はないが、フィジカルの才能性能はそうそう簡単に得られるものでもない。そこで、それ以外の武器を持つと言う選択肢が出てくる。得意な点があればそれによりレースを有利に展開できるようになるし、不得意が少なければ相手の有利を押し付けられたりミスした時でも凌ぎやすくなる」
ただ漫然とトレーニングをしているだけでは勝ちは覚束ない、という事でしょう。
あたしは何を求めて、次のトレーニングをしていきましょうか。