ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
──31──
ボコォン!
軽快な音。
大空に打ち出されたバレーボールが、青い背景に白い弧を描きます。
ズシャズシャズシャと重く砂を踏みしめる音がバレーボールを追います。ふわふわとした白い綿毛のようなものをまとって頼りなげに飛ぶ無数の雪虫達が翅を休めようと地面に降りては、大地を蹴立てる蹄鉄に驚いて、慌ててよたよたと飛び立っていきます。
「今度こそ……ッ!」
必死に差し出されたあたしの手は、追いかけたボールに届くことなく、使い込まれてだいぶ茶色に染まってきたバレーボールは空しく地に落ちました。
そのまま派手にバウンドして転がっていきます。
「おそい!もっと地面を上手く使って足を回せ!もう一本いくぞ!」
「はい!」
全力疾走で乱れた息を整えながら速歩でトレーナーさんのところまで戻ります。だいぶ冷たくなってきた風が、汗が滝のように流れる肌を撫でていき心地よい。
ショットガンタッチ。
射出されるボールへの反応速度と、純粋に加速とトップスピードを鍛える練習です。
二つの高速回転するローラーでボールを打ち出すバレーボールマシンから放たれたボールと同時にスタートして、ボールが地面に付く前にキャッチするかタッチする。
やることはシンプル。
やろうとすれば至難。
次のトレーニング方針として、あたしは自分の強みを活かす選択をしました。
相手を振り切り、追い越すためのスピード。あたしの持ち味である、そのスピードにさらなる磨きをかけるための練習です。なので、今までよりもボールの飛距離が長い。つまり、速く走らなければ追いつけません。
普段のトレーニングに加えてのメニューですが、なかなか成功する気配が無いです。惜しいところまではいくのですが。
「スノウ君。これを見たまえ」
次のボール発射を待ち構えているとかけられた言葉に、あたしは振り返り。
そして、絶句しました。
トレーナーさんの手には、新品と思しき、ぱかプチタイシンが握られていました。
「な?!なにをするんですか、トレーナーさん!」
「今、スノウ君が考えている事だよ。この彼女を汚れた砂まみれにしたくなければ、君が受け止めてあげれば済む。スノウ君を鍛えるためなら、僕は鬼にでもなろう!さあ、位置について」
電動モーターが唸り、ローラーが無慈悲に回転を始めます。
ボコォン!
「あーーーー!タ゛イ゛シ゛ン゛ーー!」
頭はトレーナーさんのあまりに突飛な行動にパニックですが、あたしの体は自動的に反応していました。
一瞬でフォームを整え、ギュッと膝を曲げてバネを貯め、体重を乗せた蹴りで全身を打ち出します。蹴り足で跳ね飛ばされ、爆煙のように舞う砂塵。あっという間に、あたしの、2メートル弱のばんえいウマ娘の巨体がトップスピードに乗ります。
それでも宙を舞う放物線と、地を駆ける自分のベクトルは交差しない。
速度が足らない。
これ以上は足のピッチは上がらない。
地面を踏む力をもっと上げてもスリップするだけで意味が無い。
だったら、スリップするギリギリのところを見極めて、限界まで力を込めて地面を踏む!
踏み込んだ脚を自分の筋肉だけで上げているのでは間に合わない!
踏んだ力が地面から跳ね返ってきたのをふわりと受け流して自前の筋力と合力させて、脚を前に出す!
「くっ!あぁぁぁ!ぉ落としてぇぇ!」
宙を舞うソレが砂の落ちる前に指先が、かかりました。
「たまるかぁあああっ!!」
ぐっと指に引っかけて、両腕で掻き込むようにして、走り込む勢いそのままに胸に飛び込ませました。
胸の抱えられたそれは、茶白いバレーボールでした。
ぱかプチタイシンがローラーに潰されて丸くなってる!
一瞬で沸騰した頭が、身体に命令を下します。指を突き立てるような勢いで鷲掴まれて変形するバレーボール。力が漲り、一気に張り詰める肩と腕、背筋。
「タイシンになにしてくれてんですかぁ!」
「ぐっはぁ!」
あたしが投げた砲弾のような勢いのバレーボールの直撃を受けたトレーナーさんが吹っ飛びました。
ナイス、キル!
……いや、違いますよ!
「ああああごめんなさい、トレーナーさん!大丈夫ですか?!」
一瞬で頭が冷えます。ぱかプチタイシンをマシンで打ち出す暴挙を目にして頭に血が上り、ちょっとやり過ぎかもしれません。
「いたたた……よく見てくれ。さすがに僕でもそんな事はしないよ。打ち出す寸前にすり替えておいたのさ」
バレーボールマシンの横には、透明なビニール袋に入ったぱかプチタイシンの姿が。
「でも酷いじゃないですか!」
「すまない。今思えば、スノウ君をモノで釣って走らせたし確かにひどいな。僕の方も焦ってしまっていたようだ」
申し訳なさそうな顔のトレーナーさん。
「ぱかプチは勝ったお祝いのプレゼントだよ。スノウ君はそれが好きなようだし、こういう時なら記念にもなるかと思ってね」
袋には小さなリボンシールが貼られていて、そこには『ナナカマド賞優勝おめでとう』と手書きの文字が。
沸き上がる二つの喜びの衝撃に、喉から言葉が出てきません。
ビニール袋を剥がして早く抱きしめたいのですが、汗と泥で汚れた体操服でそんな事をしたら汚れが移ってしまうので出来ず、もどかしいです。抱きしめたいのに抱きしめられないアンビバレンツ。
「喜んでもらえたのなら良かったよ」
吹っ飛ばされた時に身体中に付いた砂を払い除けながら話すトレーナーさん。
それ以外にも得られたものがあったかもしれないしね、と続けるトレーナーさんの言葉は半分くらいしかあたしに届いていませんでした。