ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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【挿絵表示】

 

「トレーニングお疲れさまでした!」

「今日もお疲れ様。だいぶイイ感じじゃないか。最近めっきり冷え込んできたから、冷やさないように身体はしっかり拭いておくようにな」

「はい!」

 外は寒いですが、一度動くモードに入った筋肉は運動し終わってもなかなかオフにならず、溜め込んだ熱を吐き出し終わりません。筋量の多いばんえいウマ娘は寒さには強い分、クールダウンには時間がかかります。

 ジャージの胸元を開けてばっさばっさとやっていたら、トレーナーさんにタオルとドリンクを差し出されました。

 トレーナー室で、プロテインとBCAAを入れたドリンクを飲みながらミーティングです。

 レモン味のプロテインにして、気分だけでも温かいレモネード風です。プロテインは高温でダメになってしまう──正確には栄養成分は変わらないが、味が変わったり熱変性で固まって作り辛いと言ったデメリットが増える──ので、寒くなって来ても冷たいドリンクなのです。でも身体が冷めきっていない今はちょうど良いですね。

「次の目標はヤングチャンピオンシップ。これは確定だ」

 お気に入りのプロテインシェイカーでドリンクを飲みながら、あたしは頷きました。

「これに向けてのトレーニングをどうするかだ。概ね一月半あるけれど、これをすべてトレーニングに充てるには、ちょっと勿体ない。どこかで少なくても一戦挟まないと出走間隔が開き過ぎてレース勘が鈍ってしまう恐れがある。レースで曳くことによるトレーニング効果も見逃せないしね」

 レースに出走しなくても、併走をお願いすることはできますが、やはりレースとは勝手が違います。併走自体はとても有効なメニューではありますが、実際のレースとは勝手が違うというか。

「ヤングチャンピオンシップが十二月二十九日。次の日の三十日は、スノウ君がいるジュニア級の一つ上、クラシック級三冠競走の最後の一冠になるばんえいダービーだ。まさに今年最後の大勝負の二日間になる。疲労回復と調整から逆算すると、次走は十二月頭のAクラス戦あたりだろう」

 トレーナーさんはカレンダーをめくりながら言いました。

 あたしは、とっくに空になっているプロテインシェイカーの側面に描かれた可愛らしく意匠化されたメジロライアンのイラストを、意味もなく目で追います。

 何か引っかかるものがあります。

 今まででしたら、すんなりトレーナーさんの言葉を聞けていたのでしょうけど、胸の中に何か言葉にできないモヤモヤがあって、それがあたしを戸惑わせます。

「……分かりました。どうせなら万全の状態でヤングチャンピオンシップに出ましょう。ばっちり調整して勝ちを狙いますよ!」

「何か引っかかっているようだったけど、大丈夫かい?」

 鋭いですね。

 誤魔化しても黙っていても良い結果にはならないので、正直に打ち明けました。

「どうも、この間から何か掴みかけているというか。モヤモヤしたものがあるんですが形が見えずで、妙な感じなんですよ。それが何かは分かりませんがもっとレースに出れば何か掴めるかな~って思いました。ぶっちゃけ、もっと走りたい気分です」

「もっと走りたい、と言っても、それはロードワークしたいと言う意味ではないね?」

 あたしは頷きました。

「わかった。それについては何か考えよう。実戦に近いところで何かを磨きたい、といったところか……」

 トレーナーさんは顎に手をやり、思考に沈みかけたところで戻ってきました。

「そうだ、今日は大切な要件がまだあるんだ」

 トレーナーさんの口調が真剣さを増します。

「スノウ君の勝負服」

 どきりとしました。

「スノウ君の実力であれば、既にイレネー記念も射程内と思っている。となると、君の勝負服も用意いないといけない。スノウ君はまだデザイン案を出していないだろう。残り四ヶ月ではデザイナーさんと話を詰めて用意してもらうのがギリギリになってしまう」

 イレネー記念。

 それはジュニア級三冠の最後の一冠をかけての頂上決戦です。

 グレードは、ジュニア級唯一であり、最高峰でもあるBGⅠ。

 GⅠともなれば、当然ながら今と同じ衣装では出走できません。

 ローカルシリーズであるばんえい競バの衣装のルールは、基本的にトゥインクルシリーズに準じています。GⅡまではゼッケンの付いた体操服です。

 これがGⅠになれば、勝負服を着てレースに出ることになります。

 

 勝負服。

 それはウマ娘の晴れ着ともいえる特別な衣装。 

 特注の専用勝負服でGⅠレースに出走し勝利することは、トゥインクルシリーズでもローカルシリーズでも、勿論ばんえい競馬バでも、およそ全ての競走バの憧れです。

「予算が少ないばんえい競バと言えども、トレセンから貸してもらえる汎用の勝負服はある。でも、やはり君には君だけの勝負服を着てもらいたい」

 専用の勝負服がない場合、トゥインクルシリーズでも使われているスターティングフューチャーという汎用デザインの勝負服が借りられます。流石にそのままでは体格差があり過ぎるのと装具の有無があるので、ばんえいウマ娘向けにデザインされ直されています。

「専用の勝負服には、ウマ娘それぞれが追いかける夢や強い願い、そんな色んなモノがこめられている。ウマ娘であるスノウ君にとっては何を今さらだろうけれど、勝負服は言わばウマ娘の信念のカタチだ」

 いつになくトレーナーさんの言葉に熱が入っています。それも当然でしょう。なにせ、ほんの一握りのウマ娘しかバ場に立つことを許されないのがGⅠです。

 心が熱を帯びるのは、あたしにとっても同じです。

 自分専用の勝負服を着てGⅠの舞台に立てるかもしれない。以前は煙のように薄くはっきりしないぼやけた想像でした。それが、今はそれなりに現実味を伴い始めている。想像が焦点を結び始めている。

 その想像は、途轍もない興奮を誘います。

 握った拳に力が入り、手のひらが汗でべっとりと濡れています。

 ぐびっと生唾を飲み込んで喉がなります。

 しかし、あたしの心の片隅は、奇妙なほどに冷たく醒めていました。

「今から一着作るとなると時間は厳しいかもしれないが、何とかなるだろう」

 トレーナーさんは自分の言葉に一瞬躊躇い、言い直しました。

「いや違うな、ここで僕が言うべきは『何とかする』だ。僕は君が君だけの勝負服をまとって優勝レイを肩にかけている姿が見たい。その姿を、カミノクニスノウここにあり、と全てのお客さん達に見てもらいたい」

 ふと、帰省した時のおばあちゃんの問いかけが脳裏に浮かびます。

『お前は競走バか?』

 と。

 それはつまり、レースにどんな想いをかけるのか、何を求めて走るのかと言う事。

 ある者は最強を求めて、ある者は栄誉を求めて、ある者は勝負そのものを求めて、走ります。

 あたしは、どんな勝負服にどんな祈りをこめて走ればいいのでしょうか。

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