ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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「失礼します!」

 大声で挨拶しながら、勢いよく装蹄所のドアを滑らせて、あたしは入室しました。

「ジュニア級カミノクニスノウ、入ります!」

 大声で、所属と名前を言ってから入るには訳があります。

 答えは単純。装蹄所は、非常にうるさいからです。教官や職員の方々が煩いのではなく、物理的に音が大きい。音だけでなく、ドアを開けた途端、中から噴き出してくる熱気が顔を舐めます。

 装蹄所は、基本的に鍛冶屋や鉄工所と同じです。稼働中の機材はうるさくて一歩間違えば命に係わるほど危険ですし、大きな動力工具類は視界を遮りますので、今は誰がいるのかをはっきりさせておかないと事故に繋がりかねないのです。帯広トレセン学園に入学してからこっち、口を酸っぱくして何度も何度も注意されます。

 今も、入室した装蹄所の中は、あちこちから大小様々な金属音がしています。

 カンカンと小さなハンマーの音なら可愛い方。

 ガキンガキンと据え付け式エアハンマーの、耳が痛いほどの重厚な打撃音も響いています。ベルトハンマーの機関銃のような連射音も混ざって本当の戦場のようです。

 室内と言っても装蹄所の壁一面はぶち抜きで外と繋がっているので半分屋外のようなものですけれど、それでも音量はかなりのもので、自然、ぺたりとウマ耳が伏せます。

「蹄鉄交換しに来ました!」

「おう!吊るしてあるのを持っていきな!ご安全に!」

 エアハンマーの前で分厚い前掛けをして作業中の壮年の男性から、騒音に負けない、怒声に近い勢いの返事が飛んできます。

 今日は、レースで使うシューズの蹄鉄を、冬季用の刻み蹄鉄に交換しに来ました。

 冬以外では、ばんえいウマ娘が使う蹄鉄は、素材がアルミではなく鉄だという差はありますが、平地競争のウマ娘と変わらない蹄鉄です。

 でも、雪が降ろうが地面が凍りつこうがレースを行うばんえい競バでは、冬には凍結したバ場でのスリップ防止に深い刻みの入った特製の蹄鉄を使うのです。それが、ばんえいウマ娘だけが使う刻み蹄鉄です。

 刻み蹄鉄自体は、帯広トレセン学園職員の装蹄士さんが作ってくれています。学園外でのトレーニングや、普通の靴に使う防滑蹄鉄は市販されている物で良いのですが、レース用の刻み蹄鉄は市販されるほど需要が無いので特製です。

 丸い鉄の棒を装蹄所に据え付けてあるコークス炉で熱し、赤く熱く柔らかくなっている鉄棒をエアハンマーで叩き、平べったくします。

 細長く平べったい棒状にしてはまた熱し、溝切りと呼ばれる別の専用ハンマーで叩いて棒の真ん中、長い軸の方向に1本の溝を刻み入れます。それが済んだらまた熱して、今度は短い軸の方向に等間隔に無数の溝を叩いて刻んでいきます。

 ここまで済んだら全体が真っ赤になるまで熱して柔らかくして、ガンガンとハンマーで叩いてU字型に曲げて、左右のバランスを見ながら鉄頭部──爪先の下に来る一番曲がっている箇所です──を造っていきます。

 バランスよく鉄頭部と鉄枝(てっし)が成形されたら、釘目切という片口ハンマーの頭部が短く鋭い目打のようになっている道具で、長い溝と短い溝の交差する地点に下穴を打って、釘穴を開ける位置を決めていきます。下穴が一列に打たれたら、次は、角目打というクロムやタングステンなどが添加された非常に硬いハイス鋼で出来た巨大な目打ちの出番。角目打の見た目やサイズはほとんど槍の穂先かと言った凶悪さです。これで予め打っておいた下穴を貫通させて、固定具が通る釘穴を開けてやります。

 釘穴が開いたら鉄頭部を熱し、ピンハンマーで鉄唇(てっしん)と呼ばれる突起部分を作ります。この突起で装着したシューズから蹄鉄がズレないようにしているのです。

 鉄唇が出来たら、完成まではあと少し。金ブラシで蹄鉄表面を磨きます。鉄を焼くと、鉄皮(てっぴ)と呼ばれる膜が表面に出来てしまうので、これを擦って落とします。

 ブラシで滑らかになるように仕上げて冷ましたら、完成。丸い鉄の棒が、見事な刻み蹄鉄になります。帯広トレセンの熟練した装蹄士さんの手にかかると、ただの金属の棒が瞬く間に蹄鉄へと、まるで魔法のように姿を変えていきます。

 ここまでは危険なのと専門性が高すぎて、トレセン生徒はやらせてもらえません。

 でも、ここからの調整作業は、ばんえいウマ娘それぞれが行います。トレーナーが全てやってくれているチームもありますので、そこはチームの方向性次第ではありますが。あたしとトレーナーさんとの間の決め事では、自分の蹄鉄は自分でお世話、です。当然、トレーナーさんは蹄鉄の装着と調整は出来ますが、曳いて走った時の最終的な装着感はあたしにしか分かりません。なので自分の蹄鉄は自分で調整した方が早いというのがトレーナーさんの方針です。それに蹄鉄の扱いは覚えておけば一生モノのスキルだそうで。

 装蹄所の一角に大量に吊るしてある、作り置きの刻み蹄鉄を貰って、それぞれのシューズに合うように調整して取り付けるのです。

 あちこちから上がっている、カンカンと鳴る小さなハンマーの音が、それです。

 初雪が降るころになると刻み蹄鉄が解禁になるのですが、実際に走ってみながらの調整は必要なので交換と言っても時間がかかります。

 それだけに、ジュニアからオーバーシニアまでのばんえいウマ娘達で装蹄所は盛況です。

 装蹄所にはとても入りきらないので、適当に積んであるビールケースを椅子がわりにハンマーと金床を借りて持ち出し、装蹄所の外でわいわいと白い息を吐いてお喋りしながらカンカンコンコン。ハンマーを振るって刻み蹄鉄を調整してはシューズに取り付けて、走りにいきます。

 走っては外して曲げを調整したり、大きなヤスリで刻みの深さを調整したり。

 その群れに、あたしも混ざります。

 まずは使い込んで磨り減った蹄鉄を外す。頑張ってくれた蹄鉄に、心の中で礼を言います。あたしのはリサイクル行きですが、有名選手の蹄鉄は回収されて、綺麗に磨いてから土産物として販売されたりします。

 貰った刻み蹄鉄を自分のシューズに合うように叩きます。

「スノウちゃん、お隣借りるねー」

 あたしより一回りも大きな体躯。愛嬌のある顔立ち。シニア級の先輩です。名前はフェアリーナナセ。

 ドッカリと隣に座り、同じように蹄鉄を付け変えていきます。

「うーん、みんなで装蹄所の前で駄弁ってるの、この季節ならではって感じ。まさに冬が来たって感じね」

「あたしは今年が初めてなので分かりませんが、いつもそんな感じですか」

「んんん?どうしたの、元気ないじゃーん」

 さすがにシニア級だけあって手付きは慣れたもの。目線はこちらに向けていますが、その手は独立した生き物のように動いて、テキパキと自分のシューズから蹄鉄を外していきます。

 反面、あたしの手をほとんど止まるくらいにゆっくりになりました。

 勝負服の一件が、まだ心の中でわだかまっています。出てくる声は沈み、言葉は濁ります。

「ええ、ちょっと……」

「なになに、ちょっとどうしたのかな?恋のお悩み?誰かに話せば楽になることもあるし、お姉さんでよければ聞いてあげるよ?」

 どうしましょう。

 手は完全に止まってしまいました。

 先輩の言葉にも一理あります。トレーナーさんにもグラムさんにも話せず、今でさえ一人で抱えこんでいて、どん詰まりです。それは、幼いウマ娘が自分の尻尾を追いかけてクルクル回っているのと同じ有様でしょう。

 悩みは、まるで喉の奥につっかえた石を吐き出すようで、とても言葉にし辛い。

 散々迷った末、ぽつりぽつりと勝負服の顛末を話しました。

 

「だぁいじょうぶ!」

 雨垂れのようにあたしの口から吐き出されていく悩み。

 それを辛抱強く最後まで聞いてくれた先輩は大きく胸を張って、請け負ってくれました。

「それは、みんなが通る道だよ。きっと解決できるよ」

 自信たっぷりに、にっかりと笑う先輩の笑顔は、まるで季節外れの向日葵のようでした。

「スノウちゃんは大丈夫。たしかに今はすごく悩んでる。でもね、そんなに小難しく考える必要はないってことだよ。走る理由は頭で考えるもんじゃない。答えはきっと、スノウちゃんのここが教えてくれる」

 トン。

「それに従えばいいんだよ」

 先輩の持った片口ハンマーの鎚が、あたしの胸の谷間、ちょっと左に寄ったところに当てられました。

 そこは心臓の上。

「だって、スノウちゃんはウマ娘でしょ?」

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