ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
──38──
「これは、やられたね」
「はい……」
レース翌日。
トレーナー室のノートパソコンで、トレーナーさんとレースVTRを見返しながらの分析。
こうして第三者の視点から見ると、走らされていた状態なのが良く分かります。
「強くなれば注意を引くし対策もされる。それは分かっていたけど、結局は分かったつもりになっていただけ、か。注目される事の恐ろしさを理解できなかった、僕のミスだ」
厳しい口調。
誰か1人に狙われたのであれば、まだ挽回もできるでしょう。
しかし、相手は9人。
9人全員があらかじめ結託していたわけがありませんが、9人それぞれが別々にあたしを最大の相手とみなして作戦を練った結果、包囲網となりました。
「ばんえい重量の差さえあればジュニアがクラシックやシニアにでも迫ることが可能なのは、模擬レースでスノウ君が身をもって示したことなのに。相手が軽さを利用してくることくらい予想してしかるべきだった」
格上相手なら、まずは引っ掻き回して相手の得意とするところを好きにやらせないのは定石だ。
ましてや、現状でカミノクニスノウは世代最強の一角。
そう苦々しげに吐き出した言葉と溜息。
それを、トレーナーさんがコーヒーと一緒に飲み干していきます。
「トレーナーさんが悪いんじゃないです。先行されそうになって焦っちゃって刻みが半端になったのは、あたしの判断ミスです」
あたしはノートパソコンを操作して動画を巻き戻し、第1障害あたりからまたスローで再生していきます。
「先行されても、しっかり刻んで息を入れれば、その場だけ離されたとしても十分に追いつけたと思います。流れのペースが早いならそれに対応だけすればよかったのに、他の子達の動きに気を取られて、自分のペースを守れなかった」
机の影。
トレーナーさんから見えない位置で握りしめた拳が痛い。
「あたしとトレーナーさん、どちらが悪いのでもないです。これは、あたし"達"のミスなんだと思います」
どちらかの判断が間違っていたなら、どちらかがそれを直せばいい。
それが出来なかった時点で、チームとして負けた、という事でしょう。
そう言うと、トレーナーさんは静かに驚いた気配でした。
「そうだったね」
ゆっくりと、コーヒーが半分ほど入ったカップがトレーナーさんの手の内で回ります。
揺れる漆黒に吸い寄せられている視線。
「そうだった。僕らは二人で一つのチームだ。新人が二人の、完璧には程遠いチームだ。僕らにはゆっくり敗北に浸っている余裕なんてなかったな。勝敗に関わらず、今は全てが貴重な経験だ。負けをガツガツ喰らっていこう」
湯気を立てる真っ黒い水面を見つめていたトレーナーさんが、あたしを見ます。
力強い眼差し。
そこには、もう自分の選択を後悔していた人はいませんでした。
「なんていうか、トレーナーさんは強いですね」
「……僕らは、ヒトはレースを走れない。軽種のウマ娘と比べるまでもなく足は遅い。スノウ君達、重種のウマ娘のように重い橇も曳けない。だから、せめて、君らを支えられるくらいに心だけは強くなければ、ね」
それもなかなか難しいから今もこうして精進中の身さ、とおどけるトレーナーさん。
「それにしても……」
トレーナーさんがとても優しい眼差しで、あたしを見つめていました。
「スノウ君も強いな……敗北から目を逸らさないなんてのは、なかなか出来るものじゃない。僕も見習わなければ」
「いやいやいや!そんな、あたしなんて大したことですよ!あ、でも褒めてくれるならもっと褒めてくれてもいいんですよ」
「すぐ調子に乗らない」
「はぁい」
コツンと、わざとらしく振り上げられた拳骨が、ごくごく軽く頭に当たります。
トレーナーさんはコーヒーを、あたしはお茶を、それぞれカップを傾けます。
窓の外を見れば、雪がひらひらと舞い降りています。
十二月に入ってから気温は下がる一方。地面からもどんどん熱が奪われていっています。グラウンドでジッと立っていると蹄鉄越しに冷気がシューズの中にまで浸み込んでくるようになりました。
十勝地方は本格的な冬、雪と氷のシーズンに向かっています。
降雪量こそ少ないですが雪が降る日が目に見えて増えてきていて、雪粒に音が吸われていると帯広トレセンや街中はちょっぴり静か。太陽がやる気を出すと最高気温は時折プラスになるくらいなので、ちょっとくらい吹き荒れても温かくなればわずかに融ける。人通りの多い場所では、踏まれて融けて流れるので、まだまだ根雪になるには遠いです。
反面、収穫も終わって作物が無くなった圃場や何にも使われていない空地や原っぱなどの除雪もされなければ人も通らないような場所は、降ってちょっと溶けて固まってを繰り返して、すっかり真っ白です。来年の雪解けまで真っ白のままです。その"何にも使われていない土地"が北海道はやたらと広いので、雪は少ないのですが、帯広はどんどん白に塗り替えられていっています。
「さぁ、この辺で反省会は終わりにしよう」
トレーナーさんが勢いよく、飲み切って空になったカップを机に置きました。
「いよいよ次はヤングチャンピオンシップ。開催まで四週間を切った。けれど、"もうそれしかない"ではなく"まだそれだけある"だと僕は思いたい。出来る限り、一歩一歩でいい。積み上げていこう」
「はい!」
しかし、あれもこれもとトレーニングをしている時間が無いのも、また事実。体調の調整と基礎トレーニングに加えてとなると、あまり選択肢は多くない。
次のトレーニングをどういう方針でいきましょうか。