ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
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「パワーの強化、ですか」
「ああ、僕はスノウ君の速度と体力はジュニア級としてはトップクラスだと思っている。そのスピードで先頭集団に食らいついてペースを握り、前にはプレッシャーをかけて揺すぶり、後ろは無理やり引っ張りだす。そして競争相手とのスタミナ勝負に持ち込む。その戦術はスノウ君の脚質ともあっている」
「そうですね、いつもそのパターンを目指して走ってます」
「しかし、障害をスムーズに越えられなくなると、前後にかけているプレッシャーが減ってしまう」
あたしは言葉に詰まりました。
「スノウ君が気にしているようなのであまり言いたくはないのだが、君はばんえいウマ娘としては小柄な部類だ。パワーも小さい。その反面、君は平地競争の子達で言うステイヤー体質のようなもので、その豊富なスタミナは筋肉という過重が無いが故だろう」
トレーナーさんは続けます。
身体も力も小さい。
あたしの心の片隅に、常にこびり付いていること。
そこに気遣ってくれていますが、そこで気遣いすぎてトレーニングや今後の展開に悪影響が出ないよう、言うべきことは言ってくれるトレーナーさんのスタンスは頼もしいです。
見たくないものを無理やり直視しないといけないのは苦しいですし、胸の奥がチクチクしますけれども。
「なので、単純に筋力を上げようとすると、今度は持久力にも影響が出てくるだろう。このバランスは長い目で見なければいけないし、何よりも筋出力の向上は地道なトレーニングと食事の積み重ねがモノを言うからな。いきなり負荷を滅茶苦茶大きくして特訓、なんてのを本当にやったら無意味どころか身体がぶっ壊れてしまう」
トレーナーさんは両肩をすくめます。
「筋肉は裏切らないとは至言だけど、それは筋肉と地道な対話を繰り返して信頼関係を築いた上での話だからね。いきなり無茶言ってくる奴の言う事なんて、聞くわけがない」
同感です。
あたしは頷きました。
「それに、君はまだジュニア級だ。身体はこれから成長していく。フレームに合わせてエンジンを大きくしていくべきであって、今の時点で闇雲に筋出力を追い求めてもデメリットの方が大きいと思う」
そこで、とトレーナーさんはノートパソコンを操作しました。
「単なる筋出力アップではなくRFD、Rate of Force Developmentの向上に主眼をおいてトレーニングを進めていこうと思う」
ノートパソコンがこちらに向けられます。
プレゼンテーション用ソフトウェアが起動しており、ディスプレイ上には色々な図や解説がまとめられた資料が写し出されていました。
「パワーとは、力と速度の掛け算だ。例えば、バイキをかけるとき。最大筋力に向けてゆっくり力がかかっていくと考えるとどうなるか。極論すれば、最大限の仕事をするのは最大筋力がかかった最後の瞬間だけであり、そこに至るまでは碌にパワーが発揮できていないという事になる」
トレーナーさんの手が、空中に緩い傾きの線を引きます。
「単位時間あたりに加えられた力が大きければ、それだけ力と速度の積が増えるので、したがって、より効率的に大きなパワーが得られる。RFDとは言わば筋肉の加速力。力をゼロの状態から一気に出す能力だね。一気に最大出力まで持っていけるのであれば、短時間で効果的に必要なパワーをかけられるので、タイム短縮に繋がるだろう。もちろん、このトレーニングの過程では筋力そのものの向上も見込める」
その手は、今度は急傾斜の線を引きます。
「どうだろう?」
あたしの身体にはなかなか筋肉が付かないのは、今までのトレーニングで分かっています。それが一朝一夕でどうにかなるとは思えません。
最大値が簡単に上げられないのであれば、今の状態での最大効率を目指す。
トレーナーさんの提案には無理が無いように思えます。
「はい!分かりました。トレーナーさんのプランで行きましょう!」
「RFDを鍛えるトレーニングのキモは、ゼロからマックスまで持っていくまでの時間を短縮することにある。要点は三つ。可能な限り素早く速く、静止した状態から一気に、反動を使わない、だ。まずはいつもやっているデッドリフトにデッドスナッチを追加、それからスレッドプッシュをやっていこう」
毎日のトレーニングメニューにあるズリ曳き運動。練習場でいつもやっている、重めの荷重を乗せた橇を曳いては休みする、ばんえいウマ娘の基本的なトレーニングです。それをする前に、スレッドプッシュが加わりました。
十二月に入ってから、帯広トレセン学園にも雪が積もる日が増えてきました。十勝地方は雪が少ないので、雪も寒さも本格化するのは年が明けたらです。が、少ないと言っても道内の他の地域に比べたらの話で、除雪していない日陰はもうほとんどが白い雪と氷に覆われていますし、道端には投げられたままの雪があちこちで小山になっています。
雪が積もっては、走り回るばんえいウマ娘の無数の蹄鉄と橇のズリ金によって耕されて、半分凍った泥に戻るを繰り返す練習場。
土舗装が施された広大なグラウンドは、茶色と白のマーブル模様です。
その一角から練習用の橇を一つ、引っ張り出して空いているスペースまで引っ張っていきます。
スレッドプッシュはズリ曳きとは違って、その名前の通りに橇を押します。
曳く時よりもかなり多めに錘を載せたら、いつもは背を向けているハナ木と呼ばれる、橇の先頭の反りかえった部分に肩を当てます。
身体はかなり前傾して寝かし、ちょうどラグビーでスクラムを組むような姿勢。
足には力を入れず、膝はかなり緩めて、半分くらいハナ木にもたれかかる感じです。
ふー……。
長い長い呼気。
吐き出した反動で冷たく新鮮な空気を肺いっぱいに、ゆっくり吸い込む。止める。
ピッ!
「だあぁりゃぁあああっ!!」
「いいぞ!可能な限り素早く!速く!速く!」
トレーナーさんのホイッスルの合図に合わせて、弛緩していた体を一気に緊張させて重い橇を押す。
全身に瞬時に力が漲り、トレーニングウェアが内側から爆発しそうなるほどに膨らむ筋肉。
一息に数メートル進んだら1セット終了。
「セット終わり!休め休め!」
また最初の姿勢に戻り、調息。
ピッ!
「くぅぉおりゃあぁっ!!」
「まだまだ!もっと早くいける!コンマ一秒で筋肉を叩き起こせ!」
それの繰り返し。
一瞬のうちに筋肉を爆発させて押して、休んで、また押します。
ひたすらにそれを繰り返しました。