ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
──42──
「あー、くやしー」
もぐもぐもぐもぐ。
真っ白なご飯が美味しいです。大きなごはん茶碗の中、真っ白に炊きたてごはんが輝く。
「クヨクヨしても仕方ありません。次です、次!次のレースは絶対に勝ちましょう」
はふはふはふはふ。
ほど良く焼けてタレが絡んだラム肉が美味しいです。
よく噛んでよく味わって、飲み下す。喉を温かいものが下りていき、ついでお腹の真ん中がぽわっと温かくなる。ふはぁっと胃から広がる満足が、真っ白な吐息となって昇っていきます。
臭みの無いラム肉は柔らかく、赤身で脂っこさもないので胃にも優しいです。焼けた端から、つるつると喉を滑り降りていきます。
肉は飲み物。
レースにより疲労が溜まってカロリーも使ったあとなので、体がタンパク質とエネルギーを求めています。
ただでさえ食欲旺盛なばんえいウマ娘ですし、身体を酷使した後とあっては、それはもういくらでも肉が入ります。
「ラム肉はねんぐんぐ、生で食べられるのもあるけど寄生虫がいたりもんぐんぐするから、しっかり火を通してあげるのんぐんぐが良いです。でも焼き過ぎると風味が消えちゃうからんぐんぐ表五裏二って言ってねんぐんぐ、あ、お肉無くなったから乗せますね」
「モッチは食べるのか喋るのかどっちかにしなって」
「いや、モチモッツァレラさんがお肉食べるの速くないですか。ああ?!あたしがせっかく育ててたのが消えてるんですが!」
「スノウちゃんごめんなさい。でもジンギスカンは戦いだからんぐんぐ渡せないの」
「こいつ……プロか」
ジンギスカンのプロってなんですかね。
色々とジンギスカンの蘊蓄を話している間にも、モチモッツァレラさんの手は別の生き物のようにキビキビと動いて、肉が減れば補充をし、ラム肉をいい焼き加減に調整していきます。焦げ付くとか生焼けとか一切ありません。すべてを見事なバラ色に焼き上げていきます。そして自分で食べていきます。
こちらも、ウマ娘二人を含む五人姉妹の長女。
オカズの分捕り合いには自信がありましたが、モチモッツァレラさんの隙の無さは異常です。ここに来てレース以外のところで自信を折られそうです。
「えぇい、七輪もう一個出してあんだから、こっちに群れんな。ローズが独りで優雅に喰ってんじゃんかさー」
ヤングチャンピオンシップが終わってから二日後。大晦日の昼間。
寮の裏で七輪を出して、ジンギスカンです。大晦日ですが、肉です。どうせ一昨日まで自分達がレースしてて、明後日は先輩方の大きなレースがあるので、帯広トレセン学園に年末年始の厳粛な雰囲気はありません。普段通りと言うか、帯広トレセン学園としては冬休みなのでレースがないと実家に帰っている子もおり、逆にやる事はあるのに人手は減っているので普段以上に忙しない雰囲気です。あたし達はレース明けの休養モードですけど。
鍋を見ると、焼けた肉が無くなったので、野菜も食べます。ジンギスカン鍋の縁部分に垂れてきた肉汁とタレで煮えた野菜が美味しいです。
米も、肉も、野菜も、もうもうと湯気を立てています。
「長ネギ一本焼きいいですよねー。甘いですし、端っこから食べてくの好きですよ」
「ネギはウドンじゃないっしょ……。うっはぁ、行者ニンニクくっさぁ。うめー。でも、くっさ」
しかし、なんでこんなに寒いのに外でジンギスカンなんでしょう。産まれてからずっと道内でも暖かい地方にいたので、思わずボヤキが出ます。
「仕方ないさー、こんな年末に店なんてやってないっしょ。でも肉は食べたいし。だから、こうすべぇよ」
それは事実です。
加えて「今日は5度で暖かいからお外で食べたいかなって」というモチモッツァレラさんの希望もありました。
ただし、5度って言っていますがプラスではありません。マイナス5℃です。
寮裏手の辺り一面は雪かきする意味もないので、降ってから溶けていない雪や投げた雪がそのまま残っており、ほぼ真っ白な雪原です。
クインルゴサローズさんの出身地の美唄や、モチモッツァレラさんの出身地である美深と言えば、道内でも屈指の極寒地帯。マイナス10℃は当たり前。マイナス20℃も珍しくない。それからすればマイナス5℃は暖かいと言って良いでしょう。
確かに、年末年始の帰省組もいて寮の人口が減っている今なら寮の裏手で七輪を出してジンギスカン鍋をつついても、ご相伴にあずかろうとする寮生達も少ないでしょう。ましてや、寒い中に出てきてまでとなれば。
「そう言えば、今日はトレーナーさん達はいないんですね」
「いやぁ、あっちはあっち、大人同士でやりたい事もあるっしょ。これくらいなら準備も後片付けもウチらだけでどうとでもなるし。お金はちょっと助けてもらったけどさ」
グラムさんが不可視のコップを傾ける仕草をします。
なるほど。
「しっかし一昨日のレース、スノウは不運だったべなー。あれが無かったら、ウチらもどうなってたか分からんしょ」
「落鉄は、まぁ仕方がないで済ませたくはないですけど、あれはあたしのメンテ不足です。それにトレーナーさんが言うには、あたしの力が増してきたのにシューズのセッティングが追い付いていなかったかも、だそうで」
蹄鉄をシューズに固定する固定具は、位置を変えたり、数を増減させられます。ガッチリ固定させたいなら固定具を増やします。あとから回収された蹄鉄とシューズを見たところ、あたしの蹴りだす力に負けた固定具が一本折れたのが原因だったそうです。折れた理由までは分かりません。踏み込み方がまずくてその一本に力が集中してしまったのか、たまたま限界近くまで使われていたのが混ざっていたのか。
「負けたのは悔しいですけど、強くなったからこその負けと考えれば」
そんな言葉とは裏腹に、内心では振り切れたとはとても言えず。思わず俯き加減になりかける。
ほら、と目の前に差し出されたソフトカツゲンのパックが、あたしの首を挙げさせます。
「次は?」
「きっと」
「「「勝つゲン!」」」
紙コップに注がれるカツゲン。
モチモッツァレラさん、グラムさんの杯とをあわせれば、ポコンと気の抜けた音。
「そう言えば、スノウちゃんとグラムちゃんは帰らないの?」
ラム肉を食べるのを一段落させたモチモッツァレラさん。
「帰りませんよ。年越しが目前なのに、今から帰省するのも大変ですので」
「いや、まだ身体戻ってないのに汽車とバスに長時間乗るのはきついっしょ。どうせ明後日にレースとイベントがあるし、帰るなら先輩のついた餅食ってから帰るさー」
年の明けた一月二日には四市記念競走の最後の一戦にして、ばんえい記念へのステップレースとなるBGⅠ帯広記念が控えています。
一月三日にはシニア級のチャンピオン決定戦、BGⅠ天馬賞。
年明け早々に大勝負が続きます。そこで一緒にお正月のイベントもやるのが、帯広競バ場の定番となっています。グラムさんの言う"先輩のついた餅"とは、そのお正月イベントのうちの一つである、超巨大な大臼を取り囲んだ何人ものばんえいウマ娘が同時に特大の杵を振るう大餅つき大会で振舞われる餅の事です。"大"はイベントの規模を指しているのではなく、餅つきそのものが大きいの意味です。いわみざわ百餅祭りには負けますが、直径が2メートルに迫る大臼が使われます。
そんな取り留めもない話が、ゆるゆると続いていきます。
寒気の中、燃える炭の香りと、肉とタレの煮える香りがふんわりと辺りに漂う。
「あぁ、雪の中で食べるお肉は、いつもと違う風情があって格別ですわぁ」
ヤングチャンピオンシップ優勝者のクインルゴサローズさん。
こっちに三人溜まってしまったので、優雅にお肉を食べ続けています。最初に七輪一個ずつ等分に肉を分けたので、こっちより取り分が多くなっている筈です。ちょっと、いや、だいぶ不公平ではないですか?
視線を移せば、ジンギスカン鍋の上ではラム肉が丹念に焼かれており、食欲をそそる色を見せています。
ザグッと踏みしめられた雪が音を立てました。
周りに積もった雪に適当に刺しておいたペットボトルと紙パックをそれぞれ手に取り、クインルゴサローズさんのもとに向かうあたしとグラムさん。
「ローズ~、ヤングチャンピオンシップ優勝おめでとー」
「おめでとうございま~す」
「あらあら、ありがとうございますぅ」
「まぁまぁまぁまぁ」
あたしはクインルゴサローズさんの手に紙コップを半ば押し付けるようにして持たせて、そこにハイセイコーマートで買ってきたペットボトルのガラナを注いでいきます。
「さぁさぁさぁさぁ」
グラムさんが反対側の手に紙コップを押し付け、そこにさっきまで三人で飲んでいたソフトカツゲンのパックの残りを注いでいきます。
「あらあらぁ、ありがとうございます」
向日葵のような笑顔。
クインルゴサローズさんの両手が塞がります。右手にガラナ。左手にカツゲン。ジュースがなみなみと注がれた紙コップは、不用意に動くと中身が零れてしまうでしょう。
そう、今ならクインルゴサローズさんは動けない。
「よっしゃ!今だ。喰らえ!」
「いただきます!」
ひょいぱくひょいぱくひょいぱくひょいぱく。
「よし逃げろ!」
「ごちそうさまでしたー!」
「え、あ……あぁ?!お肉がっ!ちょっと、お二人とも!ぶっ潰しますわよぉ!」
降り積もったままの雪をラッセルしながら、お互いに笑い合いながら、あたしとグラムさんは逃げ出しました。
「やばいっしょ、スノウ、あいつしぶとい」
「いや、連続イッキして追っかけてくると思いませんでしたよ」
「あらあらぁ、お二人とも、お待ちになってくださいなぁ。今なら雪にぶっ刺すだけで許して差し上げますわぁ」
積もった雪は表面だけは氷のように硬いですが、踏み割るとその下はふかふか。
足を上げると硬い表面を割るのに抵抗は受けますし、足を下げると足元が不安定で踏ん張るにも力がいる。
逃げようとしても足腰への負担が重く伸し掛かり、簡単にはスピードが上がりません。
「やばいっしょ、スノウ、あいつ目がマジだ」
「いや、これいつ終わるんでしょうか」
いつ終わるとも知れない、汗だくになりながらの追いかけっこが続きます。
「三人とも元気なの。うーん、お肉がまだ残ってるけど、どうしようかな。そうだ、勿体ないから食べちゃおうね」