ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとう……首をどうかしたのかい?」

「いえ、大したことはないです。昨日、ちょっと捻ったみたいで」

「ふむん、大事になると厄介だから後で少し見ておこうか」

 四人での雪中ジンギスカンで、あたしとグラムさんはクインルゴサローズさんのお肉を根こそぎつまみ食いしたのですが、きっちり報復されました。

 あの後、散々に逃げ回ったのですが雪原をラッセルする分こちらが不利で、結局はクインルゴサローズさんに追いつかれ、そのまま垂直落下式ブレーンバスターを喰らって彼女の宣言通りに上半身を積もった雪に打ち込まれました。

 グラムさんも逃げ切れず、あちらは背後を取られて、そのままジャーマンスープレックスで雪に打ち込まれていました。クインルゴサローズさんは、レースを引退しても格闘家としてやっていけるんじゃないでしょうか。

 四人でのジンギスカンパーティの翌日は、元旦。

 元旦なのですが、帯広トレセン学園には年末年始の静かな雰囲気はありません。あたし自身はすっかり休養モードですが、それも普段のレース後のルーチン通りと言って良いので特別感はありません。帯広競バ場の正門には巨大な門松が置かれたりしてお正月ムードを盛り上げていますが、基本的にお客さんを迎え入れる側なので、年始早々のGⅠレースやイベントの準備などでドタバタしており忙しないです。

 結局、寮にいてもあまりゆっくりも出来ないので、こうしていつもと同じようにトレーナー室に来ています。

 目に見えての変化と言えば、トレーナー室のドアに小さな正月飾りが増えたくらいでしょうか。

 ただ、普段とちょっと違うのは、

「さて、いこうか」

 今日はトレーナーさんと一緒に帯廣神社まで初詣だという事です。

 十勝の総鎮守である帯廣神社は帯広トレセンからはさほど距離が離れていないので、徒歩です。レースで疲れた体をしっかりと休ませてから、また動き始めさせるウォーキングには丁度良いです。

 市内であれば除雪もしっかりされていますし、そもそもそんなに雪が深くないので、歩くのに余計な負荷はかかりません。

 

 凍れる。

 毛糸のカバーをしていてさえ、ウマ耳に一月の強烈な冷気が突き刺さります。冬になると自前の毛も増えますが、その程度と一笑に伏すかの如く防寒具を貫いて、きりきりと頭蓋骨にまで響く冷たい空気。

 冬真っ盛り。

 吐く息は真っ白。呼気は襟なんかに付いた途端、含まれている湿気が、あっという間に凍り付いていきます。

 最高気温はずっと氷点下で一度降った雪は溶けずに残り、誰かに踏まれては薄く潰れ、それが繰り返されるうちにアスファルトの上をコーティングする氷の層と化します。アイスバーンどころか、アイスロードの出来上がりです。

 市内なので小まめに除雪されていますし、そんな氷も砕かれていたりもするのでだいぶ歩きやすいとは言え、時々、防寒ブーツに固定した防滑蹄鉄の下で雪と氷がパキパキと割れ砕けます。

 十勝の総鎮守、帯廣神社。

 その約七千坪もある広い境内は自然豊かで、都市部にありながらも野生のシマエナガが見れる事でも有名です。シマエナガの超絶愛らしい姿は、可愛いものに目が無い帯広トレセン生を惹きつけてやまず、クラス内にも熱烈なファンが多いです。

 ただ、今日ばかりはその白く丸っこくキュートで可愛いめんこい姿は見れなさそうです。

 なにせ、こんなに人が多くては。

 白く大きな石造りの大鳥居の下は多くの参拝客でごった返していて、広い石畳の参道の両側には露店が連なっています。その混雑っぷりは、石畳が見えないほど。寒気のお陰で人いきれが物理的に見えて、人混みの頭上は乳白色に淀んでいます。

 一番混雑するのは、大晦日から日付の変わる深夜だそうです。が、その時間帯ではないにも関わらず、結構な人混みです。上ノ国町の全ての人が一気に集まればこんな感じになるだろうかといった具合。

「やっぱり混んでますねぇ」

「元旦だしね。風はないが、さすがに並んで待っていると冷えそうだな。スノウ君、ちょっと待っててもらえるかい。そこらで甘酒でも買ってこよう」

 トレーナーさんが示す指の先には、この寒空でも元気にお店を開いている無数の露店。

 そう言うと、トレーナーさんは人混みに消えていきました。

 人通りの少なそうな、出来るだけ邪魔にならなさそうな場所に立って人待ち状態に移ります。

 一人になると、辺りから嬉しそうな楽しそうな、波のような喧騒がウマ耳に届きます。

 うーん。

 なかなかトレーナーさんが帰ってきません。混んでいるのでしょう。

 手持ち無沙汰で人波を眺めて待ちます。

 眺めていると、一方向にゆっくりと動いている人混みの中を、見知った顔が流れていったりします。楽しそうに笑っていたり、しっとりとした微笑みを浮かべていたり。そのたびに目線で会釈したり、軽く手を振ったり。友人同士も多いですが、こんな日にトレーナーと二人でいるクラスメイトや先輩方に声を掛けるのは野暮というものでしょう。

 ふと翻って考えると、あたしはどう見られているのでしょうか。

 トレーナーさんとあたし。ヒトの男性とウマ娘。二人で初詣。

 ふと、カチッ、カチッとかすかな硬質な音が騒めきを貫いて耳に届きます。凍り付いた石畳から蹄鉄伝いに冷気が上がってくるのを防ごうと言うのか、それとも、どこか尻尾の収まりが悪いような感じがして落ち着きが失われつつあるのが染み出てきたのか。足先が勝手に小さくゆっくりと足踏みを始めていました。

「あ、あの……!」

 思考がぐるぐる回り始めそうになった時、不意に声を掛けられました。

「ぅひゃ、ひゃいぃ?!」

 声の方に視線を下げれば、トレーナーさんではなく、見知らぬ女の子。

 ヒト耳で眼鏡をかけた、年の頃は中学生くらいでしょうか。

「あの、カミノクニスノウ、さん、ですよね?トレセン学園の、レースに出てる?」

 ばんえいウマ娘はウマ耳も含めれば人より頭一つ分は高いので、こんな人混みでも、いえ人混みで比較物がすぐ周りにあるからこそ非常に目立ちます。テレビやネットでのレース中継もありますし、そもそも競バ場にはお客さんが来ますので、あたしの顔をあたしの知らない人が知っているのは十分にあり得ます。

 目の前の女の子も、それであたしだと分かったのでしょう。

 とは言え、先日のレースはジュニア級のGⅡレース。

 我が事ながらにそこまで注目されているとは思っておらず、実際、これは完全に予想外。

 虚を突かれてたどたどしく頷けば、女の子はキラキラと目を輝かせました。

「この前のレース見ました!最後の追込みすごかったです!あとから蹄鉄が落ちたって聞いたんですけど、そんなに大変だったのにあんなに頑張ってて……それなのに諦めないのすごいなって!」

 両の拳を胸の前で握りしめ、こちらがたじろいでしまうほどの純粋な眼差し。思わず気圧されてしまうほどの熱量。

 どくん。

 胸の奥が震えます。

 体のど真ん中で生まれた震えは消えず、まるで波紋のように同心円状に体の隅々に向けて広がっていく。

 それが頭までたどり着いた時、あたしは弾かれるようにお礼をしていました。

「ありがとうございます!あの時はもう必死でして!グラムさん達、あー、前の子に追いつくしか考えてなくってですね……」

 さすがにサインペンなんて持ち歩いていませんのでサインこそ出来ませんでしたが、一緒に写真を撮ったり、ブランコのように二の腕にぶら下げてあげたり。

 そうして、しばらくお話したのち、女の子は何度も何度もお辞儀をして、人混みに消えていきました。

「……ふぅ」

「お疲れ様、スノウ君」

 トレーナーさんが持ってきてくれた甘酒を受け取り、一口啜ります。

 甘い。

 しつこさは無く優しい甘みと、ふわりと広がる米の香り。鼻腔を抜けていく馥郁とした香りが心を落ち着かせてくれる。記憶を鮮烈に刺激しては、実家を思い起こさせてくれる優しく甘い香り。

 半ば温くなってしまったそれ。

 でも、甘酒は温い筈なのに、喉を通り抜けた後の胸の奥は熱く熱くなったまま。まるで熾火を飲み込んだかのように、ずっと火照っていました。

「ファンの声ってのは嬉しいもんだね。ファンレターも読んではいるが、今みたいな生の声はなかなか聞けないし、実感が手紙とは別物だ」

「そうですね、あたしの曳きを見て、あんな風に言ってもらえるのは、嬉しいです。こう言うとすごく偉そうな感じになっちゃいそうですけど、あたしの走りは誰かに何かをあげられたのかなって。それが何かこう、胸の奥をグッと掴まれるって言うか……今すぐにでも思いっきり走りたい気分ですよ」

 にっかり笑います。

 胸の中で渦巻く感情は、上手く言葉に出来ません。それに仮に言葉で表現できたとしても、とても陳腐でありきたりな表現に落ち着いてしまいそうで、言葉にしたくない。今、あたしの心を満たしているこれは、このままが良い。

「それは今は勘弁してくれないかな」

 苦笑して、ぐいっと甘酒を呷るトレーナーさん。

「でも、すぐに舞台は用意するよ。それがトレーナーである僕の役割だからね」

 甘酒を一息で干したそこには、不敵な笑みが浮かんでいました。

「ばんえい競バのルーツは神事でもある。今日は神様にご挨拶して、レースで1着を奉納するのがどういう子なのか、覚えておいてもらおうじゃないか」

 明治時代、まだ帯廣神社が出来る前、当時の開拓者達の信仰を集めていた柏の巨木の祭祀で余興として行われた開拓者ウマ娘達の駆け競べが、帯広における競バの起こりだそうです。十勝でのばんえい競バのルーツもまたそれと同じように、帯広の隣町である音更町の神社で行われたお祭りの余興でした。

 そうして、しっかりたっぷりと必勝と無事是名ウマ娘の祈りをこめて、ご祭神である大國魂神、大那牟遅神、少彦名神の開拓三神にお参りしたのでした。

 北海道ご当地御神籤シリーズの一つ、鮭みくじを釣竿で引き上げて、帯廣神社のばんえいウマ娘型の絵マに願い事も書きましたよ!

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