ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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 ダルいです。身体中、こわい感じが残ってます。

 点ではなく面で襲ってくる全身の筋肉痛はいつものことなのであまり気にはなりませんが、とにかく体が重くて力が入らず、怠いです。

 こんな状態でやっても効果どころかデメリットしかないので、トレーニングは無しです。思い通りに動かず、下手すれば怪我してしまいます。

 トレーナー室に置いてある来客用の二人掛けソファを贅沢に独り占めして寝転がりながら、取り留めもなくイラストを描きます。とは言っても本格的なものではなくノートに鉛筆で描いて、色鉛筆で彩色する程度。お世辞にも上手いとは言えませんが、そこそこ長く続けているおかげで、描く速さはあります。

 シャシャシャと、静かな室内に鉛筆の走る音が妙に大きく響きます。

 黒ユリ賞はあたしが1着、グラムさんが2着。

 寮にいても、同じようにレース後の燃え尽きた状態になっているグラムさんと同じ部屋。気まずいとかそういうのでは無しに――ばんえいウマ娘はレース外では温和でのんびりした気質なのでレース結果を引きづらないので――彼女と一緒にいても、お互いに疲れ切っていて会話すらする気力がありません。

 あたしが寮にいない理由は単純。気力ゼロのばんえいウマ娘二人が存分にダラダラゴロゴロするには、寮の部屋はちょっと狭いのです。昨日もグラムさんにくっついて寝ていましたが、布団の中と外とでは話が別です。それになんだかんだで寮は数百人からが生活を共にする空間なので煩いですし。おそらく、同じ理由でグラムさんも自分のチームの部室で同じようにしている筈。

 全身のエネルギーを一気に燃やし尽くしたレースの後。体の奥深くまで染み込んでいる重い疲労は、心まで疲れさせます。つまり、やる気も出ません。

 なので、ダラダラします。

 分かってくれているので、トレーナーさんは何も言いません。むしろトレーナーさんも仕事していません。

 実際に体を動かすトレーニング以外にも、普通の授業の予習復習や、他の子のレース映像を見て勉強したり、トレーニングの手段論や方法論などのトレーニング学の理論など学ぶべき事柄はあるのですが、トレーナーさんはレース直後の調子は把握してくれていますので、今日は完全にオフの日です。片方が休んでいるのに、もう片方が仕事をしていたら、気まずくなったりもするでしょう。

 なので、トレーナー室で二人揃ってダラダラします。

 よし。

 デフォルメされた大怪獣ルゴサドンがトレセンを破壊する絵が完成です。我ながら愉快に描けたとは思いますが、モチーフがモチーフなので、これは見つからないように注意しましょう。大怪獣ルゴサドンを現実に召喚したくはありません。

 次は何を描きましょうか。

 あたしはソファの上で目的もなくイラストを描いて、トレーナーさんは自分のデスクで雑誌のクロスワードパズルを相手にぶつぶつ言いながら頭を悩ませています。

 決めた。

 トレーナーさんをスケッチし始めました。

 じっとトレーナーさんの、こうして眺めてみると意外に凛々しい横顔を見つめながら、鉛筆を操ります。実家のお父さんほどではないですが、日焼けと雪焼けの浸み込んだ横顔。

 視線をトレーナーさんとノートとを行ったり来たりさせながら、頭では別の事を考えていました。

 黒ユリ賞優勝のご褒美。

 文字通り、勝ち取った権利とは言え、ちょっと言い出しづらい。

 あの時はレース直前で気が昂ってましたから普通に言ってしまいましたが、冷静になった今となっては、少しばかり赤面モノです。

 立って走れたばかりのとねっ仔でもないのに『ご褒美ちょうだい』とか。しかも『なんでも一つ』とか。

 しかし、このまま無かった事にするには、勿体ない。

 悩んでいると、視線を感じたのか、先手を打たれました。

「どうかしたかな?」

「いや、あのトレーナーさん、あれですよ。えーっと、ほら、もし勝ったら何か一つご褒美にお願いをって」

 意味を持たない言葉が口から零れます。

 あわあわと、これまた意味もなく両手が動きます。

「いいよ」

 拍子抜けするほど、さらりと言われました。

 公序良俗に反するものはダメだけどね、とも苦笑いしながら付け加えられました。

「スノウ君に嘘は付かない。トレーナーと担当バの間には、なによりも信頼が無ければね。スノウ君のお望みとあれば、僕はなんでもしようじゃないか?」

 茶化し気味のトレーナーさんの言葉。

 であれば、こちらも遠慮するのは失礼というもの。

「焼肉食べに連れていってください!」

 今度こそ、トレーナーさんは笑い出しました。

「あっははは!スノウ君は欲がないな!いや、ある意味、欲に忠実なのかな。そうだな、ナナカマド賞に勝った時にいったジンギスカンでいいかい?」

「せっかくですし、ジンギスカンではなくてですね……」

 

「なるほど。それならば、善は急げ、かな。体が戻ってきたらトレーニング優先でゆっくり食べている暇も少なくなりそうだ」

 トレーナーさんは自分のデスクの上に放り出してあったスマホを取り上げ、おもむろにどこかに電話をかけ始めました。

「あ、――さん。お久しぶりです。いつもお世話になってます。帯広トレセンの、ええ、はい……そうです、担当を持つようになりまして。……おお!ご存じでしたか。いつも見て頂いているとは、ありがとうございます!それで、ですね……」

 いつもとは全く違う、余所行き仕事モードの口調のトレーナーさん。

「あぁ、それは残念です。――さんのところのは美味しいので、うちの担当にも食べさせてやろうと思ったのですが……ええ、その時は是非に。はい……はい、ありがとうございます。では、また。失礼いたします」

「……どなたですか?」

 恐る恐る声をかけます。

「知り合いの猟師さん」

 トレーナーさんは事も無げに答えました。

「鹿肉を分けてもらおうと思ってね。残念ながら、今は回してもらえるだけのストックがないそうだ。珍しいのと来たから、枝肉を分けて貰って学園の食品加工室で燻製にでもしよう、と思ったんだけどね。獣害対策として野生動物の食肉化に関する実証実験という形にでもすれば学業の点数も貰えるしで一石二鳥だったんだが、そうそう上手くはいかなかったよ」

 トレーナーさんは、すでに沈黙しているスマホを片手に、肩をすくめてみせました。

 獣害は農家にとって死活問題なので、鹿は駆除できるものならして欲しいのが本音ではあります。

 米農家は直接の食害は比較的少ないですが、群れの移動中に田んぼに入って泥にハマって暴れて稲をなぎ倒したりするし苗を食べるしで、田畑に現れた奴らにかける慈悲はありません。

 ただ、今回実際にやろうとしたのはそういう獣害対策ではなく、燻製鹿肉パーティなのですが。大人のやり方。

「まだまだスノウ君はこんなやり方を覚える必要はないけど、何事にも建て前は大切だよ。屁理屈だって建て前があって筋が通っていれば、何とでも押し通せたりもするもんだ。そして愛バの為であれば、どうとでも理由をこじ付けて何でもやるのがトレーナーって人種さ」

 言いながら、トレーナーさんはまたスマホを構えました。

 本来なら大胆さに照れる台詞なのでしょうけれど、肝心のどうとでも理由をこじ付けてやろうとしていた事が燻製肉作りなので、素直に喜んでいいのか悩みます。

「週末じゃないから混んではいないと思うけど、念のために予約いれておこうか」

「どこ行くんですか?」

「普段食べない肉、食べに行きたいんだろう?」

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