ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける 作:mzk_arachne
――5――
「はぁ……」
「ん~、どしたん?」
寮の机に座って溜息をつくあたしに、可愛らしい保護カバーを被せたダンベルを上げ下げしながら同室の子が声をかけました。
「ん~と、前にもちょっと話したじゃないですか」
「ああ、スノウが実家に置いてきたつってた、どきゅーとタイシン?」
ええ、あなたに代わりを頼んで迷惑をかけてしまいましたが、結局解決にはならずで。
「ぜんぜん迷惑じゃねーし?なんだったら、今夜また試してみる?上手くいくかもよ?」
「いやいや、そう何度も頼むわけにはいきませんよ」
相変わらず、彼女はすごく良い子です。出会ってから少ししか経っていないにも関わらず、こんなにも親身になってくれるなんて。レースは散々なスタートでしたが、学園生活の方は良いお友達を持てて好スタートです。
とは言え、寝づらい夜を何とかしないとなりません。
あたしは、顎に手をあて、天井を眺めながら思案します。
実家にあるどきゅーとタイシンを送ってもらうのが一番手っ取り早いのですが、すると今度は実家に帰った時にいないという事です。それでは帰った時に寂しいです。
となれば、もう一体、学園のあたしの部屋にお迎えするのが筋でしょう。
解決手段に光が見えたところで、現在のお小遣いと相談です。
あたしは財布と通帳を引っ張り出しました。
我が方の総戦力16,726円!
圧倒的に足りません!
毎月のお小遣いをそのまま投入したとして、買えるのはいつになることやら。
とほほ……どうしましょう。
「ん~、カネ足らんかった?」
鋭いですね。
「財布の中身ひっくり返して頭抱えてんの見りゃ、アホでもわかるっしょ」
まぁ確かに。
「金が無いならさぁ、バイトすりゃいいんじゃない?スノウはまだマジでトレーニング出来んみたいだし、ちょうどいいんじゃね?」
アルバイトですか。それは思いつきませんでした。
地元にいた時は、家の田んぼの手伝いをするのは当たり前すぎて、お金をもらう為に働くというのは今一つ実感が薄いです。
「学生課にいきゃ求人いっぱい貼ってあっし、明日見にいくべさ」
あたし達ばんえいウマ娘の歴史は、そのまま北海道の開拓の歴史です。
ばんえいウマ娘は明治時代から、時に田畑を耕し、時に木を切り出し、時に道を拓き、時に物を運んできました。
常に人と共に在り続け、常に人と共に働き続けてきました。
ばんえい競バは、その根本の部分に『仕事を競技化したもの』という面があります。
つまり、あたし達ばんえいウマ娘にとって、ばんえい競バのレースに出るという事は働く事と近い関係にあると言っても言い過ぎではありません。
そんな歴史もあって、帯広トレセン学園の教育方針はレースばかりに偏重していません。
帯広トレセン学園の他にはない特色としては、主に一次産業において即戦力となるウマ娘の人材を育成するための教育機関としての一面があります。
ばんえい競バの売り文句の一つに『世界で唯一無二』というものがあります。しかしこれはひっくり返して見ると、他所では興行的に成り立たない、という意味でもあります。
ぶっちゃけトゥインクルシリーズなどの平地競争に比べれば、ばんえい競バはあまりにもマイナーなんです。
帯広競バ場と帯広トレセン学園だって、興行的に上手くいかず、一時期は廃止目前の存続の危機にまで追い込まれました。元々は道内四か所の競バ場の持ち回りで開催していましたが開催箇所を縮小し、今、ばんえい競バが見られるのは帯広のみ。苦しい状況を脱する為、当時の学園経営陣のなりふり構わない生き残り策の一つが、自分たちの教育機関としての付加価値を高めることでした。社会の役に立つ教育機関であればある程、そうそう簡単には潰せません。
ばんえいウマ娘は、所属する競バ場かトレセンのどちらかが無くなったとしても他に移籍すれば何とかなるかもしれない、平地競争のウマ娘達とは違います。なにせ、ばんえい競バは『世界で唯一無二』。他に行く先など無いのですから。もし帯広競バ場とばんえい競バが消えても、帯広トレセンと言うばんえいウマ娘の行き場と教育の場を残す為に。もし帯広トレセン学園とばんえいウマ娘を残すのであれば、ばんえい競バを存続させるべく働きかけられるように。
そう言った経緯もあって、帯広トレセン学園では、アルバイトもトレーニングの一環として奨励されています。
学園の隠れたモットーは『働かざるもの食うべからず』です。
入学前の能力検定試験の際、似たような感じで職業適性も計っています。実際に走ってみて例えレースに向いていなくても、帯広トレセンでは各生徒の適性に合わせた教育を提供できる環境になっているのです。逆にレースに対してはさほど興味や情熱が無く、実家の家業を継ぐための勉強をしに来ている子達もいます。
職業適性試験は道路、建設、農業、林業、畜産、水産、その他のカテゴリーに分けられています。能力検定試験と同様に点数ではなく、各カテゴリーはAからGまでの七段階評価。
あたしの結果は、それぞれC、D、A、B、E、A、Bです。
とは言え、所詮は学生。アマチュアです。それぞれの仕事にはそれぞれのやり方があるので、一つのカテゴリーの評価が高いからと言って、その分野で何でも出来る訳ではありません。そのカテゴリーの中で共通している作法やそのカテゴリーでなら通じる常識や知識を知っている、気質が向いている、というくらいです。アドバンテージには違いありませんけれど。
あたしは、畜産関係だけは苦手ですが、それ以外なら農業でも林業でも水産業でも、どんとこいです。上ノ国は海から山まですぐ近くにあったので、何かしらの手伝いをしていた経験があります。人も少ないし老人は多いしなので、力仕事となればたとえ子供でも、ばんえいウマ娘なら声がかかりました。レースしないでウチおいでよ、と地元の小さな会社から冗談半分本気半分で良く声をかけられたものです。
とは言ってもですよ。
あまり慣れていないお仕事をしても、満足にやれる気はしません。
畑仕事が一番慣れてるんで、そっちの求人があれば嬉しいですね!
放課後、さっそく学生課にきました。
大きな掲示板にはペタペタと求人票が貼られています。
その中から、あたしは無作為に一枚を、ペリリと剥がしました。業務内容から勤務時間に時給、一言コメントまで一通りのことは書かれています。目を通したら戻します。また一枚、別のを手に取ります。
ほほぅ、色々なお仕事が来ているのですね。
さて、今はどんなジャンルのアルバイト募集が来ているのでしょうか。期待と怖いもの見たさが半々といった感じで、求人票を眺めていきます。
「ふむふむ……」
想像していたよりも色々とあって、選ぶ楽しさに求人票を取っては戻しが止まりません。人口が多いと、やっぱりお仕事も多いのですね。
色んな求人を見て想像を働かせているのは楽しいですが、ずっとそうしている訳にもいかないので、いい加減、決めないと。
残念ながら、今のところ畑仕事はありません。先着順と言うか奪い合いなので、元から無いのか誰かに先に取られたのかは分かりませんが、どっちにしても無いという事実は変わらないので妥協は必要です。
「これでいきましょう!」
あたしは、無数の求人票の中からピッと一枚を剥がしました。そのまま学生課のカウンターまで持っていきます。
あたしと相性の良さそうな、引っ越し業者でいきましょう。
特に今回は一般住宅ではなく、どこかの会社のお引越しの臨時募集のようです。普通のお宅ですと、ばんえいウマ娘であるあたしが動き回るにはちょっと狭いので助かりますね。
工場ではなく会社オフィスなので、フォークリフトなんかは入れられないですが、書類などの人間だけで運び出すには手間のかかる重量物が多い。
そういう場所こそ、ばんえいウマ娘の出番という訳です。
あちらも帯広の会社らしく、帯広トレセンの生徒を受け入れ慣れていたようで、スムーズに仕事は運びました。
そんな訳で、滞りなく仕事を終えて、お給料を頂きました。
お給料として、千円札が九枚ほど入った茶封筒を手にして、心の中では快哉を上げつつガッツポーズです。
まだまだ足りませんが、とにもかくにも一歩前進です。レースも貯金も一歩ずつ進んでいけば、いずれはゴールにたどり着くのです。
「おーい、スノウ~。一緒に肉でも食べいかーん?」
「あら、そちらもバイト上がりですか。ご飯を食べに行くのは賛成ですが、お肉ですと……豚丼ですか?」
「いやぁ、せっかくまとまったお金入ったんだし、ここはやっぱりお店でジンギスカンっしょ。寮の裏で肉焼こうとすると、みんな嗅ぎつけてくるからさー。こういう時じゃないと腹いっぱい食えんし」
お肉は大好きですよ。
二つ返事でお誘いに乗ります。
お店の中には、肉が焼けるかぐわしい香りが立ち込めています。独特の形状をしたジンギスカン鍋の上で、ラム肉が焼けていきます。ジンギスカン鍋の縁で、野菜が焼けていきます。
艶々した肉から上がる煙と音が、食べ盛りの乙女の食欲を刺激します。
はふはふ。
臭みはほとんど無く、脂身が甘い。いくらでもつるつると食べられます。肉は飲み物。
「ジンギスカンっつったらシンプルに塩コショウがうめーよなー」
「いやいや、タレこそ王道にして至高でしょう」
ギシ、と空気が凍ります。
「……は?」
「……は?」
一瞬、戦争の気配がしましたが、焼けた肉を交換してそれぞれの味付けの良さを称え合う事で一層お箸が進む結果となりました。
でりしゃす!
美味しいお肉をたらふく食べたおかげで、なんとなく折れた肋骨の治りも早くなったような気がします。
でも、やっぱりジンギスカンと言ったらタレですよね。
ちなみに、あたしの分の焼肉代は7,213円ほどでした。アルバイト代があらかた吹き飛んだ気がしますが、治療費だと思い込むことにしました。