ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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 制服のまま店に連れて行くわけにはいかない、という事でいったん寮に帰らされ、遅くなるといけないからという事で外出届も書かされました。

 これで万が一に寮の門限を過ぎても安心です。

 理由欄には、トレーナーさんから指示されて書いた『野生動物の食肉化に関する実例の情報収集』で、同伴者はトレーナーさんになっています。

 提出された申請書と、制服でもジャージでもトレーニングウェアでもない私服姿のあたしを見比べた受付当番の先輩は、神妙な面持ちで受け取って受理欄と、さらには寮長が押すはずの承認欄にもハンコを押してくれました。

 そして一言、

「頑張れよ」

 と、よく分からない励ましをくれました。

 大食い勝負の店でもないですし、何を頑張るんでしょうか?

 

 帯広駅から、わずか徒歩5分。

 飲食店や居酒屋が連なる街中の、そこにあるのは屋台村。

 帯広の観光名所としてすっかり定着した感のある、いまでは全国あちこちにある屋台村の先駆けとなった場所です。とは言うものの、あたしは知識で知っているだけでしたけれど。仮にも学生なので食べにも呑みにも行ったことはありませんし、そもそも堂々と飲み屋が連なる場所を、店が開いている時間に歩いていたら怒られます。

「うわぁ~」

 辺りの賑やかな様子に、思わず惚けたような声が出ます。

 看板を見れば、和食、炉端焼き、居酒屋、イタリアンと個性豊かな様々なお店が集まっています。店舗一つ一つはごく小さく、どこも十人も入れないようなプレハブの屋台。それが一本の通り沿いに20軒ほど、みっちりと軒を連ねて立ち並んでいます。

 行き交う人も様々で、地元なのかいかにも慣れた風情の人、カメラ片手の明らかに観光客の人、外国の方の姿もちらほらと。みんな酔っ払う前か、酔った後か。食べる前か、満腹か。本当に雑多です。

 トレーナーさんは人波をかき分け、迷うことなく歩いていきます。周りの全てに目移りしているあたしも、遅れながらもそれに続きます。

 カラリ、と軽やかに開く引き戸。

「店長さん、お久しぶりです」

「あの……お邪魔しま~す」

 実家ではお父さんやおばあちゃんが晩酌していたので、お酒を飲む大人に対しては違和感も嫌悪感も感じません。二人とも決まってコップ一杯の日本酒か焼酎でした。

 ただ、それはあくまで家での話。近所の寄り合いがある時は、町でも数少ない居酒屋で開催されていましたが、あたしは民家を改装したそういう店に連れていってもらったり、迎えに来させられたりもありませんでした。

 ですので、学生で、こういう場所に通い慣れていない身では場違いな感覚が半端ないです。自然体で一軒の屋台に滑り込むトレーナーさんの背を追って、体を縮こまらせるようにして、扉をくぐりました。

「はい、ぃらっしゃい!ご予約様、ご来店!」

 店長の威勢のいい声が、あたしとトレーナーさんを出迎えてくれました。

 トレーナーさんの紹介では、店長さんが猟師も兼業しているそうで。

 お店は外見通りの狭さでカウンター席のみ。席の間隔は、隣の人の肩と肩が触れ合うような距離。ばんえいウマ娘であるあたしは、この店内では1.5人分くらいのスペースを使ってしまいます。それでも、嫌なせせこましさは感じません。小さいが故のこじんまりとした居心地の良い空気が、店内にはみっしりと詰まっています。

 そして、胃袋を激しく掴んでくる、美味の予感に満ち満ちた香りもまた、みっしりと詰まっています。

 服に臭いがついちゃうかも、と浮かんだ懸念は、まさにその香りに一蹴されました。

「ほいよ、鹿肉ソーセージと豚肉ソーセージの盛り合わせ。ギガサイズでぇ、承りぃ」

 ここは店長さん自らが仕留めた獲物を、自分で料理して出してくれるお店です。

 店が狭いという事は、客と厨房もごく近いという事です。

 目の前で焼き上げられていく、極太のソーセージの音と香りのパンチが強烈に五感に突き刺さります。ジュージューという肉の焼ける音は普段よりも近く、馨しい香りは鼻を通り抜けて胃袋を直接殴ってくるかのよう。

 もう、たまりません。

 

 トレーナーさんは冷えた日本酒。

 あたしはジュース。

 目の前には、熱い鉄皿に載った、山盛りの肉。付け合わせの茹でじゃが芋がホコホコと湯気を立てている。

 口の中は、もう生唾でいっぱいです。

 なんですか。この肉を前に待てって言うのは、新手の拷問ですか。

「スノウ君、黒ユリ賞優勝おめでとう」

「ありがとうございますいただきます!!」

 トレーナーさんと交わす祝杯もそこそこに、目の前で湯気を立てているソーセージにかぶりつきました。隣で愉快そうに笑っているトレーナーさんも目に入りません。

 プリっとした歯ごたえ。薄皮が食い破られた途端、口内に攻め入ってくる肉汁と脂。

 牛ではない。もちろん豚とも、羊とも違う。

 もちもちした赤身なのに肉質は柔らかく、脂が少ないのでやや淡白ですが、しっかりとした旨味が感じられます。臭みはありませんが、野趣と言いますか大自然を感じる香り。

 美味い。

 ひたすらに美味い。

 口いっぱいに溢れ出る肉汁を鹿肉と一緒にかみ砕き飲み込む。熱々なソーセージを極上の音とともに食いちぎり、咀嚼する。その幸せっぷりと言ったら!

 飲み込むごとに胃から鼻へと抜けていくのは豊かな肉の香り。変な臭さはほとんど無く、普段食べているお肉と違うのは確かですが、これこそが鹿肉の香りでしょうか。

「ああ、おうちのお米が欲しい……!」

 この脂がたっぷりと染み込んだ、実家で採れた白米を食べたい。

 太く長く油に塗れてテラテラと濡れたように光る極上の肉の棒。それを咥えて口内に招き入れては、噛みちぎり、もぎもぎと噛み砕いては飲み込んでいく。

 はふぁ、と満足の溜息と共に零れでます。

「羆のハンバーグ、お待ち」

 ごとり。

 まさに肉塊、と言った荒々しい風情のハンバーグ。

 食感はかなり硬めです。肉の密度が高くて、ミンチ肉にしてハンバーグにしてもなおギシッギシッと噛み分けようとするこちらの歯に歯向かってくる、まさに山の王者である羆らしい力強さ。刻んだ行者ニンニクがたっぷり混ぜ合わせてあって匂いを消そうとしてもなお、独特の香りが強い。他と馴れ合おうとしない、王者らしい我の強さを感じさせます。

 でも、美味い。

 国内最強生物のパワーを分けて頂く心持ちで、夢中で頬張ります。

「いやぁ、お嬢ちゃん、よく食べるねぇ。さすがは、ばんえいウマ娘だねぇ」

 たまたま一緒にいたお客さんの、褒めるような呆れるような口振り。年配の男性で、既に鼻の頭が赤いです。ばんえいウマ娘とその食べる量を知っているという事は、地元の方でしょう。

「もしかして、お嬢ちゃん、レース走ってる子かい?」

「ええ、そうですね。まだジュニア級ですが、つい先日のレースで勝ちまして」

 さりげなく会話を引き取って、お酒の入っている他のお客さん達との間に入ってくれるトレーナーさん。

「んん?どっかで見たと思ってたら、あの吹雪いてたレースで勝った子だべさ!カミノクニスノウだべ?レース見たよぉ!」

「ははは、ありがとうございます。今後も応援していただけると嬉しいですよ」

「マジで?!いや、すっげ。似てんなとは思ってたけど、すんません、握手してもらっていいスか」

「え~?この子、レース走ってるんですか~?トゥインクルは見たことあるけど、ばんえい競バは見たことなくって~。筋肉スゴいんですよね~?触らしてもらっていいですか~?」

「いいですよ。じゃ、あたしの腕の、そこに手を置いたままにしてくださいね……いち、にの、フンッ!!」

 ばんえい競バの、こじんまりとしているからこそのファンとの近さでしょうか。

 トレーナーさんとのご飯は途中から、ばんえい競バを知っているファンや知らない皆さんとの交流が始まって、思っていたのとはちょっと違うご褒美になりましたが、ファンとの交流や、お肉を堪能したのでした。

 

「スノウさぁ、これちょっと夜食っつーには、重くない?」

 鹿肉ソーセージのギガサイズ盛り合わせ。

 他の匂いも充満している店内では兎も角、寮部屋の中では、その香りは凄まじい存在感を放っています。

 なぜか不憫そうな目であたしを見る受付当番の先輩に帰寮の報告をして、自分の部屋に戻りがけに食堂によって電子レンジで加熱したせいでソーセージは温かいです。おかげで香りもすごいですが。

「ですね。ちょっとはしゃぎ過ぎて、量をミスったかもです」

 そこは素直に謝ります。

「でもですね、トレーナーさんと行ったお店が、すごい美味しかったんですよ!飲み屋さんだったんであたし達だけではいけませんから、テイクアウトしてきました」

 にっかりと笑います。

「も~すごく美味しくって!それで、グラムさんとも一緒に食べたかったので!」

 グラムさんが溜息をつきながら、それでも笑顔を見せます。

 呆れたような、照れたような、それらが混ざったような不思議な笑みでした。

「ウチと一緒に、か……」

 美味しかったから。

 一緒に食べたかったから。

 つい先日にバチバチに闘り合った間柄だと言うのに、屈託なく、蟠りなく、そこには純粋に友を想う心情しかなく。

「なんのお話です?」

「いんや、なんでもないべさ。ウチは良い友達持てて幸せだなぁってお話」

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