ばんえいウマ娘、北の大地を駆ける   作:mzk_arachne

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 イレネー記念。

 ジュニア級最強を決める競走。ジュニア級三冠の最後の一冠。

 イレネー記念は、現在ばんえい競バで行われているレースの中では唯一、その功績を記念してウマ娘の名を冠したレースとなっています。帯広競バ場には、彼女の功績を称えて銅像が建立され、来場する人々や、帯広トレセン学園に通う多くのばんえいウマ娘達を見守ってくれています。

 "偉大なる母"イレネー。

 その名前を知らないばんえいウマ娘は、皆無と言って良いでしょう。学校でも、母親がばんえいウマ娘なのであれば家庭でも、繰り返し教えられて、語り継がれてきたからです。

 ばんえいウマ娘の間では、"全てのばんえいウマ娘の母"や"グレートマザー"と言えば、彼女を指す言葉です。今でもダーレーアラビアン、ゴドルフィンバルブ、バイアリータークの三女神と並ぶか、それよりも格上として祀られています。

 時に明治時代。

 日本政府は開拓使を設け、北海道の本格的な開拓に着手しました。時代が進み、担当官庁の名称が開拓使から北海道庁に変わっても、開拓は苦難の連続でした。開拓は北海道への移民、移住者によって行われましたが、それぞれの故郷とは気候も植生も異なる地での過酷な労働。苦難の道程でした。

 日本政府や北海道各地の開拓団は人の手を拒む強大な大自然を前にして、開拓の力としてのウマ娘を海外に求めました。当時日本にいた在来のウマ娘も開拓で活躍してはいました。頑健で寒気にも負けず、粗食に耐え、温和で我慢強い彼女らは確かに開拓の一翼を担っていましたが、しかし小柄でした。小柄故に、文字通りの意味で力不足だったのです。

 もともと日本には、重種のウマ娘はいませんでした。

 日本から海を隔てた遥か彼方のヨーロッパ、特にフランスやベルギーを中心に、1000年近く前から非常に力の強い重種ウマ娘が住んでいました。彼女らはその強い力を生かし、ヨーロッパの広大で平らな土地をバ鋤で耕し、バ車を曳き、農婦として人と共に生活していました。

 性格はおとなしく温和、軽種に比べれば鈍重でしたが力は遥かに強く頑丈。かつては軍人として非常に重い全身甲冑を着こんだ重装騎兵として領主に仕えていたり、最大で3000kgにもなろうかという重砲の牽引役などに就いていた者もいるほどです。

 開拓に携わる日本人達は、彼女らを求めたのです。

 当時のヨーロッパ諸国からすれば、日本の北海道は、近代国家として勃興してきたとは言え東洋の小さな島国のさらに開拓途上の人跡未踏の地。

 僻地も僻地で、さらには母国とは言葉も食事も生活習慣も、何もかもが違います。当然、遠路はるばる渡欧してきた日本人の誘いでも、なかなか二つ返事でとはいきませんでした。

 しかし、日本人もくじけません。

 彼らには圧倒的な大自然の驚異を前にしても挫けない、あらゆる艱難辛苦を乗り越えようとする不屈の開拓者魂がありました。もっとも開拓に失敗しても帰る郷里すらないので背水の陣となっているような移住者も、中にはいましたが。

 渡欧した彼らの背後には、今も開拓中で生きるか死ぬか、食うや食わずの仲間達がいます。

 必死でした。これでダメなら帰りの船から身を投げると言わんばかりの、不退転の覚悟と情熱をもって臨んでいます。共に開拓をしようと、当時の日本にはいない筋肉美に溢れた豊満な肢体を持った金髪碧眼の重種ウマ娘を、あらゆる手練手管で口説きました。

 食事に誘ったりダンスを請うたり、あるいは言葉を教えてもらう事を口実にしたり。腕に覚えがある者は、相撲や剣術などの力比べや腕比べで気を引こうともしました。

 そうこうするうちに、当初は頑なに見えたウマ娘側にも次第に変化が生まれていきました。

 人と共に在って、人と共に働く。

 それは、重種のウマ娘の本能の一部とも言えます。

 未開の土地を拓こうと苦労している人達がいる。これ以上ないくらいに激しく自分達を求めてくれている人達がいる。

 海を越えた盛大な嫁探しに、心を動かされたウマ娘は少なからずいました。

 イレネーは、そのうちの一人でした。

 1910年、イレネーは生まれ故郷のフランスから北海道に渡りました。

 開拓は過酷な事業です。

 貧困、事故、飢餓、干ばつに冷害水害雪害のオンパレードです。そんな環境にあって道半ばで連れ合いや親を亡くし、寡婦や孤児となってしまったばんえいウマ娘も無数に存在しました。

 そんな路頭に迷いかけたり悪徳な斡旋業者の毒牙にかかりかけたりした彼女らを引取っては面倒を見たのがイレネーでした。イレネーは母となり師となり、多くのばんえいウマ娘を教え導きました。そして彼女の薫陶を受けた"イレネーの子供達"は当時の北海道各地に散って、そこで種を蒔くように彼女の教えを実践していきました。

 蒔かれた種は芽吹いて花開き、再び種を蒔いては広がっていきます。そのようにしてイレネーは十勝地方における開拓と、今に繋がるばんえいウマ娘の礎を築いたと言われています。

 イレネー記念は現在唯一のばんえいウマ娘の名を冠したレースとなっています。そしておそらくはこの先も、彼女の名がレースの冠から外される事はないでしょう。

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